19 ニートの劇4(★)
悪帝ガードルは、たいまつを掲げる。
帝国の騎士たちは、醜悪な笑みを浮かべている。
シンは十字架に張り付けられていた。
柵のまわりには大衆が集まり、祈るような顔で、その様子を目に焼き付けている。
自分たちの命と引き換えに、姫はその生涯を閉じようとしているのだ。
すすり泣く者、怒り狂う者、悪帝に毒づく者、されど誰一人、剣を抜いて戦おうとしない。無力な自分がふがいない。
それを一瞥して悪帝ガードルは、高らかに哄笑を上げる。
シンはもうろうとした目で、大衆に視線を向ける。
薄っすらと細めた視界には、もはや何も入ってこない。
なんとか仕事をまっとうできた。
苦しかった。
辛かった。
死ぬほどに厳しかった。
それがようやく終わろうとしているのだ。
その安堵と喜びのせいで、涙と一緒にほんの少しだけ笑みがこぼれた。
その涙と笑みで大衆は泣き崩れる。
――死を目の前にして、我々たちのために健気に笑うなんて……
それはあまりにも気高く、そして美しかった。
リーザはフライドポテトを食べることを忘れ、ただただ号泣していた。
そこでだ。
馬に乗った騎士が颯爽と現れたのだ。
赤い羽根付き帽子に、腰にはサーベル。
ウィッツ演じるさすらいの剣士、アルセンド=ヴィクトリアだ。
帝国軍は目を丸くして驚く。
ヴィクトリアが斬り込んできているのだから。
話が違うではないか!?
だが、彼らはプロだった。
なんなんだよ!? 聞いてねぇよ! など誰一人口にせず、剣を抜き応戦する。
ヴィクトリアは、敵兵を次々となぎ倒して、十字架の縄をほどき、エルカローゼを抱きかかえて地へおろす。
「もう大丈夫です。エルカローゼ姫」
リーザは立ち上がって叫んだ。
「やったぁあああ!! ヴィクトリアがキタァァアー!!!」
姫のピンチにイケメンの剣士が現れたのだ。
前のシーンでは、辺境の村で剣の修行をしていたはずなのに、物理的にどう考えても無理な距離設定なのに、だけどそんなことどうだっていい。まさかの熱々展開。嬉しさ全開。これが叫ばずにいられるだろうか。
「やっちまってよ!! ヴィクトリアアアア!!!」
リーザは絶対に迷惑な客である。
シンは驚く。
――なに、これで退場だったハズなのでは??
聞いていないよ。やめてよ。助けないでよ。
必死に抵抗するシン。
そりゃ、そうだ。
もしキャラを延命させられてしまったら、実体の方が死んでしまう。
だから、ヴィクトリアが差し伸べた手を握ろうとしない。
「ひ、姫。どうして……」
ヴィクトリアことウィッツはシンを妄信している。
故にもしかしてストーリーの変更が気に入らなかったのではないのかと、かなり動揺していた。
その様子を見ていたリーザは、ハラハラドキドキ。
――な、な、なんで一緒に逃げないのよ。あ、そっか。エルカローゼが逃げたら、民衆たちは虐殺されてしまうんだった。
リーザは民衆たちに向かって叫ぶ。
「あなた達、いつまでも守って貰ってばかりじゃなく、剣を取り、立ち上がりなさいよ!!」
おいおい、それは役者の仕事だろ?
