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閑話 メルロー家を見守る人々

前半は久しぶりマキューリオ伯爵こと、ジェームズ視点。

後半はメルロー子爵家臨時侍女、ハンナ視点。

初めて一目惚れした相手。

でも、彼女は自分ではない男と結婚した。


納得いかなかった、ずっと。何でこいつなんかが?と突っかかり、嫌味や小言をぶつけたことも少なくはない。けど、自分も妻と結婚し、その妻を愛するようになってから、その妻から彼女にとってあいつしかダメだった理由(わけ)を知った。それを聞いて、私は昔の自分を殴りたくなった。

数年を経て、罪悪感から頭を下げた私に、あいつは困ったように笑った。


『マキューリオはいつもまっすぐだったよ。というか、僕がポンコツなのは間違いないんだから、謝ることでもないと思うんだけど』


全く気にした風でもなく、むしろ私に気にするなというアルフレッド。

でも、私は知っていた。

こいつが、男爵の三男坊として、本当は貴族のしがらみのない暮らしを望んでいたこと。でも、兄弟が流行り病で亡くなり、自分が急に家を継がなくてはならなくなって大変だったこと。そして、彼女を救うために、ない頭を必死に悩ませ、頑張っていたこと。

謝っても「自分が悪い」ときちんと受け入れて貰えず、苦渋の表情を浮かべる私に、あいつの隣に座る彼女が、同情したように笑っていた。その手がきちんと隣の男と繋がれているのを見て、やはり彼女はこいつじゃないとダメだったんだと理解する。


『…これから先、何かあったときには必ず力になろう』


『マキューリオ、硬いよ?ん〜僕はそれより、友達になってくれた方が嬉しいかなぁ』


そう言って力の抜けるような笑顔を浮かべたアルフレッド。その隣で、彼女も呆れたように、でも幸せそうに笑っていた。



しかし、俺は誓ったことに反して、あいつが大変なときにいつも助けてやる事が出来なかった。

彼女が亡くなった時は自分の父が、アメリアが亡くなった時は妻が、何故かメルロー子爵家と連動する我が家の悲劇。いつもあいつの様子を見に行けるのは、それが少し収まった頃。

元々繊細で傷つきやすいあいつをその度に支えていたのは、彼女にそっくりな娘たち。でも、特にミランダの変化は幼いあの子を知っていた私にも異様なものに映った。


『僕が…僕が…馬鹿だから。僕が…馬鹿なことした癖に自分のことばっかりで、ミラを放っておいたから……』


アルフレッドは酒を飲むといつも言っていた。その度に私はアルフレッドを叱り、そしてもうお前しかいないのだからしっかりしろ、今度こそ助けるから安心しろと慰めた。

それに素直に頷く癖に、それでもアルフレッドは、自分が抱えるものを、何にどうしてそこまで後悔してるのかを私に決して話さなかった。


何ヶ月かに一度の頻度で続く、我が家とメルロー子爵家の関わり。

アルフレッドを本格的にヴァレンティナ同様にミランダが支えるようになった頃、ダニエルにある事を相談された。


『やり手の商人を紹介して欲しい』


何があっても、貴族の力に頼らなくても、家族を守るための手段と力が欲しいから、学びたいのだと、ダニエルは私に頭を下げた。当時16歳。寄宿学校を卒業したばかり。社交界デビューだってまだする前だった。しかし、その力強い言葉と、アルフレッド同様後悔の浮かぶ瞳を前に、私は力を貸す事を決めた。

その頃にミランダは王国立学園の特待生になり、日の大半を学校、その後に家で淑女の勉強とアルフレッドの執務の補佐、さらには家事をその合間でこなすという激務を平然とこなしていた。

メルロー子爵家の重荷を父と兄と、いや、それ以上に背負っているのに、全くそれを匂わせもしないミランダの微笑み。

たぶん皆が不安だった。このままではこの子は、何処かで必ず壊れてしまう、潰れてしまうと。周りが彼女の荷を少しでも下ろそうと必死に奔走しても、ミランダは絶対にそれを笑顔で拒絶した。



