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342 他部署の話に耳を傾ける余裕を作るのは難しい

 管理職と聞くと人によって良いイメージ悪いイメージがあると思う。

 周囲は仕事しているのに定時に帰る嫌な存在であったり、部下の失敗をフォローし責任を果たしている尊敬できる人だったり、周囲の人そして環境によって印象は変わる。

 また、平社員では知ることのない苦労というものは、人によっては何をしているかわからないと懐疑的な印象を植え付ける要素でもある。


「田中課長、報告書できましたので先ほどメールで送りました」

「わかった。確認しておく」

「課長、先日の不死王のダンジョン攻略に関しましてお聞きしたいことが」

「ああ、あそこの部分はな」

「田中課長、商店街の方から今月の消耗品の納入に関しての報告が」

「ありがとう。これの確認が終わったら折り返し連絡すると伝えてくれ」



 それを、俺は今体感している。

 管理職の主な仕事は言葉通り部下の管理。

 と簡潔には言えるのだが、管理という言葉が曲者だ。

 有り体に言えば範囲が広いと言えばいいだろうか?

 自由にやってあとは成果を出せ、失敗は部下の責任というブラックスタイルなら苦労は少ないだろうが、ここではそれは通用しない。

 文字通り、部下が何をやり、どのような成果を出し、どのような結果になったかという過程を把握しないといけない。

 だからと言って、なにからなにまで口を出すのは部下の自主性を損なう結果となるので、匙加減も難しい。

 偉い人はドンと椅子に座っていろとは良く言ったもの。

 正直、最初は報告書が上がるたびに緊張して、内容を読んでほっと誰にも知られず胸をなでおろしていた。


「課長! 少しいいですか」

「ああ」


 そして把握しないといけないことは部下のことだけではなく課として運営状況も正確に把握しなければならない。

 ファンタジー風に言えばギルドの運営と言えばいいだろうか。

 ダンジョンテスターである社員たちが順調に働ける環境を準備するのもまた課長の仕事ともいえる。

 四班の班長から上がってきた報告書の内容を確認して、六班の班長からの質問に答えて、ケイリィさんとは別のダークエルフから入ってきた内容の対処法を考えて、と正直に言えば忙しいの一言に尽きる。


