第二百十二話 無駄な動き
遅れは、収まっていた。
橋は補強され、道は均され、列は再び整う。
命令は正しく通り、流れは取り戻されている。
少なくとも、そう見える。
実際、止まってはいない。
滞ってもいない。
六十万は、なおも南へと進んでいた。
だが――
余計な動きが増えていた。
本来、進むだけでよいはずの列が、わずかに逸れる。
戻る。
また進む。
その繰り返し。
距離にすれば、僅かなものに過ぎない。
だが、その僅かな往復が、全体の流れに重みを生む。
兵は気づかない。
将も気づかない。
それは“命令通り”に動いた結果であるからだ。
誤りではない。
ただ――
無駄である。
呂明は、その無駄を見ていた。
ある隊は、補給地点を変えた。
理由は正しい。
前線の需要が変わったためである。
だが、その変更は半刻後に覆される。
再び元の地点へ戻る。
理由もまた、正しい。
別の報が入ったからである。
正しい判断が、正しく重なり、結果として誤る。
それが、繰り返されていた。
「……報を上げたのは誰だ」
静かな問いであった。
「前方偵察よりの急報にございます」
「裏は取ったか」
「確認は――まだ」
呂明は、頷かなかった。
偵察は嘘をつかない。
だが、誤る。
それは誰の責でもない。
見えぬものは見えず、遠いものは歪む。
だが――
それにしては、偏りがある。
別の報が届く。
側面に敵影。
規模は小。
接触はなし。
進路を変更すべきか――
問いが上がる。
「動かすな」
即答であった。
その一言で、列は保たれる。
だが、別の場所で、同じような報が上がる。
そして、そこでは動いた。
結果、往復が生まれる。
止まらない。
だが、確実に削られる。
呂明は、歩き続けた。
視線は広く、音を拾い、空気を読む。
どこかで、何かが合っていない。
そう感じながらも、それを掴めない。
天秤を思い浮かべる。
測る。
均衡は保たれている。
崩れはない。
だが――
“効率”が落ちている。
数には出ない。
だが、確かにある。
「……無駄が多い」
それが結論であった。
そして、その無駄は偶然ではない。
誰かが、選ばせている。
そう思ったが、確信には至らない。
まだ、証が足りない。
だが、疑いは残る。
列の一部が、再び動く。
必要のない方向へ、わずかに。
すぐに戻る。
それだけで、後ろが詰まる。
呂明は、その場に立ち止まった。
流れの中で、ただ一人、動かずに。
見ている。
誰かが、この流れを“動かしている”。
止めるためではない。
崩すためでもない。
ただ――
無駄を積ませるために。
丘の上で、同じ流れを見ている者がいた。
呂南衡は、口を閉ざしたまま、視線を動かす。
報は流れている。
偽と真を混ぜて。
小さく。
確実に。
動いた。
戻った。
また動いた。
その繰り返しが、どれほどの負荷を生むか。
彼は知っている。
「……乗るか」
呟く。
それは問いではない。
確認であった。
多くは乗る。
当然である。
正しい情報が混ざっているからだ。
だが――
一部は、乗らない。
そこに、意志がある。
呂南衡は、わずかに目を細めた。
動かない場所。
即断で止めた箇所。
そこに、一つの線が見える。
「……いる」
確信には至らない。
だが、疑いは形を持つ。
すべてを読むことはできない。
だが、十分であった。
流れは、まだ崩れない。
だが、確実に重くなる。
その重みは、いずれ限界に達する。
その前に――
もう一手。
六十万は、進んでいる。
止まらない。
崩れない。
だが――
その進みは、もはや最短ではなかった。
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