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第五十二話 感傷と共に巡る季節

マクスウェル侯爵家が引き起こした一連の騒動は、一部の"ブルフェンの内情、機密情報を他国に漏洩した"罪と、その後の"侯爵の使用人を巻き込んでの自殺騒動"のみを公表され、他は内密に処理された。

なんの偶然か、その事実が公表された翌日、保護されていたはずの侯爵夫人デボラは、護衛の目を掻い潜り浮気相手の男の所へ遊びに行ったところを、その男の恋人と名乗る女によって殺害されるという不幸に見舞われた。

レイモンドは両親の死から精神的疾患を患ったと判断され、それに加えた侯爵家に7年前まで働いていた男爵家の娘である侍女を野盗の仕業と見せかけ殺害した罪も併せて、ブルフェン王国の西端の小島にある、罪人収容所に無期懲役、永久幽閉処分となった。


そんな後処理に追われ、ブライアンが落ち着いてミランダの元を訪れることができたのは、2週間ほど経った後のことだった。


ブライアンの口からマクスウェル侯爵家の処遇を全て聞き終えたメルロー子爵家の面々は、皆、複雑な表情を浮かべていた。特にミランダは2人とは違い、アメリアの死の真相を知ってしまった分、より事実を受け止めるにも困惑し、悩み、悲しく悔しい気持ちになったことは確かだろう。

しかし、ミランダはマクスウェルのことはもちろん、レイモンドについても何も口にはしなかった。言いたいことがないわけではない。この2週間何も思わなかったわけではない。それでも何か言葉にしたところで、この複雑で遣る瀬ない気持ちがどうなるとも思わなかった。


だから、ブライアンに「お疲れ様です」と労いの言葉だけをミランダはかけた。そして、簡単にはどうにも割り切れない自身の気持ちの区切りとして、ある届け物をブライアンに託した。それが渡せたからと言ってその人の何かが変わるとも、その思いが全て届くとも思わなかったが、ミランダはただその人に"知っていて貰いたくて"、それを渡すことにした。


「…必ず届けよう」


ブライアンはそれをしっかりと受け取ると、その日はまだ処理が終わってないからと、すぐに王宮へと戻っていった。



人々の心が癒えるのを待つ間もなく、季節がひとつ巡ろうとしていた。



すっかり太陽の暖かさに慣れ、その日差しの強さを感じるようになり始めた頃。あの夜から1ヶ月が過ぎたその日、朝のお茶会でブライアンはある願いをミランダに口にした。


「王宮舞踏会のパートナー…ですか?」


「あぁ。…次はエスコートしたいと伝えたはずだ」


実は暑がりだというブライアンに合わせ、ミランダが用意したアイスティーを飲みながら、ブライアンはジッとミランダを見つめた。その瞳の奥に潜ませた、もう見慣れたはずの情熱に、ミランダはまたも身体を熱らせながら、しかし冷静にそこにのしかかる問題点を口にする。


「嬉しいですけど…ブライアン様?私、貴方の婚約者でもありませんし、いくら何でも"王族主催の夜会"では無理だと思うのですが?」


ミランダの思いの外冷静な返しに、ブライアンは気まずそうに視線を逸らす。


「…大丈夫だ。国王とは話がついている。………本当に問題ない」


何やら隠したいことがあると告白しているような、そんな怪しいブライアンの言動。それをジト目で確認しながら、ミランダは小さく息を吐き出す。


「セオドア様に確認しますよ?本当に大丈夫なんですね?」


「…あぁ、抜かりない。聞くのがセオドアなのは気に入らないが…確認されても"何もない"」


ー今、"何もない"だけ、確実に声が強張ったわ。…何かはあるんでしょうね。


益々このひと月でブライアンの機微が読み取れるようになったミランダは、そうブライアンの言動から分析しながら、ブライアンの気まずそうな表情があまりにも可哀想なので、ここは流されてあげることに決めた。


ーブライアン様のことだから、そのうち話してくれるとわかってますし…


「…わかりました。ブライアン様のエスコート、今から楽しみにしておきます」


王宮舞踏会が開かれるのは2週間後。まだ先のようでいて、準備していたらあっという間の短さだ。そして、ミランダにも、ブライアン同様"相手には秘密"でやっておきたいことがある。


「ドレスやアクセサリーはこちらで用意する」


「…よろしいんですか?」


「むしろ贈らせてくれ。ずっとプレゼントできなかったからな」


そう言って目元と耳をうっすらと赤くするブライアン。そんな照れ臭そうにするブライアンに、ミランダは「では、お願いします」と満面の笑みを浮かべた。



そんなブライアンとの朝のお茶会を終えたミランダは、リチャードソン伯爵家へと訪れていた。

実は1週間ほど前から、週に3回ほどのペースで伯爵家へと訪れているミランダ。伯爵夫人であるミーシャとグレースに、それぞれ高位貴族としての所作、立ち振る舞い、それに加えてダンスと詩読を用いた会話術の稽古をつけてもらっているのだ。


