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349 仕事が手につかない時に、支えてくれる人がいると感謝しかない

「ちょ、ちょっと次郎君どこ行くつもり!?」


 スエラが倒れたと、聞いたとたんに体が動いた。

 考えるよりも、先に反射的に動いた結果だ。

 しかし、俺は駆け出そうとしたが、ケイリィさんが俺のスーツの裾を掴み、ストップをかけてきた。


「っ!? スエラはどこに!?」


 そして、ケイリィさんの言葉にハッとなる。

 確かにその通りだと、納得することもできず、冷静でいろと頭のどこかで訴えているも、直感めいた何かがその発想を封殺していた。

 ただ、スエラのもとに駆けつけねばという衝動のみが、俺の胸を焦がす。


「施術室って、言ってもわからないか! 案内するからついてきて!」

「………」


 一刻も早く、その場に駆けつけねばとケイリィさんの先導に続き一歩、踏み出す。

 しかし、社会人としての常識が一瞬だが、俺をその場に縫い留めた。

 引継ぎはしたのか、仕事への指示は出したのか、そんな社会の歯車としての発想や、お前は管理職だという責任感が、俺の足を重くした。

 どうしたのと言わんばかりに、俺の顔を見るケイリィさん。

 そして、咄嗟のことでどう仕事を優先すればいいかわからない俺の頭の中はグチャグチャだ。

 どうすればいいという順序だてた思考ができず、早く移動せねばという感情と、社会人としての常識がせめぎ合って冷静さを欠く。


「何やってるんすか先輩!」

「海堂?」


 戦闘中であればこんな迷わないのに、なぜ俺は立場とスエラを天秤にかけていると、苛立つ思考を吹き飛ばしたのは後輩の声だった。


「ここは俺に任せるっす! 大丈夫っす! 今日は不幸な男、海堂忠! 先輩の一大事なら、そんな不幸くらい撥ねのけてやるっすよ!」


 どんと胸を叩き、大丈夫だという言葉。

 俺はその言葉とニカっと笑う笑顔に背を押された気がした。


「助かる! あとは任せた!」


 そうなれば俺の中の思考の天秤は、あっという間に仕事を放り投げるという、社会人としての愚行を選ばせた。

 この競争社会の魔王軍において、俺の行動や選択を笑う輩もいるだろう。

 俺が仕事ではなく、一人の女を優先したことを陰で喜ぶ輩は少なくないかもしれない。

 だが、ここで仕事を選んでいたら、間違いなく俺は後悔するだろう。

 そんな事実を理解してくれる後輩が一人いてくれて助かった。


「ついてきて!」

「はい!」


 そのやり取りから結果を見て駆け出すケイリィさんについていき、オフィスを出た後はエレベーターに乗らず階段を駆け下りる。

 俺たちクラスになると、エレベーターを待つよりも、階段を駆け抜けたほうが断然早い。

 途中、体力に自信があったり、エレベーターを待たない魔王軍の社員たちを、時には上を、時には横を、時には壁を走り避け、駆け抜けていく。

 いったい何事かという視線など、眼中になく、今は一分一秒が惜しいと言わんばかりにただ、ケイリィさんの背中を追う。

 そのまま先導され、普段は通らない道を進み、一つのエリアに入り込む。


「ここは、重患者用のエリア。テスターの人たちが重篤になったときに万全に治療できるエリアなんだけど、一応私たちも使えるの。スエラはこの先にいるわ」


 まっしろな壁は病院を連想させる。

 この場所の説明はたぶん覚えているのだろうが、それよりも彼女の安否のほうが気になる。


「スエラに何が」

「わからないわ。ヒミクさんの話だと、急に倒れていきなり意識がなくなったらしいの。そのまま顔色が悪くなって彼女が回復魔法とかかけ続けながら搬送されたって話らしいけど、詳しい状況は私も知らないわ」


