361 ヘッドハント受けた時の判断基準は愛着?給料?それとも………
Another side
魔獣からの襲撃を受けたダークエルフの里。
報告を受けて駆け付けたダークエルフの頂に立つ存在、ルナリアはこの里を襲う現状把握に努め、いくつかの可能性を見出していた。
(魔獣の変異種の発生にしては方向が統一化されすぎています。それほどの知性を持った魔獣の長という線も考えられますが、どこか引っ掛かりがありますね)
作戦室は慌ただしく、様々な情報が行き交い、それを表面上では冷静に捌きつつ、内心で思考をめぐらす。
「樹王様! 北の森で接敵した魔物の群れの討伐に成功! 兵三名が怪我を負いましたが、いずれも軽傷とのことです!」
「では、怪我の治療後一日の休息の後三日の警戒配備を」
「は!」
伝令から受けた報告から指示をだし、現状の鎮静化と原因の究明、それを主眼に置き。
「火澄さんたちの様子は?」
「は! 現在西方面にて行軍中、戦闘行為三回、いずれも損耗軽微とのこと」
「わかりました。ですが、連絡は密にしなさい」
「承知しました!!」
そして、テスターとしてだけではなく、一個人に魔王軍の軍務の経験を積ませることを並行させる。
それは一見危険な行為だが、それ故に不眠不休で彼女は仕事に励む。
一見華奢な女性のルナリアだが、その中身は七人いた将軍に隙を与えぬほどの猛者。
鬼王や竜王といった、戦闘狂の輩と肩を並べられるほどの戦闘能力を保持する身体能力と魔力量を誇る。
二、三日どころか、一か月不眠不休でも多少疲労を感じる程度で済む。
なので、彼女へ休むように部下たちは進言しない。
体調管理の基礎中の基礎を、ルナリアがおろそかにしないのは誰もが知り、信じているからだ。
(反魔王勢力の貴族の企てかとも思いましたが、それにしては利益が見えなさすぎる。魔獣を動かすにしても、やり方があからさま。なぜこの里なのか。新たに魔獣を生み出すにしても、実験データを得るにしても、費用対効果が見合わない)
そんな部下の信頼を背負う彼女は気負うことなく、ただ冷静に魔獣の攻略を進める。
口頭だけではなく、別の報告でも彼女の手元に情報は送られる。
書類でまとめられた報告には、軍が介入し始めて徐々に魔獣の出現の減少報告が上がっている。
(何がの部分よりも誰がという部分が、気になりますね)
それ自体はうれしい報告である。
成果が出ているのだから喜ばしいものだと、思うが、ルナリアはその報告が意図的に魔獣が引いているように思えてならない。
確認できた報告をまとめる限り、相手にはなんらかの目的があるはず。
野生の魔獣なら、食料を確保するために里を襲うこともしばしあること。
縄張りが、人里に被り、そのエリアと争うこともある。
だが。
「確認しますが、畑や家畜、食糧庫といった部分に被害は出ていないのですね?」
「はい、里の守り人が防いだと報告に入ってます」
それはそれで妙な話だとルナリアは思う。
獣の生活圏の確保であれば、人を排除することは絶対条件。
そしてその排除の報酬が食料関係の代物、賊であるのなら金品や女性をさらったりするのはわかるが魔獣なら執拗に攻め込むはず。
その際に暴れ、建物や、敷地にある畑、穀物といったものに被害が出るはず。
だが、どれも被害が出ていない。
守護が優秀であったと言えばそれまでだが、ルナリアの見方では、規模的に考えここまで綺麗に残っているほうがおかしいと踏む。
(食料の確保よりも、群れの被害を抑えた)
そんな印象を抱くルナリアは、次に板に貼り付けられた里周辺の地図に目を向ける。
魔獣の群れが発見されたり、また魔獣を討伐できた所、メモ程度の走り書きだが魔獣の種類も記載されていて色々とごちゃごちゃしているが、問題ないと彼女は目を走らせ欲しい情報だけを獲得していく。
(やはり、動き方に人間味がありすぎますね)
そこから得られた総合的な情報。
そこから見て取れる癖、魔獣では決してまねできない小さな痕跡が散見できる。
「ではいったいだれが」
慎重に兵士を動かし、揺さぶりをかけて徐々に情報を引き出していくが、思い当たる節が出てこない。
ダークエルフを目の敵にする種族と言えば、エルフ族でありそのエルフ族が過去勇者と共に攻め込んできたことは何度かあるが、この大陸で里を作れるほどの規模を形成し、これ程の魔獣を使役する生き残りなど存在せず不可能なはず。
それは誰よりもルナリア〝自身〟が知っている。
「では、そうなると」
エルフ族ではないとなればだれになるかと、絡まった糸を解くように、そして糸が切れないように丁寧に、されど迅速に。
可能性を一つずつ潰していくも、潰しきれない可能性が並列で並び、ルナリアは悩む。
