最終話 ミランダはふたりの幸せを望む
翌朝、いつものようにミランダの元を訪れたブライアン。
追い返されることも、立て篭もられることもなかったが、ミランダはいつの日の再来か、むっつりと押し黙ったままロッキングチェアに座り、窓の外を睨んでいる。
外では木々の中で日々成長を繰り広げている若葉が、眩しい日差しを全身に受けながらもその生命の輝きを宝石のように光らせている。空はどこまでも澄んだ青空で、きっと自由にそこを飛べる鳥たちなら、縮こまった羽を大きく広げ、その隅々を飛び回りたいと願うことだろう。微かに開けられた窓から、柔らかい風が花の香りを居間へ、ミランダ元へと運んでくる。
「ミランダ…」
「…………私、怒ってます」
まるで愛を乞うように、許しを乞うように、ブライアンはミランダの座るロッキングチェアの前に片膝をつき、その手を包み込むように取っては、彼女を見つめている。
「…なんで怒ってる?やはり、俺とは結婚したくないのか?」
「違いますっ」
言葉とは反して、優しく諭すようなブライアンの声に、ミランダは漸く彼と向き合い、勘違いしないでと言いたげに強くその言葉を否定した。
ミランダが真っ直ぐ顔を見てくれたことに、そしてその言葉に安堵の表情を見せたブライアン。
それを見てミランダはキュッと眉を寄せ、唇を噛み締めてはいじけたように視線を下に落とした。そうすれば、ブライアンの大きな手に包まれた、自分の両手が自ずと目に入る。
「…やはり、君は王子様と結婚したかったか?」
「ちっ、ちがいますっ!王子様だからブライアン様を好きになったわけでは…」
咄嗟にブライアンに向かって叫んだミランダ。しかし、なんとなく最後まで言い切る勢いがなく、途中でその声は途切れてしまう。
「あなたがそうやって私を甘やかすから……ずるいわ。私が、これから頑張ろうって、グレースにも、ミーシャ様にも、それにあのディアナ様にもお手紙を書いたんですよっ?ブライアン様とこれから一緒に歩いていくために、今度は私が頑張ろうって…」
そう言ってまた俯いたミランダが「これじゃあ、私が我儘言ってるみたいじゃないですか」とさらに小さく呟いて、落ち込む。
そんなミランダの手の甲を、ブライアンは宥めるように優しく撫で、少し困ったように眉を下げ、彼女を見つめている。
「君は…ミランダは王太子妃に、ゆくゆくは王妃になることを望んでいるのか?それは、ミランダが本当に望んでいる場所か?」
「…私が望んでいるのはブライアン様の隣です。だから、今までずっと頑張ってきたブライアン様を支えられるようになりたいんですっ!……私のせいで…諦めて欲しくない…」
その言葉でブライアンはやっとミランダが何を気にしているのか理解した。自分が王太子妃に相応しくなろうと覚悟を決めたことのを必要ないと言われたようでショックだったことより、ブライアンがまたミランダを甘やかすことに憤りを感じていることより、ブライアン自身が自分の"夢"を、"目指したもの"をミランダを理由に諦めてしまうのが嫌なのだと。悲しいのだと。
それがわかった途端、ブライアンの中でとても愛おしい気持ちがミランダに対して湧き上がった。そして、その幸福を、歓喜を噛み締めるように1度瞼を落とすと、その熱く優しい瞳をミランダへ真っ直ぐと向ける。
「ミランダ、」
ブライアンの呼びかけに、ミランダは真っ直ぐとブライアンと視線を合わせる。ブルーグレーの、1度合ったら容易く逃れられない、ミランダの大好きな強く優しい瞳だ。
「…俺は、王になりたいと望んだことは一度もない。周りに望まれていたから、それ以外の望む夢がなかったから、ただ作られた道に従っていただけだ」
そう言ったブライアンは少し自嘲した笑みを溢し、そして、ミランダに目尻を下げて微笑んだ。
