94 原因が判明したあとの行動が肝心だ
新年明けましておめでとうございます。
新年一発目の投稿、これからも頑張っていきますのでどうか本作をよろしくお願いいたします。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
ステータスがありえないことになっていて、医務室は微妙な雰囲気が漂う。
そして当人である俺はこの結果を叩き出した原因に心当たりがある。
確証も理屈もないだろうが、おそらく間違いない。
「これは過去に例がありません。何か心当たりがあれば教えてほしいのですが」
こちらを心配するように窺うリザードマンのスタッフにどう伝えるか逡巡するも、下手に回りくどく言うよりも素直に言ったほうがいいかもしれない。
「実は――」
俺は確証がないことを前提として俺の身に起きたことを伝えた。
エボルイーターに捕食され、その際体が限界まで消化され存在自体が消える一歩手前の段階まで進み、鉱樹が溜め込んでいた魔力で体を再構成したことを。
一応その前に大量のエボルイーターとは戦闘していて大量の経験値という魔力を得ているかもしれないということも伝えた。
どっちが要因になっているかはわからないが、俺は前者だと思っている。
敵を倒し続ければ魔力適性が変わるというなら前例がきっとあるはずだ。
それを聞いたことがないというのであれば、大量の経験値獲得による魔力適性の昇格はほぼありえないと言える。
「なるほど、魔力体を維持し意識が希薄とは言えわずかに意識がある状態での体の再構成ですか……確かにそれなら理論上魔力適性を変えることが可能かもしれません」
真剣かどうかあいにくとトカゲ顔の表情はまだ読めないが、真剣に悩んでいてくれるのは雰囲気でわかる。
「しかしそれなら精密検査も必要ですね、仮にその理論が正しいのなら無理やり柔らかくした器を広げ固めたようなものでしょう。どこに不具合があるかわかりません」
「お願いします」
自覚症状がないだけで、もしかしたらどこか不調があるかもしれない。
そんな状況でなんとかなるかと安易な発想でダンジョンに挑んでみたら、いきなり体が動かなくなるなんてことになるかもしれない。
そんなことでやられていては目も当てられない。
この際だ。
可能な検査をするのもいい機会だろう。
「では検査をするために、場所を移りますね」
「はい」
この会社の医療設備は並みの病院よりも優秀だからな、やり方は特殊だが。
だけど俺は忘れていた。
この会社は俺の常識で捉えてはいけないということと
「そうだよ、この会社って思考が脳筋よりだったんだ」
「随分と余裕そうだな次郎」
「冗談を言っていないと余裕が保てないんですよ」
体の検査をすると聞けば俺が真っ先に思いつくのは医者の問診や血液検査を思い浮かべる。
他にもレントゲンや心電図、さらに細かくなればバリウムやMRIだってあるだろう。
『では最後の検査前に、この薬を飲んでください』
『検査薬ですか?』
『いえ、ポーションですよ。このあとの検査は万全の状態でないといけませんので』
『?? そういうものですか』
『はい』
思えばここで不審に思うべきだった。
スタッフに導かれるように一通りの検査を受けて、最後に手渡されたポーションに疑問を抱くべきだった。
検査が終わって、てっきり治療用のポーションだと思って呑気に飲んでいた俺が恨めしい。
いや、治療用なのは間違っていない。
だが、治療は治療でも――
「なんで検査なのに監督官と戦う必要があるので?」
「必要なことだからだ。本当なら別の者に任せるのだが、なに手空きが私しかいなかっただけのことだ」
嘘つけ!! と叫びたい気持ちをぐっとこらえる。
前にスエラから監督官が事務仕事ばかりでストレスを溜め込んでいると聞いたが、これで発散するつもりか!?
