第三十八話 隠された真実を追い求め
ブライアンはその後、なんとか平穏に夜会を乗り切ることができた。
と言っても別にいつものように穏やかに過ごせたわけではない。隠しきれない苛立ちと殺気を『ディアナが勝手にミランダを連れて行った挙句、自分が来る前に勝手に帰したから』と周りにボソッと呟き、他の貴族たちをその恐怖のオーラと持ち前の威圧感で黙らせていたのだ。
これには遠くでブライアンに気を配っていたディアナも眉をピクリッと動かし、セオドアは『後で話があるから付き合え』と言っただけで、恐怖から声が出ていなかった。
しかしお陰様で、ブライアンは今日ミランダに会っていないという事実に真実味が増し、ミランダはディアナとの話し合いで傷つき、先に帰ってしまったというのが貴族の認識になっていた。
「セオドア、かけろ」
王宮の、王国軍第二部隊執務室、つまりブライアンの執務室へとセオドアと共に戻ってきたブライアンは、鬼をも殺せそうな雰囲気を漂わせたまま、備え付けのソファの向かいにセオドアを座らせた。途中ブライアンを出迎えにきたケビンもその場にいるので、彼が皆の分の紅茶を用意している。
セオドアはソファに腰掛けた瞬間、耐えきれなくなったように、ローテーブルにあと少しでぶつかるという勢いでブライアンに頭を下げた。
「申し訳ありませんっ!グリーンフィールド家が噂に関心を示さないことを良いことに、安全だと浅はかな判断をしたため、ミランダ嬢を……このようなこと、ミランダ嬢をひとり放り出す状況を作った私が言うのはおこがましいと、重々承知しています。ですが、何があったかお教え頂いても…「セオドア」
状況がわからないまま、しかしブライアンの荒れようからミランダに何かあったのだと察したセオドアが、罪悪感と後悔で押し潰されそうな顔でそう言い募るのを、ブライアンは途中で遮った。
「公爵家に彼女を連れてきたのは驚いたが…君とグレースの落ち度ではない。むしろ公爵家が過激すぎるだけだ」
「しかしっ!!」
「それに俺がこうなってるのは、お前に怒ってるわけでも、ディアナに…いや、なくもないが……とにかく別の理由だ」
ブライアンがそう言い切ったタイミングで、ケビンが2人と自分の座る席の前に、紅茶を1つずつ置いていく。
「セオドア様、落ち着きましょう。それはブライアン様、貴方もです。とりあえず何もわからない私のために、それぞれ一から説明をお願いできますか?」
相変わらず淡々としてるように見えるケビンが、正常とは程遠い2人をそう言って納めた。
その言葉に、2人とも目の前の紅茶を一口飲むと、セオドアから順番に事のあらましを話し始める。
セオドアの話はブライアンの知らない事実も含んでいた。
まずミランダが公爵家の夜会に向かったのは何かに悩んでいた彼女にグレースが、ディアナに会ってみるかと提案した事が始まりだという事。しかし、グレースは提案しておきながら、ずっと連れて行くのを迷っていた事。そして、ディアナから何かしらの圧力を受けており、それでもミランダが望まなければ連れて行く気はなかった事。最後に会場に着いてからの公爵とのやりとりを全てブライアンに報告した。
ブライアンは、だからグレースが泣き出しそうな顔をしていたのかと合点がいくと同時に、公爵のミランダへの暴言、そしてあの温室での出来事を思い出してはさらに怒りが増していく。
それをケビンは視線で主人を諫め、そのままセオドアに続きを促した。しかし、その後はブライアンが到着してから知っている事と、あまり大差がないようだった。
「まぁ、遅かれ早かれ、公爵が動くのは目に見えてましたしね。むしろ遅かった方なのでは?」
ケビンがそう冷静な意見を述べ、次を促すように、チラリとその黒い瞳をブライアンの方へと向けた。
その視線と、セオドアの今にも土下座しそうな顔を受け、ブライアンは務めて冷静に、これまでのことを語った。
途中、温室での出来事でケビンもセオドアもかなり動揺したが、それ以上に最後のミランダが何者かに、正確にはマクスウェルの誰かに危害を加えられたという話に怒りと後悔、そして困惑を滲ませた。
「…ミランダ嬢は無事なのでしょうか?」
顔を真っ青にして、言葉を失っているセオドアに代わり、ケビンが慎重にブライアンに問いかける。
「…途中、例の少年からディアナと報告を受けた。無事、屋敷には戻ったと聞いている」
