354 不安から解き放たれた瞬間に、肩に載った荷は下りる
「出来上がった」
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
研究区画の前の待機室で、エヴィアと待つ時間は長くも、時が来ればあっという間に過ぎ去ったようにも感じた。
巨体を揺らし、重みを感じる足音と共に、巨人王は再び姿を現した。
「田中次郎、未知の術に携われたことに感謝する」
「いえ、こちらこそ、助かりました」
すっとその巨腕から差し出される相棒を受け取る。
白くなった相棒の刀身にうっすらと描かれた魔法陣、これだけなら攻防を繰り広げるうちにそぎ落とされそうな加工であるが、そっと刀身を撫でるとわずかに今までと感触が違った。
「魔法陣は我が術によってその刃に刻み込んだ。その武器が朽ちぬ限りその機能を損なうことはないだろう」
その差に気づいたことがうれしかったのだろうか、第一印象は口数の多いとは言えなさそうな雰囲気であったが、武器のことを語る巨人王は多弁であった。
「鉄と語り合うのが我ら巨人族、こちらが槌を振るい語り掛けることによって答えが返ってくることが日常であった。しかし、この刃は自ら語り掛けてきた。なんとも得難き体験であった」
その理由を測るように、俺は巨人王の顔をしっかりと見る。
表情筋という物が軒並み固まっているだろう、岩のような顔立ちの中で爛々と輝く瞳。
それは、俺の相棒の鉱樹と出会えたことに対して興奮しているのだろうか。
「武器屋泣かせと、鍛冶屋いらずと、我が巨人族を真っ向から否定しているかの植物に我は今の今まで興味を持たなかったことを恥じ入るばかりだ。鉄によって良き鉄、悪き鉄があるのは道理、鉱樹もまたその理から外れることもなかった」
いや、この場合は食わず嫌いが治ったと言うべきか?
鉱樹の別名を述べつつ、なぜ触れてこなかったと悔やんでいる姿は、見た目で嫌悪し食べてこなかった食べ物を食べてみて、こんなにもおいしかったのかと感動している人と同じに見える。
「我が生は発見と開拓を繰り返す日々であった。その中でも今日の出来事は、決して忘れられぬ日となるであろう」
そして、彼にしては多弁な語りの締めくくりは、ゆっくりと差し出された巨大な右手だった。
「鉱樹を鍛えし、担い手、田中次郎、知恵と経験を授けし相手に我ら巨人族は敬意を惜しむことはない」
その手をゆっくりと掴めば、その大きさに似合うしっかりとした感触で握り返される。
しかし、なぜここまで感動されるのだろうか?
うちの相棒はちょっとした意思表示くらいはできるが、この職人の極致にいるような存在を感動させるほど多弁ではないはず。
「その鉱樹がある限り、我が武器に関してお前に槌を振るう日は今はないだろう。その武器を超えられる武器を作り出した日には、ぜひとも貴殿に見てもらいたい」
この人、確か魔王軍でもトップクラスどころか、トップの鍛冶師なんだよな?
その人が、なぜ、俺の鉱樹が最高の武器だと言わんばかりの評価を与えるんだ?
話を聞けば聞くほど、疑問符が増える。
俺は単純に、魔力を通して鉱樹を振るっていたにすぎない。
なのに最初とは打って変わっての対応に困惑するほかない。
なぜこうなったか?
と疑問符を浮かべ続け、なんとなく頷くしかない現状を察してか、エヴィアが、横から割って入ってくれた。
「ウォーロック、貴様の言いたいことはわかったが、後にしろ。こちらにも都合がある」
「む、そうか、ならエヴィア、貸しの話は後日、話す」
「そうしろ」
同格に予定があると言われれば、さすがに七将軍と言えど長話はできない。
すっと離された手に安堵し、去っていく巨人の背を見送り、そして。
「助かった。あの人、いつもあんな感じなのか?」
「いや、奴があそこまで固執するのは珍しい、最初は龍骨が混じった鉱樹を珍しいと思っていたようだが。そうではなさそうだ。今は脇に置いておけ。次郎、とりあえず、目的の機能が使えるか試してみろ。奴の腕で万が一はないだろうが、それでも確認はしておけ」
「わかった」
スエラたちを助けるための方法が手に入った今、長々と話している必要はない。
エヴィアに言われた通り、慣れた感覚で鉱樹と接続する。
柄から根が伸び、そして腕に絡みつく。
そして、いつもの感覚で魔力を循環し始める。
「どうだ?」
「………こんなに違うのかって、思うほどだ」
「それほどなのか?」
「ああ、これは、確かにすごい」
そして、確かに違いを実感できるほど、魔力という意味で感覚が違った。
本来であれば魔力を得る過程は、呼吸をしているようにあまり実感はない。
ただ肺に空気を入れ、吐き出す。
その工程がわかり、おおよその量がわかるといった感じだ。
