第四十話 王太子は賭けに出る
ミランダが部屋から出てこなくなって3日目が過ぎた。
朝とその他の時間で許す限り、メルロー子爵家を訪れているブライアンと、この3日間ずっと家にいるはずのアルフレッド、ダニエルの前には、ミランダは1度もその姿を見せていない。
何故そのような言い方をするかというと、
『ミランダ様ですが、たぶん夜中に屋敷内を出歩かれている可能性が高いと思います。部屋についた浴室なども使用してるようですし…』
とハンナが言い始めたからだ。
ハンナもミランダ自身は見ていないらしい。ただ、そう思わないと辻褄が合わない理由がいくつか起こっているそうなのだ。朝になると昨日は干してなかった洗濯物が干してあるとか、朝食が用意されているとか。何より、"今まで人の出入りがなかった場所に誰かが立ち入った形跡"があるという。
それを聞いたアルフレッドは、『こんな時くらい自分のことだけ考えればいいのにあの子は…』と複雑な表情を浮かべていた。
そしてそんなまだ皆が様子見をしている、そんな状態の中、メルロー家には"また"とんでもないものが届けられていた。
その時、ブライアンは午後の空き時間を使い、僅かな時間でミランダに会いに来ていた。会いに来たと言っても直接会うことは出来ない。それでも、ブライアンはその訪ねたときだけハンナと交代し、ミランダのいる扉に向かって話しかけ続けていた。
話す内容はとても下らない、いつもの茶会で話すもののような、他愛のない話。愛馬フローリアのこと、朝の鍛錬をサボったらその翌日が辛かったこと、視察先で見た街が赤レンガの綺麗な街で、ミランダが好きそうだったこと、通り過ぎた城下町でヤマユリではない違う種類のユリが売られていて綺麗だったこと。
ただミランダとの2人で朝のお茶会とは違い、ブライアンはなるべくミランダの負担にならない話をしながら中の反応を窺った。あまり政治やら軍やら、社交界の話をしては、ミランダがマクスウェルのことを深く思い詰めてしまうと思ってのことだ。
しかし、ミランダがブライアンの言葉に反応したのはあの一度きり。
それでも、ブライアンはめげずに話しかけ続けた。必ず、自分より他人ばかり優先するミランダはこうしてしつこく話しかけてくるブライアンを無視できないと、彼はもう知っているから。
そろそろ帰らなければならない時間になり、「また明日来る」と扉に告げたそのとき、
「すみませ〜ん、速達のお手紙をお届けに参りました〜」
そんな声がこの狭いメルロー子爵家に響いた。
それが示すことにすぐに勘付いたブライアンが玄関へと迎えば予想通り、手紙を開けたまま固まるダニエルの姿。
「…きたのか?」
ブライアンの言葉にダニエルはビクッと肩を震わせた。その一瞬、見えた便箋の端に押された印は可憐な小花に彩られた海を渡る大きな船。
「…やはりマクスウェル侯爵家からだな」
ブライアンがここ数日で何度も調べた資料内で見た家の印だ。見間違うわけがない。そして、この印の手紙は、今日だけじゃなく2日前の夕方にもメルロー家に届いていた。
前回同様、何も言わずにダニエルはブライアンにその手紙を見せてくれた、
書いてあったことは至極簡潔。
2日前に送った婚約の申し込みの返事を寄越せ、と。しかしその下には脅しとも取れる、"承知しなければ真実を公表する"と書き加えられていた。
「やはり本気なのでしょうね…本当に、何を考えてるのか」
そう呟き、悔しそうに唇を噛み締め、拳を握ったダニエル。その顔色は悪く、目の下にはクマが現れ、食事もあまり喉を通っていないのか頬の肉はそげ落ちて、コケたように思える。
「…もう時間がないだろうな」
ブライアンも低く唸るような声でそう返すと、2人で書斎にいるアルフレッドの元へと向かうことにした。
「…ブライアン殿下、マクスウェル侯爵家のことで何か新しいことはわかりましたか?」
マクスウェル家の手紙を静かに読み、握り込んだアルフレッドはブライアンのことを見つめ、そう訊ねた。
「…まだ裏付けは取れてないが、隠しておきたい事が色々あるのはわかってきている」
そう素直に答えたブライアンは昨夜、ジェフリーの元を訪れ、手に入れた情報を思い起こしていた。
『まだお前がマクスウェルを調べてなかったとは驚きだよ』
そう言ってジェフリーに渡されたのはかなり詳細な事まで探られたマクスウェル侯爵家の調査書。
『俺がお前に"色々精査する"と告げたあの日から、俺は徹底的にミランダ メルローとその周囲の些細な事まで全て調べ上げている。その中でマクスウェルなんて、後ろ暗いネタの宝庫だぞ?』
そう言ったジェフリーは執務椅子の背もたれに寄りかかり、うんざりしたように片眉を上げる。
『まぁ、元々?マクスウェルは前の国の上位貴族で、反抗しなかったから生き残った家だしな。この国のあり方に色々思うこともあるだろう。まぁ、俺がマクスウェルに目をつけたのは、7年前のメルロー家の事業失敗であの家が没落してなかったのが気になったからだがな』
そう言ったジェフリーはチラリとブライアンに視線をやり、最後に厳しい声でこう告げた。
『ゆくゆくは王になるのだから、自分以外の人間は全員、何度だって疑ってかかれ。お前は甘すぎる』
その調査書に挙げられていた内容を思い出しながら、眉を顰め、今の状況を顧みながらブライアンは冷静に判断をしていく。
「…しかし、裏付けの取れてない状態でこちらの動きを勘づかれると厄介だ。ミランダや君たちに、害が及ぶのは避けたい。1番手っ取り早いのは私が圧力をかける事だが、」
それはつまりミランダを娶るために囲い込むのと同義であり、ミランダ本人の意思がわからないままそれをするのは、ブライアンにはかなり戸惑われた。
無理強いはしたくない。だが、もう時間に猶予もない。
「…ハンナを呼んでくれるか」
ブライアンは最後の賭けに出るため、そうアルフレッドに頼んだ。
ブライアンがメルロー子爵家を出発したのは、予定よりかなり押した時間だった。
ブライアンは帰ったばかりのその足で王宮のある場所に向かって廊下を急ぎ突き進む。
およそ30分遅れ。自分から謁見を願い出た癖に、本来なら到底許されない所業。しかし、今のブライアンにはそれに構っている余裕はなかった。既にブライアンの中で、ミランダのことは何よりも大切な最重要案件になってしまっているのだから。
東西に分かれる王宮のちょうど真ん中、中心にある入り口から上がる階段をまっすぐ突き進み続ければ、目的の場所、"謁見の間"の扉が見えてくる。
白地に、金と銀の細工がふんだんに使われた天井までそびえる大きな扉。両開きのそのちょうど合わさるところに、堂々と描かれるのは英雄王を表す赤い炎を背負った獅子。
「遅くなって申し訳ない。ブライアン ミカエリス ブルフェン。国王陛下への謁見に参った」
その言葉で重々しい扉が音を立て、ゆっくりと開いていった。
次話からまたミランダsideです。