「先輩! 今日のダンジョンアタックについてなんすけど」

「ああ、予定通り竜王のところに行く。海堂悪いが今日は北宮がいないから南たちにそれを伝えて攻略のスケジュールを組んでくれ」

「了解っす!」


 聖徳太子のように何人も並行して話を聞いているわけではないが、人気ラーメン店の行列かと言いたいくらいに頻繁に俺の席の前で列ができる。

 まだ課として稼働して間もないため、新人たちの質問の頻度が多いせいだろう。

 いずれ落ち着いてくれることを祈って、海堂に午後の用意を頼み、俺はせっせと午前中に終わらせる事務仕事に勤しむ。

 ああ、入社時に見た社員たちの高速処理術が気づけば俺もできるようになったことは、正直嬉しいような悲しいようなと言った感じだ。


「次郎くん」

「ケイリィさん、プライベートではいいですけど、仕事中は」

「ごめんなさい。つい、ね?」


 そんなこんなで、やるべき雑務を済ませていると次に来たのはケイリィさんだ。

 そのショートヘアと活発的な笑顔。

 年齢は彼女のほうが上だが、立場は俺が上。

 たった一年で入れ替わってしまったが、彼女は特段気にした様子がなく片手に書類を持ち少しからかい気味に声をかけてきた。

 責任感はあるが、出世はできるならする、無理ならしないというスタンスである彼女と話す機会は多い。

 なにせ、事務方の取りまとめをしてくれているのだ。

 話さないほうが問題だ。


「それで? なんでしょうか? 監督官からの報告書なら目を通しましたが」


 エヴィアのことを仕事中は監督官と呼ぶことに違和感を覚えつつ、先日渡された報告書の話かと思い話を振る。

 大陸のほうで魔物の数が徐々にであるが増加傾向にあるという報告書。

 きな臭いと言わざるを得ない報告書であるが、あいにくと異世界の話。

 俺にどうにかできる内容でもないので気に留める程度の話だ。


「それとは別件、はいこれ。他の課の業績」

「これって、普通に重要書類じゃ」


 しかしそれとは別件の話だったらしく、はいと軽く渡された書類は彼女が作ったのか二課と三課が今どういうやり方で実績を作っているかが書かれていた。

 ぎょっと書類とケイリィさんを交互に見れば、彼女はしてやったりとした感じでニヤリと笑う。


「っそ、だから他の子には見せないでね」

「わかってますよ」


 どうやったかまでは知らないが、彼女なりのコネがあるのだろうとあたりをつけ早速中身を見て、俺はスッと視線が細まるのがわかった。


「………これは」

「ええ、二課は思い切ったことしたわね。課長としてどう見るかしら?」


 書類の中身から、二課の行動方針が至ってシンプルというのがよくわかる。


「鬼王のダンジョンだけに焦点を置いたか、となると」


 課の全力を挙げてというのがなかなか思い切ったと言わざるを得ない。

 二課の行動実績は最初こそいろいろなダンジョンに顔を出していたが、今は鬼王のダンジョンのみ。

 その理由がさすところは、おそらくキオ教官のダンジョンが一番結果が出ると判断したのだろう。

 はたから見れば思い切った行動、あるいは甘い判断とも取れる決断。

 試されるようなケイリィさんの言葉を脇に、しばし考える。


「………こういう判断もできるのか」


 課としてのリソースをそこまで割り切って振れるかと聞かれれば俺にはできないと言える。

 成功すれば誰よりも先に結果を出せるが、失敗すれば後がない。

 しかし、今は一応成功しているようだ。

 業績としてなかなかの成果を出している様子。

 鬼王のダンジョンの最深層が更新される日も近いかもしれない。

 そして気になる三課の状況を確認するために書類をめくれば。


「………」


 なんとなくではあるがケイリィさんが俺にこの書類を見せた理由を察することができた。


「どう思う?」

「………普通、としか」


 内容はいたって平凡。

 全体にまんべんなく。

 目立った業績はなく、さりとてサボっているという様子もない。

 平凡と悪く評してしまったが、手堅いと言ってもいい内容が並んでいる。


「正直に言えば?」

「不気味ですかね」


 言葉を取り繕い、当たり障りない解答を選んでみたが、彼女には筒抜けのようで、確認するように聞かれれば今度は正直な感想を述べる。

 火澄と川崎の二人がいて、手本通りな行動を選ぶかと言われれば俺は絶対にNoと答える。


「ま、課長の言うこともわかるけどね。組織のトップがあれじゃこの結果も当然といわざるをえないわね」

「随分と人という種族を見下している悪魔でしたからねぇ」


 その二人を抑え込んでこの結果にしている手腕は大したものだとは言いたくはない。

 同じ課長ということで、二課と三課の課長とも顔合わせはしている。

 二課のほうの課長は、言ってみれば利用できるものはなんでも使うという合理主義。

 虎顔だからもっと脳筋かと思えば、意外と頭を使うほうのタイプだった。

 対して三課の課長はと言えば、古風な貴族と表現すればいいのだろう。

 口にはしていなかったが自分以外は下賤と言いたげなほどのプライドの塊。

 実際、俺が課長に収まることが納得いっておらず、文句も言われた。

 二課の課長が、どう使えるのか考えるスタイルなら、三課の課長は、使ってやるというブラックスタイル。

