95 仕事終わりの飲み会も、こんな飲み会ならたまにはいいかもな
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
「本当に心配したんですよ!!」
「すまん」
再度医務室に運ばれた俺は今、スエラに説教を受けている。
なんていうか、この歳になってベッドの上で正座することになるとは思わなかった。
「エヴィア様からエボルイーターに捕食されたと聞いて駆けつけてきましたが……」
仕事の途中で駆けつけてきてくれたのだろう。
レディススーツにパンプスというOLの定番の格好だったが、医務室に入るときは残像が見えるくらい速く動いていたように見えた。
見間違いでなければ床になにか焦げたような跡がついていたな。
そしてなぜこんな説教が始まっていたかと言えば、俺が悪いの一言で終わる。
なにせ、ステータスが上がっていたのだ。
医務室に常駐しているスタッフに頼んでウエイトリフティングでどれくらいまで上げられるか挑戦して、面白いように超重量が持ち上がるからついつい調子に乗ってしまった。
スエラが入ってきたときは、ちょうど三トンの重量を上げていた時だった。
てっきりボロボロな俺を想像していたのだろう。
涙目になりながら
『何やっているんですかぁ!!』
と叫んだスエラの表情は不謹慎にも可愛いと思った。
実際の怪我などものの数分で治療が終わっている。
魔力や薬品に余裕があり余程の重傷でない限りゲームみたいに回復できる設備というのはいいものだ。
ちなみに、ワザといろいろ省いた情報をスエラに提供したその上司と治療後にガチバトルしたと言ったらスエラはどんな反応するか気になるところだが、火に油を注ぐような行いは避けておこう。
「はぁ、何事もなくて本当に良かった。ですが次郎さんの場合、ボロボロになるのが定番になってきていますね」
「全部が全部自分からボロボロになっているわけじゃないんだが、否定ができない」
「でしたらもう少し慎重に動いてください。仕事だから仕方ないとは言え、心配するこちらの身にもなってください」
「すまん」
今はこうやって心配してくれる彼女に謝る。
たとえそれが巻き込まれたからできた傷だとしても、仕事を放り投げて心配してきてくれたのだ。
ありがたいことだ。
あとでメモリアの方にも顔を出さなければ。
さて、いい加減無視するのも限界だろう。
「おう! 夫婦喧嘩はもういいのか!!」
さっきから仁王立ちでスエラに説教される俺をニヤニヤと眺める御仁に俺たちは顔を向ける。
さっきまで天秤が俺を心配する方に傾いていたから説教を続けていたスエラであったが、その気持ちも一旦落ち着きを見せた。
なのでいい加減無視できない御仁と向き合うとしよう。
「そうやって堂々と立たれて気にするなというのは無理があります、鬼王様」
「許せ許せ!」
快活に笑うキオ教官を見るスエラの表情は芳しくない。
敬ってはいるが、経緯が経緯であるがゆえに不信感を隠していない。
その感情を流さず受け止めるのはさすがと言えるのか、開き直っているのを咎めればいいのか。
「……それでご用件は?」
スエラはあえて感情を抑える方を選んだようだ。
一部下として、上司の用件を伺う。
「おう!いつまでたっても来ねぇから戦のあとの宴に次郎を誘いに来たぜ!」
教官の用件は俺にとっては予想通りの内容だった。
「はぁ、やはりですか」
そしてそれはスエラも同様であった。
教官が来るということはイコールとまではいかないが、戦闘以外の用件となれば大半は飲みの誘いだ。
しかも今回は大仕事を終えたあとの話だ。
宴をすると宣言し、仕事が終わって疲れたからやっぱり中止だという現代社会とは違い、三度の飯より酒が好きなこの鬼は宣言通り宴会を敢行する。
それを察しているスエラはどうするかと悩む仕草を見せる。
「はぁ、ほどほどにしてくださいね」
「それは保証はできねぇな!」
だが、すぐに何を言っても無駄だと判断したのだろう。
ため息一つでその場を譲る。
すなわち、俺の鬼の宴への参加が決定した瞬間だった。
無駄な抵抗はしない。
