第四十二話 真相のかけら
アメリアの日記抜粋が入ってる分、長いです。申し訳ないです。
ミランダがようやく泣き止み、落ち着き始めたのは空が白み始めた頃だった。
「…痩せたな」
まだ膝の上にミランダを抱き込んだままのブライアンが、ミランダの頬に手を滑らせながら痛ましい顔で彼女を見つめた。その暖かい掌にミランダは無意識に擦り寄りながら、困った顔をしてブライアンを見上げる。
「…グリーンフィールド公爵家の夜会の後、すぐに会いに来なくて悪かった。すぐ来ていれば…君をここまで苦しめる事はなかったのに」
それに対してミランダはふるふると首を振って、それは違うと必死に否定する。
「ミランダ、」
「……はい」
ブライアンの呼びかけに、ミランダは泣き過ぎて掠れている声で、小さく返事をする。
「ひとつ聞きたいことがある。君はマクスウェル侯爵家のレイモンドとの婚約を望むか?」
ブライアンの言葉にミランダはビクッと肩を震わせ、唇を噛みしめ俯いた。
「…そういう話がメルロー家に来ている。君がそれを望まないなら私の方から圧力をかけることもできる。だが、それをすると君は、もう私から逃げられなくなる」
淡々と努めて説明するブライアンのその言葉を、ミランダは静かに聞きながら、じっと動かず下を向いていた。
「…君にもう2度と無理強いはしたくない。だから、言い方を変える。ミランダ、俺のことは嫌いか?」
その言葉にミランダはゆっくり首を振った。そして、
「…………………すき、です」
本当に小さい、聞き逃してしまいそうなミランダの声。でも、それをきちんと言い切ると、ミランダは恥ずかしさから顔を赤くし、それを隠すようにブライアンの胸元へと顔を寄せた。それにブライアンは少し瞳を閉じて沈黙すると、また気を取り直したようにミランダに問いかける。
「ならレイモンドのことはどう思う?」
ブライアンのその言葉に、ミランダは迷うように不安そうな顔を上げながら、視線を揺らした。
「…嫌いにならない?」
「ならない」
ミランダの確認するようなその言葉に、ブライアンは迷いなくそう答えた。
「殺してやりたいほど憎いと思ってた」
哀しそうな顔と静かな声。
普段のミランダからは想像できないような物騒な言葉。
それが彼女の溜め込んでいた真実だ。
「だから、ブライアン様に突き放されるくらいなら…その前にアイツのところに行って、復讐してしまおうって」
「復讐?」
ブライアンは個人的に聞き捨てならない言葉は後回しにし、気になった言葉を拾い、ミランダに話を促す方を優先させる。
「…姉様は、多分。殺されてるの」
ポツリとミランダが吐いた言葉。それは、ブライアンが想像してた通りの答えだった。
「…アメリア嬢は病死ではなかったのか?」
予想していたが、ミランダの口からきちんと言わせるべきだと判断したブライアンは、何も知らないていを装い、ミランダの言葉を引き出していく。
「病死ではありません。それは表向きの為に口封じされたこと。父と兄はまだ、姉さんが花嫁教育から逃げ出して、駆け落ちした使用人と自殺したと信じてますが…それだとあり得ないんです」
そう言ったミランダはブライアンの腕から一度抜け出し、机にある三冊の本を取ってくると、ブライアンの元へと戻ってきた。
「姉様の日記です」
そう言って渡されたのは同じような装丁をした色違いの鍵付きの日記。よく見れば全て鍵は無理やりこじ開けたように壊れており、中が簡単に読めるようになっていた。
ブライアンはその内の一冊を手に取ると、そのまま静かに最初のページを巡った。
『○月○日
ミランダが3歳、ダニエルが7歳、
そして、私は12歳になりました。
社交界デビューまであと4年。
私も父さんやハンナの手伝いがだいぶできるようになりました。弟と妹のためにも、もう大人にならないといけないと自覚しています。なので、悲しいこと、辛いことがあってもきちんと笑うことに決めました。
