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閑話 王太子は恋い焦がれる




私が、彼女の存在を認識したのは、ある令嬢の話によく出てきていた名前だったからだ。



ブルフェン王国の王太子という重々しい椅子に座る私には、それなりの年頃になってから3人の婚約者候補が当てがわれた。

皆、自分より年下の家柄の良い娘達。月に一度、交流の時間を作るために行われる、一対一のお茶会。その3人とそれぞれ過ごさないといけないその時間が、正直言うと私は苦手だった。


まず、ウィングフィールド家のディアナ。

見た目にも華やかで、迫力のある女性だ。彼女が王太子妃候補となるずっと前、私と初めて会った時から、彼女はその幼さを感じさせない、威厳すら既に漂わせる女の子だった。

グリーンフィールド公爵家は、ブルフェンの短い歴史を遡っても初代と4代目、2度も一族から王家へ娘を嫁がせている、そんな王家と血縁の強い家柄。さらに、王国軍統轄である父君によく似たつり目がちな瞳も合わさり、ディアナは実に女王然とした貫禄のある女性へと成長した。

しかし、だからといって自分がでしゃばることはなく、常に王族である私を立て、一歩引いた位置でなにかと世話を焼いてくれる…そう言った静かなところは、3人の中では1番付き合いやすくはある。

が、彼女の私へと向けられる感情は、私のことを英雄王の生き写しとして見ているからこそなのだと知っているから、一緒に居てとても罪悪感が湧くのだ。

ディアナはグリーンフィールドが用意した、次期英雄王の妻となるべく育てられた存在。

それが私には息苦しく、決して崩れない主従の関係性も相まって、彼女との距離が縮まることはなかった。



そして2人目、

ラッチェンス侯爵家のアンジェリカ。

この子は3人の中で1番幼いというのもあるのか…とても素直だった。その素直さ故に、なんでもよく吸収する非常に優秀な女性に成長してきてはいるのだが、素直すぎて、なんでも思ってることをポンポン言ってしまう子なのだ。

最初の頃は緊張してたのか、そういう様子は見せなかったのだが、慣れてくるとそれはもう言いたい放題。

家での侍女、護衛、家庭教師の愚痴に始まり、『茶会でどこどこの家に行ったが酷いものだった』と、聞いてもないのにスラスラと思った通りに感想を話し出してしまう。

終いには、

『正直に申し上げると、私、殿下の見た目はタイプじゃありませんの。見目は整ってらっしゃるかもしれませんが、全体的な雰囲気が近寄り難いと言いますか…その、怖いのです。もう、慣れましたけどね?でも、好みではありませんの。

ジェフリー王子やマクスウェル侯爵家のレイモンド様、あっあとハワード伯爵!優しそうで、キラキラした王子様って感じの方が理想ですわっ!

あっ、次第点ラインはリチャードソン伯爵家のセオドア様ですわね!!…』

とはっきり宣言された。

今では月に一度の茶会は、アンジェリカの愚痴聞き、話聞き係をするための時間になっている。



で、3人目。

グレース リチャードソン。

彼女が1番厄介となんというか…最初からもう過激であった。

『わたくし、官僚を目指しておりますの。ですから、殿下の妃候補から外してくださいません?』

のちに女性では珍しい、王国立学園に通うこととなるグレースは、初対面で会って早々にそう睨む様な眼差しで私に告げてきた。今にしてみれば、決死の覚悟を告げる為の威嚇のようなものだったのだろう。

見た目は兄、セオドアに似たふんわりとした雰囲気と、小動物を思わせる可愛らしく、クリっとした顔立ちなのだが…中身は野生のそれを思わせる凶暴さも備えているのかと、少しビックリしたのを今でも覚えている。

そこから毎回、彼女は切々と自身が何故学問の道に進み、次第に官僚を目指したいと思うようになったか。そして官僚になったら何がしたいかという話をするようになった。それだけなら適度に相打ちを打てばいいから問題ない。しかし、グレースの厄介な点は、話がヒートアップすると自分の目的の話から逸れて、どんどん話が長くなり、最後には勝手に感情を爆発させるのだ。


その暴走時によく出てきたのが"ミランダ"という名前だった。


『でもどんなに頑張ってもあのミランダ メルローには決して勝てないんですの!どう思いまして!?しかもあの女、首位なのが当たり前だというようにいつも涼しい顔してますのよ!?なんなんですの!?天才ですの??天才だから満点取れて当たり前ですの!??あ〜〜〜もうっ!!』


顔を合わすことに慣れて数年が経ったころから、通い出した王国立学園で年に数回あるテストの結果が張り出されるたびに繰り返されるこの言葉。

たまに授業でかち合って、意地悪しようとどこかで見た論文に載ってた難しい問題を投げて見たら、しばらく考えたのちに全く予想しなかった数式で答えてきたとか、嫌味を言っても平然と返されるとか、とにかく色々、ミランダ メルローに関する話題は彼女の中で事欠かないようだった。

そうすると終いには髪をぐちゃぐちゃにかき乱し、悔しがるグレースを宥めないといけなくなる。それを少々面倒に思いながらも、それが何度か続いたある日、私はふと思い立った。


