第十五話 償いは城下町デートで
「何かご用事ですか、お兄様」
瞬きをパチクリと繰り返すミランダ。
そんなミランダを見てどこかホッとした様子のダニエル。そこからさらに斜め後ろへと視線を伸ばせば、驚いたことにもうとっくに帰ったはずのブライアンが廊下の壁に背を預け立っているの姿も確認できた。
ー殿下?帰って…いや、帰って戻ってきたのかしら?
よくよく見れば朝とは違う、グレーのシャツにネイビーのスラックスというラフな格好をしたブライアン。
「お姫様、もうご加減は治られたということで、よろしいですか?」
「よろしいですけど…なぜ殿下がこちらに?」
なんともわざとらしいダニエルの口調を聞き流しながらも、ミランダは状況が読めず、首を傾げる。
「ん〜ちょっとね…ミラ。ドレスのアレンジの材料欲しいって言ってたよね?」
「えぇ…でもそれは、明日行くという話では?」
よく話の意図が読めず、ミランダはダニエルに微笑みを向ける。
「今日、これから行ってきたら?」
「…これから、ですか?」
「うん、これから」
「お兄様が連れて行ってくれるんですか?」
「いいや、僕は執務。ブライアン殿下が連れてってくれるって」
ニコニコと告げられたダニエルの言葉に、ミランダは目を見開きブライアンの方を窺い見る。
ミランダがダニエルと会話をしてる間にこちらへと近づいてきたらしいブライアンが、場所を譲ったダニエルと入れ替わるように彼女の目の前へとやってきた。そして、いつものようにあまり表情のない顔のまま、ブライアンはじっとミランダを見下ろしてくる。
「…殿下はよろしいのですか?」
「あぁ」
「その…お忙しいのでは?」
「執務はもう終わっている。午後は空けた」
ー意外と王太子って暇なのかしら?
ミランダは今まで、ブライアンは忙しく朝早い時間じゃなければ融通が効かないからあの時間に来訪するのだと思っていた。実際、そのミランダの予想は正しく、ブライアンはかなり忙しい人だ。
今日だって本当はいつもある山のような書類仕事の後、午後からも王国軍幹部会議、自分の隊の訓練、王太子として今度行く予定の視察の打ち合わせなどぎっちりスケジュールが入っていたのだ。
しかし、会議と視察の予定を最もらしい理由をつけ翌日にずらし、部隊訓練の指揮を副隊長に押し付けることで無理やり午後の時間を確保したのだ。
全てはミランダため。正しくは彼女の兄、ダニエルが、朝居間からミランダに素気無く追い出されどんよりしていたブライアンに、『もしこの数日以内でお時間あるなら、ミランダを町に連れて行ってあげてくれませんか?ミラ、ドレスの材料を欲しがってて…お詫びになるからってわけじゃありませんが、ミラも喜ぶと思うんです』とかけた言葉をあっさりとその気にし、早急にそうしようと決めてのことだった。
ダニエルからしたら、『あわよくばドレスの材料費出してくれないかなぁ〜』という思惑があって提案したのだが、ブライアンは当然それがお詫びになるなら払う気でいたし、むしろ彼からすればそれだけじゃ少ないのでは?とさえ思ってもいた。何より、それを理由にミランダと2人で城下に出かけられるのは、ブライアンにはもはやただのご褒美だ。
そんな2人の朝のやりとりと双方の下心など知るわけもないミランダ。彼女はただ純粋に、ブライアンが無理してまで何かお詫びをと時間を空けてくれたのではないかと心配していた。
「…本当によろしいのですか?」
「あぁ、今君が大変なのは私のせいだ。せめてもの詫びだと思ってくれ」
ーそこまで言われたら、遠慮するのも失礼かしら?早く材料が買いに行ければ、ドレスのリメイク作業も早く進められるのは事実ですし。
ミランダは顎に手を当て、少し考えたのち、柔らかく微笑み了承の意を示す。
「わかりました。準備しますので、少しお待ちいただけますか?」
「わかった」
そう言って去って行くブライアンとダニエルの背が応接室に消えるのを見送り、ミランダは再び部屋へと戻る。
「…着替えないと、」
ミランダは小さくそう呟くと、急ぎ足でクローゼットへと駆け寄った。
