358 知らないうちに、変なことになっている経験はないか?
「また、あなたですか!?」
我ながら、切れのいいツッコミだと思う。
いや、反応としては普通に半ギレだけど。
『そんなツレナイこと言うなよ! 田中次郎!! これも仕事だろ!』
そんな気持ちなど、この御仁には関係ない。
竜王のダンジョンで最も警戒すべきは何か、それは目の前で暴れている竜王そのものだ。
他のダンジョンとは違い、広大なフィールドを駆使した多種多様の竜の群生地、それが竜王のダンジョン。
自由な行き来がしやすく、機動力の高い種族が故に、その機動力を生かした形のダンジョン。
移動しやすいということは、攻められやすいということでもあるが、攻撃こそ最大の防御と言わんばかりの配置は竜族らしいと思う。
「最後の奥の手のあなたが、こうも何度も出現するのはまずいでしょうが!?」
『ケケケ、いいじゃねぇか!!ここは俺様のダンジョン、どこにいようが俺様の勝手だろ?』
しかし、その機動力も、最後の最後で出てくるはずのボスがエンカウントするようなダンジョンへと変わるのはいかがなものか。
『楽しもう、なぁ!!』
愉快そうに灰色の鱗を煌めかせ、その鋭き爪で俺の四肢を抉りに来るも。
「先輩!」
前回と違い、今回は俺一人ではない。
迫りくる爪を海堂が防いでくれ、わずかにだが踏み込む隙となる。
最前線で俺が戦い、海堂が俺の死角を埋める。
それが俺がパーティーを組んでいる時のスタイル。
「おう!」
妖刀、紫紅を掲げ、その堅牢であろう竜の体に傷をつける。
この戦いに同業や同僚という感情はない。
ダンジョンに入れば互いに敵、ダンジョン外であれば同僚。
摩訶不思議、というよりは歪と言えるような割り切り具合。
将来的には、キオ教官やフシオ教官とも戦うことになる。
仲が良くなり、人?となりを理解している今では、戦うことに戸惑いを覚えるかと思うが、そんなことはなく、むしろ加減をすることに怒りを覚えるだろうと確信している俺は、それと同じ類の存在と思っている竜王に手加減は一切しない。
「加具土命!」
装衣魔法を使い、前回明確に傷をつけた火の刀。
さすが妖刀、俺の魔力にも耐えてくれる。
赤く染まったその刀を見て、即座に竜王は反応する。
翼をはためかせ、跳ぶ俺を吹き飛ばそうとするも。
「させると思うでござるか?」
その動きは、敵のモーションを研究することに関してパーティー随一の観察能力を持つ南が許さない。
「リーダーなら、コンマ数秒の拘束で十分でござる」
バインドと南が準備していた魔法を発動させ、綱引きで使うような綱の太さの魔力で構成されたロープが、本当に一瞬だけ竜王の体を拘束する。
ピタリと止まるのではなく、あっさりと引きちぎられた南の魔法であったが、引っ掛かりを覚えるような程度の拘束でも、今の俺には十分。
魔力を足に込め、空気を蹴り、朱く染まった魔力の刀を横一線で胴に振るう。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■!』
痛みに悶える、よりも、やってくれたなと吼える竜王の雄叫びをもろに浴びた俺は、攻撃を放った後の隙をつかれ吹き飛ばされる。
「次郎さん!」
「こっちは大丈夫だ! 海堂は?」
「今治療を終えました!」
「そうか! 南たちの護衛頼むぞ!」
「はい!」
空中で体を捻り、左手と両足を地面につけ、滑るように着陸した場所は、勝が待機している場所。
前衛の俺からすれば給油スタンドみたいな回復地点。
新しく購入した大盾を片手に動き回る彼の役割は南と北宮の護衛。
治療しに駆けてくる勝に大丈夫だと言い、吹き飛ばされた分の距離を詰めようと再び駆け出す。
「わっとと!?」
『ちょこまかと!!』
駆けだしている先では、金色の髪をポニーテールにしてなびかせている小柄な影が、竜王に肉薄していた。
短剣では竜王の肉体にダメージを与えるのは難しいが。
「IMPACT!」
ズドンズドンと大砲でも撃っているのか?と思うような破裂音が彼女の手元から響き、その都度竜王の巨体が怯む。
バカみたいに魔力のあるアメリアだからこそできる純魔法、インパクト。
俺が使っているパイルリグレットの簡易版みたいな魔法だ。
魔力消費が普通の魔法よりもだいぶえげつないことになっているが、その代わり速射が利いて威力も出る。
ただ、アメリアみたいに魔力がなければあんな芸当はできない。
「こんのぉ!! 仕事の邪魔してぇ!!」