「俺の幸せは、君が隣にいて、君が生き生きと笑ってて、君が…ミランダがありのままの姿で、望む人生を送るのをずっと見つめていることだ。君が俺に無理して欲しくないと願うように、俺だって同じことを君に願ってる。本当はこの屋敷のような小さな家で、君と何もかも分け合いながら暮らして行けたらとも思うが……流石にそこまでは無理だろうな」
そうやって自身の"夢"を語るブライアンに、ミランダは不安そうな顔で、再度確かめるように問いかける。
「…本当に、王様になりたくないのですか?国の未来を、憂いておいででした」
「国王にならなくとも国の未来は守れるし、作っていける。それに、俺がそれを最大限に発揮できるのは、残念なことに玉座ではなく、軍の将としてだろう」
そのブライアンの言葉にミランダは漸く納得したような、そして自分の勘違いだったことを知って困ったような、そんな複雑を含んだ笑みを浮かべている。
そんなミランダに、ブライアンは真剣な顔をして大切な言葉を告げた。
「ミランダ、俺は君の憧れた王子様でもない、普通の貴族になってしまう。むしろ責務を放棄した馬鹿な元王族と、後ろ指をさされることもあるだろう。苦労もかけると思う。それでも、俺と共に、これからの人生を歩んでくれないだろうか」
やり直しのプロポーズ。
ブライアンのその言葉を、ミランダはじっと聞き入り、強くその身で噛み締めた。その言葉の一つ一つがすっと胸に染み入ると、今度はそれがゆっくりと一筋涙となって溢れ出し、まるで抑えきれなかったように幸せな笑顔を浮かんだ。
「私が好きになったのは憧れの王子様でも、皆に評される英雄でもありません。臆病な私に情熱的に愛を乞い、優しく見守りながらも、助け出してくれた…私の"騎士様"ですもの。好きです…愛してます。だから、私を離さないでください」
そう言ってミランダは溢れんばかりの想いのまま、ブライアンの胸へと飛び込み、首に腕を回して抱きついた。
それをブライアンもしっかりと抱きとめ、ミランダの頭と腰へと腕を回して抱きしめ返す。
「あぁ、俺も愛してる」
耳元で落とされた優しさと激しさを混ぜ合わせた、ブライアンの少し掠れた声。それに頬を真っ赤に染めながら、ミランダはブライアンの胸に手をつき、少しだけ距離を取って彼の顔を見下ろした。
太陽の日差しに祝福された、メルロー家の小さな居間の窓際で、ふたりは目を見つめ合い、それは幸せそうに笑い合う。
遠くの海辺に咲く薄紅の小さな花が、風にそよいで小さく笑った。
アルメリア
通称アメリア、英語名ではsee thriftとも呼ばれる、海辺に咲く、ピンク色の可愛らしい花です。ケルト語の"海に近い"という意味の言葉からつけられている。
ミランダとブライアンの人生はこれからがもっと大変だと思いますが、一応これはミランダが幸せを見つけるまでの話なので、これで本編は最終話です。
お疲れ様でした。そして、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告も本当に励みになりました。ありがとうございます。
元々読み専で、無類の小説好きなので、他の作家さんの感性豊かで巧みな表現と比べれば、圧倒的に自分の書いてる文章が拙いことは誰よりも自分自身がわかっているので、こんな文章で趣味だからって言い訳して出していいんだろうか?といつも迷うのですが、少しでも楽しんでもらえたならこれは、残そうと決断していい物語だったんだなって本当にほっとしています。
自分の書いた物語が誰かひとりでも楽しめた作品になるのなら、私からすればこれほど嬉しいことはありません。
そんな喜びを実感させて頂き、本当に感謝しております。
あともう一点、あらすじから小煩く注意喚起を促す内容を書く対処となってしまい、本当に申し訳ありません。
正直迷ったのですが、書き手としても、読み手としても、互いの自己防衛のためにわかりやすい注意点を上げた方が良いのではと判断し、書かせて頂きました。
なにか牽制のような不快感を抱かせてしまっていたら本当に申し訳ないです。それでも最後まで読んで頂けたこと、有り難く思います。
来栖れな




