第十三話 家族会議は定期的に
場所はメルロー子爵家の書斎。椅子が足りないからとキッチンから運び込んできた木の椅子にミランダは座り、目の前の招待状の束を仕分けしながら、難しい顔をしていた。
分け方は主に4種類。
昨シーズンから付き合いのある家、今シーズン急に送られてきた家格が上の家、今シーズン急に送られてきた家格は低いが問題ない家、問題外。
「2週間後のリチャードソンのとこの夜会までは出ない約束だからぁ〜、それ以前のやつ、急すぎて失礼な奴もこっちね。断りの理由は体の不調で統一するよ〜」
その横からダニエルがそれぞれの手紙の束から該当のものを抜き取り、問題外の方へと加えていく。
「そうやって避けるとだいぶ減ったように思えるね〜」
そう呑気にアルフレッドが言っているが、それでもまだ検討中の招待状は20通ほど並べられている。
「あっ、この3つは断りの手紙書くとき気をつけないと、後で煩いから気をつけて」
「そこは心得てます」
「じゃあ、僕じゃなくて2人のどっちかが返事書いた方がいいねぇ〜」
そうして、問題外のお断りの括りに変わった束の中でも、色々注意事項も交え、意見を擦り合わせるのを忘れない。
「ん〜ここら辺、表向き温厚に見せてるけど全部行かない方がいいかもね」
そう言って幾つかを抜き出したのは意外なことに父、アルフレッド。それらはなんの変哲もない、どれも穏便な印象を受ける招待状であり、ミランダとダニエルでは何が問題なのか皆目見当もつかない。
「何故ですか?」
「この人たち僕とミランダしか招待してないでしょう?ここの当主たちと僕仲良くないのに、頼りない僕と一緒の時狙って、ミラを虐めたい感じがする」
すごく説得力のない理論に聞こえるが、意外とアルフレッドのこういった勘は侮れない。
そのことを子供達2人も知っているので、特に異を唱えることなく、それらもお断りの方へと加えていく。
「あと、茶会の誘いは断りましょう。昼用の訪問着がないので」
「えっ、ないの?」
「えっ、そうなの?」
ミランダは実は昼用のドレス、訪問着の類を持っていない。それは今まで必要がなかったという理由以外にも、グレース以外に特に仲のいい女性がいないからということも関係していた。
意外な事実を知り、驚くダニエルとアルフレッドを無視し、ミランダは淡々とお茶会の招待状も分けていく。
「はい、余程親しい人でなければ断りましょう…まぁないと思いますが。お断り理由はそうですね…"内々の準備で忙しいため"としましょう」
「…それって」
「この際、噂を有効活用して、勘違いさせて断るのも手かと」
「ミラにしては大胆だけどいいんじゃない?噂が下火になったら、早急に僕が縁談調えてあげるよ〜」
「えっ、ミラ!ブライアン様と結婚しないの?」
「しません」
そんなわちゃわちゃとした話し合いの末、絞られたのは5通。いつも2、3個夜会をこなすだけなメルロー子爵家からすればやはり多いのには変わらない。
それらの相手の名をもう一度確認した3人。しかし、それでもまた皆一様に微妙な表情を浮かべる。
「…まぁ、良い方ではありませんか?」
「後からまだまだ増えると思うけどね。う〜ん…」
「正直、エヴァンズ侯爵家は避けたかったけど、参加しない方が恐ろしいしね…」
元より交流があり毎年呼ばれている夜会が2つ、うち1つはリチャードソン伯爵家だ。他に今年初めて呼ばれた新しいものが3つ。
「…エヴァンズ侯爵家って、何か問題ありましたっけ?」
「第一王子派の筆頭だから、ちょっかいかけられるのは必至だよね〜」
「それを言ったら、アームストロング公爵のほうが怖くないかい?この夜会、1ヶ月以上先だよ?なんかあの公爵顔見えないし、何考えてるのかわからないよ」
ーかなり先だけど"空けとけ"という意味の招待状と、取ればよろしいのかしら?
