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第五十話 彼らの真実

残酷な描写あり。


-息が…苦しい……


首を締められている痛みや苦しさより、首を圧迫されていることにより肺に、脳に、空気が、血が回らなくなる感覚が気持ち悪かった。そして身体が冷えていくのを感じ、どんどん近づいてくる死の恐怖がミランダの全身を支配していく。

どんなに足をバタつかせても、どんなに手を引き剥がそうとしても、力のある成人男性相手ではミランダは敵うわけがない。

耳に入る音が遠のき、視界がどんどんボヤけていく。酸欠から来る目眩か、意識の薄れか、チカチカと点滅する視界とぐらつく焦点の狭間で、ミランダの目に映るのはレイモンドの今にも泣き出しそうな、叫び出しそうな、悲しく歪な笑顔だ。


それが、レイモンドの真実にミランダには思えた。


誰も信じられなくて。何も信じられなくて。そしてきっと唯一信じられていたはずのアメリアのことも拒絶して。そして、大切なものを失って壊れてしまったレイモンド。

これはきっと、誰も信じられなくて自分の殻に閉じ篭っていた、少し前の"ミランダ"が迎えたかもしれない"未来"だ。

ブライアンが、家族が、グレースを始めとした周りの人が、ずっと手を伸ばしてくれたミランダとは違い、レイモンドにはたぶん、アメリアしかいなかった。

ミランダの記憶の片隅にあるのは、"侯爵家の跡取り"としてしかレイモンドを見ない、冷たい侯爵夫妻の顔。そんな環境で育ったレイモンドにとって、アメリアはきっと唯一無二の存在だった。


ー…なぜっ?


だからこそ、ミランダは悲しくてしょうがなかった。やるせない気持ちでいっぱいだった。なぜそんなに大事なら、後悔するなら、アメリアの手を離してしまったのか。

でも、皆の差し伸べる手を見て見ぬ振りして、信じられなかった"ミランダ"は知っている。怖いのだと。大切な人だから、嫌われたくない人だから、だからこそ、信じて手を伸ばして、その手を振り払われるのが怖いのだと。


霞んでいく視界の先。そこにいるのはどうしようもなく愚かで、可哀想な、一人ぼっちになってしまったもうひとりの"自分"。


ー姉様、この人をどうして置いていってしまったの?寂しがり屋だって…自分で言ってたじゃない。


そんなことを思ってもどうしようもない。ミランダだってわかってる。だってアメリアを殺したのは今、ミランダの目の前にいるレイモンドだ。自業自得だ。どんな理由であれ、彼は自分の手で自分の大切なものを壊したのだ。ミランダにとっても大切な、たった1人の姉を…

でも、ミランダは怒りより、憎しみより、この目の前の男の"痛み"が何より悲しかった。


そんなミランダの悲しみに染まった表情を見て、首を締めていたレイモンドの両手がビクッと震え、緩んだ。目を見開き、そしてそこから目を背けるようにレイモンドは両手で顔を覆い、怯えるようにミランダから身を引き始めた。


「…なんでっ………いつも、いつもっ!そんな目で見るっ!!」


急速に気道に入り込んだ空気に、回り出した意識に、ミランダは思い切り咳き込み、ヒューヒューとか細い呼吸を必死に繰り返しながら、なんとかその身を起こした。


「なんでだよっ!なんでいつもっ!!そんな顔してっ……笑うんだ……恨めばいいだろっ!恨めよっ!!」


そう喉を潰す勢いで、衝動のままに叫びながら、レイモンドはミランダの上からどんどん後ずさる。


ー……笑う?


