第四十七話 仮面舞踏会
ホラーのような扉の開け方とは裏腹に、まるで小動物が草むらから顔を出したかのように現れたのは、思ったより小柄な男性。
軍人だからか、それなりに筋肉のついていそうな体つきはしているが、想像したより圧迫感や威圧感はなく、むしろ文官であるセオドアあたりと然程大差ない体格のように見えた。
さらさらと亜麻色の背中まである長い髪をポニーテールにし、黒い軍服に剣帯してマントを羽織り、目元と帽子だけが赤い、あとは白黒のピエロの仮面をつけている姿はなんとも言い難い独特な雰囲気だ。しかし何故か不思議と、ミランダは彼に対して警戒心を抱かなかった。仮面の奥に光る赤みの強いぶどう色の瞳が、ミランダだけをじーっと見つめ、そしてテコテコと近づいてくる。
「…えーっ、アームストロング公爵ですよね?本日はお招きありがとうございます」
アルフレッドの困惑した挨拶にコクンと小さく頷くと、父に合わせお辞儀をしたミランダに再び視線を合わせる。彼の身長は、ミランダよりほんの5センチほど高いだけで、そう大差がないように思えた。
「……殿下じゃないの?エスコート、」
ミランダの耳に聞こえてきたのは、下手したらまだ幼い少年のようにも思える、男性にしてはとても高い声。急に親しげな様子でそう話しかけてきた公爵に、ミランダは驚きながらも、言葉を返した。
「…殿下とは、ブライアン殿下のことでしょうか?」
「うん」
「本日はブライアン殿下はお忙しいそうなので」
「…恋人のエスコートなのに?別のこと優先したの?」
「殿下と私は"恋人"と言える関係では……」
ーいや、想いは伝えてあるし、言ってもいいのかしら?
そう僅かに心の中で思案しながらも、正直に初対面の人に伝えるのはなぁと、ミランダはとりあえず曖昧な答えだけ返すことにした。
公爵はミランダの言葉にしょぼんと項垂れた様子で、「リアとの約束先延ばし…」とよくわからないことを呟いている。
「…あの、公爵様?」
「……なに?」
「公爵様は以前どこかで、我が家の者と何か関わりがあったのでしょうか?」
全く敵意どころか親しみすら感じる公爵の様子に、ミランダは思い切ってそう訊ねてみる。
「………教えない」
しかし、帰ってきたのはそんな一言。何故かあからさまに拗ねている公爵はそのあと、「時間になったら先程の使用人を迎えに来させるから、会場で」と素っ気なく言い残し、あっさりとそのまま帰って行ってしまった。
「…ね?なに考えてるかわからないでしょ?」
そんなアルフレッドの少し的の外れた言葉に、ミランダも今回ばかりは深く考えず、素直に頷き返す。
ふと、視線を向けたテーブルにあった1つの仮面には、いつの間にか付箋がつけられており、そこには「オススメ」と書かれていた。
それは目のところに青ガラスのはまった、美しい黒猫のお面だった。
怪しげな装飾や、仮面舞踏会という響きから、妖しいものを想像していたミランダの予想を裏切り、案内された会場で始まった夜会は案外楽しげなものであった。
予想より圧倒的に少ない50人ほどの少ない夜会。明かりは少し落としめで照らし出されたホールには、奇抜な風船が至る所浮かんでおり、どちらかというと立食の晩餐会と言える形になっていた。皆思い思いの仮面をつけ、それぞれ初対面であろうが、既知であろうが、楽しく談笑を繰り広げている。
「貴女の装いもシンプルだけどその髪が映えて良いわね。素敵だわ」
かく言うミランダも、知らない女性にそう話しかけられている真っ最中だ。
ミランダの今日の装いはあの紅茶染めしたデビュタントで使ったエンパイアドレスだ。結局リメイクと言うほど手は加えず、刺繍のみを追加したものに仕上がっている。
そうなると品はあるのだが、華やかさには少し欠けるため、アームストロング公爵が勧めてくれた銀の刺繍とアクアマリンが散らされた、シンプルな黒猫の仮面が1番バランスが良く、似合っていた。
さらにアルフレッドのアドバイスで、それだけではシンプルすぎるからと、敢えて纏めていた髪を下ろしている。仮面舞踏会では、普段は厳守する決まりなどが少し緩むため、デビュタントの年ではないミランダが髪を下ろしても咎められはしないだろうと。
そうして元々ハンナが結ってくれていた髪は下ろされ、緩くウェーブを描きながら、ミランダの背へ流れている。
ーでも、この国では特徴的な髪色だから、もしかしたら逆に私が誰か丸わかりかもしれないわね。
目の前の女性と楽しく会話を続けながらも、ミランダはそんなことを考えては、心の内で苦笑いを浮かべた。事実、ミランダが誰か分かっていて、それで話しかけにきてると思われる人達が、数人いたように感じる。
「こういった場では"女だから"、"地位がないから"と煩いこと言う人はいないから、お互い楽しめるといいですわね」
そう言って別れて行った今の女性もたぶん、いや確実にミランダのことを分かっていた口だろう。彼女に微笑みながら軽く手を振ったミランダも、なんとなく彼女が誰か察することが出来ているくらいなのだから。
ー普段とは別人のように振る舞われてるけど…たぶんそうよね?
その夫人の普段とのあまりの変わりように、ミランダは自分の観察眼を少し疑いを覚えながら、せっかくの機会だからとこの場を楽しもうと、思考を切り替える。
流石アームストロング公爵の招待客というべきか、普通の社交界では見かけない変わった人が多く参加しているようだった。
特にミランダが驚いたのは、隣国のエスターニャ公国の歴史考古学者のブルックナー博士。彼はその世界では知らぬ人はいないと呼ばれる人なのだが、そのあまりの遺跡好きとひとつの場所に居つかない性質から、会うことができない幻の人とも呼ばれていた。
「ブルフェンって面白い国だよね?歴史的には薄いから興味はないけど、でも、その民族柄はなかなか頑固でいいと思うよ」
と、少しミランダとも快く会話してくれた彼は、そう楽しげに笑っていた。
ー本当に。公爵様の人柄同様、変わった方が多いけど、皆とても親切だわ。
そんな感想をミランダは抱きながら、本当に何処でアームストロング公爵とメルロー子爵家に関わりがあったのか気になってしまう。アルフレッドやダニエルとは違うなら、残すは母、ヴァレンティナか、アメリアなのだが、2人の社交界での様子など知らないミランダからすれば、到底予想などできそうもない。
「黒猫のお嬢さん、よければお話ししませんか?」
そんな考え事をするミランダに、また別の男性から声が掛かる。それに振り返りながらミランダは笑みを浮かべ、その声に応えた。
そんな気の置けない、心から楽しめる夜会に少し緊張が緩んでしまっていたのだろう。すっかりアルフレッドとも別行動で楽しんでいたミランダは、その些細な違和感に気がつくことができなかったのだ。
とある令嬢から伝えられた『少し話し忘れたことがあるから来てほしい』という、公爵からの"伝言"によって呼び出された、客室の一室。
そこで待ち構えていたのは、会場にはいなかったはずの、レイモンド マクスウェルの姿だった。




