779 どうにかできないことをどうにかするのが社畜だ
戦闘狂というのは前々から聞いていた話だ。
だがそれが前世に由来するものだと誰が考えたのか。
ツーっと、頬に垂れる汗は冷や汗か。
「おっしゃ、次は俺の番だな」
邪神と宣われる戦神を元にした転生体。
そんな強敵、いや、難敵と言わざるを得ない存在に対して怖気を感じていた俺の気持ちを晴らすかのようにパチンと拳を打ち鳴らしてくれる存在がいた。
世界を救うために嬉々として魔王退治に乗り出すような元勇者の前に躍り出るのは、物語であれば倒される側の存在であるはずの大鬼。
だが、奇しくも巡り巡って今回は物語なら倒される側がチャレンジャーだ。
「支援します」
「おう」
相手がどんな存在かわかっても、教官は気負うことなく、自然体で前に進む。
気づけば、俺の中の恐怖を打ち払ってくれた。
「あいつ、強いが勝てるのか?」
そんな不安を払しょくされた俺とは違い、しかめっ面で俺に問いかける神がいる。
苦し気な顔をしているスサノオ神の視線の先には、これまでどんな相手と闘おうとも、誰の支援も受けなかった誇りを捨てて、樹王の支援魔法を素直に受けるほどに、邪神アイワが油断できない相手だと感じ取っている大鬼がいる。
「勝つか負けるかはわかりませんが、勝てないとは思っていないでしょうね」
勝敗に絶対はない。
だけど、確かにに勝敗を左右する要素はある。
実力や運といった要素がかみ合って、結末が決まることはこの場のだれもがわかっていることだが、少なくともこちら側の方が勝つ要素が少ないというのは同時に理解している。
それでもアイワが一対一で戦いを楽しんでいるうちがチャンスだと誰もが思うこの場で、大鬼は迷わず一歩目を踏み出したのだ。
負けるとは思いたくはないし、想像もできない。
日本古来の神であるスサノオ神はあり得ないモノを見る目でその背中を見ているが、俺からしたらこの行動は当たり前だ。
「人王、あなたも話すのは構いませんが次に出るために休んでいてください」
「わかりました」
そして他人から見ればさっきのわずかな攻防でもかなり消耗していると見られている俺は、樹王の指示に従って体を冷まさないことだけ意識して、戦いに巻き込まれない位置に移動し腰を下ろした。
だけど視線はそらさない。
これから大鬼が挑むのは戦いに特化した神。
私見では戦力差的に勝てないと踏んでいるスサノオ神は戦いに巻き込まれるのを嫌って、俺のそばにいる。
そんな腰の引けた神には目もくれず、俺は一瞬たりとも戦いを見逃さないように前を見ながら。
「まぁ、見ててください。あの鬼は普通ではありませんから」
口元に笑みを浮かべるのであった。
きっと俺が考えるより、教官と神と化したアイワの実力の差は大きい。
その実力差であっても、挑む者がいるのなら間違いなくアイワは嬉々としてその戦いに応じる。
そして勝つだろうと考えている。
そこまでの思考への確信がある。
だからスサノオ神の不安も理解できる。
だけど、俺は俺で、いつも大きな背中を見せてくれている鬼がそう簡単に負けるとは思ってはいない。
余裕を保ち、心に平常心を。
それが戦いへの備えになる。
「そうかぁ?俺からしたらとっととこの情報を渡してうちの姉貴を連れてくるか親父に頼んで、ギリシャの爺か、インドの戦好きを呼ぶか、何しでかすかわからん北欧のいたずら好き辺りに嵌め殺しにしてもらわんとやばいと思うぜ?お前はあの鬼を信用しているようだけどよ」
例え、この後、大鬼が負けて命が散っても、そのあとを継げるように体の戦闘スイッチは維持し続ける。
戦いの空気としてひりつく感覚を直に浴びている状態でのスサノオ神の言いたいこともわかる。
負けそうな相手だからいったんここは引いて、戦力を立て直すことも視野に入れるべきだとそう言いたいのだろう。
実際それが正解だとも思う。
俺の気持ちの中でも不安と願望が入り混じっているのも確かにある。