 火澄たちはご愁傷様と言わざるを得ないが、それに加えて、あいつらがこのまま大人しくしているかという疑問もまた出てくる。

 ブラックな会社に入っても、そのブラックな体制を崩しかねない劇物な二人。

 押さえつけようとする者と破壊しようとする者。

 何を思って上はそんな組み合わせにしたのだろうか。


「ケイリィさんはどう思います?」

「さぁ? でも、静かに事が終わるってことはないんじゃないかしら?」

「ですよねぇ」


 呆れるように肩をすくめる彼女の答えに俺は同意する。

 可能なら、なんて淡い希望を抱くことはない。

 なぜなら俺の勘が言っている。

 これは嵐の前の静けさだと。


「もうすぐスエラも出産なのに、慌ただしいのは勘弁してほしいんですが」


 そして、まもなく生まれてくるであろう子供のために、感じている勘とは裏腹に平和を望んでみるも。


「無理じゃない? 何せここは魔王軍、平和とは無縁の荒くれ者の巣窟ってのが相手方の見解みたいだし?」

「まぁ、そうでしょうねぇ」


 仕事の内容は基本荒事。

 こうやって書類仕事や経営方針を考えているほうが違和感があるぐらいだ。

 平和という言葉が無縁とはこのことだろう。

 ケラケラと笑うケイリィさんの言葉には同意せざるを得ない。

 きな臭い案件が二件。

 それすらも日常だと思わざるをえない。

 せめて我が子には被害は出ないでくれと切に願うばかり。

 ケイリィさんの言う相手というのが、自称正義の味方の集団だというのだから笑うしかない。


「この書類どうすればいいです?」

「あら? もういいの?」

「内容はすべて覚えましたし、処分お願いしても?」

「いいわよ」


 そしてそろそろ通常業務に戻る時間だ。

 午後からダンジョンアタックが控えている。

 午前中に処理すべき内容もまだいくつか残っている。

 定時退社を目指すのならそろそろ業務に戻らないとまずい。

 受け取った書類をそのままケイリィさんに返し、そして送られてきた報告書の確認に戻る。


「頑張ってね、課長さん」

「そう言うなら、もう少し仕事割り振っていいですか?」

「ああっと、急ぎの仕事があったんだ~」


 にこやかにからかう彼女に向けて、餞別を送り込もうとして、手早く去られてしまっては仕方がない。

 首に手を回し、軽く回してほぐしてからパソコンの画面に向き合う。

 そしてカチカチとマウスを操作しつつ、余った手で書類をめくる。

 目は縦横無尽に、書類を精査し誤字があったらなおす。

 前の会社では手慣れた仕事。

 その傍らで、資料を確認する。

 マルチタスクの応用でやれている業務であるが、常人の三倍以上の速度でそれを処理している光景を昔の俺が見たら、愕然とするに違いない。


「あの、課長、よろしいでしょうか?」


 そんな光景に見慣れていない新人は違うようで、恐る恐るという形で俺に声をかけてきた。


「ああ、すまん。手を動かしながらで構わないか?」


 ブラインドタッチの応用で左手だけはキーボードから離れず、書類を打ち込んでいるが、そこに誤字は生まれない。

 何をどういう風に打ち込んでいるか把握しているからだ。


「それでどうした? 何か問題があったか?」

「はい、あのうちのパーティーの装備に関してなんですけど、予算面で少し相談が」


 ちらりちらりと俺の手元を見る彼は、確か五班の班長だったか?

 差し出された書類を右手で受け取りじっくりと目を通して中身を把握している中でも左手は絶えず書類を作っている。


「こっちの片手剣と盾のコストはもう少し下げられる、魔法職の武器が高いのは仕方がないが、高ければいい性能ってわけじゃない。使い勝手も考慮してみれば予算内で収まるはずだ」

「は、はい!」

「防具に関しては、このままよりももう少し上質なものに変えたほうがいい。攻撃面ばかり意識して、生存性が危ういな」

「具体的には?」

「前衛用の防具をもう少し金属比率を上げたほうがいいな、あとは回復役の装備も可能なら検討してみるといい」


 ざっと確認してみたがこんなものだろうと判断し、書類を返してみればまだ彼は俺の左手を見ている。


「珍しいか?」

「え、あ、はい」

「うちの会社ではこれが当然だ。最初は仕方がないが、注意力散漫になるのはいただけない。人と話をするときはそっちに集中しなさい」

「すみません!」

「次から気を付けてくれ、あと、慣れろ」


 そうして、頭を下げて立ち去る彼を見て、そしてちらりと左手を見れば、残像を残し高速でタイピングする俺の左手がある。


「ま、はじめなら仕方がないな。俺もそうだったし」


 昨年の俺もあんな感じだったなと思いつつ。

 右手で決済印をもち、ぺたんと書類に判を押すのであった。



 今日の一言

 情報は金なり。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 降り掛かる火の粉だけ払えばいいよ。
[気になる点] 終盤の新人の装備相談のところで、「ブラインドタッチ」とありますが、 ブラインド→盲目→障害→差別 で、使われなくなったらしいです。 現在は「タッチタイピング」なのだそうです。 [一言]…
[良い点] どの課も先が楽しみです。 ブラック企業の経験+人外の処理能力って凄い。
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