368 日常のほころびは偶然では生まれない
今回は少し長めです。
Another side
現状、魔王軍、会社ともに表向きは問題なく通常営業している側面は確かにある。
しかし、知らぬところに存在する裏では様々な問題が発生し、気づかぬうちに処理し解決している。
担当部署が違うだけでその情報は耳に入らず、それを全て把握している存在は少ない。
いたちごっこのように問題が発生したら解決し、また別の問題が発生したらその対応をしに行く。
魔王軍では、日に日に募る問題の対応に追われている。
元から問題が多くある魔王軍ではあるが、最近ではそれが顕著のような気もする。
新規事業として行われた、対勇者用のダンジョン制作のために起業した会社は軌道に乗りつつあるが、その反動かと言いたくなるように社外からの影響被害が後を絶たない。
「………」
日々問題がない組織など存在するのかと、疑問に思うことはあれど、さりとて、ここまで日夜問題が舞い込むようなこともあるのかと疑問に思う。
そんなことの所為で、ここに一人の男を婚約者に持つ女悪魔が慶事に喜ぶ間もなく働いている。
コツコツと足音を響かせながらエヴィアは、魔王軍の所持する施設の中でも特殊な部類に入る施設を歩く。
その場所はダンジョン内ではなく、魔大陸に存在する。
「異常は?」
「ありません!」
建物自体も堅牢であるが、周囲はさらに分厚い外壁に覆われ、その外壁の上にも歩哨が立つほどの厳重警戒。
その構造の見た目は一見すれば外敵から身を守るような城壁にも見えなくはないが、見る人が見ればわかる。
この構造は外からくる外敵から身を守るのではなく、〝内部〟からの脱出も防ぐ代物だと言うことを。
正規の手順でしか入ること敵わず、また出ることも叶わない。
幾重ものゲートを潜り、その都度身分を証明し、警備状況を確認することによって進む時間はかかるも、問題がないことは確認できる。
ダークエルフと巨人族の兵士、その他にも見張りというには物々しい装備を身に纏った兵士が目立つ。
そんな中を護衛もつけずエヴィアは進む。
奥へ、また奥へと進むにつれてどんどんと兵の装備が仰々しくなる。
「エヴィア様」
「ご苦労、中の奴の様子はどうだ?」
「………」
そして目的地に着いたエヴィアがそのフロアの監視を担当する隊の隊長に声をかけ、質問をするが芳しいとは言い難いと雰囲気で匂わせる。
「あいも変わらずです。幾度も尋問を施していますが、あの天使たちとどのように接触したかまではまったく口を割りません」
「………そうか」
ここは牢獄。
それも重犯罪者のなかでも、表には出せないが生かす価値のある存在を収容する特殊な監獄。
生かして収容し罪を償わせるよりも、殺した方が早いと言う状況が多く、またそれが風習でもある魔王軍であるものの、中には殺すことで不利益になり得る存在もいる。
そんな存在を収容する施設がここだ。
「入れるか?」
「事前にご連絡をいただいているので準備の方は万全です」
エヴィアが視線を入り口の方に向けつつ隊長に聞く。
扉というよりは壁と言える存在。
取っ手も存在せず、ただ一つの鉄板がそこに立ちはだかっている。
壁としか言いようのない空間を前にして、エヴィアが隊長に問いかけると問題ないと言い、側にいた魔法使いの悪魔に指示を出し解錠させる。
魔力を流し、鍵穴を生成する魔法使いを脇目に、まるで立体パズルを分解するかのように壁が解けていく。
そして、五分ほどでその壁は入り口となる。
しかし、入口ができたからと言って中が明るいと言うわけではない。
見通す先は闇。
普通の人からすれば忌避すべき空間が目の前に広がっている。
だがエヴィアは怯むこともなくためらうこともなく、その闇の中に進み入る。
何も見えないはずの闇の中をまるでどこへ進めばいいかわかっていると言わんばかりにエヴィアは進む。
そして進むことさらに五分。
一つの空間に出た。
そこは牢獄というには些か語弊があるような空間。
周囲に壁はなく、ただ闇の中で一つの空間があるとしか言えないような場所。
四方八方から鎖が伸び、その中心へと延びて一つの物体を拘束している。
その物体は人型とも言えず、まるでミノムシかのように全身を黒い革のような紐で拘束されている。