リーザはそろそろ追い出されて、出禁になるのではないだろうか。
だが、ウィッツはハッとする。
――そ、そうか。だから先生は抵抗しているんだ。ここで僕と一緒に逃げたら大衆が殺されてしまう。
ヴィクトリアは剣を高く掲げ、大衆に向かって叫んだ。
「今こそ剣を取り、立ち上がるのだ! さぁ、僕と一緒に戦おう!」
ウィッツはシンをチラリとみる。
シンはHP残量1になり、コテンと気を失う。
ウィッツは『先生が抵抗をやめた。つまり僕の選択肢は正解だったのか。でも確かにこのセリフを言わずに姫を連れ去っていたらストーリーの修復が大変だった。さすが先生です』と勝手に納得し、姫を片手で抱きかかえ、敵陣を切り崩して逃走する。その後を大衆が追いかける。
ここからの演技は台本なしのガチだ。
不安に駆られている劇団員に、団長は親指を立ててみせた。
団長の笑みで、劇団員はようやく意図をくみ取ることができた。
迫真の演技力で号泣の渦を生み出したエルカローゼを、ここで退場させてはならない。
ここにいる誰よりもシンの演技力は遥かに上なのだから、ここで消えられたらこの後の話がつまらなくなってしまう。
いつの間にか、ヴィクトリアと恋仲になるハズだった、メインヒロイン――狩人のリーディアが二人の盛り上げ役に回っていた。
まさかのメインヒロインの交代だ。
長い間の投獄生活により衰弱していたエルカローゼの身の回りの世話を買って出て、献身に看病していく。
もし観客に、これがアドリブだと言っても信じないだろう。
役者達も不思議だった。
シンを見ると自然と台詞が思いつき、勝手に体が動き出してしまうのだ。
それは何とも心地よかった。
いつもだって感情移入して全力で演技をしているのに、それとは違う、本当に登場人物と100%以上シンクロしていると錯覚してしまうくらいだ。
例えるなら敗戦続きのスポーツチームに名選手が入った途端、猛烈に士気が上がり一気に優勢になるアレに近い感覚だった。
まさしくそれは神の時間のようだった。
物語はもはや原形をとどめていない。
役者一人ひとりが、その時代を生きた一人の人間として、この物語に魂を与えているのだ。
リーザを始め、観客全員は、その姿に興奮し、泣き、笑い、この時が永遠に続けば良いなと心底思っていた。
ただ一人を除いて。
シンは苦しいのを通り越して、無我の境地へと突入していた。
――なんで俺はここにいるんだ……。俺は何をしているんだ……。俺はいったい誰なんだ……
ヴィクトリアは大衆を率い、義勇軍を結成し、そして遂に帝国を破った。
エルカローゼと一緒に小高い山を登った。
二人は赤焼けの空を見上げている。
きっとラストシーンだ。
観客も役者も、この場にいる誰もがそう思った。
きっとヴィクトリアが告白をするに違いない。
リーザはハラハラドキドキしながら、真っ赤な顔でハンカチをギュッと握ったままその様子をじっと見ていた。
ヴィクトリアはゆっくりと口を開く。
「あなたがいたから、この大義を成し遂げることができました。本当にありがとうございます」
そして言いにくそうに頬を染めた。
リーザは興奮と恥ずかしさで、思わず手で視界を隠した。指と指の間の隙間から、チラリとステージを見る。
――いよいよね、いよいよ告白するのね。
「……私はあなたのことが好きです。心から愛しております。これからは、あなたと共に歩み、共に笑い、共に支えあい、共に死にたい。どうかあなたの想いをお教えください」
エルカローゼは耳が聞こえない。
だから自分の気持ちを伝えるため、小さな箱を取り出すと、そっと開けてその中身を見せた。
それは指輪だった。
「……嫌い」
観客は驚いた。
エルカローゼが口を開き、声を発したのだから。
それはとても小さく、なんとか聞こえる程度ではあった。
一番の驚きは、彼女の反応だった。
なんと、嫌いと言ったのだ。
何がどうなっているんだ?
リーザはまた勝手に立ち上がり、
「なんでよ!? エルカローゼ!」とか言っているし。
「今、なんとおっしゃいましたか?」
「……嫌い……。もう嫌……。(仕事なんて)大嫌い!」
愕然とするヴィクトリア。
「……もぅ、これ以上……無理です……。どうかもうほっといてください」
「……な、なんでそんなことを言うんですか!?」
「無理だから、無理と言っているだけ。……どうしても続きがしたいのでしたら、……あの人とやってください……」
エルカローゼが指差した先にはリーディアの姿があった。
ヴィクトリアに恋心を寄せるリーディアは、居ても立っても居られずに、悪いとは思ったがこっそりつけてきてしまったのだ。
木の陰に隠れ、二人の様子を見ていた。
この役者も完全にリーディアになりきり、様々な感情を乗り越えてこの決断をくだしていたのだ。ヴィクトリアの告白を聞けば、諦めもつくだろう。そう思い、重たい足取りで山を登ったに違いない。
もちろん台本などなく、ヴィクトリア自身、まさかリーディアがすぐ傍にいるなんて想像の外だった。
エルカローゼのセリフで、初めて彼女の存在を知ることができた。
「リ、リーディア……。どうして……」
リーディアは真っ赤な目で、じっと二人の様子を見つめていたが、ヴィクトリアと視線が合うとすぐさま振り返って逃げようとした。
シンは思った。
――後はその人と勝手にやってよ。
そもそも、その人がヒロインだったんだよ?
