369 そして意思をもってほころびは広がっていく
Another side
襲撃を受けているのはエヴィアがいる牢獄だけではない。
魔王大陸の西端から波状するように、その戦禍は広がる。
地に魔獣は蔓延り、空に天使が飛ぶという現実は前者だけならともかく、後者も含めてとなると魔大陸ではありえざる光景だ。
そのありえざる光景に対して様々な立場の存在が駆け回り対応に追われる。
様々な情報が行き交い、憶測や推測を呼び、混乱を見せる魔王軍。
それこそ、カーターが民の扇動を行い、天使という種族で反乱を起こしたときよりも大規模な攻勢。
天使と魔獣の混成軍隊という前代未聞の現実。
本来なら統率の取れないはずの獣を御している存在が、その今回の攻勢を可能にした。
「いやはや、まさか生涯の中で熾天使様にお目通りが叶う日が来るとは思いもしませんでしたよ」
そんな存在であるダズロは緊張感のない声色で目の前の存在に挨拶する。
魔大陸西端。
ダンジョン跡を拠点としていたダズロは目の前の来訪者相手に恭しく頭を下げる。
「熾天使、アルテナ様」
相手は人外。
加えて言えば、イスアルの世界においては神の次に崇めなければならない存在。
三対の純白の翼は奇跡の象徴。
栗色の長めの前髪によって目元まで見えなくなっているが、白い肌と鼻立ちからして、整った顔立ちであるのはわかる。
熾天使、序列五位アルテナ。
ダズロの知識の中でも、勇者の資料で度々聞く名。
イスアルで主神である太陽神の使い。
魔導士の淡い色合いで統一されたローブと手に持たれている杖はダズロの目から見ても一級品を超える数々。
戦えば確実に負ける。
ダズロの理性と本能が合意した瞬間であった。
「人間、前口上はいい、怪しい男が用意した拠点に長居はしたくないんだ。面倒ごとはさっさと片づけて僕は父様のところに戻りたいんだ。その臭い口が開くのは我慢してやるからさっさと状況を報告しなよ」
しかし、その大人しそうな見た目とは反してその口から毒がこぼれてきた。
ゆらりと前髪の陰から見えた青色の光。
それが何らかの特別な瞳であることを悟ったダズロは、貶されたことなど自分の主の姫様によって慣れさせられているのでへっちゃらだと言い聞かせ。
口、臭いかなぁと内心で少しへこみつつ表面上は変わりなく接する。
「それはそれは申し訳ありませんでした。では、手短に」
そしてこっちもあんたみたいな化け物とはさっさとおさらばしたいんだよと内心で罵声を飛ばしつつ、ダズロは使い魔によって各戦地の状況を報告する。
「現在私の使い魔と神の使いである天使軍が北、東、南に同時攻勢をかけています。戦況は、今のところ優勢と言ったところですね。魔大陸の住民を喰らえば食料を確保できる魔獣混成群は糧食確保の心配が少ない。天使軍の方も同様でそこまで糧食が必要というわけではありませんし、進行して半日程度ですが、今日中には大陸の一割程度は手中に収められるかと」
「たった一割?お前の魔獣たちが足引っ張っているんじゃないの?私たち姉妹が〝五人〟も出張ってるんだよ?本来であれば魔王の首だって早急に取れてるはずだ」
その報告に不満を述べるアルテナに、本当に熾天使か?と溜息を堪えるダズロ。
魔大陸と一括りに言っても広大な土地がある。
その一割をたった一日で手中に収められただけでも快挙と言っても過言ではない。
魔獣だって疲労はするし、天使も無尽蔵な体力があるわけでもない。
後方の憂いがなく、補給ができる拠点を数か所確保できているのは、今後の攻勢でも大いに役に立つはずだと思うダズロであったが、アルテナからしたらそうではない様子。
「申し訳ありません。いかんせん、相手方の反抗も激しいもので、運悪くカテジナ様のところにも幹部クラスの実力者がいたようで」
「ふん、カテジナ姉さまだったらそんな奴さっさと倒してすぐに応援に行くよ」
むしろ、成果として理解していないと言うよりは、重要視していないと見るべきかとダズロは人間と天使の思考の違いを心にとめる。
ダズロを見下げている様子であるが、天使を指揮している判断は的確で、要所要所だけではなく細かい部分まで配慮しているのがわかる。
だからこそ、ここまでの大規模奇襲が成功したと言える。
魔獣は基本的に統率はできるが、人間のように細かい指示には向かない。
大まかな方向性で動き、そして屠る。
いわばダズロが持っている戦力は膨大な暴力装置か、肉厚な肉壁。
これだけでは魔大陸を攻めて攻略することなど夢のまた夢、そんなことはダズロは百も承知している。