そんな私が気持ちを見つめ直すための、心を整理するための、そんな手助けになればいいと思い、この日記をつけることにします。時に弱音も愚痴も書くでしょう。でも、これは誰にも見せない秘密の日記です。ここで全て吐き出してまた前を向いて歩けるのなら、こういう秘密はアリだと思うのです。
…こんなのって日記と言えるのかしら?書き方違ってる気もするけれど、とりあえず続けます。』
そう書かれていた1ページ目。おそらく、これが最初の日記なのだと、ブライアンでも理解することができる内容だった。
「…それは最初の日記です。姉は、それからほぼ毎日、少しずつでも何かしら言葉をそこに綴ってました。そしてこれが、姉が死んだ数日後に、マクスウェル侯爵家で姉についていてくれた侍女が、こっそり届けてくれた最後の日記です」
そう言ってミランダが抜き出したのは深緑の表紙の日記。
それを交換するようにミランダから受け取りながら、ブライアンはまたそのページを巡っていく。
『○月△日
やはりこの容姿のせいか誤解されることが多い。でも、今日は知らない男の人が私を助けてくれた。とてもありがたかったけど、去り際にすごく失礼なことを言われた。あんなに怒ったのは久しぶりだ。久しぶりの感情に制御しきれず、涙が出始めてしまった私に、彼は慌てたように戻ってきて、戸惑いながらも謝り、慰めてくれた。その手つきがあまりにぎこちなくて、不器用な人だなと少し笑ってしまった。…名前くらい聞いておけばよかったわ。
○月◎日
知り合いの方に紹介されたのが偶然なことに、この間の彼だった。なんと侯爵家の人だったらしい。驚きすぎて固まってしまった私に、また彼は意地悪なことを言った。でも、その瞳は前よりも冷たくなくて、どこかそのことに安心してしまった。やはりとても不器用な人だ。素っ気ないことを口では言う癖に、私が前みたいな目に合わないようにきちんと気を遣ってくれる。なんだか凄く勿体ない人だと感じた。』
そんな社交界に出てからのことから始まったアメリアの3冊目の日記。それはまた几帳面に毎日欠かすことなく続いていき、その中には当然レイモンドとの仲睦まじい話や、ミランダとの日々、それからアルフレッドやダニエル、ハンナなどとの幸せな話と、ちょっぴり彼女が溢す弱音が入り混じった文章。
しかし、そんな毎日続いていたはずのそれが、あるところを境にほとんど書かれなくなり、唐突に終わっている。
その初めて日付飛んだところを見ればわかる。それは、アメリアが侯爵家で暮らすようになってからだと。
『◎月○日
侯爵家の暮らしにもだいぶ慣れた。思った以上に忙しくて、この日記を書く時間も取れない。
相変わらずレイモンドのお母様は私にとても厳しい。私のような身分の下の者を侯爵家の一員にしたくないという意志がありありと伝わってくる。
でも、私は平気だ。絶対に、レイのためにも私が折れるわけにいかないのだ。レイには両親に認められた結婚をさせてあげたい。それが彼の両親から彼に送られるべき最上級の餞だと思っているから。そう思えば私は頑張れる。
だけど…少しレイの様子がこの頃おかしい。なんというか、時折その瞳が翳るのだ。どうしたの?と聞いても何も答えてくれない。大丈夫なのかしら…
△月◎日
レイのお母様にはまだまだ認めてもらえない。ここまであからさまだと少し、気持ちが滅入ってしまう。
…きっとレイの態度が変わってしまったことも影響してるのでしょうね。
レイはあの夜から私を避けている。思えばあの夜の彼はおかしかった。結婚前にそういうことになってはレイの立場が悪くなると、咄嗟に止めてしまったけど…あの時の絶望にも似たレイの表情が忘れられない。私は、選択を間違えたのかしら?…わからない。でも、レイと話さないといけないことには変わらない。明日こそ、話せればいいのだけれど…
□月○日
随分久しぶりに日記を書く。
もう、どうしたらいいのかわからない。
レイが全身で、言葉の全てで私を拒絶している。今にも壊れそうで、狂いそうで…どうしたらいいのだろう。
この彼のために頑張っている花嫁教育も全て無駄なんだろうか?
