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第三十七話 不穏な知らせ

ブライアンは会場へと戻る途中、暗い廊下を焦った様子で歩くひとりの少年と出会した。

着ている制服はこのグリーンフィールド公爵家にある、王国軍養成所の訓練生を表す胡桃色の詰襟だ。

赤みの強い焦げ茶の髪に、ヘーゼルの瞳。この国ではありふれた色合いの容姿だが、その力強い信念を感じさせる瞳が近い未来、いい軍人になることを予感させる、そんな少年だった。


「…どうした?」


明らかに何かを、もしくは誰かを探している少年にブライアンは声をかけた。声をかけられた少年はブライアンを見て、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに我に帰り敬礼すると、自分が養成所の訓練生であることを明かした。


「当公爵家のディアナ様に、お伝えするべきと判断した案件がありまして、探しておりました」


そうキビキビとした的確な答えを返す少年。他にない髪色のせいか、彼にはブライアンが何者なのか正確に把握できているらしい。その証拠に、緊張からその手が微かに震えているのを、ブライアンの夜目の利く瞳ははっきりと視認できていた。


「ディアナか。…具体的な報告内容は?」


グリーンフィールド公爵家ともなると他方から恨みを買うことも多い。ディアナのその周りには常に護衛が付けられているが、だからといって容易に身元と目的が不確かな状態の相手を直接会わせるのは危険すぎる。


「…とある招待客のご令嬢のことです。これ以上は私個人が勝手に話して良いことかわかりません。そのご令嬢の名誉にも関わる可能性があると判断し、同性のディアナ様の方が最善な判断を仰げるかと」


少年は少し躊躇したものの、言葉を選びながらブライアンにそう告げると、まるで嘘はついてないかその目で確かめて見ろとばかりに、ブライアンの目を真っ直ぐに見つめてくる。


「君ひとりで彼女に会わせることはできない。私も同席するが構わないか?」


「……それが、そのご令嬢の為に繋がるのであれば」


ブライアンは少年の言葉に強く頷くと、「こっちだ」とそのまままた温室への道を戻り始めた。

しかしふと、この少年がその女性にやけに肩入れしている様子が見られることを疑問に思い、その女性が誰なのか探りを入れてみることにした。


「…その女性の名前はわかるのか?」


「いえ…自分が会場まで案内した女性なのは確かなのですが、名前に自信はありません。ですが、その…とても美しい人でした」


とても恥ずかしそうに顔を赤らめる少年の様子に、ブライアンはこれは可哀想なことを聞いたとブライアンは眉を寄せ、気まずく思った。


「…他に特定できる特徴はちゃんと覚えているのか?」


「はい。ドレスは薄い紫で、この国では珍しい赤い色素を持たない、特徴的な髪をしてたので…忘れようがありません」


ブライアンはその少年の言葉に足を止めた。そんなブライアンを少年はどこか困惑した顔で「閣下?」と呼びかけている。

ブライアンには心当たりがあった。それはそうだろう。自分の好いた女性が、今日それと同じ色のドレスを纏っていたのだから。そして、彼女の髪は特徴的な、この国には珍しい青系統の色味に分類されるダークブロンド。


「その、令嬢。ミランダ メルローじゃないか?」


「殿下っ!!」


ブライアンの真剣な問いに少年が口を開くその前に、ディアナが風を切る勢いの早足でドレスを翻し、暗い廊下の向こうから現れる。


「…ディアナ、この少年は君に用があるらしい。おそらくミランダのことで」


ブライアンの言葉にディアナは一瞬息を呑み、すぐに少年に視線を向けて「報告を」と彼を急かした。


「はっ、名前は確証はありません。ただ、ご案内した時男女2組、女性の名前はミランダ様とグレース様だったと記憶しております」


「なら、ミランダだ。グレースは栗毛、赤系統の髪だ」


少年とブライアンの話を聞いたディアナがそのまま、少年に「続けなさい」と間髪入れずに命令する。


「今から半刻ほど前。会場近く、中庭付近の廊下を巡回中にそのご令嬢が床の上で足を抱えるように蹲っておりまして」


その時点で顔を厳しくするブライアンを、ディアナが視線だけで黙らせる。


「…それで?」


「外傷は治療済みと思われる指の怪我、擦りむいた肘以外には見て取れませんでした。ただ…様子が、おかしかったように思います」


「…他に誰かいたのかしら?」


「私が見つけたときにはご令嬢おひとりでした。怪我したのかと思い、そう尋ねたのですが、彼女は具合が悪くなっただけだと… 証言通り顔色も悪く、パートナーの方への伝言と帰りの馬車の手配を頼まれて入り口までお連れしたのですが…」


