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353 努力した甲斐はあったと、思うのは、ふとした拍子だ

「鉱樹を使った術式か、良く見つけたものだな」


 エヴィアが感心しながら眺めているのは、アメリアの中の賢者の書庫で見つけた一冊の本を一部書き写した物。

 ほぼ直感めいた何かに従い覗き込んでみたら、まさかの大当たりだった成果だ。

 鉱樹を第二の魔紋にし、持ち主の魔紋と新たに生まれた魔紋を通じて二倍以上の魔素を吸収しえる環境を整えるという発想。

 加えて、反動は最小限ときた。

 デメリットとしては、使用者に接続できるほど成長した鉱樹を生み出す方法が確立されておらず、理想の武器ではあるが、作り出すことが困難だということ。

 しかしそのデメリットは、俺にとってはあってないようなもの、使用方法も、魔力を回復するという共通点があるため問題ない。

 記録し終え、飛び起きるように起き上がった俺に驚いたメモリアには申し訳ないが、一も二もなく駆け出す。

 エヴィアのもとに走った俺が持ち寄った紙をエヴィアはじっと、眺め沈黙が訪れる。


「………」

「どう、だ?」


 アポはいつでも入れられるように時間調整してくれていたおかげで、すぐにエヴィアに会うことができた。

 そして、見つけた資料を手渡し、その術式を精査している。

 その沈黙に緊張し、のどが渇き始める頃、ダメかと思いつい聞いてしまった。


「いや、理屈、理論、どの観点から見ても問題はない。これなら」

「なら!」

「落ち着け」


 ダメなら再び、アメリアのもとに戻らねばならないと焦っていた俺は、エヴィアに方法は問題ないと言われつい喜びの感情を表に出してしまう。

 それを、彼女は咎めた。

 なぜ、と問う前に、エヴィアは、その理由の説明をし始めた。


「術式、方法、性質、そのどの理論にも穴はない。確かにこの方法なら、スエラを助けられる。それができるであろう、鉱樹もあるにはある。だが、冷静に考えろ。次郎、お前の持っている鉱樹は普通の鉱樹か?」


 机上の空論になるが、エヴィアの見解で問題なく作用できると判断した。

 それ自体は良かったが、その鍵となる鉱樹、それの状態を俺は思い出した。


「龍の骨」

「そうだ、あの鉱樹は、本来であればあり得ない龍骨、それも古代龍の骨を吸収している。その影響は、次郎、お前のほうがより理解できるだろう」


 俺の鉱樹は確かに使用者と接続することができる。

 そして、見つけた術式を鉱樹に刻み込めば、その理論を実施することができる。

 だが、それは『アドサエルの杖』の方法。

 俺の鉱樹の方法ではない。

 俺の鉱樹は独自の進化を辿り、似たような性質を持ったに過ぎない。

 アドサエルの杖に古代龍の骨が組み込まれていたという記述などないし、鉱樹との接続は龍骨を吸収する前にできていた。


「………問題は龍骨による体質変化、か」

「それだ、お前の体内に流れている血はすでに人間のものではない。いや、元はお前の血であるが、鉱樹が吸収した龍骨により、人間と龍の混じりモノとなっている。そう体を作り替えた時、お前の体への負担は想像を絶するモノだっただろう?」


 すっと、差し込むように指摘された言葉に、俺の眉間にしわが寄る。

 龍骨の差が、ここでスエラの体へどのような負担がかかるかがネックになってきた。

 本来であればこの話を持ってくる段階で気づくべき箇所。

 問題点を挙げたエヴィアの言葉に、俺の考えが足りなかったことを自覚する。


「妊婦には、耐えられる負担ではない………」


 スエラが持たないのなら、胎児も同様だ。

 それはすなわち。


「そういうことだ」


 この方法では意味がないということ。

 それを冷静にエヴィアは頷く。


「クソっ!」


 同じ機能があったらと言って、同じようなことはできない。

 それを証明され。振り出しに戻ったかと思いついに苛立ちが表に出てしまった、少し心が折れそうになったのも重なったのだろう。

 ギュッと握りこぶしに力が入る。


「落ち着けと言っただろう」

「?」


 だがと、ロスした時間を取り戻そうと心を震わせたとき、慌てるなと、エヴィアは少し呆れたように言った。


「お前の努力がすべて無駄になったわけではない。私からすれば、解決の糸口は見つかったと思っている」

「それは、どういう」


 大丈夫だと言ったりダメだと言われたり、俺の頭が混乱し始めた。

 普段であればもう少し冷静でいられただろうか?