 ヒミクがそばにいてくれて助かったと、感謝しつつも、スエラのことに関して何もわかっていない。

 そのことに対し、何もできないことに対して理解できているのに納得ができない。

 不安なのだ。

 男はどっしり構えていろとよく言われるが、出来る人はすごいと思う反面、なぜできると疑問が出てくる。


「予想は」


 そんな不安を少しでも打ち消した思いで、ケイリィさんに問いかけるも、口調は自然と荒く、そして単純になってしまう。


「ざっくりと聞いた話だと外傷といった怪我類はまずないわ。あるとしたら病といった内側の症状だと思うけど」


 苛立ちをぶつけるようになってしまっていることに、彼女は嫌な顔一つせず、先導しながら情報を整理し、俺に伝えてきてくれる。


「スエラは最近定期的に医務室に通っているわ。その時の診察で病気とかは見つかるはず。妊娠して外の世界にも出てないから、私たちの把握していない感染症のケースもない

と思う」


 確率は全てゼロではない。

 しかし、その数字に近づけるためにスエラは健康管理には気を割いていた。

 だからこそ、俺も安心して経過を見守っていた。

 なのに、その矢先に起きた何かが、俺の不安を掻き立てる。


「っ!」


 クソと叫びたいが、ここは病院、どうにか理性によってその衝動だけは抑える。


「そんな状況から何かが起きてるか、って予想すると門外漢の私にはお手上げ、本職の人がどう診察するか結果を待ちましょう」


 そして、先導していたケイリィさんは、その憤りを理解しているのか、落ち着いてと優しく肩を叩いてきた。


「………はい」

「大丈夫そうね、それと目的地に着いたわよ」


 一度深呼吸をし、表情は明るくなりはしなかったが、多少は冷静になれたと思う。

 そう認識しないと、不安に押しつぶされる。

 それを理解していた俺は可能な限り、感情を削ぐ。

 戦闘での不安とは違うジャンルの感情に翻弄されるも、ケイリィさんが連れてきた場所は手術室みたいな扉の前だった。


「当然、まだ終わってないようね」


 その扉は固く閉ざされて、開く様子はない。

 連絡が来てから走ってここまで来て、そのわずかの時間で回復していればと淡い期待を抱いていた。

 駆けつけてみれば、前みたいに大丈夫だと笑ってくれる彼女がいてくれると願っていた。

 しかし、出迎えたのは静かに閉じる扉だけ。

 扉にはでかでかと関係者以外立ち入り禁止の文字。


「ヒミクさんが一緒にいたって聞いたけど、いないわね。場所はここで間違いないはずなんだけど」


 その扉が万物を跳ね返す難攻不落の城門のように見えてしまい、俺は立ち尽くすしかなかった。

 しかし、隣にいたケイリィさんだけはいない人物を探すように辺りを見回す。


「ヒミク?」


 彼女が口にした、知っている女性の名前を聞き、そして直前まで一緒にいた存在だと認識した俺も、周囲を見回すが特徴的な彼女の姿は見当たらない。


「ええ、まさかそのまま施術室に入ったとは思わないし、だったらここにいてもおかしくないんだけど」


 ケイリィさんととスエラは長い付き合いだと聞いている。

 スエラが親友と言っていたことも記憶にある。

 そわそわと落ち着きなく見渡すのは、彼女も不安に駆られているからだろうか?

