第十八話 ドレス作りは忍耐
御礼は次話後書きに纏めさせて頂いてます。本当にありがとうございます。
その後、アウローラの手によってドレスを剥かれたミランダは、そのまま身体の隅々まで細かに採寸をされた。
その最中、『ちょっと失礼します』と言われて、いつもよりもう何段階かキツくコルセットを締め直されたり、色々体を動かされたり、『身体のラインをスケッチしたい』と静止していなければならなかったり。
そうして採寸が終わったのはもうお昼をかなり過ぎた頃、朝にはリチャードソン伯爵家にミランダは来ていたので、かれこれ3時間以上は経過していた。
ようやく解放されたミランダは、"カメリア"の2人がデザインを何枚も描いている間に、お茶と軽食をとっていた。ミランダの好きなアールグレイの紅茶に、バターをたっぷり使ったサクサクのスコーンが身に染みる。
しかしこれもまだ休憩であり、この後数あるデザインを見比べ、どのような布、飾りを使うかを決めないといけない。
もうすっかり疲れて無口になっているミランダの横で、アウローラがグレースの話を聞きながら、デザイン制作を進めている。
「良いですの?目指すは清楚可憐系よっ!あの男のツボはそこだわ。間違っても色気、女っぽさを前面に出してはダメ。色もたぶん淡い色の方が好みだわ」
「かしこまりました。このデザインですが、敢えて緑、黄緑、黄などの色味にするのはいかがでしょう?瞳の色とお揃いでよくお似合いだと思いますが」
「アウローラ、あなた相変わらずなかなかのセンスでしてよ。ちなみにこちら、わたくし用にピンク系統でも作れないかしら?デザインは少し変わってもよろしくてよ?」
「えぇ、承ります」
ミランダ抜きでどんどん決まっていくデザイン案。アウローラはひとつひとつ丁寧に描いているが、部屋の奥で黙々と作業に没頭しているマティルダはもう何十枚ものデザインを描いている。
「…ねぇ、グレース?」
「どうかしたかしら?」
「ドレスって作るの1着よね?他にたくさんデザイン書いて頂いても、メルロー家にはドレスを作ってもらう余裕はないのだけれど…」
完全オーダーメイドのドレスなど頑張ればっても1着。無理すれば2着買えなくはないが、買ったら最後メルロー家の生活は立ち行かなくなるだろう。
ー冷害の備えの貯金は確実になくなるわ。食事もしばらくオートミールだけになるかも。
そんな算段をつけて、不安でいっぱいになったミランダに、グレースは何を焦っているのかと呆れ、アウローラは何やら考え込んでいる。
「ミランダ。描かせたうちの気に入ったデザイン案全てを作らせる馬鹿がどこにいますの?」
「そういうものなの?」
「当たり前ですわ」
「…もったいなくない?」
「煩くてよ、貧乏性」
そんなミランダとグレースの軽口のようなやりとりに、アウローラがすっと手を上げ、割り込んだ。
「ひとつ提案なのですが。メドゥヴィチカお嬢様がプレゼントなさるドレスの他に、もう1着私たちからプレゼントさせていただけませんか?」
「「えっ…」」
アウローラの口から出たのはそれは破格な提案だ。
どんなに低く見積もっても、"カメリア"のドレス1着には金貨3枚の価値はあるだろう。それをプレゼントとするというのだ。大手のオークチュールならまだしも、"カメリア"は彼女たち2人しか働き手がいない。下手したら赤字にもなり得るのにそんな酔狂なこと、正気の沙汰とは思えない。
「しかし、それは…」
「正直、お嬢様から盗ませて頂いた手法、これからのドレスに革新的な流行をもたらします。それを得られた時点で、"カメリア"は益々売れ行きが伸びることでしょう。その為の"ほんの気持ち"として、ドレスの1着や2着、むしろ安いくらいです。それに今後とも愛用頂き………さらに時折、新たなアレンジをデザインのヒントとして見せて頂けたらもう…感無量です」
後半、明らかに本音が滲み出ているアウローラの言葉に、ミランダは思わず苦笑いをし、グレースはキラリっと瞳を輝かせた。
「じゃあ、もう1着。次はミランダの細いウエストを強調するデザインを描きなさいっ!奴は胸でも、尻でもなくウエスト派、さらに言うならウエストから腰にかけたライン好きよっ!!」