助けを求めようと訓練場に案内したリザードマンの医療スタッフに視線を向けるも、私忙しい後にしてと背中で語り満足にこっちを見ようとしない。
「安心しろ医療体制は万全にしておいた。貴様は稀有な存在ではあるが、それを把握する術を我々は幸い知っている」
「それは?」
現状から察するともう不可避な未来であるが、一縷の望みを賭けて聞き返す。
だが、確率なんて端から存在しないかのように監督官は笑った。
「どこぞの軍人が言ったセリフを言ってやる。実戦に勝る訓練はないと。貴様の体のデータ取りには魔力を全開で使う必要があるということだ。ならば実際に動かしたほうが早い、それだけだ。安心しろ途中で問題が出たら止めてやる」
それって不調が出なかったら止めないってことですよね。
無茶苦茶だと言ってやりたいが、周りにはダークエルフに悪魔にリザードマン、オークにと数々の治癒魔法使いが勢揃いしている。
おまけに何かの機材まで見えると来た。
チクショウ準備万端ってことか、あの時飲んだポーションが戦うためのポーションだと知っていたら絶対に飲まなかった。
体力も回復できるからポーションの利便性も考えものだ。
なんて後悔していても始まらない。
頼みの綱のスエラやメモリア、教官は……一緒になって戦いそうだから今は来ないでいい。
ストッパー役がいないとなればあとは全力を賭すしかない。
それに現状を把握するためには必要なことだろうと割り切らないといけない空気だ。
幸い、事前検査では異常はなかった。
必要なことだと割り切るしかない。
なんだかんだで、上がったステータスがどれくらいか試したいという気持ちがなかったわけじゃない。
それを試す、いい機会だと思えばいい。
ため息一つ吐いて分かりましたといえば、やる気を見せたのを幸いにジャイアントたちがあれやこれやと装備を俺に身に着けてくる。
三人の巨体に囲まれるのはむさくるしいが、手際はさすがと言うしかない。
まるでF1のピットインかのように病院着から一分ほどで完全武装に切り替わる。
腕を振り、肩を回し着心地を確認するが、悔しいことに絶妙にフィットしている。
最後に兜の具合を確認し鉱樹を握る。
「準備できました」
「よし、計測をはじめる。各自、結界の外から計測を開始せよ」
大きくないのに通る監督官の指示に何人かの魔法使いが魔法陣を展開し結界を張る。
これで多少暴れたところで問題はなくなった。
開始の合図はない。
監督官は悠然とその場に立ち俺の動きを窺っている。
いつでも来いといつものスーツ姿で示している。
教官たちと同じ強者の雰囲気を感じ取れる。
そんな相手に様子見はできない。
「すぅ」
先手をくれるなら。
そのアドバンテージを存分に活かす。
ゆっくりと息を吸い上げ。
腹の奥に魔力を溜め込み循環させる。
回転をゆっくりゆっくりと徐々に加速させる。
一秒過ぎる頃には体が温まり、二秒過ぎる頃には戦闘態勢に移る。
今だけでも前よりも体に込められる魔力に余裕がある。
貯蓄槽そのものに余裕があるのか、魔力の循環が感覚的にだが早くなっている。
「っ」
だが、力が強くなっている分制御がシビアになっている。
前みたいに徐々にステータスをあげたのではなく、一気に倍に増えた身体能力に加えてそれを受ける器も改善された。
増えた魔力に体が振り回されそうになり、自分の体なのに馴染まないという違和感を御すのに苦労する。
しかし
「フン!」
「……!」
決して制御できないというわけではない。
何よりそれ以上に感じる体を動かしたいという欲求が溢れてくる。
例えるなら新車のスポーツカーに乗り今か今かとアクセルを踏み込むのを待ち望んでいるかのようだ。
焦らす必要はない。
相手は格上だ。
遠慮は無用。
欲求に従い、今は全力を出すことに全てを賭す。
そう思って猿叫をあえて使わず体内に練った魔力を脚力に変えた加速速度は俺の予想を裏切った。
世界を置いていく速度は風が纏わり付き重量がないはずの風が重りとなり体を重くしようと圧し掛かるも、強化された体はそれを跳ね除け軽々と足を踏み出すことができた。
「エヴィア様の結界を切った!?」
