370 ほころびはやがてキズとなる
ムイルさんがスエラの退院祝いを持って来た日の夜は大変だったと思えた。
飲めや歌えやの大騒ぎとまではいかないまでも、終始笑顔で喜び語るムイルさん。
語る内容も様々、スエラの幼少期の話がでてスエラが慌てたり。
双子の子供の名前を決めるため、色々とアドバイスをくれたりと。
「ムイルさんはまだ起きているかな?」
「おじいさまのことですから、まだ起きているかもしれませんけど、明日も早いと言っていましたからさすがに寝てしまったでしょうね」
嵐が過ぎ去ったかのように、その日の夜は普段よりも静かだと感じる。
今日は久しぶりにスエラの寝室で、四人で寝る。
寝間着に着替え、まだ消灯はしていなく。
俺は、ベビーベッドの手すりに軽く手を置き、背後で髪を櫛で解かすスエラに声をかける。
静けさを感じた理由であるムイルさんの状況を聞けば、スエラは苦笑一つこぼして答えてくれる。
それほどムイルさんの行動は印象的だった。
そんなことを思い返す俺とスエラ。
「本当に元気な人だな」
「ええ、ですけど、母から聞いた話では、私が生まれた時もあのように喜んでくれたみたいですよ」
年老いた雰囲気を感じさせないムイルさんは、ネコナデ声で曽祖父であると必死に子供たちに伝えようとしていたが、生憎と生後一か月も経っていない赤子は人物を認識できない。
むしろ知らない存在だと認識し子供たちは揃ってグズッて泣き出してしまったが、そこは歴戦の翁というわけか、慌てた様子もなく、冷静に小精霊を呼びだしてあやしてくれた。
新米の父母では、逆立ちしても叶わない手際。
終いには、しっかりしろと軽く説教をもらう始末。
「ムイルさんを見ていると、親になったって実感はあったけど、実感だけじゃダメって思ったなぁ」
「そうですね。私もです」
子供をあやすこともオシメを替えることも、泣き声からなにを求めているのかも理解することはできなかった。
事前準備はしてきたつもりであったが、その準備の上を行く我が子たち。
子供に振り回される俺とスエラを見て、ムイルさんは笑いながら言ってくれた。
「子供が成長するように、俺たちも親として成長するんだって言われて、納得したよ」
オシメを何とか替えられて、ほっとした俺に肩を叩き、笑顔で一つ成長したと言われてみれば、確かにと俺は思う。
「親は最終到達点じゃない、むしろ始まりだとお爺様に言われるまでは、この子たちとの生活も苦労するでしょうけど、何とかなるって思っていました」
それはスエラも感じていたようで、髪をすき終え、一緒にベビーベッドで眠る我が子たちを覗き見る。
「サチエラ、ユキエラ」
そして、しっかりと愛情をこめて、娘たちの名を彼女は呼ぶ。
黒髪の娘の名をサチエラ。
銀髪の娘の名をユキエラ。
和洋折衷のような名になってしまったが、俺とスエラはこの名前を気に入っている。
サチとユキ、ともに幸せを意味する漢字から持ってきた名。
エラという言葉はダークエルフたちの古の言葉で、樹木を意味する。
〝幸せに育ってほしい〟
日本人の俺と異世界人のスエラの世界の名で繋げた娘たちの名前。
ただそれを願って俺とスエラは娘たちにその名を授けた。
自然と俺の手は彼女の肩に回り、そしてスエラもその身を俺に預けてくれる。
そしてそのまま眠りにつく、そのはずであった。
「?」
「次郎さん?」
後ろ首辺りでピリつくような感覚。
それはダンジョン内でよく感じる感覚。
敵意、殺気、悪意、どう言ってもいいが共通するのはその感覚を感じるということは、ろくでもないことが起きると言うこと。
「どうかしました?」
急に真剣な表情になり、周囲を見渡す俺の行動に何かあったと問うスエラに、俺は感覚的なことしか伝えられない。
「いや、何か妙な感覚がな」
一般的な言葉なら気の所為とか、おかしなことを言う等、その言葉、行動を否定されるケースが多い。
しかし、超常的現象である魔法が盛んである世界であれば話は異なる。
「………」
目を閉じ、スエラもすぐに魔力を練り、周囲を探るように気を配る。
「特に怪しい魔力や気配はないようですが」
俺の勘みたいなものに対して真剣に調べてくれ、それを伝えてくれた。
その事実は俺の感覚が気の所為だという答えに繋がりそうであったが、未だに嫌な感覚が拭えない俺は、その元を探ろうとする。
