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第十二話 素直ではない提案

「悪くなくてよ。先程、このケーキの名はなんと言ったかしら?」


「キャロットケーキよ」


「キャロットケーキね。………人参じゃないの!?」


「今気がついたの?」


お茶と茶菓子を用意して、ミランダがグレースとは反対側のソファに向かい合うようにして座り、始まったメルロー家の簡易的なお茶会。

ミランダが呆れたように肩竦めれば、グレースは「聞いてなくてよっ!!」と叫んでいる。


こうしてミランダと軽い言い合いをしている姿を見ると、とても高貴な家柄のご令嬢には思えないグレース。しかし、その所作をひとつひとつ目にすれば、それは洗練された貴族の仕草であると普通はすぐ気がつく筈なのだ。だが、その高貴ささえ、時に完全に打ち消してしまえるのがグレース。そんな場にあった姿を臨機応変にとれるのが、グレース メドゥヴィチカ リチャードソンの凄いところであり、魅力でもあった。


実はグレースは、王国立学園ではメドゥヴィチカ リンカーソルと名乗っており、ミランダも真実を知るまで、まさか彼女があのリチャードソン伯爵家のご令嬢だとは全く気がついていなかった。それくらい完璧に下級貴族の高飛車なお嬢さんになりきっていたのだ。

ちなみに、リンカーソルはリチャードソン伯爵家の傍家、男爵家の苗字だとか。

なので卒業の時に、『わたくしの家に今度いらっしゃいな』と言われ、まさかそれがリチャードソン伯爵家だとは、その時のミランダは思いもしなかった。迎えを寄越され、馬車で向かった先がまさかの豪邸で、ミランダが度肝を抜かしたのは当然の結末と言えただろう。

高位の伯爵家として有名なリチャードソン家に気後したミランダに対し、グレースはいえば家格差を気にする風でもなく、『今まで通り接しないのなら、わたくし、あなたに毎日不幸の手紙を送りつけましてよ?』とよくわからない脅しをミランダにして、彼女を無理やりいつも通りの態度で過ごさせた。

そんなこんなで、2人の関係はまだ短いながらも順調に続いている。


「本当にこれ、人参ですの?」


そう言ってフォークでキャロットケーキをすくい、繁々と観察しているグレース。そんな興味津々な様子は、好奇心旺盛なリスを連想させる。


「…ところで、用事はもういいのかしら?」


「はっ、そうでしたわっ!わたくしとしたことがっ!!」


そう言ってワタワタしているグレースを尻目に、ミランダは静かにティーカップに口をつける。

兄、ダニエルがベネズット商会を通して安く手に入れてきてくれたダージリンは、ミランダからすると少し苦味が強く感じるが、グレースは好きな味だったと記憶している。


ー殿下もこちらの方がお好きそうだったわ…


そんなことを考えていたからだろう。


「貴女っ、王太子と恋仲って本当ですのっ!?」


グレースのその言葉に、ミランダは思わず紅茶を吹き出しそうになったのを耐えたがために、思いっきり咽せてしまった。


「動揺しましたわねっ!?事実ですの?どうですの??…ちょっと早く答えなさいっ!」


まだ涙目で噎せていて喋れずにいるミランダに、グレースは1人グイグイと詰め寄ってくる。


「ちょっ、ちょっと……落ち着いて」


「落ち着いていられませんわっ!貴女が王妃となれば、わたくしの女性初、宮廷官僚の夢もグッと近づきますのよ?そこのところ、わかってますのっ?!」


グレースは兄や従兄弟に強い憧れがあり、自分もリチャードソン伯爵家に生まれたからには官僚になりたいと夢見ていた。


「そんな事実はないわっ!」


「では、あの噂はなんだと言うのかしら?」


「噂ってなんのこと?」


そう言って眉を寄せ、首を傾げるミランダに、グレースは「もしかして貴女、また社交をサボってますわね!?」と呆れと驚愕と怒りを、絶妙に混ぜ合わせた表情でミランダを睨んだ。


「いいですわ。わたくしが、無知で、愚鈍で、鈍感な貴女に、1からきちんと説明して差し上げるわ」


「…お手柔らかに頼むわ」


フフンッと自信満々な笑顔を浮かべるグレースに、ミランダは苦い笑みを浮かべながら、小さなため息をそっと溢した。



グレースが聞いた噂というのは、

『マキューリオ伯爵邸で出会ったブライアン殿下とメルロー子爵令嬢は、互いに一目惚れ、その後親密な空気でダンスを踊り、夜の庭園へと消えていった。

その後も2人の燃え上がる恋は消えることなく、「貴方に会えなくて寂しい」とメルロー子爵令嬢が言えば、ブライアン殿下は朝早くだろうと駆けつけ、少しでもいいから互いの時間を作った。