ルナリアは気づかない。
そもそもの根底が間違っている。
ルナリアは大陸にいる存在で考えを組んでいる。
そして、攻め込むのは魔王軍の専売特許であることが常識として囚われてしまって。
先日、天使族がダンジョンを経由し襲ってきたが、今回襲撃しているのが、大陸に既存する魔獣の種類であることが、ルナリアから、イスアルから来た存在が暗躍しているという可能性を排除させてしまった。
〝なので気づかない〟
否
〝気づけない〟
専売特許は自分だけができる能力だと考えてしまう。
過去の歴史が語ってきた事実を否定するのは難しい。
それが魔王軍の明確な隙になってしまった。
だからこそ、ルナリアは相手の思惑を読み切れなかった。
そして、この時点での己の失策にまだ気づいていなかった。
拠点から西に行った場所で、嬉々として魔獣を倒し、活躍している火澄。
それを眺めている存在がいる。
未来が見えないルナリアは、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「おや、この大陸で人間が見れるとは思いませんでしたねぇ」
ダズロは、ルナリアが派遣した調査隊を使い魔の目を借りて見ていた。
そこで彼の目を引く存在がいた。
それはダズロが操作した魔獣が襲い掛かり、それを倒す一人の人間の男。
火澄透に視線が行っている。
森だというのに炎の剣を振り回し、魔獣の体を焼き切り、その屍を越えて襲い掛かった熊の魔獣にひるむことなくその剣を突き立てている。
「見た感じ、いやいや戦っているようではなさそうですねぇ」
最初は魔大陸の奴隷階級の男かと思ったが、どちらかと言えば貴族のように扱われている様子。
いわゆる、腫れ物を扱うようにというやつだ。
仮に奴隷だとしても、人間の男女一人ずつなどおかしな話。
周囲のダークエルフの兵士が二人の人間をサポートしているのもまた変な話だ。
「となると、先ほどの声の持ち主はあの男のほうということですか……」
ダズロは顎を撫で、ふむふむと考える。
その間も観察は緩めない。
人間の男の立ち居振る舞い、言動、そして周囲からの視線。
どうだ!と魔獣を倒して決め顔をする姿を隊長格の男が油断するなとたしなめている。
「う~ん、見た目は人間だが悪魔族の貴族?」
縦社会の軍であんな態度を取れることなど本来ならあり得ない。
あるとしたらよほど階級の高い貴族の子供ということになるが。
「ど~も、引っ掛かりますねぇ」
その考えは違うとダズロは盗聴していた情報も含めて考える。
「なら、行動してみますか」
そして、それに次ぐ形でこれはチャンスだという雰囲気もある。
さっと手をかざすと控えていた小さな魔獣が土を掘り地面に潜っていく。
「切り札の一つですけど、この騒動の収束としては十分な対価でしょうね」
狼がいないのはただ単に狼が使い勝手がいいからだ。
群れを組ませ周囲を索敵するのも、伝令を走らせるのも、同じ種族同士なら遠吠えで情報伝達できるのも大きい。
だからこそ温存している。
なので代わりはいないが、一つだけ手札を切らせてもらおう。
また、一から暗躍のし直しだと思いつつ、里のほうに向かわせた存在が暴れているうちにこちらの仕事を終わらせよう。
「さて、皆さん。嫌ですが、仕事の時間ですよ」
振り返り、やれやれと首を振りながら振り向いてみれば、総勢百を超える狼の群れがダズロの背後に控えている。
「あなた方の仕事は単純です。あそこにいるダークエルフの群れを襲い、人間だけを生け捕りにしてください」
ただそれだけの簡単なお仕事です。
と、言い終えたダズロはローブを深くかぶり顔を見えなくし、すっと杖を掲げ行けと振り下ろせばその群れは迷わずそこへと駆けていく。
「さてさて、面倒ですが僕も行くとしますか」
その際に一頭だけ残った魔狼の背に乗り、その群れから距離を置きつつ指揮を執るために追従する。
その背に乗ること五分もしないうちに目的の場所にあっという間につく。
「やはり戦争は数ですねぇ」
ダズロの眼下に見えるのは必死に抵抗し、撤退しようと精霊を召喚し抗うダークエルフたちの姿。
そんなダークエルフの部隊に対して、本来の個体よりも一回りも二回りも大きい個体の魔狼たちは腕を噛み、足を噛み、喉仏を食いちぎり、一人また一人と数を減らしていく。
当然、狼たちも迎撃にあい、ダークエルフのそれ以上の数で死んでいるが、ダズロは気にした様子はない。
ダークエルフの数は精霊込みでも四十にも満たない。
一人、ダズロの目から見ても厄介そうな使い手がいるが、問題視はしていない。
死兵と化した魔狼の捨て身の攻撃で召喚者であるダークエルフを殺せば、契約している精霊も消え、三匹で一人狩れれば上等どころかお釣りがくるとダズロは考えて指揮をする。
