359 気づきと刷り込みの違いは、当人にはわからない
「はぁはぁはぁ、生存報告」
満身創痍になることなど、最近では数えるのも馬鹿らしくなってきた。
それくらい経験しているので、今更どうこう言うつもりも慌てるつもりもない。
冷静に岩陰に隠れ、息を整えようとする中で、周囲にも気を配る。
もはや、ピンチになったあとのことも慣れたものだと、言わんばかりに思考は落ち着いている。
「海堂、生きてるっすよ~魔力はからっけつっすけど」
「なぜか知らないけど、生きてるでござる~」
「もうだめ、簡単な魔法も無理」
「生きてます、けど、魔法薬はゼロです」
「アメリアは?」
「私の隣で目を回してるわ」
そして、それは俺以外もそうだ。
満身創痍になるということは、イコール生きてるということ。
枕詞にかろうじてと付属し、その成果に、俺たちの逃走術にも磨きがかかってきたようだと感心する。
全員息をひそめ、先ほどまで戦っていた竜王だけではなく、ダンジョン内の竜にも見つからないように配慮している。
あの総攻撃は失敗に終わっている。
最後の最後で、俺のもつ魔法であの長い首を叩き切ろうと思ったが。
「ボスには変身がお約束、拙者としたことが見逃すなんて、無念でござる」
「いや、あれを予想できるほうがおかしい」
俺の斬撃、天照に次ぐ魔法を防いだ光の障壁。
それを展開した際の竜王の姿は純白の竜となっていた。
将軍の隠し玉を引き出せたことに、喜ぶ暇もなく、瞬く間に純白が漆黒に変化し、辺り一帯にまき散らされた重力爆撃。
純白の竜の姿は防御に長け、漆黒の竜の姿は攻撃に長け。
その姿を使い分けられることに、良い情報を得られたと思う。
加えて言えば。
「灰色の理由を知れただけ、儲けものだ。そう思っておくほかないな」
「実利も最強でござるよ。竜王の素材って、いくらするんでござろうな?」
「さてな、帰ったらメモリアに換金してもらうとするか」
けらけらと力のない笑い声を潜めつつ、俺はあの攻防を思い出す。
あの時、あの瞬間。
パーティーメンバー総がかりで襲い掛かった、確かな隙。
慣れない武器、紫紅とはいえ、俺は全力で攻撃を仕掛けた。
『万物を生み出し、混沌を今顕現せしめん』
詠唱という工程はイメージを固めるという分野において重要な要素になる。
宙を疾走し、抜刀の姿勢で竜王の首元に迫った。
北宮の最上級魔法、海堂の奥の手、アメリアの天災魔法。
三方からの攻撃によって竜王を押し込み、俺が詠唱しきれる時間を用意した。
『深く、深く、何よりも深く、覗き込めば汝も覗き返す、深淵の元素』
カタカタと、微振動にて鞘の中でうごめきだす闇属性の魔力、その振動を研ぎ澄まし、刃に染め上げ、今、一刀と成す。
『その闇、万象に繋がる、その黒、万物へとならん』
収まった鞘から、鯉口を切り、そのわずかな隙間から見えた刀身はうっすらと艶がかった漆黒に染まっている。
『この一刀の名を』
絶対に切る。
その意思をもって、目前まで迫った竜王の首めがけて鞘からその刃を解き放つ。
『黄泉鴉!!』
漆黒の闇と言うべき、その刃は、フシオ教官から教わった闇魔法を圧縮した腐食の刃。
この刃よりも下位の事象、それこそ魔法ですら蝕み喰らいつくす、混沌の獣。
妖刀である、紫紅は影魔法に適性があり、そのおかげで闇にも耐性がある。
鉱樹では放つことのできない、対光属性の刃。
かと言って同属性だと無効化されるかと言われれば、そうではない。
この刃の本質は、相手の防御を崩し、本命である闇の中に潜む鋭き刃を防御を無視して差し込むこと。
竜の防御を貫き、無防備になった首に黒く染まった刃を切りつける二段構えの攻撃。
これなら、と確信をもって選んだその一刀。
鞘から放たれた横一線の漆黒の斬撃は止まらない。
竜王の首と俺の間に差し込まれる竜王の腕。
その腕には魔力が込められ、俺の攻撃を迎え撃つためにその先にある爪が振り下ろされ、俺の刃と交差する。
『!?』
『覚悟!』
本来であれば体格差で吹き飛ばされるはずの攻防は、竜王にあり得ないものを見たと言わせんばかりに結果を突き付ける。
五本ある指の爪の内、三本が切り裂かれ、漆黒の刃は止まらず、歴戦の戦士の攻撃を防いでいた首の鱗へと迫る。
この時の俺は確信を持っていた。
この刃は、確実にこの竜の首を斬り落とせると。
そこに迷いはなく、いけと自身を鼓舞するようにさらに刃を前に押し出した。
『■■■■■■■■■■!!』
だが、その刃が首まで後数十センチといった瞬間に、俺たちは光に包まれた。
そして、体はその光に押し出されるような形で吹き飛ばされる。