そこまで言って少年は言い淀んだ。言ってもいいのか、迷っているように、難しい顔で視線を揺らしている。


「…言いなさい。全て聞かなければ、正確な判断ができない」


ディアナの言葉に意を決したように、少年は先程よりトーンの低い声で、それを告げた。


「…男性に乱暴された可能性があると思います」


「なんだとっ!」


少年のその言葉に、とうとう黙ってられなかったブライアンは吠えた。

そんなブライアンの様子にビクッと少年は震えたものの、驚いただけなのかすぐにまた真っ直ぐとディアナへと視線を戻す。


「服の乱れは?なんか確証はあって?」


「服の乱れはありません。確証は…私が手を差し伸べたとき、怯えてご自分を庇うように腕で遮りました。あれは……暴漢に襲われて以来、姉が私に見せる仕草と同じように思えました」


少年のその話に、ブライアンはギリギリとその拳を握り込み、今にも暴れ出しそうな殺気が漂わせ始めていた。対してディアナは冷静に、もう1度少年にミランダを入り口まで送り、その後の対応を尋ね、彼女が公爵家の貸し出した馬車でメルロー子爵家まで出たことを確認した。


「…報告感謝するわ。ところで貴方、名はなんと?」


「カイ バーンズ。…平民です」


少年はディアナに名を答えた後、少し迷った末にその身分を明かした。そのことにディアナは特に触れず、小さく頷き言葉を続ける。


「ではカイ。貴方にひとつ頼まれて欲しいことがあります」


「なんでしょうか」


「メルロー子爵家の場所はわかるかしら?」


「…友人がポストマンをしてまして、王都領の外れにある小さな屋敷に住んでいる方が、メルロー子爵様だと聞いたことがあります」


カイの言っていいのか迷ったようなその言葉に、ディアナは大きく頷く。


「素晴らしいわ。では貴方に馬を貸すので、今すぐメルロー子爵家へ向かいなさい。途中まででもいいわ。公爵家の馬車がきちんと彼女を子爵邸まで届けたかを確認し、帰ってき次第またわたくしに報告しなさい」


「だったら、私が行くっ!」


「殿下はなりませんっ!!…父に勘づかれ、一生貴方様の姫が手に入らなくなってもよろしいのですか?」


今にも外へ飛び出していきそうなブライアンを、ディアナは鋭い声でそう引き止めた。


「…わたくしの所にも既に"影"が報告を運んでいます。それが正しければ口論になったのみで、襲われたという話はありません。貴方様のなさるべきことは想い人の元へと飛んでいくことではなく、想い人にこれ以上害を与えられないように立ち回り、その障害を取り除くことです。…この少年を信頼して、貴方様は父や他貴族が変な憶測や動きを見せないように、いつも通りに夜会に出てください。いいですね?」


ブライアンはそのディアナの言葉に悔しそうに、苦しそうに歯を食いしばり、その後、黙ってこちらのやりとりを見守ってたカイに鋭すぎる眼光を向けた。


「……必ず無事を確認し、報告しろ」


「はっ、我が剣にかけましても」


カイはそう言って最後2人に向かって敬礼すると、「急ぎますのでっ」と言葉を残し、素早く廊下を駆けていった。


それを見送りながらも、行き場のない感情で荒れ狂っているブライアンの横顔に、ディアナは冷静に、そして言い聞かせるように再び言葉をかける。


「…殿下は今日、ミランダ嬢には会っていない、会う前に彼女は帰ってしまったということにして下さい。わたくしは父に、『ミランダ嬢はわたくしとの会話の後、具合が悪くなったのでそのまま帰った』と説明します。いいですね?間違っても今日のミランダ嬢の話は誰にもしてはいけません。貴方様の部下であるセオドアもそしてグレースも例外ではありません」


その言葉に、ブライアンはその激しすぎる怒りを抑えようとするように瞳を閉じ、フーッと息を深く吐き出していく。


「…夜会が終わればいいか?」


「…いえ、出来ればグレースに言うのは得策ではありません。あれは感情で暴走する傾向があります。セオドア様含め、貴方様の信頼がおける側近相手なら、"場所を選んで"なら構わないかと。必ず防音の部屋をお選びください」


その言葉にブライアンは小さく頷いた。


「…あと、殿下にお聞きしたいことがあります」


「……なんだ」


互いに、会場へと足を動かし始めながら、ディアナは慎重にブライアンに問いかけた。


「…マクスウェル家の者と彼女が揉める理由に、心当たりはありますか?」


その言葉にまた殺気を滲ませ始めるブライアンに、ディアナは小さく「抑えてください」と鋭い声で嗜めた。


「…彼女の姉の元婚約者がマクスウェル家の子息だ」


「……彼女の調査はしているのでしょう?本当に他に何か不審なことはありませんの?」


「確証がない」


ブライアンのその言葉にディアナは少し考えるように沈黙し、再び前を向き直ると口を開く。


「その"確証のないこと"を1度洗い直してください。こちらでも調べます。でも、決してマクスウェルの人間に知られないようにお願いします。…あそこは少し厄介な家柄ですから。よろしいですね?」


その言葉にブライアンは「あぁ、」と小さく返すと、2人はそのまま静かな廊下をひたすらに会場まで突き進んだ。


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