だが、それを抑え込める程度には、安心感もまた感じている。
「鬼と神じゃ、格が違うんだよ」
俺の反応にじれったさを感じて、半ば苛立ちをぶつけるように現実を突きつけてくるようだが。
「普通の鬼なら、そうですね」
あくまでそれはスサノオ神が知る、普通の日本の鬼。
「さっきも言いましたけど、うちの教官は、普通という枠には決して入らない鬼ですよ」
スサノオ神の中での常識で測った鬼だ。
俺の知っている教官はその常識の枠を。
ドンという、とてつもない大きな打撃音で吹っ飛ばしてくれる鬼だ。
「えっええええ!?」
この開戦の音に、一緒にいるからわかるが、心底驚いているというのがわかるくらいにスサノオ神は顔を変化させている。
唖然、その言葉を体現したかのよう。
顎が外れんばかりに口を大きく開け、目を大きく見開き、肺から息を吐き切り、吸い込むのを忘れるほど目の前の光景は驚愕に値するのだろうさ。
なにせ、初撃でアイワの顔面を教官の拳がとらえたのだから。
「なるほど、なるほど、今のは予想できませんでした」
「そうだろう?俺がこんな器用なことできるとは思わんかっただろ」
殴るには遠すぎる間合い、だけど、気づけば殴れる間合いにいて、そしてアイワが防ぐ間もなく頬に拳を突き立て、殴り倒していた。
僅か一瞬、意識を集中して、未来視をしてかろうじて捉えることができた一撃。
ニヤニヤと笑う大鬼、それに対して狂気で喜ぶアイワ。
「お、おい、今、あの鬼何をやった?」
何が起きたか、神ですら見ることができない不可視の一撃。
スサノオ神が唖然と、結果から過程を導き出せないでいる最中、攻撃を受けた当人は神剣を持たぬ手で殴られたほほを撫でた。
「脱力の究極系ですか、あなたのような方はこういう技はしてこないと勝手に思い込んでいた私の常識を逆手に取りましたか」
そしてどんな攻撃をしたか、あっさりと把握した。
「おいおい、筋肉は固めすぎると力が出ないのは常識だぜ?」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。ですが、だからと言って私を前にして力を完全に抜くことができる存在が果たしているでしょうか?」
「ここにいるだろ?」
その一撃を受け、いとおしそうに頬を撫で続けるアイワは、脱力の最大の障害である恐怖を大鬼が克服していることを悟り目をぎらつかせた。
「教官がやったことは緩急をつけた攻撃ですよ。脱力状態から、一気に力を込めて、極限の瞬発力を使った打撃。ゼロから最大の力までの加速を乗せた一撃」
それを筋骨隆々の大鬼が使って見せた。
ある意味で意表を突けたと言える一撃だ。
スサノオ神に説明しながら、普段から全力全開の渾身の一撃を連打するような姿しか見てきていない俺ですらそんなことができるのかと心の中で驚いている。
ちらっと、隣に立つスサノオ神の顔を見れば、マジかと驚いている顔が見えた。
力任せに戦うように見えて、存外器用なんだなうちの教官は。
「そうね、そうだったわ。ああ、さっきの人間と言い、あなたと言い、私よりも先に攻撃を与えるなんてずるい人」
「俺は鬼だ」
「そうね、それじゃ、そのずるい鬼にはお礼をしないといけませんね」
だけど、さっきの攻撃はアイワの闘争心にさらなる火をくべる結果となった。
「やべぇぞ、やべぇぞ!!攻撃を当てられるだけじゃだめだぞ!!お前もわかるだろう!!あいつの攻撃を防げて初めて攻防が成り立つんだ!!あんな図体のでかい大鬼じゃ、すぐに切り刻まれちまう!!」
攻撃を当てることはできた、その結果が次の問題であるアイワの攻撃を防ぐ方法を模索する必要性を突きつけてくる。
俺は未来視を使ってぎりぎりで回避できるようにしていた。
しかし、教官はそんなことはできない。
果たしてどうするのかと、思っている間に、アイワは神剣を構えることなく。
その手を消した。