さらにその上から雁字搦めと言わんばかりに鈍色の鎖で覆われている。
顔の部分は目元と口そして耳と封じられ、鼻を除く部分で露になっている個所が存在しない。
そんな相手に対してエヴィアはスッと右手を横に振る。
「気づいているんだろう。さっさと起きろカーター・イスペリオ」
その仕草だけで口と耳を封じていた拘束具が解放される。
「………随分と乱暴な言い分ですね。五感も時間感覚も狂っていると言うのに、早々に動けと申すとは、いやはや、やはり魔族は野蛮で度し難い」
そこから見えるようになった肌は荒れ、ひげは伸び、頬は痩せこけているのがわかる。
カーター・イスペリオ。
かつて魔王軍の将軍候補とまで言われた男、しかしその実態は魔王軍の転覆を画策した勇者の末裔。
当時の姿は、優美で美男子と言われてもおかしくないほどの容貌を兼ね備えていた。
だが、魔王に捕縛されたのちはその容貌も見る影もなくなっている。
勇者という存在をどれほど危険視しているかは魔王軍が一番よく知っている。
何もできないように、体力を与えないための必要最低限の栄養しか摂れない処置を施されている。
かつて魔王軍に反旗を翻し、天使と共に魔王打倒を画策した勇者の末裔にはもはや見えない。
カーター・イスペリオは誰が来たかを察してもなお減らず口を叩き、皮肉を述べる。
しかしそれはあくまで姿だけ、その口調に弱さを感じさせず、眼帯で覆われているはずなのにピリピリと肌に突き刺さるような視線をエヴィアは感じる。
その感情は怒りか、執念か、拷問と言ってもいい尋問を幾度も繰り返させたと言うのに、心が折れていない。
勇者の血筋がなせるその強靭な肉体と、彼の生い立ちがなせる恨みによる精神力は健在。
放っておけば何をするかわからない。
そんな不安が、過剰を通り越して、必要だと思わせる拘束具の数々を用意させた。
「元気そうで何よりだ」
物理的拘束の他に、呪術を駆使した精神的拘束。
魔法や結界を駆使し外部との連絡の遮断。
必要最低限の会話と食事以外の一切を遮断した環境にいたのにもかかわらずこの男はまだ魔王軍への反抗の期を窺っている。
そんな圧を発する男を前に、涼しい顔をしてエヴィアも皮肉を返すが、時間が惜しいと即本題に入る。
「聞きたいことがある」
「答えるとでも?貴様らに益がある情報を吐くくらいなら今すぐにでもこの首を切り落とされた方がマシだ」
しかし、こんな一言で話を聞けるのなら苦労はしない。
尋問官でも口を割らず、数々の苦痛を与えていたのにもかかわらず何も吐かず。
出てくるのは暴言とさっさと殺せという言葉だけ。
カーターの何も話さないと言う態度を貫くことは予想通りだ。
「拷問でも?」
「戯け、時間の無駄だ」
エヴィアが右手を上げる仕草を感じ取ったカーターはまたかと言いたげに内容を問うが、エヴィアも苦痛ではカーターの口から真実を引き出せないと言うのはわかり切っている。
だからこそ、エヴィアが空間より取り出したのは武器ではなく、一つの天秤。
黒い天秤に黄金の皿が取り付けられた意匠の一品。
さらにもう一つ取り出したのは小さな砂時計だ。
「さて、カーター・イスペリオ取引の時間だ」
「取引だと?」
コツンと音がするほど軽く、天秤と砂時計を両者の間にエヴィアは置く。
「ああ、これらはとある悪魔が作り出した魔道具。効果はそれぞれたった一つゆえに強力な呪いを含んだ一品だ」
一方的に吐かせるのではなく取引による相互協力ということを持ち出したことにカーターの雰囲気が変わる。
「いいのかい?勝手に取引なんて持ち出して」
「問題はない。魔王様にはこれから行う内容を話して許可を取っている」
「………その取引に私が応じると?こんな状況で私に益があるとは思えない。誠意の一つでこの拘束を解いてもらえるのなら話は別だがね」
この取引をチャンスと見るか否か。
そのわずかな揺らぎを感じ取った段階で、エヴィアは勝利を確信した。
相手が気づかない内心で細く笑み嘲笑い、断ることを匂わせるカーターに対してエヴィアは告げる。
「応じるさ、これはそのための魔道具だ」
表情を一切変えず、ただ二つの魔道具に魔力を注ぎ、砂時計をひっくり返す。
「カーター・イスペリオに問う。あの天使どもとどうやって協力を取り付けた?」
さらさらと白い砂が下に落ちていくのを見届けるや否や放たれた言葉にカーターは眉間にしわを寄せる。