だが、賢者の術式を組み込んだ鉱樹は、大きく異なった。
魔力回復のための動力が二つあると言えばいいのだろうか、腕から魔力を吸収していると言えばいいのだろうか。
普段の倍以上の速さで魔力純度が高まり、そして魔力消費した感覚がない。
いつもなら、純度を高めている最中で多少なりとも魔力を消費する感覚があるのだが、それを全く感じないのだ。
「よし、なら後は私が契約を施すだけか、ちょうどいい。そのまま接続していろ」
「わかった」
その性能を目の当たりにしたエヴィアは、これならいけるかと判断し、一枚の羊皮紙を取り出した。
「それは?」
「スクロールだ。一から術式を展開するには些か制約が厳しいからな。あらかじめ用意しておいた」
それは、魔法を封じた代物。
いわゆる、マジックアイテムと呼ばれるものだ。
ものはピンキリで、その封印に使われる代物次第で効果の有無は劇的に変化する。
エヴィアが用意したものが、安物と思えるはずもなく、エヴィアの強大な魔力がゆらりと動き出し、その羊皮紙に注がれる。
『我、エヴィア・ノーディスが契約の見届け人とならん。我が課す制約を受け入れ、契約を成せ』
エヴィアの声の質が普段と違う。
拡声器のように響くような声なのにもかかわらず、大きいとは思わない。
むしろ、程よい声量だと思えるが、その声に乗る魔力の量が半端ではない。
文字一つ一つに、力があると言わせるほど、ビリビリとくる声。
それにドクンと鉱樹が反応する。
感情的な意味合いで、承諾と伝えると。
『契約の受諾を受け入れる。汝に制約を課す』
ボッとスクロールが燃え、その炎が青色に変色し、そして文字となる。
日本語ではない、かと言って地球人が知る文言のどれでもない。
かと言って、俺が知る異世界の言葉ではなく、あとで聞けば、それは悪魔が契約の際に使用する独自の言語らしい。
その文字がゆっくりと鉱樹に迫り、そしてすっと溶け込むように鉱樹に入っていく。
「ふぅ」
それを見届けること数秒、エヴィアは肩の力を抜くように溜息を吐く。
そして、その様子は先ほどの立ち居振る舞いとは考えられないほど、疲労の色を匂わせていた。
額にも汗を流し、思っていた作業量よりも多かったことを伝えてくる。
「ウォーロックの言っていた意味はこれか………」
その疲労は口調からも感じ取れた。
契約を成したことへの達成感というより、思ったよりも手子摺ったことを嘆いているように聞こえる。
「次郎、お前、とんでもない代物を持っていたな」
「とんでもないもの?」
ジト目と言えるように非難するエヴィアだが、いきなり文句を言われても生憎と心当たりのないことに首を傾げる他ない。
「………その様子では、嘘を言っているわけではないか。はぁ、となるとお前は無自覚でそんな代物を振り回していたのか」
そしてその様子に、今度は呆れたと言わんばかりに大きくため息を吐かれる。
巨人王と言いエヴィアと言い、一体全体なんなんだ?
「その鉱樹、樹齢を数えるのも馬鹿らしいほど年月を隔てている。一種のアーティファクトになっているぞ。本来であれば、王宮の宝物庫にあってもおかしくない代物だ。見た目に騙されたおかげで、余計な魔力を使わされた」
さらに疑問符を浮かべる俺に、エヴィアはもう一度溜息を吐きながら疲れた理由を語ってくれる。
「使わされたって、そう言われてもな」
疲労の原因が鉱樹だと知り、そして契約する際に多大な魔力を消費するほどの年月を隔てた樹齢だとも知るが、買って二年も経たない付き合いでしかない俺にとって、エヴィアに恨めしいと言わんばかりにジト目で睨まれてもどうすればいいか分からない。
「俺もこいつを使い始めて二年と経ってないぞ? 元からそんな樹齢だったのか?」
心当たりを探るも、買ってまでの経歴を思い返しても、それらしいものは思い当たらない。
なので順当な理由を挙げてはみるも。
「そんなことあるかバカ者、一介のジャイアントがそんな代物を手に入れるのも無理だ。加えて言えば、安く見積もっても街一つ買えるような値段の代物、当初のお前が買えるような値段で置くか。ウォーロックは、お前が鍛えたと言っていた。なら、次郎が買ってから樹齢を増すような出来事があったはずだ」
「樹齢を増すって、ことは、年齢を増すってことだから………」
一刀両断でそれはあり得ない、と言われ、そして巨人王の言葉をヒントに導き出される答えを考える。
だが、冷静に考えて、相棒と一緒に年齢を重ねていけばエヴィアの言う樹齢の前に俺はとっくの昔にくたばっている。
なので、パッと思いつかないのだが………
「………もしかして」
「何か心当たりがあったのか?」
「いや、可能性としてこれしかないとしか言いようがない」