ダズロからすればすでに本来は目的を達している。
先日手に入れた異世界の男、処置して情報を抜き取ったあの男だけでも成果としても十分であった。
「幸いにして、救援を求めてきた勇者の末裔の方は確保できたようですし。及第点では?」
「予定が狂ったのよ!!私の計算では父様の元に帰る時間が、三十七時間も伸びたのよ!!どこが及第点よ!!ああ、忌々しい魔族どもめ!!」
しかし、仕事は終われば次の仕事がやってくる。
自分の主である姫に、報告したらちょうどいいからそのまま手伝っておいでとの御達し。
追加の仕事だけでもダズロからしたら最悪なのにもかかわらず。
(姫様の予想と、この天使の予想が食い違ってるのが怖いですなぁ)
加えて言えば、熾天使たち四人が揃った大戦力を、姫様は敗北すると予言した。
そして、姫様はその際に熾天使が欠けることは今後のことを考えれば、してはいけないことだとも。
(嫌だ、嫌だ。頭いいけど、癇癪持ちの天使様ともうしばらくいないといけないなんて、おじさんの胃のダメージがまずいですよ~)
最初のアルテナの計画では、すでに主要都市を複数陥落させている計画であった。
しかし、現実は領地の境にある砦を落としたまで、交易の要であったり、軍の拠点であったりと致命傷になるための箇所は防がれている。
(序列四位と六位の勢いが殺されたのが痛かったなぁ)
本当であれば、幹部のいない牢獄から勇者の末裔を救出した後は、序列三位である熾天使カテジナが苦戦している方に加勢する予定であった。
序列四位であるルーテシアと序列六位であるメルセスはともに前線で本領を発揮する脳筋タイプだとダズロは認識していた。
三位であるカテジナは何でもこなすオールラウンダー補佐向き。
この展開に持ち込めれば、例え、魔将軍相手でも遅れは決して取らないし、場合によっては無傷で打ち取れる可能性すらある。
しかし、その展開にならなかった。
「おい人間!!予備選力の三割の魔獣をルーテシア姉さまの方に回しなさい!これで、あの鬱陶しいアンデッドの軍勢に穴を開けられるわ!」
「はいはい、わかりました。こっちの方で手配しておきます」
現状は攻勢であるが、いずれ守勢に回る。
その流れができつつあることにダズロは、熾天使の思考すら上回るのかと自身の主に敬意と同時に恐怖を覚える。
どこで教育を間違えたかと思いつつ、アルテナの指示通りに魔獣を動かす。
まさか、熾天使の護衛を任されるとは思っていなかったダズロは再び溜息を我慢し、せっせと働く。
この熾天使の頭脳に自身の主が勝つか、はたまた主の予想を上回るか。
どっちに転んでもいいようにダズロは行動する。
そんな忙しくも、まだ平穏な空間と一転。
遥か北、魔獣と天使の混成侵攻軍の戦線を抑えるアンデッドの軍勢。
その中央で苛烈に戦う熾天使と、虎視眈々と命を刈り取ろうとする不死者の王がいた。
「さっきからチマチマと、正々堂々と戦えよ!!」
『カカカカカ、これは異なことを言うのぉ。正面からしっかり戦っておるではないか?』
人間の女性からしたら高身長の部類になる百八十を超える長身に、引き締まった肉体、動きやすく鎧を身に纏わない戦装束をなびかせ、その身長と同等の大きさの斧を振り回し、大地を抉る序列四位ルーテシア。
赤髪を短く切りまとめ、獰猛ともいえる笑みを普段なら張り付けているが、彼女本来の戦い方で戦えない状態が続き、フラストレーションがたまり、苛立っている。
その熾天使に対抗するのが、七将軍一角、不死王ノーライフ。
普段の紳士的な恰好とは打って変わり、暗色系統にまとめられた服装に、加飾が一切ない実戦優先の杖を振るい、魔導を駆使し熾天使と対等に戦う。
イライラとした感情を隠さず吐き出すルーテシアと違い、飄々とした雰囲気で内心を隠す不死王。
その戦いに加われる存在はなく、一対一の戦いとなっている。
『ホレ、先ほどよりも動きが鈍くなっておるぞ。足元には注意せねばな。ダークイーター』
距離を詰めようとするルーテシアと距離を詰めさせないように立ち振る舞う不死王。
得意距離で戦っている不死王だが、一瞬でも気を抜くと間合いを詰められるのは理解している。
故に気は抜かず、自分の距離を保つ。
万が一にでもそうなれば、再度距離を突き放すのはこの手の輩は難しい。
影が蠢き、暗闇から、サメのような牙を生み出し目の前の熾天使めがけて噛みつかせ。
さらにその牙の闇の陰から、黒い茨を吐き出させるが全て斧の一閃で振り払われる。