「ミラちゃんっ。その言い回しはダメよっ!!確かにヨークテス戦勇詩(せんゆうし)は、心躍る言い回しが多いけど、それじゃあ大半のご令嬢は理解できなくてよ?それに、言い回しも勇ましすぎるわ。もっとレテーヌ詩集とか、女性らしい柔らかな引用を使わないと」


特に詩読を使った会話にミランダは大変苦戦しており、話せど話せど、ミーシャのやんわりとした口調に隠しきれてない、心を抉るようなダメ出しが降り止むことがないのだ。


「ミランダ。微笑んでればいいと思ってますの?最近の貴女、前より表情を隠すの下手になってましてよ?」


そんな微笑みを引きつらせたミランダを目ざとく指摘するグレースも、常に紅茶片手に、ミランダの特訓に付き合ってくれるのだから、有り難いやら辛いやらである。


「ん〜…もう、いっそズバッと言っちゃう系で開き直るとか?ミラちゃん向いてないわよ」


「でも…」


「それか意味のわからない硬い詩ばかり引用して、『あら、こんなこともわかりませんの?』という路線でいく手もありましてよ?…まぁ、反感しか買わないでしょうけど」


そんな2人のアドバイスにならない意見を聞きながら、ミランダは深くため息を吐いた。


ブライアンからマクスウェル侯爵家の処遇を聞いたその次の日、ミランダはリチャードソン伯爵家のミーシャ、グレースへと手紙を書き、あることをお願いしていた。


『王族に嫁ぐために必要な教育を直接指導して頂けませんか?』


2人もミランダの手紙の内容をある程度予想していたのだろう。『翌日からすぐにでもいらっしゃい』という返事を貰い、こうして今も稽古をつけて貰っている。


ーまだ割り切れてないことも、自身で消化しきれてないこともある。でも、立ち止まってブライアン様に迷惑は掛けたくない。


そんな思いからすぐに兼ねてより考えていたことを行動に移したミランダ。しかし、ミランダが思っている以上に、王族に嫁ぐというのは大変なことだったらしい。


ー大変というより、"煩わしい"、"面倒くさい"というのが合ってる気がするわ。


「他は飲み込みがいいのに、なんで詩読は苦手なのかしらね?」


「感性の問題ではなくて?ミランダの愛読書は歴史書、冒険物語に戦記ですのよ?どう考えても好みは少年のそれですわよ?」


「あら?でも、ドレスのアレンジするのは好きなのでしょう?なら女性的感性がないわけではないでしょうし…困りましたわね。あるはずのものを引き出せないなど、植物では遺伝子の欠落、外的要因以外ではありえない現象よ?」


リチャードソン伯爵家の義母娘の、心にグサグサと刺さる会話を聞きながら、ミランダはムッとして眉を寄せる。


「…グレースは本当にこんなまわりくどい会話できているの?」


「当然ですわ。わたくしを誰だと思ってますの?リチャードソン伯爵家のメドゥヴィチカ様でしてよ?」


そう自信たっぷりな笑みを浮かべ、ミーシャと共に詩読を用いた会話を始めるグレース。その巧みで優雅な言い回しを聞きながら、ミランダはげんなりしたように再び大きなため息を吐き出す。


「今日はもうダンスの稽古に切り替えて貰ってもいいですか?王宮舞踏会も近いですし…その…ブライアンと自信を持って踊りたいので」


ミランダの、詩読から逃げたと見せかけた明らかな本音を滲ませた一言に、グレースとミーシャは顔を見合わせた。そしてとてもそっくりな含み笑いを浮かべ、それは楽しそうに声を上げて笑い合った。



疲労感いっぱいでリチャードソン伯爵家から帰ってきたミランダに、一通の手紙が届いていた。宛名に書かれた名は知らない名前だが、そこから立ち上った薔薇の香りに、ミランダはディアナへと宛てた手紙の返事だとすぐ察することができた。便箋に書かれていた内容は簡潔。


『我が君主のお望みに沿うなら、ご協力致します』


その返事にホッと胸を撫で下ろしたミランダは、自室の机の引き出しの中にその手紙をそっと仕舞い込んだ。


レイモンドと、アメリアの死の真相ですが、

レイモンドはアメリアを自身の手で殺しています。殺したと言っても、その剣はアメリアを貫こうとしたわけではなく、アメリアを無理やり拐おうとした使用人を斬りつけ、地面に倒れてるところに最後トドメを刺そうとして、止めようとしたアメリアを殺してしまった、それが真実です。

もしレイモンドが、アメリアときちんと話をしていれば、1人で参加した社交界の噂に惑わされなければ、もっとアメリア以外の人間にも心を開いていれば…

確実に何かは変わっていたはずですが、この事件がなければ今の"ミランダ"は生まれていませんし、そもそもこの物語の唯一決められていた結末、"ミランダとブライアンがくっつく"こともありませんので、ある意味この物語の中のもう一つの外せない物語でもあります。


全ての元凶は、こんな設定を思いついてその役割を押し付けた作者ですね。


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