 そんな雑念も混じり始めた。


「お前の鉱樹を『直接』使ってはダメなら、その間に挟めるものを作ればいいだけのことだ」

「だが、それでは直接魔力を送れないんじゃないか?」


 発想の転換だ、と言うエヴィアの言葉を疲れた脳で必死に読み解こうとする。

 鉱樹は使用者に根を張ることによって、使用者へと直接ラインをつなぎ、魔力を行き来させる。

 そこにフィルターみたいなものを挟めば、直接魔力の行き来はできなくなりその効果が発生しなくなる。

 それが分からぬエヴィアではないはず。

 頭上に疑問符が浮かびそうなほど首を傾げた時、エヴィアは仕方ない奴だと溜息を吐く。


「たわけ、私の種族を忘れたか。契約に関することであれば、右に出るものはないと言われる悪魔だぞ」

「!」


 盲点だった。

 そして、エヴィアの言いたいことがわかった。


「物理的に間に挟めば、確かに鉱樹の特性は活かせない。だが、物理的に挟めぬのなら、魔法を挟むまで。契約魔法でお前の鉱樹の機能の一部を一時的に制限すれば、先ほどの機能も十全に発揮できる」


 本当に、俺の周りの女たちは有能すぎる。

 ニヤリと笑い、ひらひらと俺が渡した術式を揺らしながらいたずら心を匂わせる笑みは、久しぶりに見た気がする。

 誰しもが鬱屈とした空気の中で過ごし、笑うとしても苦笑のような、儚げな笑みばかり。

 そんな空気に差し込んだ一筋の希望は、今だけ、エヴィアにいつもの調子を取り戻させた。


「面倒な術式構成は、できているのが幸いした。一から組んでいたらおそらく間に合ってはいない。だからと言って、時間に余裕があるわけでもないがな」


 トントンと腕を組みつつ、右手の人差し指でリズムを取り、エヴィアは頭の中で色々と段取りを組んでいるのだろう。


「………ギリギリか、だが、やつなら間に合う、か」


 そして最後にトンと腕を叩いた瞬間、彼女の中でのスケジュールは組みあがる。

 覚悟を決めたという顔をしたエヴィアの行動は早かった。


「次郎! お前は鉱樹を取りに行ってこい、それを持ち、次に研究エリアまで走れ。そこのお前、巨人王にコンタクトを取れ! ヤツが一番腕がいい、私の名前で借りを作らせてやると言えば問題ない! 時間に猶予はない、急げ!」


