第十一話 グレース襲来
王都のはずれのはずれ、正確にいうならば王都領のはずれにあるメルロー子爵家の小さなお屋敷は、最近人の出入りが頻繁になっている。
1人目はポストマン。
新しいシーズンが幕を開けたからか、このところひっきりなしメルロー家には招待状やら、ご機嫌伺いの手紙が舞い込む。
今年は何故かとても多くて、ポストマンの10代だと思われる男の子が日に何度もメルロー家を訪れ、後半になればなるほど泣きそうな顔してミランダに『すみませ〜ん』と声をかけてくるのだ。
ミランダも『日にまとめて持ってきてくれればいい』と言うのだが、どういうわけかその差出人の貴族たちは皆一様に"速達で"と頼んでくるらしい。
おかげで何度も何度も、この王都から遠いメルロー家をポストマンの彼は往復しなくてはいけなくて、あまりにそれを不憫だと思ったミランダは、最近ストックしているお茶菓子を日の最後に持たせてあげている。
そんな青年だが、最近はお菓子を楽しみにしているのか、泣きそうな顔が終盤にはニコニコ顔に変わるようになったとか。
そして、2人目は、朝の訪問が日課となってきているブライアンである。
ブライアンはいつも、朝の8時くらいにメルロー家を訪れ、30分ほどミランダと共にお茶と会話を満喫したのち、去っていく。
ミランダが知る限りでは3回目、寝込んでる間もそうならたぶん7回目のとき、ミランダは思わず『毎朝何故いらっしゃるのですか?』と苦言を呈したのだが、ブライアンが『…迷惑か?』と、とても悲しそうな顔で言うので、それ以上何も言えず、そのままズルズルと朝の訪れを受け入れている。むしろ、王族に迷惑ですと面と向かって言える人がいるなら、ぜひ紹介して欲しいとミランダは半ば本気で思っていた。
そんな不本意だが日課となりつつあるブライアンの来訪のため、ミランダの日常にお菓子作りが時折追加されることとなった。ちなみにポストマンの彼に渡しているのも、これのお裾分けである。
また、ブライアンもヤマユリの代わりとして手土産にお菓子を持ってきてくれた際には、ここぞとばかりに『お持たせですが』と言いつつ、ミランダは堂々とテーブルに並べることで、日頃の鬱憤を少しだけ晴らすことにしている。
これだけでも人の出入りの少ないメルロー家には珍しく、来客が頻繁とも言えるのだが、それに加えてこの日は、とても騒がしい本当のお客さん、3人目の来訪者が現れた。
午後になり、ミランダはかなり久しぶりな自由な時間を手に入れようとしていた。
ここのところ父、アルフレッドが、ミランダが朝の時間にブライアンをもてなすために執務から外れるのをいいことに、執務をサボり、本当ならそれほど伸びるはずのない執務の時間が、ダラダラと午後まで伸びる日が続いていたのだ。そうなるとメルロー家の家事全般をこなすミランダの自由時間は、自然となくなってしまう。
いい加減持ってるドレスのアレンジをしなければならなかったミランダは、だらけ癖のついたアルフレッドの尻を叩き、この日はようやく念願の自由時間をもぎ取ったのだ。
ーどのドレスにするべきかしら?水色とあの重いベルベットのは今シーズンもう着たから…あのクリーム色のに別の色の布重ねて…うん、いいわね。
そうして、にこりと笑みを浮かべたミランダは、早速自室のクローゼットからお目当のドレスを出し、裁縫、刺繍セットと共に、誰もいない居間までやってきた。居間にある、母がよく好んでいたロッキングチェアで何か作業するのは、ミランダのお気に入りでもあった。
ミランダはロッキングチェアに座り、自分の前にドレスを広げ、じっと観察する。
ーここ、斜めから被せてドレープにして、それから…うん、ここに刺繍を先入れてしまいましょう。上の布地を薄いのにすれば色は乗るのに下の刺繍が透けて浮かび上がる。ふふ、いい案だわ。
こうしてドレスをリメイクするのはミランダにとって、読書の次に好きな時間だ。家のことがなければドレスリメイク師という新しい職業を作って、職人を名乗れる腕があると、ミランダは自負している。
ーさぁ、やりましょう!
今浮かんだドレスのリメイクデザイン案にルンルン気分で針に糸を通し、いざ、刺繍をと手を上げたミランダに、ヒヒーンと、急停止した時の馬の荒い嗎きが聞こえた。
それを追ってロッキングチェアのすぐ右、居間の窓から外を覗けば、見覚えのある豪華な作りの白い馬車が玄関前に止まっている。
ーこれって…まさか、
嫌な予感を覚え、今度は居間の扉へと目を向けたミランダ。その耳に、それを正しく肯定するような物凄い速さのヒールの足音が聞こえる。
そして、
「ミランダっ!!説明なさいっ!このわたくしに黙っているとはどういうつもりなのかしらっ!?」
バァーンッと、ボロなメルロー子爵邸が壊れてしまいそうなけたたましい音と共に、居間の入り口を殴り開けたのは1人の令嬢。
毛先にかけて緩くウェーブを描く栗色の髪をツインテールにし、パッツリと切られた前髪の下から覗くクリッとつり目気味の金色の瞳がとても目を引く。
背は立ち上がったミランダの胸元までしかなく、胸もどちらかというと慎ましやかで、一見するとまだ成人前の少女と勘違いされるが、歴とした17歳の淑女である。
彼女の名前はグレース メドゥヴィチカ リチャードソン。ミランダが通っていた王国立学園の元同級生であり、国王様の覚えめでたい、多くの宮廷官僚を輩出する名門伯爵家のご令嬢だ。
「…グレース、家が壊れるわ」
「メドゥヴィチカと呼びなさいといつも言っているはずよ?」
「呼びづらいからイヤよ」
腰に手を当て、かなり高飛車に言い張ったグレースの言葉に、ミランダは面倒臭そうに顔をしかめた。
しかし、当のグレースはそのことを気にした風でもなく、ミランダの座るロッキングチェアの斜向かいに位置する、パッチワークカバーのついたソファにストンッと腰を下ろす。
ミランダとグレースの仲は案外短い。13歳からの3年間、2人は学園の同じクラスで過ごしていたのだが、グレースが一方的にミランダをライバル視して敵意むき出しだったため、仲良くなったのは卒業を控えた残り3ヶ月のタイミングだった。
グレースが言うには『一位とって当たり前と思ってる、天才型のいけすかない女かと思いましたの』とのことだが、それからというもの、グレースはミランダの"唯一の友人"と名乗り、何かにつけ伯爵家に来させたり、時にメルロー子爵家に突撃したりしている。
「お茶の用意は要らなくてよ。貴方のこの家に茶菓子なんてものがないくらい、わたくしは理解してますから」
「残念ながらグレース 。最近のメルロー家には来客が多くて、茶菓子を常備するようにしたのよ」
ーまぁ、私の手作りなのですが。
プロのパティシエのものじゃないと怒られるかしらと思いつつ、後ろで目をくりくりさせ「まぁ」と呟いているグレースの驚く反応をもっと見てみたくなったミランダは、その事実を言わないことに決めた。
「じゃあ、用意してくるわね」
「相変わらず、下々の方がいなくて不便ですこと」
「うちは貧乏ですからね」
「……味があってそれもそれでいいと思っていてよ」
なんとも面倒な言い回しをする友人にミランダは苦笑しつつ、気分屋な彼女の機嫌を損ねないよう、素早くキッチンへと向かうのであった。




