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第四十三話 家族のかたち

「…君が知られたくないのなら言わない。だが、君から聞いた話以上に、マクスウェルは後ろ暗いことが多い。…それ相応の処分を下すとき、全てが明るみに出る可能性は否定できない」


「…それはわかっています」


ブライアンがミランダの気持ちを理解した上で告げた施政者の1人としての言葉を、ミランダは深く受け止めた上で静かにそう答えた。そんなミランダをブライアンは見つめると、またゆっくりとその腕に彼女を囲い込んだ。それをミランダも抵抗せず受け入れ、また静かに言葉を続ける。


「…最後まで隠せると思ってないんです。ただ、父と兄にはなるべく辛い思いをさせたくない。それが、私が2人にできる数少ないことなんです」


そのミランダの話にブライアンの眉がピクリと反応し、腕の中にいるミランダの顔を覗き込んだ。そこに映るのは悲しそうで、寂しそうな、幼い少女を彷彿とさせる顔をしたミランダ。

ブライアンはその手触りの良い髪を頭から撫でながら、ミランダにそっと諭すように告げる。


「ミランダ。君が思うより、君が考えるよりずっと、アルフレッド殿もダニエル殿も、君のことを愛しているよ」


しかし、ミランダはそれを聞いてギュッと何かを我慢するように眉を寄せた。そんなミランダの反応に、ブライアンはまた暫く頭を撫でながら、穏やかに言葉を続ける。


「もっとミランダは2人と話すべきだと思う。思っていることを…素直に。君の家族は君を娘とか妹とか、そういうことじゃなく、"ミランダ"として愛してくれている。だから、大丈夫だ。…我儘言って、思ってること言って」


ミランダはブライアンのその言葉に、泣きそうな顔をして、俯いた。


ー本当にそうなのかしら…


アルフレッドにとっては最愛の妻を、ダニエルにとってはたった1人の母を失った原因、それがミランダだ。ダニエルは今でこそミランダに積極的に構い、手を差し伸べてくれるようになったが、アメリアが亡くなる前まではミランダのことを複雑な様子で見つめ、常に一線を保っていた。アルフレッドだって、いつも仕事で手一杯。幼かったミランダと触れ合う機会は少なく、アメリアのように『愛している』と『好き』と言ってくれたことは1度もなかった。

最愛の妻の忘形見だから、母と姉が居なくなって残された妹だから、だから大切にしてくれているのではないかと、ミランダは心のどこかでずっと思っていた。

互いに気を遣い、遠回りしてばかりで、きちんと向き合って必要な言葉を伝えてこなかった代償。それが今のミランダが2人に甘えられない、信じられない原因。


「本当に子供に関心のない親は、あんな風に君自身を、"ミランダ"をきちんと理解して、受け止めようとはしない。2人は、"ミランダ"のことをちゃんと見てくれている」


そう言葉を続けながら、「ちゃんと話してみろ」とミランダに促してくれるブライアン。彼の嘘のない、真っ直ぐな言葉に、ミランダは少しずつ勇気づけられていく。


「マクスウェルのことはこちらに任せて。ミランダは、まず2人ときちんと話すことを優先すべきだと私は思う」


ミランダのことを真っ先に気にかけ、そう提案してくれるブライアン。ミランダはそんな優しい説得に、ゆっくりと小さく頷いた。


「…君は、君が思う以上に、みんなから愛されているよ」


朝日が、時間の止まったその部屋に、朝の訪れを告げていた。




ブライアンに付き添われ、そのまま居間に向かえば、何故かアルフレッドもダニエルも、そしてハンナもそこで待っていた。

ダニエルはミランダの姿を確認した途端に立ち上がり、真っ先に彼女のところに駆け寄ると、その腕できつく、自分の妹を抱きしめた。


「ミランダ、ごめんっ……ずっと、ごめんな……ちゃんと愛してるから……」


普段のおちゃらけた口調とも、昔の優しいけど遠慮がちな話し方とも違う、真っ直ぐで不器用なその言葉こそ、きっとダニエルのずっと伝えたかった後悔(ことば)