咳き込み、呼吸が整わない中で、ミランダは涙の滲み始めた視界も気にせず、音の聞き取りづらい耳に入ったその言葉だけが引っ掛かり、その意味を追った。なぜ、アメリアは笑ったのか。怒ったでも、泣いたでもなく、笑ったのか。ミランダはその答えを知っている気がしたのだ。


ーだって、


「…しあわせに、なって、ほしかった」


ーそれは、日記に書いてあった…


喉を絞められたことで、うまく声にならない小さく、掠れたミランダの声。しかし、その答えは、レイモンドの耳にも確かに届いたようだった。


「ふざけるなっ!!」


目を見開き、怒りに震え、泣き叫ぶかのように声を荒げるレイモンド。そのまま彼は、力なく床に座り込んだままだったミランダの胸ぐらを容赦なく掴み上げる。


「その結末が"死"だとっ!?おかしいだろっ!!」


グイッと感情のままに、ミランダを自分に合わせるようにして胸ぐらを引っ張り上げ、無理やり立たせたレイモンド。ミランダより背の高いレイモンドが力一杯引っ張り上げれば、ミランダの足は床に付かず、また首が締まって呼吸が難しくなる。

再び訪れた苦痛にミランダの顔が歪む。


そこに、


「ーーミランダっ!!」


扉が叩きつけられる音。次いで空間を引き裂くような風がミランダの身を襲い、一気に息苦しさから解放されたとのちに、温かな腕に包まれた。


「ミランダっ…」


もう一度聞こえたのは、ミランダへとずっと手を伸ばし続け、その手をきちんと掴み取ってくれた、大好きな人の愛おしい声。


「…ぶ、らぃあん…さま、」


ミランダの掠れてほとんど音になっていない声を、ブライアンはしっかりと聞き取り、そして一度その腕の中の存在を確かめるようにギュッと抱きしめる。


「ははっ、はははははは……結局、そうやって。他の男を選ぶんじゃないか」


そんな2人を見てレイモンドが力なく壊れた笑い声を上げながら、頭を抱え、ブライアンを殺意を込めて強く睨みつけた。まるで、大切なものを奪われてしまった子供のように。

感情的に、腰に下げていた剣を手にしたレイモンド。その気配に素早く反応したブライアンも、同じく相手を睨み返しながらミランダをそっと離し、レイモンドと向き直る。


「…マクスウェル侯爵子息。お前は、何をしているかわかっているのか?」


低く底冷えするような、怒気や殺意が滲み出た声だった。必死に抑え込もうとする激情を表すように、ブライアンのその拳はとっくのとうに震えていた。ブルーグレーの鋭い瞳がその身に閉じ込めたものを全て表すように燃えている。


「はははっ…いいぞ。剣を取れよ、王太子。そして、"俺みたいに"俺を切り捨て、突き刺してみろよっ!」


興奮から狂ったように声を上げ、笑っているレイモンドに、ブライアンは殺伐とした空気を纏ったまま、静かに剣を抜く。


「……ブライ、ァン…さま、」


「…大丈夫だ。わかっている」


背後にいるミランダの何かを訴える呼びかけに、ブライアンは振り返らずそう言葉だけを返す。


その大きく立派な体格からは想像できないスピードで一気にレイモンドとの距離を詰めたブライアン。すかさず切り掛かったブライアンの剣を、レイモンドが咄嗟に受け止め、そのまま雪崩れ込むように激しい撃ち合いを繰り返す。

鉄と鉄とが擦れ合うたびに起こる軋むような音と、鋭い衝撃音を繰り返しながら、交わる剣。明らかに力も実力も上なブライアンの剣筋に、レイモンドがブライアンに翻弄され、押し負けるようにしてどんどん壁際へと追い詰められていく。そのことにレイモンドが気を取られ、背後へと視線を向けたほんの一瞬、ブライアンはレイモンドの剣を思い切り跳ね上げると同時にその胴体を蹴り、床へとレイモンドの体を引き倒した。起き上がる間も与えず、振りかぶられたブライアンの剣が、月明かりを浴びてキラリっと鋭く光る。


そして、


「ギャァァァァァーーーーッッッ!!」


激痛を訴えるレイモンドの断末魔。

それと同時に赤い飛沫を上げ、部屋に充満したのは鉄錆臭い血の匂い。

叫び苦しみ、逃れようと暴れるレイモンドの動きを封じるように、ブライアンは上着の内側に隠してあった短剣で、今度は左足の太腿の限りなく外側を狙って床まで貫通させるように突き刺した。再び上がる、レイモンドの悲痛な叫び声。