「かしこまりました」
「もっと言うなら髪フェチですけれど、そこはもうデビュタントではないし、アップスタイルに纏めないといけませんものね…」
「では、髪を下させ、引き倒してみたいと思わせる艶っぽいデザインでよろしいですか?…背中、ざっくり空けるとか」
「素晴らしいわっ!流石よ!」
またミランダを取り残し、ヒートアップしていくグレースとアウローラ。
ー 一体誰を想定しているのか知りたくないのだけれど…
頬を引きつらせ、微笑みを固まらせるミランダ。自分の意思とは違うところで勝手に"誰か"を相手に想定されたドレス製作は、その間にも着々と進んでいってしまう。
ちなみに、こちらの会話が聞こえたらしいマティルダが、「ウエスト!腰!柳腰ね、柳腰なのねっ!!降りてきたわぁーーっ!!!」と叫んでいるのには、マティルダの反応にもうすっかり慣れてしまった3人とも放っておく方向で一致団結していた。
日がすっかり傾き始めた頃、ようやくミランダのドレスのデザインが決まった。
アウローラが最初に書いたのと、マティルダのユリを思わせるパープルのドレスのデザイン。今回使わなかったデザインも、次ドレスを作るときや他のお客様のデザインの参考のためにとっておくと聞いて、無駄にならなくて良かったとミランダは安堵した。
ミランダとしては正直、ドレスの形については無難なAライン、ノースリーブドレスを望んでいたのだが、無難など言語道断とその意見は一切受け入れられず、他3人を中心に色々決められてしまった。ミランダの意見が通ったことと言えば、最後の選択肢5つからどれを選ぶか、その一点。
「有意義な時間でしたわね」
「ドレスは必ず2日前には修正、納品できるようにします」
「頼んだわ」
「よろしくお願いします」
ようやく一仕事終わり、皆でお茶を飲んでいると、そこにコンコンコンコンと扉が叩かれる。
「どうぞ」
「失礼するよ、」
部屋へと入ってきたのはグレースの兄、セオドアだ。亜麻色の癖のある髪に、ヘーゼルの瞳を持つ、ミランダたちよりひとつ年上のお兄さんだ。王宮の官僚として働いており、この国の人たちと比べると威圧感が少なく、愛嬌のある穏やかな顔立ちをしている彼とは、ミランダももう何回も顔を合わせている。
「ミランダ嬢、いらっしゃい」
「セオドア様、お邪魔しております」
「セオドア、随分帰りが早いのね?」
「うん、まぁね」
ミランダの礼儀正しい挨拶にも、グレースの少し棘のある質問も、セオドアは穏やかな笑みを返しながら、チラリとアウローラの方へ視線を流した。
「ドレス選びは終わったの?」
「えぇ、」
「はい」
「見せてもらっても?」
「よろしくてよ」
セオドアは無言でアウローラから渡されたデザイン画を見て、「なんか新しいデザインだね」と言いながら、楽しそうに笑っている。
「他には?」
「候補としてはあと3つほど上がっておりました」
「それも見ても?」
マティルダとセオドアがそんな会話をした後、再びアウローラが無言で他3枚をセオドアに渡す。その様子がどことなく慣れたやりとりのように見て取れ、ミランダは少し首を傾げた。
ードレス選ぶのがお好きなのかしら?
とても楽しそうにデザイン画をしげしげと眺めるセオドアを不思議そうにミランダは見ながら、口にするのもどうかと思い、無難にティーカップに手を伸ばし、口に含む。
すると、そのミランダの視線の先で何やらその内の1枚を持って、セオドアとマティルダが話し合い始めた。色がどうとか、刺繍じゃなくて宝石の屑石を…など、事細かな提案をセオドアがしては、マティルダが瞳を輝かせて頷く。それを数度繰り返したのち、何やら2人の中で新たなデザイン案が決まったようだ
「…じゃあ、そう言うことで。詳細をまた詰めたら連絡するよ。こちらは預かっても?」
「構いませんわ」
何やらよくわからない相談事はすぐに終わり、セオドアはまだやることがあるからとまた王宮へと帰っていった。
「セオドア様、何しにいらしたのかしら?」
「…仕事半分、私用半分ですわ」
グレースの答えはミランダにはよくわからなかったが、取り敢えず、怒涛のドレス尽くしの1日はこうして幕を閉じたのであった。




