第五十三話 黄昏のドレス
密かに色々なことが進む2週間は、あっという間に過ぎて行った。
王宮舞踏会の当日。
いつもブライアンがお茶会に現れる時間、3台の馬車が王宮からメルロー子爵家へと訪れていた。
「お初にお目にかかります。今回ブライアン殿下より使者の役目を賜りました、ケビン リーゲンハルトと申します。以後、お見知り置きを」
馬車から現れ、恭しくそうお辞儀をしたのは、何処かで見たことがありそうな長い黒髪を束ねた涼やかな男性。
てっきりブライアンだと思い表に出てきたミランダはそんなケビンの姿を見て、驚きつつも、咄嗟に淑女の礼を返した。
「あの…これはどういう?」
「簡潔に申し上げるなら、本日の王宮舞踏会でミランダ様に着て頂くお召し物のお届けです。あちらのドレスを作製を依頼したお2人にも、ご同行頂いています」
そういってケビンが示した先には、御者の手を借り、馬車から降りてきたオークチュール"カメリア"のマティルダとアウローラ。2人はミランダに手を振ったり、お辞儀をしたりと、それぞれに遠くから挨拶をしている。その後ろには他の馬車から荷物と思われる箱を運び出す他の使者の姿も。
「…献上の品を中にお運びしても?」
思わず目を丸くし、その様子を信じられないように見つめてしまったミランダ。小首を傾げたケビンの言葉に、とりあえず反射だけで首振り人形のように首を大きく縦に振った。
ケビンとカメリアの2人、そして使者だけでなく、御者の手も借りて運び込まれた大小さまざまな箱達は、ミランダの予想よりも遥かに多く、それがミランダの部屋に運ばれるのを目にしたアルフレッドとダニエルも、目を丸くして固まっていた。
「あの、使者様?少しその、量が多いように見えるのですが…」
「ケビンで結構ですよ、ミランダ様。多くはありませんよ。むしろ、これでも"厳選"してお持ちしております」
ミランダの部屋の一角に出来上がるのは箱が積み重なってできた山。パッと見ただけでもその数20近くはあるように思える。
ミランダの焦りと困惑をなんとか隠した淑女の微笑みに、ケビンは顔色ひとつ変えることなく、あっさりとそう言葉を返した。
思わず、箱の山をもう一度凝視してしまうミランダ。そんなミランダの様子を無視して、ケビンはハンナに、「"翌日"時間があるときに開けて、それぞれ対処してください」と言いつけ、ハンナもその言葉に黙って頭を下げる。
「では、女性は支度に時間がかかると聞きますし、男の私が居てはお邪魔でしょうからこれで退散致します。"カメリア"の2人は、ミランダ様の支度を"是非"お手伝いしたいとのことなので、置いていきますね」
笑顔ひとつ浮かべない涼しい顔をしているのに、全く有無を言わせない雰囲気を漂わせるケビン。ミランダが箱の多さにその中身を想像し、その総額を考えては震え、動揺してることをいいことに、そんな言葉をスラスラと告げて、そそくさ帰って行ってしまう。
「ドレス含め、お嬢様をトータルコーディネートできるなんてっ!楽しみで楽しみで、手がワキワキしますわねっ!!」
未だに顔色悪く、ミランダにとっては未知の、得体の知れない箱の山を見つめる背後で、マティルダの溌剌とした声が、よく響いていた。
王宮舞踏会は他の貴族個人で行うものと比べて参加者が相当多いので、早めの時間の夕方からいつも開始される。それに合わせてミランダも、今日は昼の少し前から準備を始めることにした。
ハンナ特製のハーブの薬湯とマッサージするまではハンナ1人で、その後のコルセットを締めた後のメイク、ヘアメイクからアウローラが手伝いに参加していた。ちなみにマティルダはドレス作り以外はからっきしということで、全体の指示を出す"監督役"としてハンナとアウローラに指示を出していた。
「今回のテーマは"エキゾチックな淑やかさ"ですのよっ!アウローラ、ちゃんとそれをわかっているかしらっ!?」
「…大丈夫ですよ。3日前から2人で、何枚ヘアアレンジのイメージ画書いたか忘れてしまいましたか?最終的に両サイド編み込みにして最後に纏めるのが、髪飾りとあっていいって話しましたよ?」
「いいえっ!1枚だって忘れてませんわっ。そうね、そうだったわっ」
「アイメイクの色味は濃い目の紫か、いっそ濃い茶だけにするか迷うのですけど…あとはグレーって手も」
「むむむっ、それは迷いますわねっ!ひとまず手に載せさせて頂いて、色味を見てみるのがよろしいかと思いますわっ」
ミランダを置き去りにして、3人は監督役を中心に、色々話しながら作業を進めていく。ミランダはこういったことにはこだわりが一切ないので、もう3人にお任せ状態で、大人しく座って待っているだけだ。
そんなこんなで過ぎていった1時間半。
ドレスも着せられ、鏡の前に立ったミランダは思わず口元を手で覆い、感嘆の声を漏らした。