過去にヴァルスさんと契約する際に、とある空間に閉じ込められた。
確かそこは有限を取り払った時空の牢獄だったはず。
「ただ、そこで過ごした時間と、鉱樹の成長具合が重なっているとはとても思えないんだが」
「………時間経過と成長具合が合わない、か。まぁいい、良質な魔力を送れるのなら問題はない」
しかし、そこで過ごした時間は、エヴィアの言う樹齢を指す時間ではないと判断し、違うと思っていた。
感覚的にかなり長い時間としか言えず、正確な時間はヴァルスさんなら分かると思うが………
「そうだな、今は」
「ああ、掴まれ、転移するぞ」
そんな調査は後回しでいい。
今はスエラだ。
準備が整ったのならと俺とエヴィアはスエラのいる処置室に向かう。
俺がエヴィアの肩に手を置き、それを確認した彼女は瞬く間に移動してみせる。
景色が変わり、目の前にはスエラの処置室の扉があり。
「エヴィア様!」
「状況は?」
「はい、まだ危険域には到達していませんが、徐々にその方向にいっている状態です。おそらく早くて数時間、遅くとも半日ほどで」
「そうか、対応策を持ってきた、入るぞ」
「は、はい、では浄化作業を行います」
先に隣の部屋に入り、そこで監視していた女医と会う。
部屋には彼女以外の医者や看護師が常駐していて、中に入って真っ先に対応したのが先日会った女医であった。
対応策、という言葉に驚きこそすれど、これで人が助かると言うのならと、彼女は迷わずエヴィアと俺に浄化魔法と結界を張り、中に入れてくれる。
俺が右手に握っている鉱樹を見て、いったい何事かと、周囲の医療関係者たちが見てくるが、説明は後回しだ。
その視線の意味合いには同意する。
病院に武器を持ち込めば確かに何事かと思うだろう。
「手を出させろ」
「はい」
変わらず浴槽に浸るスエラの顔色は、ダークエルフ特有の肌の色でも悪く見えた。
心なしか頬が細くなったか。
浴槽から上げられた腕は細くなったか。
俺の誤認識かもしれないが、つい数日会わなかっただけで、生気が抜けたような気がする。
これが、魔力欠乏症かと思うも、浴槽から上げられた手を看護師が拭き、そして別の看護師が持ち込んできた台の上に横たえる。
「地面に刺しても?」
「仕方あるまい」
その台の横に立ち、そして、エヴィアの許可を取り俺は地面に鉱樹を突き刺す。
そして。
「頼むぞ、相棒」
魔力を流す際に、根をスエラの腕に伸ばしてくれるように頼んだ。
鉱樹のコアがわずかに明滅し、そして普段であれば、俺の手に巻き付く根が、スエラの手に巻き付く。
そして、ドクンと鼓動が響くような音が周囲に鳴り、そして。
「なんだ?」
「鉱樹が、光っている」
「! 室内の魔力濃度を最大まで上げろ!!」
「え?」
「急げ!!」
仄かに鉱樹が白く光り始め、その変化に医師たちが戸惑っていると、わずかな魔力の流れの変化に気づいたエヴィアが即座に対応した。
それは数秒の出来事だった。
「すごい」
「まさか、これほどとは」
空間の魔力濃度が一気に跳ね上げられたのにもかかわらず、体感している魔力の濃度は若干薄くなっている。
つぅと俺の頬に冷や汗が流れるのは目の前の光景に唖然としているからだろう。
隣から聞こえてくるエヴィアの声も僅かに震えていた。
目の前に生み出されている、魔力の渦。
その中心に鉱樹があるのだが、それだけの魔力がスエラに供給されているのが可視化されていると思うと、彼女はどれだけの困難に立ち向かっていたのかと思わされる。
時間にして、十秒か、それとも一分か。
劇的な変化は徐々に治まり、そして魔力の渦が掻き消えた先にあったのは。
「成功、か?」
「した、はずだ」
嵐の過ぎ去った後の静けさ。
あれだけ迫力のある光景を見せられたのに、それが続くようなことはなく。
気持ち魔力濃度が薄い空間が残されただけ。
「………っ」
「スエラ!」
その空間に響く声の持ち主に気づき、俺は浴槽の脇に駆け寄る。
「………」
体をわずかに捩らし、ゆっくりと目を開く彼女の顔を見て。
そして。
「じろう、さん?」
視線が交差し、スエラの口から掠れながらも呼ばれた俺の名に。
つい、涙腺に緩み涙が浮かぶ。
「………残り時間一時間か、無理を通したな」
その後ろでそっと腕時計を見たエヴィアは、周囲にいた医師たちに指示を出し。
そっと口を開く。
「よかったよ、スエラ、貴様が無事で」
その顔を俺は見ることはなかったが、あとでスエラに聞いたとき。
とても綺麗な笑顔だったと、彼女は語っていた。
今日の一言
緊張から解き放たれる瞬間、全身の力が抜けそうになりませんか?
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