「………外か?」
そして、なんとなくであるが社内ではなく屋外だと感じた俺は、そっと窓に近寄る。
部屋の窓は特殊な構造になっていて太陽光などの光は差し込むが、外からは中が見えない構造になっている。
だが、それに反して中から外を見ることはできる。
カーテンをめくり外を覗き、おかしくないか外を見る。
正面に見える風景は変わらない。
周囲の明かりも家の明かりや街灯くらいで特段おかしな点はない。
本当に気の所為だったかと、思いつつ最後に下を見る。
「トラック?なんでこんな時間に」
会社の入り口前の道路に止まる中型のトラックが一台と、連なる形で並ぶ大型のワゴン車も五台が見えた。
さっきも言った通り日付が変わるまでまだ時間はあるが、それでも寝てる人は寝ていてもおかしくはない時間。
資材搬入する話は聞かず、こんな時間にするのもおかしい。
怪しいと一言で済ませるのもおかしい集団。
不可解だと思い、魔力を瞳に集中させ遠くを見ようと思ったときに一人、白い存在がワゴン車より降りてきた。
白いと言うのは言葉通りの意味だ。
ローブのような白い布で覆われ遠目では男性か女性かも判断がつかない。
それに続くように一人また一人と人が降りてくる。
「次郎さん?何かありましたか?」
「ああ、何か様子がおかしい」
ずっと窓の外を見ている俺はなにか様子がおかしいと思いスエラを手招きし、外の景色を見せる。
一人、また一人と増えて、トラックを中心に何かをやっている様子。
会社の敷地内には入っていないが、その姿からして不気味に映る。
「何をしてると思う?」
「わかりません。ですが、会社は結界で覆われておいそれと侵入ができるはずもありませんし、心配はないと思いますが、一応警備の方に連絡を」
何もなければいいと思いつつも、何かが起きたらまずいと思った。
スエラが念話をして警備部の方に連絡を入れている最中それは起こる。
トラックの荷台が眩く光った。
「魔法!?」
その発光現象には見覚えがあり、なおかつ、何が起きたかを俺は把握した。
「結界を張ったのか!?」
会社全体を覆う形で展開された結界。
そして、白い存在は被っていた布を取り払った。
「あれは………天使!?」
次から次へとあり得ない光景を目の当たりにして、驚きを抑え込めない。
なぜ社外に天使がいるのか。
なぜこんな時間に天使が来るのか。
なぜなぜなぜと、疑問が浮かぶ中、不審者の集団は待ってはくれなかった。
暗くてよく見えなかったが、筒状なものを肩に担いだ人影が三人。
それが何かなど俺には理解できなかった。
何せ実物を見たことがなかったからだ。
ミリタリーに詳しい存在がいれば、興奮しながらこういっただろう。
対戦車用のロケットランチャーだと。
止める間もなく、その筒の後ろから火が噴き、筒の先から何かが飛び出す。
そして飛び出した物体は会社の正面口まで飛来し。
「スエラ!」
その物体が何かを瞬時に悟った俺は咄嗟にスエラに飛びつき床に伏せ。
大爆発の音が耳に響く。
「「オギャァアオギャアオギャア!!!」」
「………いったい何が?」
建物を大きく揺らす事態。
それも災害ではない、人為的な行為。
俺の頭の中でテロかと言葉がよぎるが、それよりも的確な言葉が頭によぎる。
「襲撃だ!スエラ、子供たちを」
そして俺の言葉を肯定するかのように部屋に響き渡るサイレン。
そのけたたましい音にさらにサチエラとユキエラの泣き声は大きくなる。
「メモリア!ヒミク!ムイルさん!」
ただ事ではない。
それだけ理解し、寝てしまっている三人を起こすために大きな声を上げる。
「次郎さん、今の音は」
「婿殿、一体何事だ」
しかし、その必要はなく。
しっかりと覚醒した状態でメモリア、ヒミク、ムイルさんは部屋から出てきた。
「わからない。わかっているのは誰かが襲ってきたって所だけだ」
何が起こっているかなど詳細がわからない現状、慌ててはいけないのはわかっているが焦りを感じてしまう。
『緊急事態発生、緊急事態発生、正面結界の一部破損を確認、何者かが侵入した模様。警備部は至急対処を、非戦闘員は避難シェルターに退避してください。繰り返します』
「………」
その焦りを後押しするかのように、早口ではあるが、明瞭な声で緊急事態が告げられる。