『油断したぜ、ああ、俺としたことが忌々しい、てめぇは前回もこの俺様に一矢報いた人間だと言うのに、ああ完全に油断した。褒めてやるぞ、田中次郎、この俺に、この忌々しい姿を晒させたのは、魔王様以来だ!!』
それは、総攻撃をしていた他のパーティーも一緒で、光に吹き飛ばされ。
その光によって、俺たちの魔法は全て打ち消されてしまった。
神秘的にも見える、純白の竜は、その姿を恥だと言わんばかりに、その風貌とはかけ離れた荒れた口調で俺の名を呼び称賛する。
『ああ、ああ! 確かに忌々しい、だけど、俺はうれしくもある!! こうやって、久しぶりに〝この姿〟にもなれるんだからな!! 感謝するぞ!!』
そして、その純白の神秘性を脱ぎ捨てるかのように、朱き稲妻が体を覆い。
その白を漆黒に染め上げる。
『最高に、テンション、上げてくぜ!!』
どこの魔王だと南の口から言葉がこぼれ、まったくその通りだと俺は内心で笑い。
『■■■■■■■■■■■■!!』
漆黒の竜となった存在を前にして、俺は即座に理解する。
これは、無理だと。
『撤収!!』
それは戦況を誰よりも把握している南も同意見だったようだ。
普段の口調をかなぐり捨てて、全力で声を張り上げる彼女に俺たちは素早く行動を起こす。
勝てない相手には挑まない。
それは常識、そしてここから先が俺たちの地獄の始まり。
倒すつもりで、すべての体力を注ぎ込んだせいで余力など皆無。
そんな状況でできることなど限られている。
『何か来るっすよ!?』
慌てふためきとまではいかないが、嫌な予感をビンビンと感じ、頭の中で危険だとサイレンの音のように響き、その本能が全力疾走を選ばせる。
そんな全力疾走で距離を離す俺たちの中で、海堂だけがちらりと背後を見たのだろう。
見なければよかったと、顔面蒼白にして、腕を振る速度をさらに増やし、駆け抜けながら報告してくる。
『何かって、なによ!?』
なりふり構わず全力疾走している北宮が海堂に、何を見たかと問いかけるも。
『わからないっす!! 黒いでっかいナニカが竜王の上にできてたっす!!』
少しでも情報をと思った俺たちは、この行動すらも無駄な行為だと悟ってしまった。
竜王は確実に俺たちを殺しに来ている。
七将軍の名は伊達ではないというのを、この場で証明しようとしている。
ちらりと、視界の脇に入った竜たちが、われ先にと地中奥深くに潜り込もうとしたり、全力で飛翔したり、全力で駆けたりと、とにもかくにもあれから離れようとしている。
『走れ!! とにかく出口まで全力で走れ!!』
そこで俺は、このダンジョンが、なぜここまでオープンフィールドなのかを直感的に理解した。
竜たちの縄張りを形成することでの多様的な迎撃?
そんなもの副産物に過ぎなかった。
本当の理由は。
『グラウンド・ゼロ』
『!? 全員そこの崖に飛び込むでござる!!』
と答える前に南の言葉に従い、全員が底の見えぬ崖へと身を投げ出した。
『アミーちゃん!!』
『OK!』
そして阿吽の呼吸とも言うべき対応で、名前だけしか呼んでいないにもかかわらず、何をするか把握したアメリアは俺たちを覆うように大きな結界を形成。
そしてその後に襲ってきた大衝撃の結果今に至るというわけだ。
「はぁ、まさかこのダンジョンが竜王様が戦いやすいだけのフィールドだって誰が思うんだよ」
咄嗟の機転で南がネコババしてきた竜王の爪をマジックバッグから取り出し、ニヤニヤと笑う南に周囲は苦笑を漏らすも、今は少し休憩したい。
幸か不幸か、周囲一帯を消し飛ばす勢いで放たれたあの一撃のおかげで俺たちを見失っているようで、今のところ見つかる心配はない。
「アメリアが目を覚ましたら脱出するぞ、それまで各自休憩」
「「「「はーい」」」」
そんなこんなで、岩に身を預け、今この時ばかりは一時の休息を味わう。
外では、色々とごたごたしていることなど知らずに。
Side Change
Another side
火澄透はイライラとしていた。
「ケガ人の把握は終わりましたね。次に南側の捜索の報告を」
火澄と川崎ははっきり言って、置物以外の何ものでもなかった。
樹王ルナリアが里に到着し、族長と会合を行なった後、ルナリアは配下に指示し行動を開始。
火澄からしたら、てっきり彼女先導のもと魔獣討伐に乗り出すかと思ったが、彼女は現状把握に努めた。
これが鬼王であれば、そんな面倒なことはしないと。
防衛に必要な兵だけ残し、山狩りに出て敵を殲滅しに出ただろう。
「南側にはいない。となると西側? いえ、流れてきた可能性もありますね」
しかし、ルナリアの方針は違う。