それにミランダはまた涙を浮かべながらも、ダニエルを強く抱きしめ返す。


そこにゆっくりと立ち上がり、近づいてきたのはアルフレッド。いつも飛びついてくるはずの彼は、静かでとても複雑な顔をして、ミランダを見つめている。

その視線に気がついたダニエルが、そっとミランダを解放すると、父親の為に少しスペースを空けるように一歩下がる。


「…ミランダ」


「…はい」


眉を下げ、怒っているようにも聞こえるアルフレッドの静かな声。それに、ミランダは不安な顔をしながら、両手でギュッとネグリジェの裾を握りしめ、父の言葉を待っていた。その様子をジッと見つめたアルフレッドが静かに言葉を伝え始める。


「ミランダ、僕は今日お前を初めて怒る。きっとこの先、もうお前を怒ることなどないかもしれない。だからきちんと聞きなさい」


そう言ったアルフレッドは1度仕切り直すように小さく息を吐くと、逃げるのを我慢して必死に自分の顔を見つめてくる娘と、きちんと視線を合わせた。


「…朝起きたら、必ずおはようを言いなさい。…朝食と夕食は、必ず家族一緒に取りなさい。体調が悪いとき、疲れているとき、必ず家族に相談しなさい。怒ってるとき、悲しいとき、辛いときは…必ずそれを我慢しすぎてはいけない」


まるで小さな子供に親が言い聞かせるようなことを次々並べていくアルフレッド。でもそれはミランダにとって、アメリアから言われたことはあっても、(アルフレッド)からは決して言われたことのない言葉の数々。


「…そして、もっと我儘になりなさい。家族は、お前の我儘を聞く権利を持った伴侶を除けば唯一の存在です。家族を思いやるとき、必ず自分のことも思いやりなさい。大切な家族が自分のせいで傷つくのは、それは家族の幸せに繋がりません。……最後に、父さんはミランダを、ヴァレンティナの娘として、アメリアとダニエルの妹として、家族の1人として、そして自分の子供として、大切な宝物のように思っています。不甲斐ない父で、頼りない領主だけど、ミランダの絶対の味方は僕だから。だから、何も我慢せず甘えなさい。ミランダ、僕は大切で大好きなお前に、気を遣ってなんか貰いたくないよ」


そう言ったアルフレッドはそこで耐えきれなかったように一粒涙を流し、ミランダをいつものように抱きしめた。


「"おかえり"、ミランダ。僕はお前が生きていてくれるだけで幸せなんだよ。愛してるよ、ミランダ」


その腕に縋り付き、ミランダも耐えきれずまたボロボロと涙を流し、アルフレッドに謝った。


「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」


何に謝っているのか、心当たりなど山のようにありすぎてミランダ自身にもわからなかった。

でも確かなことは、自分が傷つきたくなくて家族と向き合ってこなかったこと。そして、差し伸べ続けていた手を無視し続けていたこと。そして、こうして抱きしめてもらえて、『愛してる』と言って貰えて、心の底から安心していること。

今は、それだけで充分だった。


「ブライアン殿下。ミランダのこと、ありがとうございました」


泣きじゃくるミランダを抱きしめながら、アルフレッドも耐えることなく涙を零しながら、でもしっかりとブライアンに感謝を告げた。その隣でダニエルも、きちんとブライアンに頭を下げる。

それに静かに首を振ったブライアン。そして彼はアルフレッドの腕で安心したように泣くミランダを愛おしそうに見つめていた。

部屋の隅で控えていたハンナも涙を堪えるように目に力を入れ、穏やかに笑っている。


こうして、メルロー子爵家の歪だった関係は、また新しい幸せのかたちを築き始めた。


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