ブライアンの剣に右肩を貫かれ、左足も動きを封じられ、レイモンドは床に貼り付けにされた蜘蛛のようにもがき苦しんでいる。


「安心しろ……太い血管は避けてある」


冷たい瞳でレイモンドを睨み、見下ろしたブライアン。そんな瞳を受け止めながら、レイモンドは苦痛を訴えるように叫び出す。


「なぜだっ!!なぜ殺さないっ!!憎いはずだろっ!!殺せっ!!殺せよっ!!」


そう狂ったように訴え、叫び続けるレイモンドに、ブライアンは瞳を閉じて、静かな声でこう告げた。


「…自分が死にたいのを、俺に押し付けるな。それに俺は、お前とは違う」


その言葉を聞いてもなお、レイモンドは「なぜだっ!!」と叫び、痛みから逃れようともがき、暴れ続ける。

そんなレイモンドを、ブライアンを、遠くから見ていたミランダが、まだふらつく体をなんとか起こし、覚束ない足取りで2人に近づいた。そんなミランダの動きにもいち早く気がついたブライアンが、ミランダを支え、崩れそうになる身体を助け起こす。


「…ブライアン様は貴方を殺したりしませんし、殺せません。彼は、戦の最前線に出向き戦ってきた方、それだけに命を奪うことの重みを誰よりも知っている。…初めて人を殺したのが姉様だった貴方なら、そのことを痛いほどわかっているのではないの…」


近衛は基本最前線に出ることはない。貴人や王族の警護を主とする軍人だ。同じように訓練は受けていても、実践を重ね、戦地を駆け回っているブライアン達とは訳が違う。

特に、この国の貴人は皆武に長けている。はっきり言って、ブルフェンより前の時代から続く貴族の子息たちのための、"配慮"として作られた近衛部隊が、その手で人を斬る機会など皆無に等しい。

そして、だからこそ…


「だから、アメリア姉様は、貴方が怒りに我を忘れ、人を殺すのを止めようと、貴方と、相手の間に飛び込んだのではないの?」


ーきっとすでに壊れかけていたレイ兄様の心を守ろうと…


そのミランダの言葉に、レイモンドはそれまで以上に叫び、暴れ、苦しみ始めた。意味のなさない言葉、動く左手で何度も床を叩きつけ、終いに顔を覆う動作。何よりその頬を濡らしていく涙が、彼の心情を全て表しているようだった。叫び声は泣き声へと変わり、ぶつけていた怒りが身に沈み込む悲しみへと変わり、レイモンドは耐えきれなくなったように自分の顔を隠し、涙を流すだけになる。


そのタイミングで、ケビンを始めとする数名が、部屋の入り口へと雪崩れ込んできた。


「…ケビン、この者を捕縛しろ」


ブライアンのその静かな声を聞きながら、ミランダは目の前の兄と慕った人の憐れな姿から、そっと視線を逸らした。


この話かなり苦戦して、まだ納得いってないので後日修正するかもです。


ブルフェンは確かに騎士の国なのですが、元々は悪政を布いていた前国王を一介の騎士であったレオナルドが討ったことによって出来た国です。

そして、今の貴族たちにはレオナルド同様に騎士を志してブルフェンという新しい国で貴族になった者や、レオナルドに協力した前国の貴族の生き残りの他に、どちらにも手を貸さず静観してたことで難を逃れた貴族が居ます。そういった貴族はブルフェンという国を、英雄王の存在を許容しても、その在り方に賛同しているとは言えない者が多いです。そして、そう言った家柄は軍に自分の子息、特に嫡男を入れることを嫌がります。(死なれたら困りますし)

でも、この国内での体面のため騎士という職につけて箔をつけておきたい、そんな思惑が絡んでできたのが近衛部隊です。

正直、歴代の王は一人でも敵を退けられる強さがある者ばかりなので必要ないのですが、面倒な家柄の嫡男子息がその家を継ぐまでのお飾り役職としておくには悪くない役職として残されています。

マクスウェル家は前国の王家にも通ずる家柄なので、レイモンドは実力はありましたが侯爵の強い要望で近衛部隊に入ってました。


なので、レイモンドは訓練では申し分のないと言われる実力はありますが、実戦経験(戦に出た経験)もなければ、人を殺したことはありませんでした。



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