彼女はまずは周囲の安全を確保しようとしていた。
配下は動かすも、自身は率先して動かず、仮設営で作られた陣地にて、配下の報告を吟味していた。
そんな、彼女の行動に火澄のなかでイメージしていた仕事と違うことに徐々に不満が溜まり、そして、つい先ほど。
『魔物討伐に僕も行かせてください!』
返ってきた部隊に同行させてほしいとルナリアに進言した。
『なりません。敵の目的も把握できていない現状、おいそれとあなたを行動させるわけにはいきません』
ちらりと火澄を見た後、報告内容の確認に戻り、彼女はきっぱりと言い放つ。
『けど!』
『この作戦の指揮者は私です。それに従うことが今回の同行の条件だったはず、それを違えると言うのなら、帰ってもらって結構です』
それに言いすがろうとするも、もともと連れてくることに乗り気ではなかったルナリアが告げた言葉に火澄は口をつぐみ、指示を待つことに相成った。
そんなイライラという雰囲気を抑え込み隠そうとしていることが見え隠れする火澄を優しくなだめつつ、川崎は冷静に現状把握に努めていた。
新人である彼女が、ここに来ること自体が無謀。
戦いに投じられることはないと断定する彼女にも、今回同行することにとある目的があったから志願したに過ぎない。
英雄願望がある火澄とは違い、利己的な思想で動く彼女は表面上は優しく振舞う。
「大丈夫だよ、透君。ルナリア様もああは言ってるけど、きっと事態が動けば手伝えることがあるから、ね?」
だから今は火澄のお守りに徹する。
わかっていると、不満を隠さず川崎に接する火澄の態度に、なら大丈夫だと神経を逆なでしないように心がける。
そんな会話を繰り広げながらも、川崎の耳は、火澄が無駄だと断じる情報をかき集める。
『北の方に魔物の群れを発見、数は三十とのこと』
『西側では、散発的な魔物しか発見できず』
『魔物の種類は多様にわたり、中にはこの地には存在しない種も含まれると』
せっかく、合法的に仕事の話を聞けるのならそれを活かさない理由はないと川崎は内情把握に勤しむのであった。
そんな、対策本部より少し離れた場所に、救護施設が設置されていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、薬のおかげで痛みはない。ありがとう」
その中で、顔を包帯でぐるぐる巻きにされて、誰が誰だかわからない状況の男が一人、ベッドに横になっていた。
「家族に心配かけやがって、ま、守り人の本分を守ったってことだな」
「あははは、そうだといいな」
里の女衆の一人が様子を見に伺い、それにこたえる男。
そして怪我を心配し様子を見に来てくれた同僚。
一見すれば、現状をみればどこにでもある光景。
ただ一つ、このケガ人の男には一つだけ不審な点がある。
それは、魔物に襲われ重傷を負いながらも森の中から命辛々逃げおおせたこと、そしてたどり着いたとたんに気を失ったのだ。
周囲は運が良かったと思い、男の帰還に喜んだ。
家族ももちろん喜んだ。
男も生き残ったことを喜んだ。
しかし、彼は気づかない。
魔物に襲われ、その際に一人の男に一つの細工を施されたことに関して。
その里から離れること、十キロほど。
偽装に偽装を重ねて、ただ隠れることだけに特化した魔物を介して。
『あははは、そうだといいな』
「うん、感度良好ですね。あとは逃がした男がうまく権力者と接触してくれればいいんですけどねぇ」
その会話を盗聴されているとは知らずに。
怪我した男の腹の中に、特殊に加工された魔石を飲み込ませ、その魔石が収集した音を帝国から派遣されてきている宮廷魔導士のダズロは時々独り言をこぼしながら聞く。
魔物に襲撃させ、手ごろなダークエルフを捕獲、暗示と細工を施し、生き残りとして帰還させる。
お手頃かつ効果的な情報収集方法。
魔石も遠隔で操作すれば消滅し、証拠も残らない。
後は魔力が切れるまでは盗聴し放題というわけだ。
目を覚ましてから聞こえるのは、ちょっとした世間話ばかり、さすがにすぐに欲しい情報は手に入らないかと思いつつ気長に待つかと思っていれば。
『そうだ。樹王様がお前が目を覚ましたら話を聞きたいって、何か情報がないかって』
その機会は思ったよりも早く来て。
「はぁ、もうしばらく盗み聞きますかね」
のんびりとできないことにダズロは溜息を吐き、宮仕えはつらいなぁと愚痴をこぼすのであった。
今日の一言
自分で気づくのと、他人から刷り込まれるのとでは思い違いをすることがある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