「人間の!それもまだ一年も経っていないテスターが!?」
そしてそれは足だけではなく体全体に及ぶ。
ピクリと目元にだけだが確かな驚きを見せた監督官の脇を通り過ぎれば、直前まで踏み込んでいた場所を不可視の魔弾が貫く。
いや、不可視じゃない。
不可視に見えるほど速いだけだ。
ステータスが上がっていたおかげで輪郭は捉えることはできた。
しかし、貫く頃には既にその場から俺は退避していた。
地面が擦れる音を脚力で抑え込み、監督官を見る。
「隠し事が苦手なようだな」
「あなたに手札を隠して挑むのは無謀だって知ってますからね」
一瞬の攻防。
そこに全力をつぎ込んだ。
先手を譲ってくれた初手だからこそあそこまで踏み込めた。
鉱樹の覚醒状態のテストも兼ねたが、賭けには勝った。
できるかできないか、感覚など曖昧でしかなかったぶっつけ本番で成功してよかった。
「随分と変わったモノを用意してきたな。亜種の精霊か?いや、妖精か。だが、力は本物か……まさか結界を『三枚』も抜かれるとはな」
振り返った監督官の視線は俺の右手に向けられた。
その正体を言い当てるように俺の右手に現れた紋様に沿うように張り巡らせた鉱樹の根を観察している。
視線の先にある形状が変化した鉱樹は、俺の魔力を循環しその魔力純度を高めていた。
魔力自体が可視化するには魔法などによって現象化するしかない。
他に魔力自体を視認するには特殊な魔眼を持つか、よほどの濃度を停滞させるしかない。
こうやって発光させ視覚化するほどの魔力純度を生成できるのは稀有といっていいだろう。
そしてその魔力純度を刀身に宿らせた鉱樹の切れ味に感心しているようだった。
「貴様を過小評価していたようだな」
「……っ」
そして、監督官の中で俺の評価が修正されたようだ。
無詠唱で展開される四つの魔法陣から感じ取れる魔力量は並じゃない。
以前の俺なら一瞬で恐怖に飲まれたかもしれない。
だが、いまは恐怖よりも嬉しさが込み上げてくる。
口元に笑いが描かれている自覚がある。
強者から認められることがこんなに嬉しいとは、その領域に踏み込めたことがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
「っ!!」
「せっかちだな、だが」
子供みたいに高揚を抑えることができない。
今度は何が来る? なんて考えず、全てを切り捨てる気持ちで再び駆け出す。
「それでいい」
うっすらとではなく、はっきりと監督官は笑った。
まるで俺の興奮が伝染ったように楽しそうに笑ってみせてくれた。
思えばこの監督官がこうもはっきりと笑ってみせてくれたのは初めてかもしれない。
その顔が戦いの最中だというのに、綺麗だと思ったのは仕方ないだろう。
だがそれも一瞬のこと。
魔法陣が砲台のように俺を捉えそこから魔法が放たれる。
レーザーのように一直線のようなものもあれば、ミサイルのように俺を追尾する魔法に、さらにはその魔法陣自体が壁となり俺の進行を食い止める。
「っ!!!!!」
それに対して歯を食いしばり、魔力の循環速度をさらに上げ身体強化をさらに強めていく。
前以上に魔力を流しているのに体は軋まない。
それどころかまだ余裕がある。
飛んできたレーザーを縦に切り、右に左にと避けて切り捨て地面スレスレまで体を傾け崖を跳び登るように前へ進み、時には監督官の魔弾を魔力でコーティングした足で踏みつけ足場にする。
「盾にもなるのか!?」
「一芸だけでこの地位にいるわけではない」
一つの魔法陣に辿り着き切りつけるも、わずかに傷をつける程度のダメージしか負わせられないことに驚き、魔法陣自体の汎用性に舌を巻く。
一歩も監督官を動かすことができていないが、それでも戦いにはなっている。
魔法陣を切り裂くためにはもっと切れ味を上げるしかない。
鋭く鋭くただひたすらに魔力循環を上げていく。
イメージするのはあの巨体を切り裂いた時の一撃、あれなら監督官にも届くはずだ。
循環が進むにつれて魔力の質が上がり、一歩踏み込むに連れて走る速度が跳ね上がっていく。
「まだ速くなるか」
「っ!!」
まだ捉えられている。