ミランダが着替えた服はディアンドルと呼ばれる、ここ数年庶民の間で流行っている民族衣装であった。
ミランダは襟を深く刳った白いブラウスの上に、同じく襟ぐりの開いた深緑色の前開きのボディス。若草色の膝丈のスカートに白いエプロンを身につけ、茶色の編み上げブーツを合わせている。
南の国から伝わり、その見た目の可愛さに惹かれたブルフェンの女子たちによって、すっかり根付いた平民服となってきている。
大体は髪をポニーテールにしたり、両サイドで三つ編みにしたりと、町娘らしい髪型を合わせて楽しむ人が多いのだが、ミランダの髪は少々目立つので、いつも両サイドで三つ編みにしたものを低い位置でアップスタイルにまとめて、その上から白いバンダナをつけることにしていた。
これがミランダが王都に行く時の、お決まりのスタイルである。
「お待たせしました」
そうして現れたミランダの姿を見て、ブライアンは驚いた顔をし、小さく笑った。
「…似合うな」
ブライアンの嘘偽りない、素直な褒め言葉。しかし、それに耐性がなかなかつかないミランダはまたもぽっと頬を赤らめる。
そんなミランダの恥ずかしそうな様子をさらに嬉しそうに眺めたブライアン。そのままそっと彼女の手を取り、玄関の方へと移動して行く。
「…馬は乗れるか?」
「いいえ、私は乗れません」
ーお兄様の馬を見て、私も乗れると思ったのかしら?
そんな考えを巡らせながら、ミランダは首を振りながら、そうはっきりと否定した。
しかし、ブライアンはミランダの答えをそれほど気にした様子はなく、そのまま自分の乗ってきた馬の近くにミランダを連れて行く。
「相乗りは?」
「幼い頃に何度か」
「…そうか」
そんなミランダの返事を聞きながら、ブライアンは自身の馬の鞍を、メルロー家の馬小屋に置いてあった2人用の鞍へと付け替える。
ーえっ、相乗りで行くの?
てっきり、乗馬ができないと言った時点で、乗合馬車を拾うか、メルロー家の馬車を組み立てて行くかの2択だと思っていたミランダ。なので彼女は動揺と不安の入り混じった表情で、自分に背を向けるブライアンを見てしまう。
それをどう思ったのか。
ブライアンはミランダの視線に振り返り、彼女の顔をじーっと見て取ると、ミランダをちょいちょいと手招きした。
そのブライアンの仕草に、おずおずと近づいていったミランダ。彼は彼女がすぐそばまでやってきたのを見届けると、馬の方へすっと視線を流し、その首元を撫でる。
「…フローリアだ。優しいから怖くない」
ブライアンがミランダにそう紹介すると同時に小さく嘶く、立派な黒い軍馬。
艶やかな毛並みと、しなやかな筋肉の浮き出る四肢を持つ、大きくて立派な馬からは予想してなかった愛らしい名前に、牝馬なのかとミランダは衝撃を受けた。
「ええっと、こんにちは?」
挨拶をしてくれたらしいフローリアに返事をしなくてはと、手を差し出したミランダ。
そんなミランダの遠慮がちな手に、フローリアは鼻先を近づけ、そのまま鼻筋を撫でさせてくれる。
「時間も限られる。失礼する」
ミランダとフローリアの打ち解けた様子に、ブライアンは安堵しながらも、すぐにそう手短な断りの言葉を口にした。そして間髪あけず、ミランダの腰をぐっと両手で掴かみ、あっという間にふわりと鞍の上へと彼女を横乗りに押し上げたブライアン。
予想しなかった急展開に、ミランダはただ目を白黒させ、そんなミランダが驚き惚けている状態から復活するよりも早く、ブライアンがひらりっとその後ろへ跨った。
「…高さは?」
「…あっ、平気です」
いつもより目線が高いとかバランスが不安定だとかいうことも忘れ、予想より近く、すぐ後ろに感じるブライアンの温もりに心に余裕がすっかりなくなってしまったミランダ。その顔は日差しに負けたように暑くなっていたが、大人しいのをこれ幸いと、ブライアンは敢えてそれを無視することにし、馬をゆっくりと進ませる。
「スピードは上げない。が、何かあったら言ってくれ」
そう言いながら、ミランダのウエストへと腕を回したブライアン。
当然さらに密着した距離に、ミランダは今度こそ石に変わったようにピタリと身体を硬直させた。