何の捻りもない言葉に馬鹿かと返してやろうとした。
「私の血筋にある勇者が持っていた聖物で天界と連絡を取り、交渉しただけだ」
しかし、紡がれた言葉は別の言葉。
はっとなり、足元でカーター側の天秤が持ち上がり、砂時計がひとりでにひっくり返ったことに気づくことなくカーターは感情を押し殺す。
「なるほどな、そんな代物があったとはな」
「何をした?」
絶対に答えるはずがない質問に答えてしまった事実に戸惑いを隠せない。
だからこそその原因を探る必要がある。
「言っただろう?そのための魔道具だと、虚言黙殺の天秤の効果で、今、我々は嘘をつくことも黙ることも封じられている。だからこそ、質問されればなんでも答えてしまうと言うわけだ」
楽し気に、さりとて精神的アドバンテージを渡さぬように気を配りつつエヴィアは質問に答える。
カーターの質問に答えたエヴィアは隣で砂時計が虚言黙殺の天秤の皿が自分側に上がったことで質問権がこちらに来たことを知る。
「では次の質問だ。その聖物はどこにある?」
「………っ、あの戦いの際に天使どもに渡した。その後は私の認知するところではない」
再び質問に答えてしまったことに、今度こそカーターは悔し気に口元を歪める。
ジャラジャラと鎖が軋む音もまたカーターの心情を現しているのであろう。
天秤の皿は再び向こう側が上がる。
今度はどんな質問をしてくるのかと、再び返された砂時計が零れ落ちるのを見つつエヴィアは腕を組んで待ち受ける。
先ほどカーターは交渉したと言った。
つまり、最低でも一時的にあの大戦力を貸し与えられるほどの交渉材料を持っていたと言うこと、その内容にエヴィアの脳裏に嫌な想像が走る。
「………」
そんなことを考えている間にカーターが選んだ手段は沈黙。
先ほどから交互に質疑を繰り返していると言うことに気づき、自分から質問しなければ相手に質問されないと言う判断に落ち着いたようだ。
だが、その判断も甘いと言わざるを得ない。
砂時計の砂が落ちきり、ひっくり返ると同時に天秤の皿もまたエヴィアの方に皿を掲げる。
「沈黙か、ならもう一度私の方で質問させてもらうぞ」
ブラフでもはったりでもないエヴィアは機会が来たのだからその権利を行使する。
しかし、一見余裕そうに振舞うエヴィアであったが、その実、あまり余裕のある状況ではない。
現状使用している魔道具、虚言黙殺の天秤と隣に配置した砂時計、対等の砂時計の魔力消費は壊滅的に悪い。
正確に言えば、カーターのような高い耐魔力保持者相手だと、燃費が悪くなる。
虚言黙殺の天秤は相手の虚言と黙秘を封じ、天秤の掲げた側への質問を解答側に強制させる性能を持つ魔道具。
欠点と言えるのは、条件として交互に質問を行えると言う、聞いた限りには聞かれる覚悟を持たねばならないと言う、使うのに少々難点のある魔道具。
そして併用している対等の砂時計は魔道具に干渉する魔道具、簡単に言えば制限時間を設けるだけの魔道具、使い方次第で相手の使用している魔道具を一時的に封印することもできる魔道具であるが、今回はターン性に加えて時間制限を課すために使用している。
これは相手に質問させる時間を制限するための措置。
当然その制限もエヴィアに課せられるが、その点はあらかじめ用意しているので問題はない。
だが、その二つの魔道具の燃費は想像以上にエヴィアに負担を強いた。
大魔法を連射できるほどの魔力量を持っているエヴィアの魔力が、たった四つの質疑で三割も削られている。
腐っても勇者の末裔、尋問と拷問により体力と精神を削ってこれかというほどの燃費、もし仮に万全の状態であれば魔王ですら、数問問いかけるだけでその魔力が尽きる。
その前に、魔道具の効果を弾かれる可能性すらある。
弱らせることによりようやく、話を聞きだせるようになった。
ならばこの機会を逃すものかと、問いを飛ばそうとした時。
「?」
僅かであるが、建物の揺れをエヴィアは感知する。
それは地震のように大地を揺らすような衝撃ではなく。
建物を横殴りにしたような衝撃。
「!?」
ハッとなり、黙り込んだカーターを見る。
なぜこいつはここまで耐え忍んで来たか?
答えは簡単だ。
助けが来ることを想定していたからだ。
ではだれが助けに来る?
