第十七話 芸術は爆発だ
「フフフフ、待ちくたびれてよ、ミランダ?」
豪華絢爛なシャンデリアの下に照し出された玄関ホール。
そのふかふかの真っ赤な絨毯の敷き詰められた床を踏みしめ、仁王立ちで待ち構えていたのはグレース メドゥヴィチカ リチャードソン。いかにも準備万端と言いたげな夜会に行くような"ご令嬢スタイル"をしたグレースは、いつも以上にその中身とのギャップが激しくさせていた。
サーモンピンクのプリンセスラインのドレスは、可愛らしいグレースの見た目にとても似合っている。
キラキラと光るビーズと巧みな刺繍がボディいっぱいに散りばめられていて華やかだ。それを締めるようにすっきりとしたスカート部は重ねた柔らかなチュール布の色合いを徐々に変え、光の当たり方、ダンスで広がった時など状況により、色味が少しずつ変わるように計算されている。
目鼻立ちをすっきりさせ、色を乗せた顔立ちは少し大人びて見え、逆にサイドテールに纏められた栗色の髪はコテで巻かれ、その愛らしさを引き立てている。
ーでも、なぜグレースも盛装?採寸するのは私のはずでは?
そんなことを思いつつも、聞くと面倒くさそうだと判断したミランダは、とりあえず無難な挨拶と微笑みだけをグレース返すことにした。
この日、数日前にグレースがメルロー家を突撃に来た際に話をつけたドレスを仕立てるため、ミランダはリチャードソン伯爵家を訪れていた。
前日にグレースからミランダへと送られてきた手紙に、迎えの馬車を寄越すからそれでくること、普段どのようなドレスの好むのか知りたいから盛装でくることと書かれていた。
ー私の1番の自信作を着てきたけど、衣装のプロに見せるのにこれは失礼だったかしら。
今更不安になり、ミランダが見下ろしたのはつい昨晩出来上がったばかりの、クリーム色のドレスのアレンジ品だ。柔らかな赤のシフォン布を幾重にも重ねたドレープを元のスカートの上に三方向に広げ、重ねている。その下には銀色の小さな蔓薔薇の刺繍がいくつも施されている。
左の腰元には同じ生地で作った、立体的な薔薇のコサージュ。ボディにも元々施された金の刺繍の上に銀の同じもの、それから赤の蔓薔薇の刺繍を追加し、その上から斜めにスカートと同じシフォン布を、たすきのように被せている。
ミランダが今までアレンジした中で1番こだわって作ったドレスだ。
約束したため、ブライアンにも今朝ドレスを着たところをミランダは見てもらったのだが、彼は薄く微笑みながら褒めてくれた。『君は、どんな衣装も素敵に着こなすな』という手放しの褒め言葉に、またしてもミランダが赤面したのは、もはやお約束のようなものだ。
ー大丈夫。これが私の普段通り。
ミランダがそう思い直した頃、どうやら目的の部屋に着いたようで、従者の手によって開かれたドアの向こうへ、グレースの後に続いて入っていく。
客室と思われる、メルロー家の1室4つ分はありそうな広い部屋の家具を全て片隅に片付け、空いたスペースに山のように並べられた多種多様な布、布、布。別の一角にはレース、刺繍糸と図案、ビーズや宝石、さらに何やら紙が挟まりまくってるファイルの山。
部屋の半分以上を占領するそれらは、アレンジが趣味のミランダにとっては夢のような光景だった。
「お初にお目にかかります。オークチュール"カメリア"の、マティルダと申します」
「同じく、アウローラです」
にこやかな笑顔を浮かべ、はじめにお辞儀をしたのは少しふっくらとした30代くらいの、人の良さそうな眼鏡をかけた女性。
染めていると思われる少し影のあるヴァイオレットの髪をひっつめに纏め、眼鏡をかけた顔には化粧っ気がないが、彼女のキラキラとした好奇心に満ちた黒い瞳と、生き生きとした表情が彼女を魅力的にみせていた。
腕まくりとお手製のエプロンにパンパンに何か入ってる様子は、貴族ではあり得ない光景だが、彼女の職人気質そのものを表しているようだった。
次いで控えめに挨拶をしたのは、ブリュネットの艶のある髪を緩く三つ編みにして纏めた女性。凍った湖を思わせる淡い水色は、ただただ静かにミランダを、正確にはドレスを見つめている。
こちらの女性はブルフェン人と比べてすらっと高い背丈をしており、表情の乏しさからか、少し話かけづらい印象を受ける。
エプロンドレスを着た彼女の手にも、マティルダ同様、仕事道具と思われるスケッチブックがしっかりと握られていた。
「ミランダ メルローと申します。今日はよろしくお願いします」
丁寧に挨拶を返したミランダ。
グレースはミランダが来る前にとっくに挨拶は済ませているのか、ミランダの横でパタパタと優雅に扇子を仰いでいる。
「メドゥヴィチカ様。この方、好きにしてよろしいんですね?」
「よろしくてよ。あなたの好きそうなモデルでしょ?」
「えぇ、ええっ!それはもぉう!インスピレーションが湧き上がりまくりですわっ!!」
グリンっと音がしそうな勢いでグレースを見たマティルダ。
フフンッと不敵に笑ったグレースの言葉に、それはそれは満面の笑みでミランダにズンズン近づいてきて頬を触り、腕を掴み、ウエストに手を当て、身体の周りを舐め回すようにぐるりと1周、足りなかったのかもう1周回って眺めている。
「…我慢なさい、ミランダ。少々変わり者だけど、腕は確かでしてよ」
ー少々?