『…特待生なんじゃないか?』


メルロー領はブルフェン王国の北東部にある、小さな領地。あの土地は何年かに一度、必ず冷害で作物がダメになる。そして、母が何度か話していたのだが、今代のメルロー子爵はなんとも不器用な方なのだとか。


『つまり…なんですの?特待生だから良い成績を維持しないといけないと?』


『入学時の評価が維持できなければ退学になる』


その言葉を聞いたグレースは『なぜそういうことをあの方は仰らないの!!』とまた怒っていたが、私はそのミランダ メルローに感心していた。

家に迷惑をかけないように自力でその手段を得てまで、学問を志す、才女。彼女は一体、どんな女性なのだろう…と。



そんな彼女の姿を見る機会に恵まれたのは、彼女のデビュタントであった、一年前の王宮舞踏会だった。


一言で言うならば"可憐"、その言葉に尽きただろう。

真っ白でシンプルなドレスにさりげなくあしらわれた銀の刺繍。耳と首元に光るのは小ぶりなダイアモンド。そして頭に乗せられているのは白い小花の冠。

それだけだった。しかし、それだけでもその少女の瑞々しく輝き始めた魅力を、十分に引き立てていた。

お辞儀をするまでの一連の流れは、仕草ひとつとっても美しく、揺蕩うように場に流れ出る声も、言葉も、洗練されていて群を抜いていた。何より顔を上げた時に見えた、光と影を持ち合わせた、不思議な輝きを見せる深緑の瞳が、その場にいる全てのものを引き寄せてしまいそうなほど印象的で、美しかった。


次の挨拶も聞かなければならないのに、その場を後にするミランダの横顔から、後ろ姿から目が離せず、自然と追ってしまう。これが多分、見入ってしまうということなのだろうと、初めて実感するようだった。

挨拶の列から遠ざかりながら、隣にいるメルロー子爵に何やら話しかけ、困ったように砕けた表情を見せる姿にさえも、惹かれてしまう。


彼女が、もう少しだけ、爵位のある家柄だったら…


そんな落胆を覚えながら、その時の私は心を無視して、その想いを押し込めた。



それから幾度か夜会などの催しで彼女を見かけた。

メルロー子爵や兄君に寄り添い、楚々として佇む姿は、誰にも手折ることの許されない山頂に咲くユリの花のようであった。

兄君やその知り合い以外の若い男性とは決して踊らず、それでいてその溢れる知性と多彩な話術で一度話した者は誰でも魅了してしまう。


彼女は正しく高嶺の花であった。


中には心ない、嫉妬混じりな悪評を流されることもあったが、それすらも毅然として受け流す姿は美しかった。


見れば見るほど、惹かれてしまう存在。


彼女に近寄ろうとする、彼女を視線で追う全ての男に嫉妬した。


話しかけたくて、近づきたくて、

それなのに、王太子という枷が私の邪魔になる。


未練がましく、ホールの対岸から彼女の姿を眺めるだけ。

それが1番なのだと己に言い聞かせて。



さっさと決まるだろうと思われたミランダ メルローの婚約。しかし、それは彼女の社交界デビューから一年経っても決まらなかった。


なぜなのだろう?彼女はあれほどまでに素晴らしい女性なのに…


その理由が、彼女が頑なに"政略結婚"に拘っていると聞いて、驚いた。

そして、歓喜した。

父である国王などの影響か、今の若者たちは恋愛結婚というのに憧れを抱くものがとても多い。そういったものに好印象を抱く同世代の若者たちからすると、あくまで結婚を契約のように思う彼女の理想は、受け入れ難いものなのかもしれない。


あんな美しい人に結婚するなら、自ずとその心も望みたくなる気持ちもわかる。

できるならその愛を乞い、己の思いさえも受け入れて欲しいと願ってしまうことも。


だが、私は思う。

例えはじめは政略でも、愛は育めるのではないか?

私の両親は恋愛結婚だと言われているが、事実を顧みれば政略の色合いが強い。むしろ出会ってから少しずつ惹かれあっていったそうだ。なら、彼女ともそういった関係になれるのではないか?


好意はすぐに育たなくとも、情は意外と持ちやすいもの。


王族としては将来の国母として相応しい女性を手にできるだけでかなりの利だ。諸々の問題を引いたとしても、それはかなり価値あることのように思えた。

そして彼女からしても、メルロー子爵家だけでなく、今まで彼女が頑張って開花させた才能をさらに飛躍させ、輝かせる、素晴らしい地位を手にすることになる。

政略結婚として、これはかなり意味のあるものとなるのではないか?


それに、きっとこれをきっかけに、ブルフェンの女性の社会進出も一気に進むことだろう。


そんな都合のいい算段をつけながら、諦めかけた宝を手に入れる為、私はいそいそとその準備を始めるのであった。



そして、彼女が思っていた以上に簡単には手に入らない存在だと知り、そしてその真の心にどうしようもなく惹かれていくことになるのは、この3週間後のことである。


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