 そして、決まれば即行動が魔王軍の掟。

 俺はダッシュで、エヴィアのもとを去り、鉱樹を取りに駆け出す。

 すでにタイムリミットの百二十時間の内百時間は使ってしまっている。

 残り時間は、一日もない。

 その残り時間で、鉱樹に術式を付与し、スエラがつかえるように契約を施さなければならない。

 作業にどれくらい時間がかかるかは、俺にはわからない。

 だが、これがラストチャンス。

 もし無理だったらと、弱気な思考が心の底から、ムクリと起き上がってくるも、それを振り払うように駆ける脚にさらに魔力を流し込み、加速する。

 社内を走るなと、注意する声を背に受け、それでも加速する。

 長い時間、そう、限りなく長い時間をわずかな休みで無理して、使い込んだつけか。

 時空の精霊、ヴァルスさんによって加速した時間で過ごした疲労が蓄積し、ポーションを使った無理な魔力なの回復方法で、体のあちこちに異常がみられる。

 体が鈍いのはもちろん、魔力の流れも悪い。

 十全と言えない肉体を、もう少し、もう少しだからと、願いを込めて魔紋に魔力を流し、十全に動かす。

 今も苦しみながら、生きようとしているスエラのために。

 その苦しみを喜びに変えてやるために、俺の足は最後の踏ん張りを見せる。

 ズザササと車が横滑りしドリフトしたような音を地面に響かせながら、オフィスに入り、パーティールームに駆けこむ。

 皆何事かと、俺を見るも、説明しているよう余裕は精神、肉体、ともにない。


「メモリア」

「!」


 ただ、一つ、鉱樹を掴み、未だ調べ物をしていたメモリアを呼び、グッとサムズアップだけして、俺は再び一陣の風となる。

 研究区画までの道のりがこんなにも遠いと思ったことはない。

 時間にして、ここまでで数分とかかっていないだろうが、それでも、時間加速状態にあったからか、それとも精神的に焦っているからか、一秒がとてつもなく長く感じる。


「待っていたぞ」


 研究区画前で、大柄という言葉でも足りない、巨人族の男の隣にエヴィアはいた。

 俺を視認し、駆け込んできたのを見て、視線は俺から隣の巨人へと移る。


「見せろ」


 その巨人を俺は知っている。

 入社式の時に一度はっきりと、そして、その後にも度々、遠目であるが、その存在感を醸し出していた。

 ハンズたち巨人族の王。

 巨人王、ウォーロック。

 その巨大な腕を差し出し、見せろというのは何を示しているのかはすぐにわかり。

 エヴィアを見ることなく、俺は手に持つ相棒を差し出す。

 俺に合わせた柄は、巨人王の手には小さく、まるで短剣を持つように、その刃に目を走らす。


「………」


 じっと何を見定めているのか、巨大な岩山のように圧倒的な存在感を放ちつつも、微動だにせず、俺の鉱樹を眺める。

 そのことに対して、エヴィアは何も言わず、俺も自然と口を噤む他なかった。


「………いい品だな。よかろう、エヴィア、貴殿の依頼受けよう」


 そして、微動だにしなかった大山が動き出す。

 一度瞬きした後、俺を見ることなく、エヴィアを見て口を開いた。

 ズシリと重い、重低音な声質、職人の頂にいるような頑固さを具現化したような声。

 その声が、鉱樹を褒めたかと思えば、さっさと話を進め。


「人間、名は」


 そして、その声は、エヴィアの回答を待つことなく、俺に向けられた。

 その巨体に見合う、威圧を放つ重々しい声は、何事も見通しそうな深い瞳と共に向けられる。


「田中次郎、です」

「タナカジロウ、覚えたぞ。ここまで鉱樹を鍛え上げた貴様に敬意を表する」

「は、はい」


 どことなくマイペースなのは職人気質ゆえか。

 緊迫した状況で、褒められ、はいとしか返せなかった。

 その返事を聞いた巨人王は満足気に頷くと、研究区画に入っていった。

 俺は、一体全体なんだったのだと、確認するかのようにエヴィアを見れば、クツクツと笑っていた。


「頑固者の巨人王にああまで言わせるか、お前は本当に見ていて飽きないな」

「俺、褒められたんだよな?」


 なんだか、さっきのやり取りで気が抜けてしまい、つい、疑問形でエヴィアに聞けば、彼女は『ああ』と頷き肯定してくれた。


「奴は、武器や武具を通して、その存在を見る。大抵の存在に奴は見向きもせん。そこいらの石ころのような存在だ。だが、お前が育てた鉱樹を見て気が変わったのだろう」


 満足気に笑みを見せた後、真剣な顔に変わったエヴィアは続けて口を開く。


「正直、賭けではあった。奴を呼びだすことは私でも可能だが、奴に確実に腕を振るわせられるのは、魔王様のみだ。だが、魔王様でもやる気をもって腕を振るわせるのは難しい」


 正直、分の悪い賭けだったとエヴィアは言う。


「奴は、ウォーロックは、生粋の職人だ。将軍という地位に納まっているが、本質は鍛冶師そのもの、武器を鍛える過程で、武術を極めた変わり種だ。その武具を鍛える腕は、魔王軍に於いて右に出るものはいない。次郎の鉱樹に確実にそして迅速にあの術式を組み込ませるのなら奴を置いて他にはいない」