「さっきから鬱陶しいんだよ!!さっさとオレの斧の錆になれよ!!」
『カカカカ、アンデッドに潔さを求めるとは、主はもしや愚者か?』
ルーテシアに本領を発揮させず、挑発を欠かさず、冷静さを奪い、戦いの支配を目論む。
それが不死王の本来の戦い。
周囲の魔獣と天使は配下に任せる。
幸いにして時間は不死王の味方。
刻一刻と時間が消費されれば、援軍も見込める立場であり、じわじわと相手の体力を削れている現状この天使を仕留めることもできると自分の魔力量も考慮して不死王は計算する。
『パンドラズ・パラドックス!』
対してルーテシアもやられてばかりではない。
彼女もしっかりと遠距離攻撃手段を持っている。
本領を発揮できるのは斧を振り回すことのできるショートレンジ、次点で拳などの肉体を駆使したクロスレンジ。
ミドルレンジ以上になれば、多少不得手になるが、平均を優に超える実力はある。
斧を振り衝撃波を生み出す。
光属性の魔法も一通り戦闘に使えるレベルで使用できる。
でなければ不死王と戦ってここまで拮抗できるはずがない。
しかし。
「クソ!」
その光魔法が、不死王の魔法によって瞬く間に闇へと編纂され自身に降りかかってしまえば、さすがのルーテシアも魔法の技術に関して言えば相手の方が上手だと認識する。
シンプルな衝撃波と発動が早い光魔法は影響を受けないが、少しでも発動が遅ければいかな大魔法とて、不死王の手に落ちてしまう。
悔し気に、ルーテシアは牽制用の光魔法の光の矢を放ちつつ接近を試みるも。
『サモン・ミラージュ』
うっすらとした闇が一瞬だけルーテシアの視界を奪い、そして晴れた時には不死王が二人に増えている。
単純な幻術ではなく。
「またこれか!」
『カカカカカ、必要最低限の手の内で戦い抜くのも立派な戦術よ』
『然様、見抜けぬうちは同じことを繰り返すまでよ』
双方から、別々の魔法を撃ちだしてくる。
雷がほとばしり、炎が渦巻く。
羽を広げ上空に逃げるルーテシアであったが。
『逃がすものか、プレッシャーグラビトン』
『アース・ドロウ!』
上空から重力が圧し掛かり、さらにルーテシアの体を引っ張ろうと大地から引力がかかる。
「舐めるなぁ!!」
地面に叩きつけられるのを堪えるルーテシアは不死王の魔法を打ち消す光を体内から放つ。
『ジオ・ボーン・ランス!』
一瞬でも無防備になれば、打ち消せない物理系統の魔法を駆使するが。
『………熾天使という生き物は一体全体、どのような肉体構造になっておるのか』
鋭利な骨の槍は、確実に直撃した。
その骨の槍は当然普通の槍ではない。
不死王の闇の力が纏われ、矛先に触れるだけでも闇に侵されるほどの濃密な魔力を送り込んだ一撃。
同僚の鬼王ですら、触れるのを嫌う一撃。
なのにもかかわらずその矛先を素手で握る熾天使に、不死王は呆れを通り越し感心を抱く。
怒りに我を忘れていないことは確かであるが、怒りを抱いていないと言うわけではない。
歯を食いしばって、目を血走らせ、骨の槍を握りつぶしている。
不死王の戦術が成功している。
『腑に落ちん』
「あ?」
故の疑問を不死王は抱く。
奇襲を受けはしたが、幸いにして最近起きた魔獣の異常増殖の調査のおかげで兵を編成できていた。
勇者の末裔が起こした反乱と違い、各町で反乱がおきているわけでもない。
ただ、正攻法で攻めてきているに過ぎない。
そこがおかしいと不死王は戦っている最中に思う。
「ゴチャゴチャと話してたと思ったら、いきなり黙って、訳がわからないんだよ!!」
その思考の隙を突かれないはずもなく、ルーテシアは地面を割るほどの脚力で地面を蹴り、突進の勢いを乗せ細腕で巨大な斧を振り上げ振り下ろしてくる。
「オォラァ!!」
空気を裂き、当たるものすべてを屠殺せんとする一撃を前にして不死王の立ち振る舞いは変わらず。
けれど。
『気が変わった』
戦い方に変化が起きた。
『安全に確実に殺すのは止めじゃ』
今まで間合いに入れてこなかった不死王が初めてルーテシアに踏み込むことを許し。
『少し聞きたいことができた。急ぎ、貴様を生け捕るとしよう』
杖でルーテシアの斧を受け止め、競り合う陰から見える不死王の瞳に、ルーテシアの背筋に冷たいナニカが差し込まれる。
魔大陸の騒動はまだ始まったばかり、広がる戦禍はどこまでも悲惨な爪痕を残していく。
今日の一言
止めようと思っても、止められない時がある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