そんなことを考えていると、ミランダはだんだんと気が重くなってくるようだった。
「公爵といえば、グリーンフィールド公爵からこないのは逆になんか怖いなぁ〜」
「…噂だと当てにしてないのかも。それよりミラ。ドレスとか靴とかって足りるの?」
ダニエルにそれを聞かれる前から、そのことを頭の片隅で計算していたミランダは、とても難しい顔で小さく唸る。
「ギリギリ…ですね」
ミランダが持っているドレスは全部で6着だ。
使い勝手が良いのが水色。次に若葉色、ダークローズ。この3つは腰に太いリボンを結ぶ、胸元にコサージュつける、白いレースをスカートに被せる、造花を散らすなどを色々組み合わせることで、上手いこと元のドレスを壊さず、アレンジ出来る優れものなのだ。
残りはマキューリオ伯爵家で着た重たいベルベットの深緑のドレスと、これからアレンジするクリーム色、そしてデビュタントで着た白のドレスだ。
「グレースのところは問題ありません。その次のサザランド侯爵家は元から交流がありますし、去年と被らないのでダークローズで行きます。ノリス伯爵家は若葉色でなんとか。エヴァンズ侯爵家は…今アレンジ中のクリーム色のドレスを頑張りましょう。で、アームストロング公爵はまだ先ですが、デビュタントで使ったドレスを染めて、飾りを足したものを着ることにします」
「えっ、染めちゃうの!?」
「はい……それでもギリギリ。最近紅茶の消費が多く、使った茶葉を一度干したのをとってあるんです。それに赤みのある花びらを少し加えると綺麗な色になると、何かで読んだので」
ー本当は匂い取りに使おうと思っていたのですが。
まさかミランダがそんなことを思っているとは思わず、アルフレッドは「さすがミラだね」とニコニコしている。
対して、ダニエルはとても心配そうにミランダを見ていた。
「別にドレス買っても良いんだよ?僕が商会の給料貯めておいたのがあるし」
「どうしても困ったらお願いします。代わりと言ってはアレなのですが、アレンジ用の材料費の工面と、茶系の靴を一足お兄様の働く商会で手に入れてきて貰えませんか?」
「それぐらい可愛い妹のためならお安い御用さっ」
そうして恭しくお辞儀するダニエルに、ミランダもアルフレッドも呆れたように笑みを溢す。
「じゃあ、お断りの中でも問題のない家と、我が家と家格が変わらない家は僕が返事を書くよ。普通の対応で大丈夫そうだし」
「じゃあ、僕はその残りのお断り分を。ミランダは出席の返事を書いて」
「わかりました。…ですが、私とお兄様は逆の方がいいのでは?」
不思議そうな顔をするミランダの疑問に、ダニエルは少し言いづらそうな顔をして、頬をかいた。
「その…ミランダの字って硬いでしょ?綺麗だけど…あんまり女性っぽくないというか。お断りの手紙って、柔らかい字の方が悪印象与えにくいから」
ダニエルの言う通り、ミランダの字は教本に近く読み易くはあるのだが、女性らしい柔らかな印象があまりない。
逆にダニエルは仕事以外では華やかで柔らかい文字を書き、アルフレッドは意外にも流れるような清々しい字を書く。
世には『字はその人の本質が現れる』という格言があるのだが、メルロー家に至っては全員それが全く外れるので、メルロー子爵家三大不思議の1つとなっている。
「…そうですね。お願いします」
思わぬ形で思い知った事実に、ミランダは引きつった微笑みの裏で、こっそり字を書く練習をしようと決意するのであった。
その夜、
なんとなく寝つけずにいたミランダは静かに自室から抜け出し、キッチンで紅茶の出がらしを煮出していた。家のすぐそばに咲いていた赤い花も一緒にし、煮込むこと20分。
しっかりと色が出たその色を見て取り、ミランダはすぐ後ろの作業台に置いていた、白いドレスを手に取る。
シンプルなドレスだ。本当なら、一生に一度のデビュタントのために、みんな頑張って豪華な飾りをつけるものなのだが、ミランダのそれはさりげなくあしらわれた銀の刺繍以外、装飾は何もついていない。
でも、グレースにはこのドレスがとても気に入っていたし、着れた時はとても嬉しかったのを覚えている。
父と兄が、初めて用意してくれたドレス。
そして、姉、アメリアと、全く同じデザインで作られたドレス。
『ミラがデビュタントの時に、同じの作ってあげるわよ』
そう言ってあの日、白いドレスに身を包み、笑ったアメリアの姿が目に浮かんだ。
ミランダはじっとそのドレスの姿を目に焼き付けると、そのまま静かに鍋の中へとそれを沈めた。