もう、彼は私が……
らしくもない。後ろ向きなんて似合わないわ、アメリア。
大丈夫。レイの瞳はまだ完全に光を失ってないもの。大丈夫。彼も私も、まだ大丈夫。
きちんと話をしよう。素直に、何もかも思っていることを告げて。まだ、あなたを愛しているのだと。信じて欲しいのだと。
大丈夫。あなたのことを、絶対に受け止めてみせるから。だからお願いだから…
本当は怖い。もう要らないと、愛してないと言われたら、私だって耐えきれずに壊れてしまうだろう。
でも、そうだとしても…
私はあなたがこのまま壊れてしまうところを見たくない。
あなたの幸せを、1番に願っているのだから…
好きよ、レイモンド。愛してる。』
最後の日記は前回からほぼ2ヶ月開けた日付。しかも、その日付は確かアメリアが亡くなったとされる前日に書かれたものだった。
「姉様はその最後の日記で、あの人ときちんと向き合って話そうとしていました。近衛であるあの人が帰ってくるのは夕方。姉様の死亡推定時刻は夕方の17時、それが正しければあの人と、話し合う前に姉様は死んでいる」
そう言ってミランダがブライアンの手から深緑の日記を抜き取ると、パラパラとめくり、最後のページに挟んで隠してあった1枚の紙を差し出した。
「2年ほど前に調べ直しました。王都にあるスラム街にある、主に裏稼業を専門とする葬儀屋。そこで整えられた時の、姉様の遺体の記録です」
ミランダが説明するように、人型の簡単な絵に書き加えられているのはその遺体の運ばれてきた時の状態と、修復、補正を行った箇所の記録。その詳細なメモには『ダークブロンド、ロマニ?』などを始めとする、アメリアを連想させる単語も見て取ることができる。
「普通の自殺なら、このような場所に頼まなくてもいいはずです。姉様が自殺したなんて、事実だけ聞けばメルロー家には醜評でも、マクスウェルに寄せられるのは同情でしょうから」
そう言いながらミランダは、ブライアンの方を見ず、紙に書かれたあるメモをそっと指差した。
「…気になるのはここです。『死亡原因、長剣などから上で指したと思われる刺殺。心臓から斜め下に腹の方へと貫かれた剣(?)による傷で死亡と考えられる。要修復対象。特に傷は小さく見えるように偽装』…可笑しいと思いませんか?姉はそんな長剣など持ってませんし、多分持つこともできないと思います。それなのに心臓からさらに腹部の奥まで力一杯突き刺している」
その言葉にブライアンも思わず眉を顰めた。自殺するなら普通、首か手首を狙うものだ。ましてや力のないご令嬢が、肋骨を貫通して上から下に突き刺すなど、無理な話だ。
「だからアメリア嬢は殺されていると…」
「はい。そして、多分相手は姉様を上から突き刺せるだけの身長がある相手……」
ーそんなのレイモンド以外、マクスウェル侯爵家にいるわけがない。
マクスウェル侯爵家の現当主は、騎士ではなく、領地運営と貿易関係の事業を営んでいる、剣は嗜み程度しか扱えない人物だ。もちろん夫人も扱えるわけがない。
レイモンドを除くならアメリアを連れ出したとされる使用人だが、彼はアメリアが死んだ後日、"重大な規約違反"として、侯爵家によって殺されていることがミランダの調べでわかっている。
「この最後の日記も、侯爵夫人が姉様のものを全て処分しようとした際にこっそり抜いて、その侍女が持ってきてくれたものです。…その侍女もその3ヶ月後、実家に帰る途中盗賊に襲われて亡くなっています」
「……………そうか、」
冷静に告げているつもりでも、感情がこみ上げ、怒りに震え始めるミランダを、ブライアンは落ち着かせるように、その華奢の肩を軽く撫でる。
「よくもまぁ、"王族"が揃いも揃って"気がつかなかった"もんだ…」
ブライアンのほんの少し含みを感じる言い回し。しかし、そのことにミランダは気が付かず、そっとその葬儀屋で貰った紙を戻して、日記を閉じる。
「…ずっとひとりで抱えてたのか?」
「父はマクスウェル家にこの件は決して口外しないと血判を押させられています。その内容にはマクスウェルとメルローが今後何があっても、必要に迫られなければ関わらないとそういう取り決めもありました。少なくとも私がこの事実を胸にしまい、彼らへの負の感情を抑え続けていれば、私たち家族は一応平穏に暮らしていける。それは、"貧乏子爵家"として、"身の丈に合った範囲"であればです」
そのミランダの告白に、ブライアンは漸く彼女の"身の丈にあった"の意味を理解した。
あまり力を持ちすぎると、彼らは、真実の漏洩を恐れたマクスウェル侯爵家に、消されるから。
「父と兄には、まだ言わないで貰えますか?…こんな途方もない憎しみを抱くのは、私ひとりで充分です」
ミランダのその言葉に、ブライアンはゆっくりと耐えるように瞬きをひとつ落とした。