正確に言えば、消えたように見えるほどの高速の斬撃だ。
意趣返しという奴だろう、教官がやったことをそのままやり返した。
それだけのことが、一つの命にとって致命傷になる。
「えええええええええええええええ!?」
だけど、それはあくまで普通の存在。
「うるさいです」
「だって、だって!!あれ!あれ!!」
「語彙力消滅してます?」
「なんでお前はそんな平然としてんだよ!!おかしいだろ!!あの鬼何なの!!」
「普通に片手で白刃取りしただけじゃないですか」
「普通じゃない!!普通じゃないぞ!!本気じゃないとしてもできたらおかしいの!!」
「うちの教官の握力って、鉄球を握りつぶせるんで」
「それくらいの実力であの斬撃止められてたまるか!!」
うちの教官がそう簡単にやられるとは思っていなかった。
「首絞めないでくださいよ、鎧脱げないじゃないですか」
「なんでこんな状況でお前は鎧脱いでるの!?」
「受けてみて、さらに外から見てわかりました。相手の斬撃的にこの鎧じゃ動きを阻害するだけですから、それならいっそ脱いで少しでも動きをマシにしようかなと」
「え、あの調子なら普通に勝てるんじゃ」
「勝てませんよ、相手は完全に遊んでます。ちょっと気が変われば教官も今のように簡単に防ぐことはできなくなります。手加減されているんですよ俺たち」
攻撃を防ぎ、まともに攻防戦ができているように見えるが、それは見せかけ、教官の打撃は早く鋭い。
だけど、本来の打撃スタイルじゃないから芯まで攻撃が届いていない。
だから、アイワは笑顔で受けきれる。
攻撃と反撃を繰り返しているだけの攻防。
だけど、こっちは攻撃というには相手のダメージが微々たるもので、向こうは容赦なく一撃でこっちの命を刈り取れるようになっている。
せっせと鎧を脱ぎ、交代に備えて身体強化の護符を体に張り付ける。
「それ、意味あるの?」
「気休めにはなるかと」
もって数分だなと、予想はつく。
相手の観察眼の程度によるが、斬撃を白刃取りや、刃の峰を叩くことで逸らすという戦法がいつまでも続くとも思えない。
本気になる前に、何か弱点でも見つけられれば。
「いやいや無理だって!このままいけばいくほど、あいつの体は神の力が〝馴染んで〟いくんだよ!!今でこれだ!!一時間もすればこんなこともできなくなるぞ!!」
ん?
「今なんて?」
それを探るための攻防だったが、スサノオ神がずいぶんと気なる言葉を言ってくれた。
「いや、だからあと一時間もすればこんなことできなくなる「その前です」……力が馴染むって話か?」
「そうです、馴染んでいないんですか?」
「そりゃ、前世が神であっても、ベースは天使だ。受け入れるだけの器があっても、それを完全に吸収できるまで時間はかかる。いまは、神の力を使っているだけで、それを自分のものにしたわけじゃない」
「ということは……馴染んでいないのなら剥がすことも可能ということでは?」
「そりゃ……できないことはねぇけど、そんなことができる奴なんて神でも一握りくらいしか」
「いや、できるかも」
力が馴染む前、ということはあの力はまだ定着していないということ。
すなわち、アイワにとってイスアリーザの力はまだ不純物ということだ。
打撃と斬撃の攻撃を繰り広げているのは、単純にその力を使いこなしていないからだ。
「え、できるのか?うちのオヤジでもアレを剥がすのはそう簡単にはできないぞ」
「それはあなたたち神が専門としていないからですよ。この世には変なことを何千年って極めて来た輩が存在するんですよ」
それならば話は早い。
即座に念話を繋げる。
「ケイリィ、スエラ、今すぐこっちに来てくれ」
解決の糸口、それを突破口にできるかは時間との勝負だ。
今日の一言
無茶振り?そんなの社畜には日常茶飯事だ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




