20 アイナとアンナ
舞台の端でアンナはじっとメンバーの様子をうかがっていた。
団長はアンナに気付き、
「おう、アンナ。こっちは大丈夫だ。まぁ、ゆっくり養生してくれや!」
と笑った。
団長の見せた笑みによって、アンナの焦りと苛立ちは押さえられない感情へと変わった。
団長は絶対に自分のことを軽視しているに違いない。
このままだと折角積み上げてきたすべてを失ってしまう。
どうしよう。
そういえば、劇団員の仲間から聞いたことがあった。
この街には凄腕の殺し屋がいる。
証拠すら残さず、確実に仕留めてくれるそうだ。
教えてくれた劇団仲間は、ダナーという30過ぎの女性役者。
やや陰険な性格をしており皆からは嫌われていたが、上昇意識が物凄く、必死に上を目指す姿は共感ができるところもあり、アンナは嫌いではなかった。
だけどいつの間にか、この劇団から姿を消していた。
まぁ売れない団員の失踪なんてよくあることだ。
日が経つと共に、皆の記憶からは消えていった。
殺し屋の話は、ダナーと飲みに行った時、聞かされた話だ。
話半分で聞いていたが、頬を赤くしたダナーは自慢げに熱弁していた。
その殺し屋。
裏では殺し屋の仮面をかぶりながら、表社会での地位は高く、おそらくこの国の者ならだれでも知っている英雄だそうだ。
そして自分の友達なのだと。
接触の仕方は、昼間、バーでパーティを集う冒険者を装い、左の腕に赤いハンカチ、右の腕に青いハンカチを巻き、その店で一番高い酒を頼んで口を付けずじっと待っていると、向こうから声をかけてくるそうだ。
居ても立っても居られなくなったアンナは、松葉杖をつきながら、手ごろなバーに入り込み、両腕にハンカチを巻き、この店で最も高価であるブルーケンシスというブランデーを頼んだ。
正直、その酒はアンナには高すぎた。
かなり奮発して購入した。
注文するときは、ちょっぴり声が震えてしまった。
自分はそれほど、裕福ではない。それに劇団からお払い箱になってしまったら無職だ。収入減が絶たれてしまう。
だけどその脅威を生み出したのは、あの輩……
だけどそもそも、殺し屋と巡り合うことができなかったら、何も意味がない。
泥沼根拠を勝手に信じ込んで、こうして行動している。
自分が何をしているんだろうと思いもした。
それでもアンナはテーブルの前で、一口もつけず、じっと待った。
大きくカットされた氷が、ブランデーの入ったグラスをカランと鳴らした。
グラスには人影が映りこんでいる。
慌てて振り返ったアンナの視界には、切れ長の目をした美しい女性の姿があった。
背中には大きな剣を背負っている。
この人のことは、知っている。
英雄騎士団の一人、アイナだ。
自分と名前こそよく似ているのに、美貌、能力、社会的地位、すべてが異なる別世界の住人が、どうしてこんなところにいるのだろうか?
アイナはリーザとの待ち合わせを昼にずらした為、時間を持て余していた。だからこのようなところで、ぶらぶらと時間潰しをしていたのだろう。それにしても喉も乾いた。
アイナは優しい眼差しでアンナを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「あなた、そのお酒をじっと見つめているけど、それ、飲まないの?」
「……私は人を待っているだけです」
「そぅ。どんな人?」
アンナは言葉を詰まらせた。
相手は英雄騎士。
いわば国の正義を守る国家警察のようなものだ。
一方、自分の待ち人は殺し屋。
だけど……。
かつて友人は、殺し屋は権力者であると教えてくれたことがあった。
言葉を詰まらせながら、遠回しに答えた。
「……悪い人を、懲らしめてくれる人を……待っています……」
「悪い人を、どう懲らしめて欲しいの?」
即答できなかった。
ブランデーを見つめたままじっとしていると、アイナは「それ、飲まないのなら貰ってもいい?」と問うてきた。
え?
これは……。
だけどアイナにじっと見つめられ、首を横に触れなかった。彼女の眼差しは優しく笑っているのだが、それとは別のなんとも言えない威圧感があった。思わず「……ど、どうぞ」と言葉を滑らせてしまった。
「ありがとう」
グラスを手に取ると強い度数をもろともせず、一気に飲み干す。
それを見たアンナは、後悔と自責の念に苛まれていた。
すべて空回り。あぁ、結局自分は何をやっているのだろうか、と。
「あぁ。おいしかった」
突然、鋭く目を尖らせたアイナは、アンナの耳元で小さく囁く。
「で、聞こっか? いつ、誰をどういう感じに消して欲しいのかを?」