魔王軍に攻め入る存在など一つしか心当たりがない。
「まさか」
「………そのまさかのようだ」
メモリアはその存在が会社に攻め入ったことに唖然とし、ムイルさんは現実を受け入れつつ顔をしかめる。
「とりあえず、ここに長居するわけにはいかない安全な場所に移動しよう」
その二人の言葉を受け止めつつ、装備のない現状、素手で危険組織と戦うわけにもいかない。
必要最低限の準備に取り掛かる。
「あ、主」
そして部屋からでる準備をしている時、ずっと黙っていたヒミクが俺に声をかけてきた。
「どうした?」
その顔は切羽詰まっている。
顔も青白く、カタカタと怯えているようにも見える。
「大丈夫か?」
緊急事態ではあるが、放置してはダメなような気がした俺は、スエラたちが準備しているのを脇目にヒミクに向き合う。
いつも無邪気に笑い。
悩みはすぐにぶつけてくるヒミクが、この姿。
そっと肩に手を置き、問いかけるもヒミクを黙って首を横に振る。
大丈夫ではないと言うのはわかるが、何が大丈夫ではないのかがわからない。
「ゆっくりでいい、何を感じた」
急がないといけないが急かしてはまずいと思い。
その恐怖を我慢できるように、ヒミクの手を握る。
彼女の手は恐ろしいほど冷たくなっている。
ぎゅっと握り返してくる手は震えている。
「………姉さまが」
「姉さま?」
深呼吸を繰り返すこと三回。
震えが若干収まって、ヒミクが言葉にしたのは自身の姉。
「ニシア姉さまが、来た」
熾天使が襲撃犯だと言う事実。
「逃げなきゃだめだ!姉さま相手では勝てない!」
さらに俺の手を強く握り、その存在がどれほどの脅威なのかを必死に伝えようとする。
「………わかった」
その思いを無駄にしないために避難しようとするが。
「違う!社内の魔族たちにも伝えないといけないんだ!!皆殺しになる!」
そうじゃないとヒミクはブンブンと首を横に振る。
「ニシア姉さまは、主神の力が使えるんだ!」
戦ってはダメだと、必死に伝えようとするヒミク。
『敵が寮内及びダンジョンフロアに進行中、付近にいる職員は直ちに避難してください!繰り返す!直ちに避難を!』
その言葉の背を押すように、最初の冷静な放送とは打って変わって焦りをにじませた声で、避難を呼びかける。
状況が刻一刻と悪くなっているのは間違いないようだ。
自室からたまたま持ってきた鉱樹を片手に持ち、思考を戦闘モードに切り替える。
「スエラ、ヒミクの情報を警備部に」
「はい!」
「メモリアも商店街のメンバーに伝えられるなら、伝えてくれ」
「わかりました」
「ムイルさん、非常時です。その戦力当てにしても?」
「曾孫のためならこの命も惜しくはない。存分に力を貸すぞ婿殿」
「ヒミク」
「!」
現状できることをやり、まずは安全の確保を目的にする。
そして安全確保の優先度も設定する。
スエラと子供がまず最優先。
次にメモリアとヒミク。
最後に申し訳ないがムイルさんだ。
「戦えるか?」
さらに一番不安である要素をヒミクに問いかける。
ここから先、もしかしたら自身の姉と戦うことになる。
雰囲気的に、ヒミクよりも段違いの戦闘能力を持っているに違いない。
故の質問。
戦えないのならそれでいい。
メモリアたちを抱いて逃げてもらえるだけでも十分だ。
「………ああ、大丈夫だ」
しかし、ヒミクは強い女性だった。
不安を押し殺し、一回目を閉じ、深く息を吐いた後その閉じた目を開いた彼女の眼は覚悟を決めていた。
「よし!先頭は俺が行く。スエラと子供たちを中心に後方をムイルさんとヒミクに頼む。メモリアはスエラのサポートを」
そうなれば、即行動だ。
武装は生憎と俺の鉱樹一本のみ。
ならば、それを振るえる俺が先頭に立つべきだ。
「避難シェルターへの道のりは?」
「各階に緊急時用の転移門があるはずですが、もしかしたら敵の侵入を防ぐために使えなくなっている可能性もあります」
「わかった。まずはそっちに向かおう。無理なら進路を変更していくしかない」
なにがなんでも守り通すと言う覚悟を決め。
騒動に今、身を投じる。
今日の一言
影響は対岸では済まない時がある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