どうして俺が、こんな目に……
やばっ。もうマジでHPが残っていない……
ヴィクトリアが反射的に追いかけようとした、その時だった。
エルカローゼは大きく血を吐き、ゆっくりと崩れ落ちていったのだ。
慌てて二人はエルカローゼに走り寄り、ヴィクトリアはエルカローゼを抱き起す。
「ひ、姫!!」
「……もう……、限界みたい……、ごめんね。今まで……ありがとう……」
二人は泣き崩れる。
「ひ、姫ぇえぇえええ!」
「あああぁぁあぁ!! エルカローゼ様あああ!!」
控えていた楽団がエンディングのミュージックを引き始める。
そして幕はゆっくりと下りてきた。
完全に幕が閉じて、初めてウィッツは我に返ることができた。
自分が自分ではないようだった。
告白の時なんて、まるで当事者のように心臓が高鳴り、嫌いと言われたときなんて、悲しさで胸が張り裂けそうな気持ちになっていた。
実は、エルカローゼは自分の命が燃え尽きると分かっていたから、リーディアに託し、そして息絶えた。しかも話せないハズの彼女が、最後の最後に声を発して、自分の気持ちを伝えたのだ。
緻密に計算をされた見事なストーリー展開。
しかも、それを即興でやってのけたのだ。
――これを天才の二字だけで、収めることなどできない。
もはや神だ。そう、このお方こそ演劇界に舞い降りた偉大なる創造神なのだ!
シンは目を覚ます。
やれやれ、やっと仕事が終わった。
マジで死ぬかと思ったよ。
舞台裏は暗いので、暗闇が好物のニートはすぐさまHPが回復していく。
シンの顔色はすぐ良くなる。
「あ、お疲れです!」
「せ、先生……」
「ごめんね。たいした演技じゃなくて」
「何をおっしゃいますか? すばらしい演技、ありがとうございます! 僕は未だに興奮で体が震えています」
「あのさ、終わったから帰ってもいい?」
団長が飛んでくる。
「ダメダメダメダメダメ。とにかく今日の報酬を払いたいから、もうちょっとだけ待ってて」
「お金くれるの!? やったぁー! これでリーザに怒られずに済むよ」
劇団全員がシンの周りに集まり、今日の感想を話し始める。
みな、満面の笑みに溢れていた。
今日は本当に充実していた。
その様子を遠巻きから、うかがっている者がいた。
片足を包帯でぐるぐる巻きに吊るしており、松葉杖で立ったまま、怖い形相でシンを睨みつけていた。
親指の爪をガリッと噛んだ。
悪癖だからしないよう心掛けていたのだが、あまりの許せない出来事を目の当たりにし、ギザギザになるまでかみ砕いていた。
――あいつ、なんなのよ!
元々エルカローゼ役をする予定だったアンナだ。
長い金髪を縦ロールにしており、軽装な服装をしている。
怪我をした為にシンが代役をしている、とのことだが、実は違ったのだ。
自分のことを軽く見るこの劇団を困らせてやろうと思って、ワザと怪我をしたのだ。
実際のところ、怪我はたいしたことないが、心配させようと大げさな格好をしている。
アンナは役が今一つだから第一幕で消してくれと、団長に言われ、ウィッツはそのように劇を作った。
それを立ち聞きしていたアンナは悔しくて仕方なかった。
いつもみんなについて行こうと必死に頑張っているし、そもそも与えて貰った役が悪いくらいに思っていた。午後から来る代役になる者にも予め金を渡し、下手くそに演じてくれと頼んでいた。
これで今日の舞台は滅茶苦茶になる。
自分を大切にしなかったらこうなるのよ! ざまぁみろ!
と、鷹をくくっていたのに、いざ蓋を開けたらとんでもないことになっていたのだ。
劇団にダメージを与えるつもりが、自分の首を絞める結果になってしまった。
どうしよう。
あいつだけは、マジで何とかしなくては……
尖った目で睨めつけ、また親指を口に近づけると、ガリッと噛んだ。