余裕でこちらを捉える監督官と視線が交わり、それを振り切るようにさらに足に力を入れる。
目の前にある攻撃はすべて切り捨て、回避運動も最小限に抑える。
あの時みたいに範囲はいらない。
ただ鋭く、この一刀を届かせる。
見ろ、観ろ、視ろ。
俺が踏み込むべきタイミングを見極めろ。
足を貫こうとするレーザーを、腹にめがけて飛んでくる魔弾を、俺の進行を食い止める壁を、腕を切り落とそうとする刃を。
すべての攻撃の間にある隙間に身を投じ、鉱樹の一刀でその活路を開く。
「!!」
見えたと叫ぶ暇すら惜しい。
針に糸を通すような隙間の先にある監督官の姿を見て、ここだと俺の直感は叫ぶ。
急制動からの直角移動。
つま先から膝へ、そして腰と重心を動かし反対の足へとその重心をずらす。
摩擦を魔力で補填し、一ミリたりとも滑らせない。
速度を全く減衰させず一歩踏み出してコンマ一秒後には閉じてしまう道のりをただひたすら駆け抜ける。
幾重も重なる魔法が俺を迎え撃とうと監督官から放たれ、壁となるが堪えるのは一回のみ。
全身に魔力を纏ったままその壁に体当たりをかます。
「獲った!!」
そして壁を抜けた先にいた監督官にめがけて鉱樹を振り下ろす。
最初の一撃よりもさらに多い結界を切る感触とともに鉱樹の刃は監督官に迫る。
「ここまでだ」
だが、その一撃は届かなかった。
静かにつぶやかれた監督官の言葉は決定事項を伝えるように終わりを告げる。
か細い監督官の右腕に現れた禍々しい篭手、その指先だけで何もかも切り裂けそうな鋭い爪で俺の一撃を受け止めていた。
俺の一撃は確かに全力だった、それを証明するように監督官の足元の地面は蜘蛛の巣のように亀裂が入りわずかにへこんでいる。
しっかりとした手応えの先にある壁はまだまだ高かった。
「なかなか楽しめたぞ、また磨いて出直してこい」
「!? ガハ!」
そして監督官の魔力が一瞬高くなったと思ったら俺は結界へと叩きつけられた。
負けたという感覚が高揚感を抑え込む。
戦闘意欲というものが収まるのを感じ、検査という名の戦いはここで終わる。
「医療班。次郎を手当し、その資料を報告書にまとめろ。私は仕事に戻る」
「は!」
ジンジンと痛む体を起こすと視線の先にいた監督官は、篭手を装着した右手を握っては開いてを数回繰り返したと思うと篭手を消し去り医療班に指示を出した。
そのあとふと何かを思い出したかのように、こちらを見て口元を少し動かし転移魔法で訓練場を去っていった。
「大丈夫ですか?」
「ハハハハ、大丈夫じゃないかも」
その口元の動きが正しく読み取れたのなら監督官はこう言った。
『次を楽しみにしているぞ』
やべぇ、教官たちだけではなくて監督官にも目をつけられたかも。
強者に認められたことに喜べばいいのか、テンションに身を任せて取り返しのつかないことをしたことを後悔すればいいのか。
そんな微妙な気持ちで答えを言った俺はそのまま医務室に逆戻りし、半日の身体検査を受け異常なしと診断を受けたのであった。
Another side
「おや、エヴィア嬉しそうだね。何かいいことでもあったかい?」
「久しぶりに骨のある者を見つけました」
「へぇ、誰だい?」
いつもと変わらぬように仕事をこなしていたエヴィアであったが、魔王は普段よりも機嫌がいいことを感じ取りそのことを問いかける。
彼女は仕事を止め、短く答える。
普段であれば何もないと私事に関しては答えるはずの彼女の珍しい回答に魔王はさらに興味を募らせる。
「私に鎧を使わせた者です。今はそれだけとしか言えません」
しかし、エヴィアは詳細には答えず仕事に戻る。
不敬ともとれる態度であるが魔王は慣れている様子で、そっかと深くは追及せず今はと言ったエヴィアがいずれ報告してくる日を待つことにし、書類仕事に戻る。
しかしその内面では彼女が全力を出すときに身につける鎧の一端を解放した相手のことを想像していたのであった。
Another side END
今日の一言
改善の余地はまだまだある。
今回は以上となり、あと一話か二話ほどでこの章も終わらす予定です。
これからも本作をよろしくお願いします!!