ミランダはされるがままにされながら、どうすることもできず、ただただ立っていることしかできない。
すると、
「キタッ、きましたわっ!!」
急にそう叫んだマティルダは、ざぁーとそのまま布の山に走っていって、何やら色々広げると、そこら辺に落ちていたスケッチブックにぶつぶつ呟きながら一心不乱に何かを書き始めた。
「…あれは放っておきなさい。満足できるまでデザインしたら帰ってきてよ」
ー帰ってって…どこから?
呆然としてしまうミランダに対し、グレースはいつの間に用意したもらった椅子にちゃっかり座り、紅茶を優雅に楽しんでいた。
しかし、そんな少し気が抜けた瞬間、ミランダを襲ったのはスカートに微かに引っ張られるような軽い振動。それに従い、視線を落とせば、そこには食い入るように何かを観察しているアウローラの姿が。
「あ、アウローラさん?」
「こちら…どなたがお作りに?」
一切視線を外すことなくじっくりとスカート、正確にはドレープや薔薇のコサージュなど、リメイクした部分を時折触れながら観察しているアウローラさん。
「緩やかに丸みを帯びさせることでスカートのボリュームアップと、ベルラインにも似たシルエットの変化。敢えてのアンバランス…いえ、非対称にしているのね。それを補い、華やかさを出すコサージュ。
わざと透かして刺繍を見せるのもなかなか…ここに宝石やビーズを散りばめればなお良さそう。それに、ボディの刺繍も…」
「アウローラ。それは多分、ミランダのアレンジ品でしてよ」
マティルダほど声を荒げはしないものの、同質な反応を見せ、ずーっとドレスについての感想を言い続けているアウローラ。
静かで、大人しそうだと思っていたアウローラのその変貌に、またしてもかっちり固まったミランダの代わりに、グレースがサラッとそんな真実を暴露する。
「…しかし、これはもう少し袖を……、今、このお嬢様がお作りなったといいました?」
グレースの言葉にピタリと、独り言と動きを止めたアウローラは、念押しで確認するようにミランダを見上げた。
「あの……アレンジだけです」
「アレンジとはつまり、どの部分で?この赤のドレープ部分?コサージュも入ります?それとも飾り自体全て?」
「ええっと…」
さぁ、すべて話せと言わんばかりの問い詰めてくるアウローラの瞳に気圧され、ミランダは自分が手を加えた部分を説明する。
それを聞き終えると、アウローラは静かに立ち上がり、ミランダの片手を彼女の両手で握り込んだ。
「…素晴らしいですわ。特にこのドレープでシルエットに変化を持たせるデザイン。とても気に入りました。これは改良すれば"カメリア"屈指の名作の予感です」
「あっ、ありがとうございます」
「個人的にはこのノースリーブになってる袖を取り払って、袖に色違いの、クリーム色のシフォン布を、パフスリーブのように付けるのを強くお勧めします。そうすると下とのバランスが取れますし、より一層柔らかさが増すかと」
アウローラの言葉にミランダは頬を染めた。
その世界のプロに褒めてもらった嬉しさと、間近に迫ったアウローラの顔がとても整っていることに改めて気がつき、それに見惚れたことが原因なのだが、アウローラは特にそんなミランダの様子を気にすることなく、ドレスの更なるアドバイスまでし始める。
「…話を戻しますが、お嬢様。こちらのドレープの手法。"カメリア"のドレスにも使わせて頂いて構いませんか?これを用い幾重にも重なるドレープでスカートを作れば、薔薇の花をも思わせるシルエットの、美しいドレスができるのですが、」
「薔薇っ!スカートっ!なんのことですのっ!?」
ミランダにそう説明しながら何かスケッチブックに書き始めたアウローラ。その言葉に何故か反応したマティルダが、後ろの空間からガバッと顔を上げ、物凄いスピードで戻ってくると、アウローラの書きかけと思われるスケッチブックを取り上げた。
「薔薇、花びら、シルエットの独創性…好みはユリだけど………いいえ、ユリ、ユリでいきましょう。はっ、これならアシンメトリーでスカートの階段。段ごとにグラデーションをつけて…良い。良いですわっ!!」
マティルダはスケッチブックを眺め、そう捲し立てるように独言ると、またアウローラにスケッチブックを押しつけ、奥へと突っ走っていく。
「…あのようにもうマティルダは勝手にデザインに組み込んでますが、お嬢様がお嫌なようでしたら、この手法はお嬢様のドレスのみに使用させて頂きますが、いかがですか?」
マティルダの奇行を慣れた様子で見送りながら、そう首を傾げたアウローラ。
すっかりそんな2人に圧倒されてしまったミランダはただ「お任せします」としか返すことが出来なかった。