 すっと、俺を見ていた視線は、先ほどまで立っていた巨人王の背を追うように、研究区画へと向けられる。

 俺も視線を追うようにそちらを見れば。


「それほどの腕ゆえ、奴は地位も名誉も金も、女も見向きもしない。あるのは、その腕を見込んだ魔王様への忠誠心と、究極の武具を完成させる探求心。巨人王として君臨しているのはあくまで忠誠心がなしているからだ。それがなければ、どこぞの工房で今も槌を振るってただろうさ」


 変わり者、というよりは個性が尖っている集団の中でもひときわ目立つ指折りの存在だというのがエヴィアの説明で分かった。

 だが、賭けという部分がイマイチ理解できなかった。


「………一つ聞いていいか?」

「なんだ? 奴の仕事が終わるまで、私も暇になる。答えられるものなら答える」

「なぜ賭けなんだ? 聞いた感じ、職人であるのは間違いないんだろうが、同格のエヴィアが借りを作るって言ってまで呼び寄せたんだ。断るという選択肢があるほど、報酬が安いとは思えない」

「言っただろう、奴の中で占めているのは、忠誠心と探究心だと、奴に情などない。お前の鉱樹が不出来だと評されれば、まず間違いなく、今回の依頼は断られていた。そして、タイムリミットに間に合わせられる腕を持っているのは、あいつのみだ」

「!」

「正直に言えば、奴以外に私は借りなど作らん。他の者に作れば、致命傷になるものでも、奴だけはある意味で安心して借りを作れる。それだけの信用があるが、逆に言えば借りを作るのにすら苦労するのが奴だ」


 聞けば、借りと言っても、巨人王が作ろうと思う武器の材料を融通するだけで済むらしい。

 その値段は聞くのも怖くなるほど高価な代物がずらりと並ぶらしいが、他の将軍の借りと比べればだいぶ安いらしい。

 普段、なんだかんだと言って連携を取るが、それはあくまで同格だから。

 少しでも下に見られればこの世界で生きていけないのが実力主義の魔王軍。

 スエラを助けるためとはいえ、時には情をも捨てる。

 それが、魔王軍。

 非道な面も確かに存在すると、エヴィアは俺に忠告してきた。


「次郎、お前の周囲の関係に何かを言うつもりはない。私もその関係に組み込まれているからだ。だが、この関係を維持したければ、自身の価値を上げ続けろ。そうすれば、今回のようにお前の周囲を守ることに繋がる」


 でなければと続ける彼女に、俺は笑って答える。


「そんなこと、百も承知だ」


 ここは綺麗な話でまとめられる、勇者一行の一団ではない。

 極悪非道で語られる魔王軍。

 火のないところに煙は立たない。

 ならば、そんな側面も確かに存在するだろう。

 だが。

 それを承知で俺は今この会社に居座っている。


「もう少しで、スエラが助けられるって言うんなら、いくらでも価値を上げてやるさ」


 矢でも鉄砲でも持ってこいと笑ってやれば、やれやれとエヴィアは肩をすくめる。


「なぁ次郎」

「なんだ?」


 そしてニッと笑った俺は、エヴィアに呼ばれ、その顔を見る。


「私が、もし、スエラのようになったら――」

「助けるよ」


 そして、わずかに不安をにじませた彼女の言葉を食い気味に答え。


「エヴィアを助けられるくらい、価値を上げてな」


 冗談交じりに本気を伝えると。


「そうか、それなら」


 それを聞いたエヴィアは、ふっと安心したと口元に笑みを浮かべ。


「私もこの後の仕事に全力で打ち込める」


 後の工程を確約してくれた。


 今日の一言

 努力が報われると、どうしようもなく嬉しくなる。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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[気になる点] ジロウさんの魔力も吸収した結果、種族ダークエルフじゃない子も生まれてきたりして・・・ [一言] ま、親は苦労してもその分、子供は可愛ければそれでいいのさ。
[良い点] やっぱ鍛冶師は頑固じゃないと [一言] この鉱樹の魔力譲渡の技術、これまでは妊婦が魔力を取られるのを防ぐために、魔力適正が高い男と低い女では妊娠できない、結婚できないかもしれなかったものを…
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