まずドレス。パッと見たときはその色合いにビックリしたが、ミランダが実際着てみるとまるでミランダのために作られたようにしっくりと来た。
デコルテをめいいっぱい開けられた袖のないオフショルダー。そのすぐ下の胸元部分は上品で深みのある真紅だ。そこからアンダーバストからウエストにかけて紺、そこから先はブルーグレーと、肌触りの良いとろけるようなシルク1枚の上でどんどんグラデーション変わっていくドレス。それはまさしく黄昏時の、夕日の沈む海のよう。
ウエストの少し上から、捻るように布が緩くツイストを描く工夫が凝らされた裁断が、身体に沿った美しいスレンダーラインのシルエットを作り上げていて、ウエストからスカートに散りばめられ、彩られているのは小粒なダイヤモンドと、影のある青が光の加減で赤とも見える不思議な宝石の屑石。
胸元を飾るのはスカートに散りばめられた屑石と同じ、影のある青とも赤とも姿を変える不思議な宝石と同じくダイヤモンドを使い、繊細に作り上げられた豪華なネックレス。
揃いのピアスも少し長めに作られ、動くたびにミランダの耳元で揺れるようにできている。
両サイドで編み込んだ三つ編みを、後毛や少しの崩しを作りながら後頭部で纏め上げた髪型には、少し燻した銀細工の髪飾りが刺さっている。飾りとして真珠で模して作られた艶やかな白い百合や、そこから落ちる朝露のようにカットされた他でも使われていた雫型の不思議な宝石も、ミランダのダークブロンドの髪によく似合っていた。
化粧も全体の印象に合うような、目を印象付ける艶っぽいブラウンと目尻だけに乗せた深い紫のアイメイクを中心に、エキゾチックな雰囲気で纏められている。
ミランダは流浪の民ロマニの血を引いているため、こういった原色を使ったエキゾチックな色合いがよく似合うのだと、ミランダ自身初めて思い知らされるようだった。
しかし、ミランダが感動したのは別に自分の着飾った姿にではない。ミランダは自分の袖を通したドレスを見下ろし、嬉しさのあまり泣きそうになるのを、必死に堪えていたのだ。
ーあの場所で見た…海に沈む夕焼けの色……
ブライアンがそれを意図して作ったのかわからないが、その思い出を連想させるドレスを送ってもらえたことが、嬉しくて嬉しくて、堪らなかったのだ。そんなミランダとの小さな思い出ひとつひとつを、ブライアンも大切にしてくれている。そう思えてくるようで、ギューッと胸が苦しくなったのだ。
「本当に、お似合いですよ。ミランダ様」
嬉しすぎて、勿体無くて、幸せで言葉にもならなくて、歓喜余って泣きそうなミランダに、その言葉を伝えたハンナも釣られたように瞳を潤ませ、貰い泣きしそうになっていた。
そのタイミングでドアが叩かれ、入室の許可を伺うダニエルの声が聞こえてくる。
「どうぞ〜」
マティルダの穏やかに答えた声に、ゆっくり入室してきたダニエル。彼はミランダの姿を目にし、見惚れたように固まると、照れ臭そうに頬を染めながらミランダに優しく笑いかける。
「すっごく似合ってるよ、ミラ。綺麗すぎて、いつもの褒め言葉が出てこなくて困っちゃうね。そのドレスを考えて、これからミラをエスコートする誰かさんに、思わず嫉妬しちゃうよ」
そう言って茶化すように笑いながら、でも寂しそうに「僕がまだエスコートしてたかったなぁ」と零すダニエル。その言葉にミランダは困ったように笑いかけ、「また兄様にエスコートを頼むつもりなので残念がらないで」と小さく返した。
「…それは困る。これ以上、君の隣は誰にも譲りたくないんだが」
そんな兄妹のやりとりに割って入ったのは、低く体の芯が震えるような、ブライアンの優しい声。
声の方へとミランダが振り返れば、ブライアンが部屋の入り口に立ち、ミランダをじっと見つめていた。そんなブライアンが着ているのはミランダのドレスよりさらに暗いブルーグレーのテールコート。差し色にはミランダの瞳を意識したと思われる深みのある緑が使われていた。
「やはり、君にはその夕焼けの色が似合うな」
そう言って優しく、眩しそうに微笑んだブライアン。その言葉にミランダも本当に幸せそうな、淑やかな笑顔を綻ばせた。
「…迎えにきた」
ミランダの元にゆったりとした足取りで近づき、大きな掌を差し出したブライアン。ミランダは、ブライアンを見上げ視線を絡めると、そのほっそりとした手をブライアンへと重ねた。
「お待ちしてました」
手が重なった瞬間、2人は共に語り合うようにその目を細め、互いに笑みを深めた。
ドレス、アクセサリー類で出てきた不思議な宝石とは、ベキリーブルーガーネットのことです。陽の光では青く、照明の光では赤くなる。そこを創作用に青を影のある"ブルーグレー"に変更しています。