勝ち目がないと判断してからは、殿を残し、人間を逃がそうとしているが、そんなものさせるはずもない。
「二十を残し、それ以外は逃げたものを追撃、逃がしてはいけませんよ」
ダズロは淡々と盤上の駒を動かすように、魔狼に指示を出し、五人のダークエルフを仕留められる量を用意し、さらに他の魔獣を呼び寄せる。
魔狼に追跡されている一団の前に配置し、挟撃する。
負傷者が死者となり、一人また一人と倒れるダークエルフ。
緊急時の信号弾らしき魔法も放たれたが、応援はしばらく来ないだろう。
必死に抵抗するダークエルフの中で人間の男だけが、わめき散らしているが、ダズロとしては好都合。
不穏分子を腹に抱え込んだ相手が悪いと、さらに弱みに付け込むように人間の男を狙うように見せかけて、またダークエルフの兵士を削る。
「英雄なんて、リスクさえ考えなければ数で押しつぶせるんですよ」
そう感情を込めることなく、怖い怖いとおどけるように言うダズロの表情は冷めきっている。
遠めでもわかる。
あの人間の男は、ダズロにとって一番嫌悪すべき存在だ。
理想は人を殺す。
その典型例だとダズロは理解し確信していた。
だが、利用することができるという理性からの進言によって生かしているだけ。
そして最後まで抗っていた隊長格のダークエルフが魔狼十匹と相打ちになってこの戦いは締めくくられる。
「十三、思ったよりも残りませんでしたね」
辺り一帯は魔獣とダークエルフの血で染め上げられた。
ダンジョンとは違う、生の感触。
そんな中で立つのは、次の指示を待つ魔狼たち魔獣と剣を構え、震える火澄そして隣で真剣に考えている川崎だけだ。
「僕が強化した魔獣がここまで減るとなるとなかなかの精鋭ぞろいだったということですか」
それほどの存在が守るべき人物とは何か。
それに対して、個人的な嫌悪感は隠し、まだ里に送り込んた存在が健在なのを魔力パスで感じ取りつつ、ゆっくりとその存在と対面する。
「やぁ、初めまして、やる気もない、使命感もないそんなぐうたら黒幕おじさんがやってきましたよっと」
べちゃりと騎乗している魔狼の足元から聞こえる粘質的な音など気にもとめず。
ただ月の光が照らすこの薄暗い森の中から現れたダズロを見て、生き残りである火澄と川崎はどのように見えたか。
「見てのとおりごく限られた時間だけど、君たちの生殺与奪の権利は僕が持っているということになる。そんな状況であえて言うけどさ」
しかし、ダズロは何か言いたげに叫ぼうとした火澄の言葉など聞いていないという雰囲気で、前振りもなく切り込む。
「これ以上戦って君たち取り押さえるの面倒だからさ、武器を捨てて投降してくれない? 命だけは助けるからさ」
そんな一方的な通告を火澄が聞くわけがない。
「だれがするか! 俺はお前なんかに負けるつもりはない!!」
立派な啖呵と言えば聞こえがいいが、ダズロから見たら現状を把握できていない感情任せのガキの大声でしかない。
「そう、おじさんとしては面倒なことはしない主義なんだけど、仕事だからね。じゃぁ、時間もあまりないしやらせてもらうよ」
ダズロからしたら、可能なら無傷で捕まえたかったが程度の考え。
抵抗するようなら腕や足程度ならなくてもいいと考えている。
「安心して、会話ぐらいはできるように加減してあげるから」
ダズロの目から見ても目の前の男は雑魚同然。
ただ戦うのが面倒だからと、魔狼たちをけしかけようとした時。
「! 翠さん、ここは俺に任せて逃げてくれ!」
火澄は川崎にめがけて逃げるように叫ぶ。
そんなことをさせるはずがないのに、またこの男は無駄な努力をと、呆れるようなことを火澄はして、さてお仕事お仕事と今度はためらいなく行けと言う。
「!」
しかし、その魔狼の動きが止まった。
強大な力があるわけでも、そんな力に覚醒したわけでもない。
突如として、川崎が魔法を放った。
それ自体は抵抗するための行為だと、ダズロは認識できたが、放った方向がおかしい。
「どういうつもりかな?」
魔狼を止めたのはダズロ本人、そして目の前に広がる光景が変化した。
立っている人間が、二人から一人に。
「お嬢さん」
そして魔法を放ち火澄を気絶させた川崎は笑みを浮かべて、ダズロに向かって言い放った。
「交渉しましょう。素敵なおじさま」
「へぇ」
その立ち居振る舞いに、自身の主の姿を重ねるダズロであった。
今日の一言
もし仮に、ヘッドハンティングが起きたら、何を基準にするかが重要だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