 気丈に振舞い、そして冷静に現状を伝えてくれている彼女も、俺と同じだと思うと少しだけ安堵できた。

 そんな時、小さな足音が遠くから聞こえてきて、その音と音の間隔から、小走りでこちらに向かっているのがわかる。


「メモリア」

「スエラが、倒れたと聞いて、大丈夫なんですかっ!」


 そして、俺と視線が合った途端、俺にめがけて駆けより、胸元に縋りつくように詰め寄ってきた。

 その顔は普段感情の起伏の薄い彼女からしたら、異常と言えるほどのはっきりと感情を表していた。

 不安。

 ただ、その一言で表せられるほど、彼女の表情は染まっていた。

 店を放り出してまで、駆け付けてきてくれたことにうれしさを感じつつ、それでも、ギュッと俺の服を握るその手が震えていることに、気づく。


「わからない。俺もついさっきケイリィさんが知らせてくれて」

「っ、そう、ですか」


 そんな彼女に伝えられる言葉がないことが歯がゆい。

 そしてそんな言葉を受け止めたメモリアは瞳に不安という感情をにじませたように目尻の端に涙が浮いていた。

 俺の顔を見上げていた彼女は、一回顔を俯かせ、そして冷静になろうとする。

 その結果、そっと俺から一歩引き離れるも、右手だけは俺の服の裾を握って離さない。

 俺もそのことに対して指摘せず、したいようにさせている。

 むしろそのままでいてほしいと思った。

 メモリアが隣に来てくれて不安を共有できて、多少精神の安寧を得たからだ。


「………」

「………」

「………」


 そんな状況の変化の後に生まれたのは沈黙、励まし合うこともできず、黙って三人で扉を前にして立ち尽くす他ない。

 備え付けの時計など見る暇もなく、かと言って気を紛らわせるように会話をするまでもなく。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 せめて邪魔にならないようにと壁際により、三人で並んで立っているも、ただ静かに待つしかなかった。


「「「!」」」


 静かに待っていた、空間に音が響く。

 それは、扉が開く音であり、中から誰かが出てきたという証。

 自分の持てる最速の反応で、誰が出てきたか見てみれば。


「エヴィア、ヒミク」

「揃っているな」

「主」


 スーツ姿のエヴィアと割烹着姿のヒミクだった。

 先にエヴィアが出てきて、その後に疲れた表情のヒミクが出てきて、俺たちに気づいた形だ。


「スエラは!」

「落ち着け、説明する」


 思わず駆け寄り、問い詰めようとするが、エヴィアの鋭い視線がそれをさせない。


「当面の問題は解決した。しばらくは大丈夫だろう」


 そして、俺が足を止め、一回深呼吸をしたタイミングでエヴィアも一回溜息を吐き、表情を緩め疲労の色をにじませたものに変え結果を伝えてきた。

 しかし、それは俺たちに安堵を与えてくれるものではなかった。


「当面ということは」

「ああ、未だ予断は許さん状況だ」


 峠を越えたというわけではなく、命をつなぎとめた。

 そういう意味でエヴィアは俺にその言葉を伝えてきた。

 メモリアの手に力が入り、ギュッと裾が引っ張られる感覚も、抱きしめるように腕を組んでいたケイリィさんが息をのむ声も伝わってこない。


「今回ばかりは次郎の拾いモノに感謝するほかないな。もし仮に、この堕天使を拾わずにいたら、この報告も変わっていた。後で労ってやれ、施術室に運び込み準備が終わるまでずっと回復魔法をかけ続けていた。それがなければ………」


 少しでも、場の空気を和らげようとしたエヴィアの気遣いも、そう言われ普段なら褒めてと胸を張るヒミクが力なく下を向いては意味がない。


「………エヴィア、スエラの身に、いったい」

「………魔力欠乏症、端的に言えばその一言に尽きる」


 ヒミクの無言の態度にこの場の空気はより一層重くなり、スエラの容体が芳しくないのは明白。

 俺は意を決してスエラの身に何が起きたかを聞いてみれば、エヴィアは一旦目を閉じ、そして数秒経過した後、病名を口にした。


「そんな! ここはエヴィア様のダンジョンの中、魔素が足りなくなることなんてありえない!」


 そして、その病名に対して異議を唱えるケイリィさん。

 魔力欠乏症。

 すなわち体内に取り込んでいる魔力が足りなくなり、生命の維持管理が難しくなっていること。

 主に、社外にでた魔王軍の面々に起きうる症状だが、この会社の中でそれが起きることはまずありえない。


「………ベィビィ・ドレイン、ですか?」

「そうだ」


 俺もそう思っている時、メモリアがポツリとその言葉を口にした。

 そして、エヴィアもその言葉を肯定する。


「ベィビィ・ドレイン?」


 しかし、聞き覚えのない俺からしたら何を意味しているのか分からない。


「ベィビィ・ドレイン。胎児が妊婦から魔力を吸収する現象のことよ。これは、胎児がある程度成長して、魔力適性が定まったときにはじまる、子供が生きて成長するために必要なこと」

