4 聖騎士団の暴虐1
まだ夜が明けきれぬ早朝。
外はまだ肌寒いだろう。
リーザの朝は村の誰よりも早い。
店内を綺麗に掃除すると、店の前をほうきではく。
今度は倉庫に入り壺を空けて、昨晩漬けた鉱物に視線を向け、ステータスウィンドを開いて成分を確認する。
彼女の表情は、いまひとつのようだ。
不出来だったのだろうか。
気を取り直してエプロンを着けると、朝食の支度を始める。
お店が始まるまでに、素材の買い出しもしておきたい。
朝の時間は、1分1秒たりとも無駄にはできない。
なのに。
あいつは、それがまったく分かっていない。
リーザは天井を見上げる。
「おーい、シン。朝ごはんできたよー」
いつも通り返事はない。
ニートにとって早朝は、もっとも過酷な時間帯。
少々叫んだくらいでは、目を覚ますことなんて到底できない。
リーザは諦めない。
「シン! 早く来ないと冷めちゃうよ! 降りてこないと、今度からあんたのごはん、ニンジンだけにするよ」
ニンジンというキーワードに反応してか、ガタゴトと騒がしい音を立ててシンが天井から落ちてきた。
「……ぃてて」
「おはよう。シン」
「……あ、おはようございます……。リーザさん」
シンは尾てい骨をさすりながら立ち上がると、テーブルの上に視線を向ける。
テーブルクロスの上にはハムエッグが乗ったトーストにキンキンに冷えたオレンジジュース。ニンジンがないことを確認すると、シンの頬が柔らかく砕ける。
彼の心情を分かってか、リーザもちょっぴり笑う。
シンは自信満々に昨晩のお皿を見せる。
「すごいじゃん! シン。全部食べたの?」
「……う、うんっ!」
「じゃぁ食べよっか」
「明るい所は苦手だから……、天井裏で食べていい?」
「ダメ!! 人はね、朝、お日様の光を浴びて一日の始まりを感じ、今日もいっぱい頑張ろってなるのよ!」
シンは悟った。
断ったら説教30分コースだ、と。
しぶしぶ椅子に座り、トーストを手に取りパクリとかじる。
「おい、いただきます、は?」
シンはハッとしてトーストをお皿に戻すと、手を合わせてボソボソ呟く。おそらく「いただきます」と言ったのだろう。
リーザはオレンジジュースを手に取り、一口飲むと、
「その眼鏡どうしたの? あんま似合わないから外したら?」
シンは「いいじゃん。気に入っているんだからさ」と口を尖らせる。
「そういえば、元々かけてたっけ?」
「ううん。お兄さんに貰ったんだ」
「お兄さん???? 貰ったって、それはいつの話?」
「わりと最近」
「こっちへ来てから?」
「うん」
リーザはびっくりして天井を指差す。
「も、もしかしてあんたのお兄さんも天井裏に住んでるの?」
「……どうだろ? 多分、あちこち旅をしているんじゃないのかな?」
「ふーん。冒険者さん??」
「うーん……、冒険もしていると思うよ」
「強いの?」
「そりゃもう! 俺ができないことを簡単にやってのけちまうんだ!」
ボソボソしゃべていたシンだったが、そこだけは力強かった。
そりゃニンジンが食べられるんだもん。最強さ。
「てかさ、あんた、そんなまともなお兄さんがいるんだったら、あんたのこと心配してるでしょ? 忠告とかされないの? 冒険者やってるくらいだから、かなりの腕なんでしょ? どうして兄弟で全然違うのよ? なんというか、あんたはもう少しまともに……」
マシンガンのように突っ込みまくるリーザだったが、シンが急に暗い顔をして俯いたことに気付きハッとする。
――もしかして私、地雷踏んだ?
「ど、どうしたの? シン」
「あのね……。お兄さん、口がきけないんだ……。何も話してくれない。……いや、話しているんだろうけど、俺には聞き取れないんだ。だから、俺、あの人の言葉を知りたいんだけど……何も分からないんだ……」
「え? え? ご、ごめん。なんか、私、シンのお兄さんのこと何も知らないで、いっぱいしゃべっちゃった……。彼、今、どこにいるの?」
「……どこにいるのかなんて分からないよ……。だけど、お兄さんはいつも俺を見守ってくれている。俺には分かるんだ……」
「シンのお兄さん……、も、もしかして……もう、し……し……」
「うん。そりゃぁ、まぁ、ああいった感じだから、猛進で……」
リーザは手で口を抑えた。その手はガクガクと震えていた。
彼女の白い頬を一筋の涙が伝う。
リーザは両手でシンの手を強く握りしめると、「大丈夫だから……大丈夫だからね。私がシンのこと守ってあげるから! その眼鏡、似合わないなんていってごめんね」と何回も繰り返した。
リーザは首にかけていたネックレスを外すと、手のひらに乗せた。中央に飾られた宝石は、窓から差し込む朝日に反射され鮮やかなエメラルドグリーンに輝く。
「これね、お母さんに貰ったんだ。そんなに高価なものじゃないんだけどね、私のお気に入りなの。私のお母さんも、いつも天国から私のことを応援してくれていると思う」
「う、うん……」
シンは窓のさんにねずみがいることに気付く。
「ちゅー」
「あ、お兄さん」
「え?」
「あ、どっかいった」
「そうね。私のお母さんも、きっとすぐ傍で見守ってくれていると思うわ……」