その言葉にケビンはホッと肩を撫で下ろす。正直ブライアンも、それを夜会の途中、ディアナとの"話し合い"と見せかけてカイから報告を受け取るまで、ずっと押し潰されそうな恐怖に苛まれていた。ミランダを失うかもしれないと。しかし、問題なく彼女が家に帰り着いたと聞いた時、あとはアルフレッドとダニエルが彼女に寄り添ってくれるから大丈夫だと、ブライアンは半ば確信していた。2人が、ミランダの異変に気がつかないわけはない。それなら、ミランダの心が壊れてしまうことはないだろうと。
「…明日の朝、自分の目で改めて無事を確かめるつもりだ」
「はい、それがよろしいかと」
そんな2人の会話を聞きながら、セオドアはずっと暗い顔をしている。
「申し訳ありません……私が、私が、もっとしっかりしていれば……」
セオドアはグレースの兄という立場を利用して、ブライアンの目の届かない範囲ではなるべくミランダを守るように言い渡されていた。だからこそ、この責任感の強い男は、今日だけで幾度も危険に晒されたミランダのことを思い、少しでも油断した自分が許せないのだろう。
それがわかっていたから、ブライアンはそれ以上慰める言葉をかけなかった。事実、ブライアンは怒っていないと言いながらも、彼に対する苛立ちを僅かにでも感じている自分を自覚している。
「…そう思うならセオドア。これから調べることにお前は、全力を尽くせ」
それだけを強い口調で告げたブライアンに、セオドアは苦しそうな顔で「はいっ」とはっきりと答えた。
「ミランダとマクスウェル侯爵家。もしくはマクスウェル侯爵家単体の噂だけでも何でもいい。調べうること噂でもなんでも調べ尽くせ。ミランダが脅される要因となりうるものを全て調べ上げろっ」
「「はっ!」」
ブライアンのその命令に、ケビンも、セオドアも自分たちの持てる全てを持って調べ尽くそうと、堅い決意で返事をした。
結局、粗方調べ終わるころには夜をとうに越しており、朝日が淡く闇に染まっていた空に差し込み始めていた。
ミランダとマクスウェル侯爵家との間である接点といえば、やはり姉、アメリアのことのみ。マクスウェル侯爵家とメルロー子爵家ではアメリアのことと、一時期その婚約に伴い、アルフレッドが侯爵家の勧めで新たな事業を始めていて、それが結局失敗に終わっていること。そして、それによってメルロー家は没落寸前まで傾いたことくらいしかわからなかった。
しかし、これらはミランダ自身の調査を行った時から、わかっていた内容だった。
「マクスウェル侯爵家単体ですと、あそこの侯爵と夫人が不仲なことで有名です。なんでも侯爵は、長年ミランダ嬢のお母様、亡きヴァレンティナ夫人に懸想してたようで、今の夫人は家の政略で仕方なく結婚したと、それを互いに憎らしげに溢してるようです。あとは息子のレイモンド。アメリア嬢が亡くなった後も結婚の兆しはなく、この一年でかなり女性関係が荒れています」
「それと、噂なのですが。今は空席の辺境伯の代わりに国境警備を兼任している王国軍第7部隊なのですが、その隊長がマクスウェル侯爵と懇意のようです。そして、何やら諸外国に我が国の情報が流れているという噂が、ひと月前の国王会議で挙げられたという会議記録がありました」
セオドア、ケビンそれぞれの報告を受けながら、ブライアンは手元にあるミランダの自ら調べた調査書をじっと見つめていた。
ミランダに関して集めた情報は、子供時代の可愛らしいエピソード始め、事細かに調べあげたが、そこに不可解なもの、怪しいものは一切見当たらなかった。
ただ、ひとつを除いては。
「やはり、これが引っかかる…」
ミランダは王国立学園に通っていた4年間、何度か興味のある分野の研究資料を集めるためと称して、至る所へ出かけており、その中にいくつかなんの研究の為に行ったのかわからない場所が混じっている。
「直接聞いてみるべきなんだろうが…」
ブライアンはこの事と、ミランダの心に巣食う闇が繋がっていると直感していた。そして、それを無闇やたらに踏み込むことを不安に思っていた。
ミランダ メルローは、たぶん、他の者が思うより繊細で、そしてあまり強くない。
「…少し行ってくる」
もういつもの時間が迫っていることに気がつき、ブライアンは服だけ手早く着替えると、そのまま逸る気持ちを抑え、愛馬フローリアの元へ急いだ。まだわかっていない事だらけ、推測ばかりが膨らんでいく状況。それでも、ブライアンはメルロー家に行って、自らの目でミランダの無事を確かめたかった。
戦地を駆ける行軍さながら、メルロー子爵家までの道を飛ばすブライアン。
しかし、そんなブライアンを、とんでもない事実が待ち受けていた。