ガシリとどこか既視感を覚える首への負担を体験し、なんとも言えない笑顔のスエラに見送られてまたもや風景が高速で切り替わっていく。
だが、今回は強化されたステータスのおかげで高速で動くキオ教官の姿を捉えた幾名かの表情を見ることができた。
全員に共通するのは、ああまたかと、もはや恒例行事になっているような表情で仕事に戻っていった。
そして着いたのは社内にある講堂。
「ああ~」
「おうおう、俺を抜きにして盛り上がっていやがるな!!」
着いた先の扉越しでもわかるくらいにどんちゃん騒ぎが起きている。
喧騒とはこのことか、はたまた鬼の宴だからなのか、たまにガヤガヤと騒ぐ声の中に打撃音が混ざる。
中にいる鬼たちは間違いなく酔っ払っている。
それが確信できる空気に俺はどうしたらいいのだろうか。
笑えばいいのか、開き直ればいいのか。
はたまた僅かな可能性にかけて逃げ出せばいいのか。
「盛り上がってるか!! お前ら!!」
「心の準備くらいさせてもらえませんかねぇ!!」
そんな葛藤など関係ないと言わんばかり、いや、この場合は早く酒が飲みたいという欲求に従ったのだろう。
俺を降ろした教官はバンと大きな音を立てて扉を開け、それこそ全体に響くように大声で来訪を告げた。
それに対して鬼たちは慣れているのか、酒瓶片手に雄叫びをもってして答えてくれた。
パーティーや花見、居酒屋と知識で知る分でも飲み会の場という光景を知っていたつもりであったが、目の前に広がった鬼の宴の光景はそのどれにも該当しなかった。
強いて言うなら花見が近いだろうか?
こちらの世界の酒であろう一升瓶を片手に、各々好きな食べ物を地面に無造作に置き、あっちに行っては酒を飲み、こっちに行っては酒を飲み。
笑い、殴り、飲み、歌って踊ってと好き放題に振舞っている。
無礼講という文字の配列でしかない上司のご機嫌伺いの飲み会ではなく、ここには身分差など関係なく互いに遠慮なしに騒ぐことのできる一時の夢を体現していた。
心の底から戦をお疲れといい、互の健闘をたたえ合う鬼たちの姿は楽しそうであった。
「大将!! 遅い!!」
「始めちまっていますぜ!!」
「おうおう、そいつが大将と一緒に戦った人間か!」
「こっち来い!! 一緒に酒飲もうぜ!!」
「ちっせいナリでよく戦ったな!!」
「ゴブリンのお前が言うなよ!!」
「ちげぇねぇ!!」
その垣根に人種は関係ないのか、一緒に戦ったのならそれは仲間。
たとえ明日は敵になってもここでは関係ないと、大いに手を振りそこら中から酒の誘いが殺到する。
良く言えば器が大きい、悪く言えば何も考えていない。
そんな感想を抱いたが、それでも心地よいと感じる場の雰囲気に当てられて、俺の表情は自然と緩む。
緊張で身構えていた体は最初の一発目の印象で深く考える必要がないと教え込まれ、自然と力が抜けた。
「全く常識外れな」
仕方ないという感想は的はずれかもしれないが、その言葉以外出てこない。
俺の中の常識に当てはめるのなら、こういった初めての飲み場でリラックスできるということはあまりなかった。
逆に恐縮し、ろくに酔えないケースのほうが多い。
なのになんだろう。
ここでは素直に楽しそうと思えてしまう。
「おら次郎! かけつけ一杯だ!!」
「でかすぎですよ」
立ちっぱなしだった俺の前に、相撲取りが正月とかに飲みそうな巨大な盃を教官は差し出してきた。
それを苦笑一つで受け取る俺も俺だが、さらにと底だけではなく盃にいっぱいになるほど酒を注ぐ教官も教官だろう。
絶対最初に飲む量じゃないとわかっていながらも、自然と飲める気がして俺はそれを飲み干す。
「「「「「「「うおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」
その姿勢が良かったのか、俺の飲みっぷりに鬼たちも歓声をあげる。
「おうし!! おまえら!! 飲むぞ!!」
「「「「おう!!!!」」」」
既に場は温まっていたが、教官の一言で更に空気は暑くなる。
俺も俺で昼間から酒を飲んだ所為か少し体が熱くなる。
「おう人間!! こっちに来て飲めや!!」
「いんやこっちで俺と力比べをしようぜ!!」
「それより先に俺と飲み比べだ!!」
「「大将ずるいぜ!!」」