その答えも明白。
先ほどもカーターは言ったではないか。
『………っ、あの戦いの際に天使どもに渡した。その後は私の認知するところではない』
連絡手段を後備えの天使たちに渡した。
それはすなわち救援を出せる準備を整えられる時間を与えたことに他ならない。
なぜ考慮しなかった。
あのダンジョン以外に〝予備戦力〟がいることを。
数瞬の思考でその結論を下したエヴィアは、即座にカーターの首を落とそうと魔剣を呼びだした。
虚空より呼びだされた魔剣は瞬く間にエヴィアの右手に収まる。
振り上げてから振り下ろすまでの一工程。
拘束されているカーターを殺す過程に一秒もいらない。
必殺を確約された一撃、そのはずだった。
「上か!」
怖気に似た感覚がエヴィアの背に走り、その刃の矛先を上へと修正。
そのわずかな判断、刹那ともいえる時間で、闇を貫き、封印を全て突き破り、迫る光の塊の矛先と自身の魔剣を交差させることに成功する。
「………最近は熾天使によほど縁があると見たな」
その光の正体は白銀の全身甲冑を身に纏い、神々しいほどの槍をその手に持つ純白の三対の翼をもつ天使。
「同志、カーター、予定を繰り上げ救援に参りました。ご無事ですか?」
その天使の背に庇われるカーターは遅れて降り立った二対の羽をもつ天使に拘束を解除されている。
「ああ、想定よりも早かったから思ったよりは体力を温存できたよ」
呪具は取り払われ、鎖も切られ。
自由となったカーターは想定内だと言い、体の具合を確認する。
やせ細り、衰弱しかかっている肉体であるものの、地面に立つ姿はブレがない。
最悪だと、エヴィアは思う。
自身が招いた結果ではないが、この事実は今すぐにでも魔王様に報告せねばと思いたる。
「同志、カーター。目の前の存在は排除したほうがよろしいでしょうか?」
「可能なら、した方がいいですね。なにせ彼女は魔王の側近、右腕と名高いエヴィア・ノーディス。彼女を殺せれば後々の戦況は楽になる」
しかし、現状それは不可能。
眼前の敵となった存在を見逃す理由にならないと、エヴィアは一瞬で鎧を纏い。
余った手にも魔剣を握る。
「承知しました。同士カーターは脱出を、私はこの悪魔を処理した後に追いつきます」
まるでエヴィアを脅威として見ていないような言い草で、槍を構える熾天使。
「ああ、頼んだよ」
そして、支えられた状態で一人の天使に抱えられ空いた穴からカーターは脱出していく。
「待て!」
待つわけがないとわかっていても、行かせるわけにはいかないと、言い放ったのちに熾天使にエヴィアは切りかかる。
「通しません。通りたくば、父より序列三位の地位を与えられた我が槍をその剣で断ってからにしなさい」
しかし当然のごとく白銀の槍がエヴィアの攻撃を阻む。
油断も慢心もない、エヴィアの渾身の一撃を受けてもびくともしない。
序列三位の地位は伊達ではない。
仕切り治すために距離を置こうとエヴィアは後ろに跳ぶが。
「逃がしません」
追いすがるように熾天使は腰だめに槍を構え、そのまま突き出す。
魔力を溜めこまれた光の槍は、万物を貫かんとする光の閃光を放つ。
「っ」
避けきれないと判断したエヴィアは魔剣を交差させその光を障壁でもってして受け止める。
だが、その勢いは宙に浮かぶエヴィアでは抑え込むこと敵わず。
勢いのまま光に包まれ、屋外へと押し出されてしまった。
「なんだ、これは」
体にはダメージはなく、まだまだ戦えると判断できる状態であったが、屋外に弾き飛ばされたことにより現状を把握したエヴィアは、普段の余裕の表情とは打って変わって、あり得ざる光景を前にして驚愕とともに言葉を吐露した。
守備隊は城壁に張り付き、城壁に張り付こうとする魔獣を迎撃し。
空では、ハーピーや悪魔といった空を飛べる種族が、多数の天使たちに抗い懸命に戦い、下からは魔法や弓を扱える魔王軍の守備隊が必死に空めがけて攻撃をしている。
天使と魔獣が共同戦線を組んでいる。
その事実にエヴィアは愕然とするほかない。
「追いつきました。悪魔、逃がしません」
しかし、ゆっくりと考えている暇はない。
今はこの窮地をどうにか脱するほかないとエヴィアは槍を構える熾天使に向けて魔剣を構えるのであった。
今日の一言
対岸の火はいずれこちら側にも飛び火する。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