そして、宙を舞うようにかく乱しながら竜王の足止めをしているアメリアを援護しようと、ダンジョンテストの邪魔をした竜王へ鬱憤を晴らすように北宮の魔法が炸裂する。
「アブソリュート・ガーデン!!」
現在戦っている峡谷まるごとを氷漬けにするつもりかというくらいの勢いで氷が大地を覆い。
その勢いで竜王の体へと迫る。
『鬱陶しいわ!!』
それに対抗して口元に魔力を溜め、竜のブレスを吐き出し、迫りくる氷塊に叩きつける。
「負けるもんかぁ!!」
『■■■■■■■■■!!』
崩されては凍らせと、北宮が自身のありったけの魔力を込めた氷魔法が竜王のブレスに拮抗する。
「ナイス!」
明確に動きが止まった竜王へ俺はチャンスだと思い全力で駆けだす。
「ニシシシ、拙者いたずらが大好きでござるよ」
それは周囲の仲間たちも一緒だ。
フルアタックとパーティー全員で竜王を倒しにかかる。
最初に動いたのは、南。
北宮と拮抗し、竜のブレスを吐き出すために踏ん張っている竜王の足元めがけて。
「スライド」
魔法をかける。
『!』
それは二足で立っている竜王の左足に変化をもたらす。
「今、左足付近だけ摩擦係数をゼロにしたでござるよ~ニシシ、やりにくいでござろ?」
片足が踏ん張ることができなくなった竜王は尻尾を地面に叩きつけ、それを支えに変更、そして再度翼を大きく広げ、飛び上がろうとするも。
「させると思うっすか! 変身!」
海堂がアミリさんたちの造った変身ベルトに手をかざし、その身をヒーローへと転ずる。
白銀の戦士となった海堂は、とうっと掛け声とともに飛び上がり、ギミックを起動させ竜王の頭上を取る。
「ヒーローお約束の必殺キックを受けるっすよ!!」
魔法陣とゴーレム技術によって生み出された爆発的加速力によって生み出される重量加速攻撃。
白銀の流星と化した海堂は、竜王の頭部に迫る。
『■■■■■■■■■!』
竜王は甘いわ!と言いたげに障壁を展開し、海堂の攻撃を受け取るも。
「こんな程度でくじけるほどヒーローは甘くないっすよ!!」
その障壁をぶち抜こうと、ギミックのブースターを加速させる。
ガリガリと削岩機のような音を響かせながら、障壁と海堂の攻防になる。
北宮の大魔法に、南の妨害、海堂の必殺キックと三方面の攻撃にさらされた状態を、軽やかに動き回っていたアメリアは見逃さなかった。
「Chance! 本気、出しちゃうネ!」
身動きが取れなくなっている、竜王めがけて展開するのは賢者から与えられた、
アメリアがつかえる最強魔法。
風魔法と火魔法、そして聖魔法の三種が混ざり合った、
トリプルマジック。
火魔法をベースに、風魔法によって火の純度を高め、聖魔法が混ざり合った炎の色は、黄金。
太陽のごとく輝く、金色の炎がアメリアの手元に生まれる。
その魔法の名は。
「The Sun」
腰だめに溜め込まれた黄金の炎が、アメリアが手を突き出すことによって、その炎を解き放った。
螺旋状に巻かれ、回転しながら放たれたその炎は瞬く間にその灰色の鱗を焼くかと思ったが、二つ目の障壁に阻まれる。
さすが、将軍の一角。
最強の持ち札をここまでぶつけてもまだその牙城は崩せない。
北宮も大魔法を維持するのに魔力がつきかけ、南と勝が魔力譲渡を行なって維持している。
海堂とアメリアもいつまでもあの攻撃を放ち続けることはできない。
ならば決めるのは俺かとちらりと紫紅に視線を向ける。
天照は鉱樹の接続あって使える技。
なので使えず、加具土命では届かない。
ならば、どうするか。
「やりようは、ある」
と悩む間も惜しいと判断し、俺はもう一つの魔法の準備をするのであった。
Side Change
Another side
田中次郎たちが竜王と激戦を繰り広げている中、樹王ルナリアは救援に応えるために緊急招集した部隊を引き連れ、魔王軍が保有する転移門を駆使し現地へと到着した。
「っ!?」
うっと口元を押さえる火澄を咎めることなく。
その惨状に表情一つ変えることなく指示を出す。
「あなたたちはすぐに防衛線の構築を、私は責任者の下へ向かいます」
「「「は!!」」」
着いた先は、前回次郎たちが最初に研修の説明をした里の広場。
そこは前回の自然豊かな落ち着いた雰囲気など欠片もなくなっていた。
簡易テントがあちらこちらに建てられ、そこから見えるのはけが人の数々。
まるで画面越しで見た、野戦病院かのようだと火澄は思った。
「何をしているのです。呆けている暇はありません」