鬼から歓迎されるなんて体験を味わいながら宴へと一歩踏み出す。
「全部いただきます!!」
そこからは時間を忘れて騒ぎ続けた。
酒を飲んで、飯を食い。
喧嘩っ早い鬼が絡んできたときは
『はっけよい、のこった!!』
そばにいた鬼に合図を頼み張り手なしの力比べと洒落込み。
『おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
取っ組み合っていた姿勢から相手がよろけた隙に背後を取り、ジャーマンスープレクスで決めた。
酔った勢いで相撲とプロレスが混ざり合ってしまったが、後悔はしていない。
頭から叩き落としたのにもかかわらずむしろ盛り上がり、会場のあちらこちらから歓声が上がり、叩き落とされた張本人も笑いながら負けた負けたと平気そうな顔で酒を飲んでいた。
まぁ、俺も酒を飲んでいて気分が高まり、更に勝ったことに調子にのって
『かかってこいやぁ!!!』
ほかの鬼にも挑発してしまったが……
簡易的な土俵が出来上がり、次から次へとくる挑戦者を投げ飛ばし。
その度に酒を飲み干した。
まぁ、全戦全勝とまではいかなく、途中で負けて退場し観戦側に回ったり、挑戦者側になったりと楽しむ。
そんな簡易土俵は気づけば勝ち残りの舞台へと様変わりしていた。
「ふぅ」
それも今は小休止と言わんばかりにそれを観戦している。
形式もなく、ただ騒ぐだけの飲み会。
そんな場所を初めて体験した身としては加減がわからず、はしゃぎすぎて少し疲れたというのもある。
「楽しんでいるようだな」
「教官」
外野に移動した俺の脇にさっきまで別の鬼と飲んでいた教官がドスンととなりにあぐらで座る。
「ほれ」
「いただきます」
普通なら上司より先に酌をしないといけないのだろうが、ここでそんなモノは関係ないのだろう。
俺に注いだ教官はそのまま酒瓶に口をつけて飲み始める。
こうやって何度か一緒に飲んできて、気づけばこの風体にも慣れて姿だけでは恐れなくなってきたな。
「……」
「……」
だが、普段であればすぐに話し始める教官が珍しく静かなスタートを切り出してきた。
互いに視線は合わさず、いつも自販機の前でコーヒーを買うスケゴブが身の丈の三倍以上あるオーガを投げ飛ばしているのを黙って観戦している。
俺も俺で盃に注がれた酒をのんびりと飲む。
「次郎」
「はい?」
そんな周りが騒がしくも静かな時間は思ったとおり長くは続かなく。
けれど、静かな切り出しで教官は俺に話しかけてきた。
「俺たちもやるか?」
「やりません」
だが、それは教官が殊勝になったわけではなく。
ただ俺と力比べがしたくてうずうずしていただけだった。
つい即答で答えたが間違いではないだろう。
そんな俺の返答を聞いて、やらないのかよとシラケたような表情をしてもやりません。
一瞬だけ酔った感覚が抜けた。
あなたと力比べするにもまだまだ力不足で、ぶつかり合ったらまず間違いなく負けるのが目に見えてますので。
せめて
「勝てそうになったらやりましょう」
「は! だったらさっさと強くなりやがれ」
「精進しますよ」
「仕方ねぇ、なら俺は待ってやるか」
それは鬼と交わした約束。
監督官と戦い、上には上がいて、まだまだ強くならないといけないと知った俺が交わした約束。
多分この先も忘れない約束だろう。
目指すべき壁は高く、越えるにはまだまだ時間も努力も必要だろう。
この先も今回のような経験をするかもしれない。
もしかしたらこの約束を後悔する日が来るかもしれない。
だけど決して忘れない約束だろう。
「鬼は約束を守る、その言葉忘れねぇからな」
「はい、生きているうちに必ず守りますよ」
子供のように楽しみを見せるこの鬼が差し出した酒の味とともに。
「なら今度は別のダンジョンの深層を体験してみるか?」
「しばらくはゆっくりしたいので、勘弁してください」
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
目指すべき目標が一つ増えたな。
本章は今回で終りとなります。
次回から新章突入です。
これからも本作をよろしくお願いいたします。