そうして沢山の贈り物と思い出を増やしていき、元々社交の場に出ることがないという両者の評判を利用し、ひっそりと愛を育み続けている…』

という内容だった。


「…なんなの?そのちょっと匂わせまくりな恋愛小説のような噂は」


「あら?貴女恋愛小説読むんでしたの?」


「…グレース。他でもないあなたが私に押し付けたんじゃない」


ーそれにしても…


脚色されているとは言え、かなり事実が織り交ぜられた噂だ。変に嘘を混ぜないところが信憑性を増し、なんとも嫌な感じの広がりを見せているそうだ。


「で、事実ですの?」


「…すごく脚色が入ってるけど、起こった出来事としては事実だわ」


そう言って頭を抱えるミランダに、グレースはニッコリと、寒気を覚えるようなそれはそれは可愛い笑顔で、ミランダに近づいてくる。


「つまり、マキューリオ伯爵の夜会で挨拶し、ダンスを2、3曲踊り、庭園に抜け出し、その後もメルロー家で浅瀬を重ねてるのは事実ですのね?」


「…ちょっと、言い方考えてくれないかしら?確かに合ってはいるけど…そんな関係ではないわ」


「どうかしら?あの王太子、どの夜会でも1人の女性と2回以上踊ることは決してないのよ。貴女だって、ダニエル様やメルロー子爵以外の男性と全然踊らないじゃないの。その上、毎日メルロー家を訪れ、そしてそれを受け入れている?絶対に何かあるでしょうにっ!さぁ、吐きなさい!全て話すのよ!ここまできて隠し事などしようと考えないことね?」


そして今すぐ高笑いを始めそうなグレースの悪い顔に、ミランダもゲンナリとした顔をしつつ、仕方なく全てを話すことにした。


「まさか求婚までされて、それを突き飛ばして逃げてたなんて。ミランダ、貴女とんでもない大物でしてよっ!」


「そんなことできる人間、この国には他に誰もいなくてよっ!」と実に楽しげに笑うグレースの笑顔とは反対に、話し終わったミランダはぐったり疲れた顔。


ーだから話したくなかったのよ…


そんなことを思っているミランダに、グレースはさらに知りたくない事実を突きつける。


「でも、事実はどうであれ、貴女と王太子が噂になっているのは本当ですのよ。最近、招待状の類が多いのではなくて?」


悲しいことに、ミランダにも心当たりがあり過ぎる話だった。

今日、ダニエルが帰ってきてから家族揃って手紙をまとめて見て、どれに参加するか決めようと思っていたのだ。チラリと目にした相手の家名には、あまり見かけないもの、予想してなかったものが多かった。


「…なんてこと」


「ようやくことの重大さを理解したようね。良かったわね、ミランダ。これであなたも、大嫌いな社交界で引っ張りだこでしてよ?」


そう言ってとうとう高笑いを始めるグレース。


ー殿下が訪ねてくるだけでも気が重いのに、さらに他の貴族の相手なんて…


再び茫然として動かなくなってしまったミランダを、グレースはチラリと見て笑いを止め、ちょっとモニョモニョと居心地悪そうに口を動かし、そしてもう一度チラリとミランダを窺い見る。


「…貴女、仕方なくいつもより夜会に参加するとして、ドレスとかの準備は間に合うかしら?」


「…確認して見ないとわからないけど………厳しいでしょうね」


「でしょうね。……良い案がありましてよ?」


ー良い案?


顔を上げたミランダの前で、脚を組んだグレースは、スッと指と指の間に挟んだ手紙を目の前に差し出した。

素直にそれを受け取ったミランダ。そのまま差出先を見ればなんとそれはリチャードソン伯爵家から。どうやらグレースが持ってきたものらしい。


「2週間後の、我がリチャードソン伯爵家の夜会の招待状よ。どこよりも先にこちらに顔を出すというなら、ドレス、宝石、靴、一式揃えて差し上げましてよ?」


そうしてふふっと笑うグレースはとても可愛らしい笑顔だ。

しかし、ミランダからするとその申し出は些か理解し難いものだった。


「そんなこと、グレースにも、リチャードソン家にも利がないはずよ」


「普通に見ればそうね。でも未来の王太子妃に恩を売るのは悪くなくてよ。それに、自動的にそれはあの男に恩を高く貸し付けられますし」


「…私は王族と婚約も結婚もする気はないわ」


「そうは言っても無駄よ。あの人はほとんどの物事に無頓着な割に、執着するものにはとんことんですわ」


ーなんでこんなに自信満々に言い切るのかしら。グレースは殿下と何か交流があるの?


ミランダはグレースの発言を不思議に思いながらも、それでも提案されたことを素直に飲み込めず、眉間にしわを寄せる。


「……意地を張ってる場合じゃなくてよ、ミランダ。貴女はこれから数々の敵地に送り込まれるの。ロクな武装(ドレス)も、盾となりうる人脈もなく、戦うつもり?貴女を可愛がってくれる父親世代の紳士達など、女の戦いじゃ紙切れよりも脆くて使いものにならなくてよ?その点、貴女がもし我が家の夜会にリチャードソン家が仕立てたドレスやアクセサリーを身につけ、参加するのなら、貴女に信頼できる女性の人脈を作るチャンスを与えましてよ?迷うことなどないでしょうに」


密かに"ドレスなどを仕立ててあげる"から、"ドレスなどを仕立てることが条件"に格上げされたことにミランダは気がつき、呆れてはいたが、それと同時にやはり、この提案の不平等さに不安を覚えた。


「…ちゃんとあなたのためにもなるの?グレース」


「当たり前でしてよ。わたくし、タダでは動かない主義ですわっ!むしろこちらに利益むしり取られないように覚悟なさいなっ!」


そう言ってニンマリと笑うグレースに、ミランダは弱々しく笑みを浮かべた。


「ありがとう、グレース」


「あら、なんのことでして?」


相変わらず素直ではないグレースの返答に、ミランダは今度こそ、嬉しそうに微笑んだ。


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