うめき声や、痛みに苦しむ声、それを励まし治療する医者や主婦、そして死んでしまった家族を嘆く親族。
その生々しい光景に茫然自失としていた火澄を一喝するルナリア。
「は、はい」
彼が想像していた現状は、里の者は疲弊をして、絶望に染まり、助けを請う人たちが多いと思っていたが、実情、何をすればいいかわかっている里の者は、誰一人として諦めず、抗い、失い、悲しみ、そして絶望していなかった。
そんな光景で自分は何ができるのだと想像のつかなかった火澄は黙って、ルナリアの後を川崎と一緒に進む。
「ルナリア様、此度の救援まことに感謝いたします」
「同胞を助けることは当然です。族長、時間が惜しいです。私のほうで用意した兵三百を防衛に当たらせました。後続でさらに千二百が救援物資と共に来ます。被害状況と魔物の情報を迅速に伝えてください」
「はい、かしこまりました」
里の防衛を任されていた族長は、ダークエルフの長であるルナリアが現れたことに歓喜し、そして救援がまだ来ることを知り、これでもう大丈夫だと安堵した。
代わりに、ルナリアが連れてきた火澄と川崎を見てなぜここに人間が?と思うも、樹王ルナリアが連れてきたのだから意味があるのだと判断し何も言わなかった。
その流れが、火澄にとって面白くなかった。
彼は彼らを救うためにこの場にやってきたのだ。
ルナリアには感謝し、なぜ自分には感謝の言葉がないんだと。
それはダークエルフ側からすれば理不尽な思想、緊急事態だから仕方ないと割り切った火澄の思想ですら、理不尽でしかない。
「魔物の襲来が始まったのは?」
「はい、三日ほど前からです。その時は里の守り人だけで対処できましたが、翌日から魔物の数が増えまして。今ではこの惨状です」
その様子に気づいているのはルナリアと黙ってついてきていた川崎だけ。
里の存続にかかわる災害に見舞われている族長たちは火澄の様子など気にも留めず、ルナリアの質問に答える。
ルナリア自身も、今は触れるべきではないという思いと、一刻も争うような現状では火澄を気にかける猶予はほぼないと思っている。
なので彼へのフォローは必要最小限でいいと判断した。
「魔物をまとめている存在がいるはずです。そのような個体の目撃報告は?」
「ありません。守り人も精霊も、かなり善戦しましたが、そのような個体の報告は上がってきませんでした」
もし仮に、ルナリアの失態があるとしたら、この情報を火澄に与えたことだろう。
魔物の行動的に、突発的なエサ不足による襲来ではなく、魔物をまとめる個体が現れ、縄張りの拡大に一歩踏み込んだものだと判断したルナリアが情報を求めた結果だ。
この場に居合わせること自体が良い経験だと信じている彼女の思惑とは裏腹に、火澄の勘違いは加速する。
ただ、彼の思考の中には、その個体を倒せばいいのだという短絡的思考の図式が浮き彫りになってきていた。
「不自然ですね」
そんな思考に気づかず、魔物が統率されているにもかかわらず、その首領となる存在が発見できていない。
その存在が慎重派で、姿を見せないのか、あるいは別の考えがあるのかとルナリアは考える。
「………わかりました。では、ひと先ずは防衛に努めます。兵には交代で前線の維持と、魔物を統率する個体の捜索に当たらせます。族長は、里の現状把握とケガ人の治療に努めてください。薬品が足りなければ、部下に伝えてください。後ほど守り人を招集し協力してもらいます」
「わかりました」
話し合いはひとまず終わり、指揮に戻るとルナリアはいい、族長たちも慌ただしく部屋を出ていく。
ルナリアの背についていき部屋を出ていく火澄はギュッと拳を握る。
ルナリアと火澄の考えの違い。
ルナリアは、守勢に努め、時間はかかっても被害を抑え確実に解決に努めようと判断した。
対して、火澄はこの判断に不満を覚える。
広場での惨状を見たからかもしれないが、これ以上の被害を出してはいけないという思想に固執してしまった。
故に、ルナリアの判断をなんて悠長なものだと思ってしまった。
ルナリアの圧倒的な実力を知るが故、なぜ動かないのかと火澄はルナリアに対して疑念を抱く。
それは、ある意味で生まれてはいけなかった小さな火種であった。
今日の一言
上司の判断を理解できるかどうか、それも一種の能力である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