「?だったら、なぜ、スエラが倒れて」


 それがあったかと、俺を見た後、ケイリィさんはベィビィ・ドレインに関して教えてくれる。

 だが、その内容は彼女たちからしたらごく当たり前の行程。

 いわゆる、子供がへその緒を通じて栄養を得る行為に等しい。

 それがなぜ、スエラが倒れるほどの結果につながるのか。


「平時なら特段問題は出ない。だが、例外というのは常に存在する。父親が母親よりも高い魔力適性を持っている場合、母体よりも魔力適性の高い子供が生まれるケースがある」


 スエラの魔力適性は六、変化する前、俺が適性八だったころと比べても少ない。

 その理論でいけば、六と八を足して十四、割って七、といった感じで平均値でも子供がスエラの適性値を上回ることは十分にあり得る。

 ケイリィさんの説明を引き継ぐように、エヴィアが話す内容にもおかしな部分はない。

 それがいったいどういう意味があるのか、今回の出来事とどう繋がるか、考える。

 魔力適性というのは、魔力をどれだけ溜め込めるかという、云わば、器のようなもの。

 そして、スエラたち魔王軍は種族問わず魔力と密接な関係がある。

 それが魔力欠乏症と関係するのか。


「………子供が欲する魔力量が母親の魔力量を超えてしまっている?」

「そういうことだ。だが、スエラの魔力量は魔王軍の中でも、優れている部類だ。たとえ次郎の初期適性の八でも、多少貧血を起こす程度で済むはずだ。その上の九でも苦しくなるが補助すればここまでの症状には陥らない」

「それならなぜ………まさか」


 それを予想し答えてみると、的は射ていた。

 しかし、エヴィアの話を聞くと一定のラインまでは大丈夫という保証が出てくる。

 だが、その結果には収まらなかった。

 そこに疑問を覚え、少し考えるとおのずと結果が見えてくる。

 俺の母親の魔力適性は十。

 その先祖返り的な遺伝子効果で仮にそれが備わって、子供に与えられたとしたら。

 彼女とお腹の中の子との適性差は四。

 勇者や魔王と呼ばれる存在。魔力適性十の子供がいるのか?


「………その、まさかで済んでいれば、まだ手の施しようはあった」


 しかし、エヴィアは俺の予想は違うと言う。

 むしろそのほうがまだマシだと言う。

 さらに、その先があるのか?


「っ! 双子! まさか、スエラの子供は双子ですか!?」


 その時、ケイリィさんが気づき、叫び声に近い声量でエヴィアに問いただし。


「ああ、診察の結果、元来子供ができにくく多胎児になればさらに希少なケースになるダークエルフ。珍しいと一言で済ませられない。双子の高魔力適性保持者の子供だ」


 その事実を聞き、俺が認識、把握した瞬間、ぐらりと世界が回ったような気がした。

 ゆっくりと頭の中でエヴィアの言葉がリフレインし、その意味を把握した。


「それって」

「ああ」


 一人でも生活に支障が出るレベルの負担が出る高魔力適性の胎児、それが二人となれば、その負担は単純計算で倍。

 今、スエラは二人分の赤子の魔力を補い、自身の生命維持に必要な魔力を補おうとしている。

 実質三人分の魔力を必要としている計算。


「俺たちの子供が、スエラに負担を強いている?」

「優しく言えばそうだな」


 否定したい気持ちが、俺にとある一言を紡がせない。

 認めたくない、信じたくない、そんな感情でぐちゃぐちゃになりながら、壁に手を突き、暗く落ち込んだヒミクと、絶句しているメモリア、そして。


「認めたくない気持ちは理解できる、だが」


 悲しみと苦しさを押し殺したような表情で、エヴィアは厳しくも俺に告げる。


「決断する覚悟は決めておけ」


 その一言で俺は壁に背を預け、ずるずると座り込むのであった。



 今日の一言

 非常事態に、支えてくれる人の有無は公私ともに重要。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中々、このあらすじを選んだ作者の意図が読めませんね。ですがバッドエンドだけはやめて下さいね!
[一言] いきなりシリアスな展開になってきましたね。 スエラさんは出産が近かったのではないですか? ここにきて双子と判明とは! ここは、次郎の魔力を注ぎ込んで頑張るしかない! 何としても、スエラさんを…
[一言] これは次郎の嫁が総出で絶えずスエラに魔力を補充し続けて、3人とも助ける展開か? それとも次郎母を会社に招き入れて、どうにかする展開か?
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