だから、あの日の王宮舞踏会。

どうにもできなくてもどかしい焦燥感を何年も抱えてた私は、ブライアン殿下があの子を見つめている目を見て、思った。


殿下なら、あの子を救えるのではないか。


根拠や理由を好む私らしくもない、アルフレッドがよく言う、ただの"直感"。

でも、何故かそんな曖昧な感覚に確信していた。


自分の家で久しぶりの夜会を開き、そこで偶然のフリして引き合わせたふたり。彼らが手を取り合い、ホールに向かうのを見て、こっそり音楽隊に曲の指示を出す。


私にできるのはお膳立てだけ。そこからどうなるかは2人と、神の気まぐれ。


そんな私のお節介がまさかダンスが得意ではなかったミランダを振り回し、さらにそれがきっかけとなり、社交界を一気に騒がせるような大恋愛を引き起こすのだから、案外世の中はわからないものである。


ミランダが嫁に行く時、大泣きするだろうアルフレッドを慰める役割は、甘んじて引き受けようと思っている。






彼女は、たかが男爵家の娘である私を、『私がいい』と言って受け入れてくれた人でした。だから、私は彼女のために必死にスキルを磨き、彼女のために人生を捧げようと決めました。


王太子候補として彼女がこの国の王宮に上がり、出会った時から、その後亡国の姫としての地位を失ってこの国で生きることとなった時も、メルロー子爵家に嫁いだ後も、ずっと何も変わらない。彼女は私のたった1人の恩人で、たった1人の敬愛する方でした。


だから、彼女が、ヴァレンティナ様が亡くなる直前、私にメルロー家の皆様のことを託した時、これからはメルロー家の人々のために尽くそうと心に決めました。


何がそんなに気に食わないのか。神様はいつだってヴァレンティナ様が大事にしていた家族に、苦しい試練ばかりを突きつけます。


特に、アメリア様の時は酷かった。

ヴァレンティナ様からアメリア様の淑女教育を引き継ぎ、私の教えうることを不器用ながらも努力で身につけていかれたアメリア様。

侯爵家との婚約が決まった時はとても安心したのに、それがどうしてあんなことになったのか。未だに信じられずにいます。

でも、私がそのことを憂いることは出来ませんでした。


私の使命は、メルロー子爵家の皆様を支え、尽くすこと。


そして、何より1番幼いはずのミランダ様の異変を、一刻も早く何とかするべきだと。


でも、ミランダ様は心を固く閉ざし、私はもちろん、家族も、周りの大人も、誰も頼ってはくださいませんでした。

そんな私ができることは、家事を必死にこなそうとするミランダ様に付き添い、そっとその隣でお手本を見せること。ミランダ様が学びたがっている本を、こっそり本棚に混ぜること。彼女が頭を悩ませる淑女教育の教本を、こっそり自分が書いたものにすり替え、会う度にその手本となる所作を示すこと。

そして、アルフレッド様と共に、今の彼女を、彼女の努力を決して否定せず、見守ること。


「だいぶ暖かくなってきましたよ、ミランダ様。そろそろオレンジの花が咲くかも知れませんね。覚えてらっしゃいますか?昔、ミランダ様はあの木に登ってなかなか降りてきてくれず、ハンナは大変やきもきさせられました」


少し思い出話も交えた穏やかな会話。

それを扉の向こうへと語りかけながら、笑う。


「ヴァレンティナ様もオレンジの花がお好きでした。…また花開くのが楽しみですね」


決して口にはしません。それでもこのハンナは願っています。


メルロー子爵家の皆様が、ミランダ様が、幸せになることを。


ミランダはダンスと詩読以外は家庭教師をつけず、全て独学で学び身につけています。

ハンナの密かな手助けもありますが、特に所作や言葉遣いは自分で鏡で研究し、沢山の書物を片っ端から読み漁り、考えて、考えて、考えた末に手に入れたものです。

グレースがミランダを天才かと思っていたと言っていましたが、ミランダは完全な努力、研究型です。

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