第五十四話 紅に染まった王宮舞踏会
ミランダはブライアンが乗ってきた王家の馬車に乗って、王宮へと向かうこととなっていた。
王宮に向かう前、アルフレッドにミランダの姿を見て見せようと訪ねた書斎。扉を開け、はにかみながら入室したミランダを見て、アルフレッドは何故か懐かしそうな表情を一瞬浮かべ、とても嬉しそうに笑った。
「…やっぱりティナの子だね。とても似合ってるよ、ミランダ。ただなんだかすごく大人っぽくて、父親だからかなぁ?少し寂しいと思ってしまうのはなんでなんだろうね?」
そう言いながら、ミランダの着飾ったのを崩さないように、そっと抱きしめたアルフレッド。ミランダもその背に手を回しながら、ふと思う。
ーお父様も、お歳を召されたわね…
どちらかといえば童顔なアルフレッドだが、そのアッシュブラウンの癖毛に混ざる白髪は増え、目尻の皺が深くなった。
「お父様、いつもご苦労様です」
「ん?ミラ?今このタイミングでなんで褒めるの?………まっ、まさかっ!もうお嫁に行く宣言?まだ早いよっ、ダメだよっ!!」
労をねぎらったつもりだったミランダだったが、それがしみじみとした雰囲気で言ってしまったのもあり、勘違いしたアルフレッドの動揺は酷いものだった。涙目で、今にもドレスの裾に縋り付きそうだった勢いを、その場に居合わせていたハンナ、そしてミランダをヒョイと後ろへ取り上げたブライアンによって阻止される。
「父さん、すぐじゃなくてもそこは覚悟しとこうよ。むしろ自分で焚きつけてたじゃないか」
ダニエルの呆れた声に、アルフレッドは「だって〜」と駄々をこねながらいじけている。
そんなアルフレッドにミランダが「そんなすぐ嫁ぐ予定はありませんよ」と宥め、その隣で今度はブライアンがムッとした表情を作る。
そんなこんなであっという間に王宮へと出発しないといけない時間となり、ミランダはブライアンに連れられ、慌てて豪華な馬車へと乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ」
「またドレスの感想教えてくださいませ」
「楽しんで」
会場には向かわない、ハンナ、マティルダ、アウローラがそれぞれの言葉でミランダを見送ってくれる。
そんなミランダが王家の馬車に乗り込むのを、後方のメルロー子爵家のいつもの馬車の前でじっと見つめ、後ろのダニエルへと振り返ったアルフレッド。
「男2人で馬車ってなんだか虚しいね」
その一言に、ダニエルは無言でアルフレッドの背中を馬車の中へと押し込んだ。
王都の中心。圧倒的な大きさでそびえる白の王宮は、夕陽に染まり美しい赤へと姿を変えていた。
ブルフェン初代国王である英雄王の赤。そして、ミランダにとっては隣に立つ愛おしい人の持つ情熱的な赤。いつもは気後しかしないその外観を前にしながら、ミランダは初めて美しいと感じた。
「…綺麗ですね」
「あぁ…」
夕陽に目を細め、王宮を見上げるミランダ。その言葉にミランダの方へと視線を向けたブライアンが、同じく目を細め、優しく相槌を返す。
そのままブライアンに手を引かれ、ミランダは王宮へと入っていった。
今回のミランダはブライアンとの入場になるので、主催である国王夫妻、側妃が抜けた今、大トリを飾らないといけない。
控室で時間を潰し、仰々しく重たい両開きの扉へとやってきたミランダ。いつもの下位貴族として気楽に入場するのと訳が違い、ミランダはガチガチに緊張して、顔を硬らせていた。そんな小刻みに震えるミランダを支えながら、ブライアンはミランダに小声で話しかける。
「…楽しみではないのか?」
扉の向こうから聞こえる貴族たちの賑やかな談笑の声。それら全てが否が応でも自分に向けられるのに、どうやって楽しめるのかと、強張った顔を上げたミランダに、ブライアンは悪戯っぽく笑いかけた。
「ようやく君をエスコートできる。俺は、それが楽しみで仕方なかったんだが」
その言葉に先程とは別の意味で鼓動を早くしたミランダ。早鐘を打っていた心臓がキューッと締め付けられたように苦しくなり、沸騰した血液が全身へと駆け巡り、熱を持つ、そんな感覚。
そんな全身赤く染まったミランダを、ブライアンはもちろん、扉の前の衛兵が微笑ましげに見ながらも、入場の時を告げるようにそっと扉を開く合図を出す。
「ブライアン王太子殿下、メルロー子爵家 ミランダ メルロー」
高らかに宣言されたラストの入場の紹介。ギギッと古く重たい木の軋む音と共に、ホールの扉がゆっくりと開いていく。
「笑ってくれ、ミランダ」
そっと耳元に落とされたブライアンの掠れた声に、ミランダは頬を未だに染めたまま、ふわりと柔らかく微笑んだ。ホールの中央、玉座の前まで真っ直ぐと続く道を、ミランダはブライアンの手を引かれ、ゆっくりと進んでいく。
ホールを照らすシャンデリアの光を浴びて、ミランダの黄昏色のドレスは美しく輝いた。窓から差し込む夕陽にはブルーグレーの色を、シャンデリアの光には深い赤を見せる不思議な宝石が、ミランダをミステリアスでどこかエキゾチックな雰囲気を引き立て、今まで見たどの夜会よりも彼女を魅力的に見せていた。なにより、作り物ではないミランダの心から浮かべた柔らかな表情が、ミランダの女性らしい、艶っぽい一面を引き出しており、彼女の微笑みに魅せられた貴族たちが、思わず頬を赤め、じっと見入ったり、視線を逸らしたりとそれぞれ反応を示している。
貴族たちの集うホールより、高いところに設置された玉座。そこに座るのはこのブルフェンの現国王、ルドガー フィニアス ブルフェン。ブライアンより茶の影が強い赤銅色の髪に、ペリドットを思わせる柔らかな萌黄色の瞳。深い皺と共に作られた威厳ある微笑みからは、なんとなくブライアンの面影を感じることができる。しかし、どちらかと言えばブライアンよりジェフリー寄りな外見は、図らずもミランダに緊張感を与えた。
ブライアンは身を固くしたミランダをエスコートする手を、ほんの少し、励ますように力を込め握りながら、堂々とした足取りで、王家の者たちの前へミランダを連れて行く。
国王たちの座る階段のちょうど真下に留まり、2人揃って最上位の敬意を表すお辞儀をするブライアンとミランダ。
普段は一言で済む国王からの言葉が、ほんの少しの間をもって、ミランダたちに告げられる。
「今宵は楽しむと良い。…ブライアン。良い報告が聞けると、私は期待している」
「はっ、私もその未来を切に願っております」
ブライアンよりも渋みの増した国王の言葉に、ブライアンも臣下を思わせる軍人のような言葉で、生真面目に返答をする。
そして、その親子の会話に混じるように、普段あまり聞かない控えめな声がミランダの耳に届いてくる。
「ミランダ嬢。近いうちに私から招待状を送るわ。貴女とお茶会をできる日を楽しみにしています」
ダークグレーの髪、ブルーグレーの瞳、それは彼女の祖国である北の帝国でよく見られる色合い。透き通るような声に僅かな帝国アクセントの残る、王妃クリスティーナの言葉。その言葉に、ミランダもお手本のような微笑みを浮かべ、感謝と了承を示す礼を、深々と王妃クリスティーナに向けた。
ブライアンに連れられ、ミランダが玉座の前から退いたのを見送り、ルドガー王による王宮舞踏会、開始の言葉が告げられた。




