343 変化の兆しというのは得てして見逃しやすい
最前線。
それは、ダンジョンテスターにとって一番名誉のある職場と言えるものだ。
なにせダンジョンの最深層を攻略しているのだ。
その結果というだけで同僚どころか、魔王軍の中でも一目おかれる一種のステータスともなる。
マラソンのランナーで一番輝くのはやはり先頭走者だという認識がテスターでも適用される。
トップレコードという言葉は、だれしも憧れる言葉であり、目指す目標。
現在六つ稼働しているダンジョンの全てにおいて俺達『月下の止まり木』がレコード記録を持っている。
しかし、全てのダンジョンの最前線を走り続けるというのも並大抵のものではない。
日夜、あっちに行ってこっちに行ってと、色々と頭を悩まして攻略していく日々。
その努力に見合った成果が、このレコードだと思っている。
「もう少しで出口だぞ」
「「「「「は~い」」」」」
苦労することになれると聞けばあまり良いようには聞こえないかもしれないが、苦労することが苦ではないと言いなおせばどうだろう?
カシャカシャとそれぞれの装備の擦れる音などを響かせながら、今回もその記録を更新し、今ダンジョンから出てきた。
職務を分担し担当から外れたダンジョンがある今では、攻略していないダンジョンのその記録を超える輩もいずれ出てくることだろう。
しかし、簡単に超えさせる気はないと知らしめるように今まで攻略してきた。
そして、今日も今日とてしっかりと業務をこなしていることに俺たちにとって苦しいという感情は抱かせない。
「ほんと、この扉潜ったら帰ってきたって感じよね」
疲れたと、こぼすことはあってもだ。
ステータスが上がり、体力幅もだいぶ上がっていても戦闘というのは想像以上に体力を使う。
肩をほぐすように回し、疲労を訴える北宮に同意する程度には俺も疲れており俺も頷く。
「そうだな。安全圏って実感できてるからだろうが、景色もがらりと変わってるせいもあるかもな」
そして、心理的な疲れもあるだろうとも指摘すれば海堂が別の要素もあるのではと、パッと思いついたことを言う。
「帰巣本能かもしれないっすよ?」
それは絶対違うだろうという言葉に、その言葉に何も深い理由はなく、ただ本当に思い浮かんだ言葉を口にしたんだなと全員が理解する。
「帰巣本能って、そんなものでしたっけ?」
「本能的に自分の家に帰ろうとする無意識下の行動でござるよ。リーダーの言っている安心感とはまた別の話でござるよ」
自分の認識と違うのかと不安になった勝が確認するように問いかければ、南が豆知識!と胸を張りながらしたり顔で語る。
「オー! 南ちゃん、物知りだネ!」
「こいつの場合、ゲームとかの知識っぽいけどね」
「間違っていないなら、無問題でござる!」
そのことに感心するアメリアであったが、北宮は南の知識の在所を予想し、それを否定しない南に呆れたと苦笑を浮かべる。
先週の竜王のダンジョン攻略から引き続き、巨人王のダンジョンの砦の一つを攻略し撤退してきた俺たちの損耗は軽微。
ケガもなく、消耗品の使用頻度も少なく済んだ。
各々ゲートから社内に戻ってきたら安心して武器を収め、そして張っていた気を緩めるように表情にゆとりが戻る。
奥に行けば行くほど戦闘は激化し、俺たちの仕事が進めば進むほどダンジョンは難解になっていく。
正直、気など抜けない。
なので、ダンジョン内では余裕そうには見せていても、全員の内心は常に臨戦態勢だ。
「あ!みんな見て!順番が変わってるヨ!」
そんな緊張状態から解放されれば、気分はずいぶんと軽くなってくる。
装備の手入れや、報告書という後始末もまだまだ残っているが、戦闘と比べれれば気分は楽。
冗談も口にできれば、それに対して話を掘り下げることもできる。
そうやって一時の休憩を味わっていたが、アメリアがふと何かに気づき指を差した。
順番と聞き、彼女が何を指しているかは見当はついていた。
「お!樹王のダンジョンの順位が変わってるでござる」
「はぁ~火澄君のところっすかぁ」
ダンジョン入り口前の広場に掲示されている電光掲示板。
そこにはどこのテスターたちがどれだけ攻略しているかを目安で表示しているランキングが表示されている。
一時は形骸化したそれも、新人が入ってきたことにより新しくなり復活している。
「うわぁ、もう少しで越されそうでござるよ」
全ての総合評価だけではなく、各ダンジョンごとの成績も表示し、より明確になったランキング表。
そのなかで変化があった樹王のダンジョンを指さすアメリアに従って全員で見てみれば。
もともと神崎たち女性テスターチーム、『step beat』が二位だったが、ここにきて火澄たち『翼』が二位につけていた。
火澄たちは俺たち『月下の止まり木』と一緒ですべてのダンジョンに挑むオールラウンダーであったが、パーティーの人数の少なさ、そして地力の差もあってか、いくつかのダンジョンでは三位以下になっていた。
しかし、ここにきて全体的に順位を上げてきている。
「樹王のダンジョンは僕たち、あまり攻略してませんしね」
「ん~、このままだと越されちゃうかナ?」
順位が入れ替わった箇所は、勝の言う通り俺たちの攻略範囲の中でもっとも手を付けられていない部分。
今後も手を出す予定がないので、しばらくすれば更新される可能性は十二分にある。
本来の業務であれば、一強というのは好ましい環境ではない。
万が一を考えれば、潤沢な戦力というのは揃えておいて損はない。
個人的には抜かれること自体はあまりいい気分ではないが、それも仕方ないと割り切れる。
「うちの新人たちに期待しておこう」
なので、せめて身内も頑張ってくれとエールを送るくらいで納める。
「そうっすね、なんでもかんでもうちらがやるのもダメっすよ」
樹王のダンジョンを攻略しているベニーと加藤たちが火澄たちの班に追いつく日が来ることを願いつつ俺たちは広場を後にする。
「今日はもう上がりかしら?」
「ああ、報告書は明日以降で問題ないが、何か用事でもあるのか?」
そして新しくなったパーティールームに戻り、私服へと着替えた北宮がこの後の予定を聞いてくる。
海堂を除いたメンバーは基本的にアルバイト、今更感はある。
なので正社員である俺たちと違って比較的自由度が高い。
「大学の友達と今晩食事なの、早く帰って準備しないといけないのよ」
「へぇ~、カレンちゃん合コン?」
「そんなわけないわよ。女友達だけ、男が来るって聞いてたら断ってるわよ」
そして何よりも北宮は大学生だ。
まだまだ遊びたいだろう。
「女子大生、ちなみにフリーな子とかは」
「海堂、アミリさんにバレたら片腕くらいは機械になるかもな」
「いないっすよねぇ! 北宮ちゃん美人だし!」
「海堂さん、それ、私に喧嘩売ってます?」
そこに悪乗りしていく海堂に、俺はぼそりと言えば手のひらを見事に返し、下手なおべっかを言うが。
彼氏彼女の話は北宮にとっては、ある意味で禁句。
年下の勝に、アプローチしたくてもしにくい現状でその話題はアウトだ。
笑顔で空中に氷の矢を形成する北宮を前にして冗談と連呼する海堂。
「部屋は壊すなよ」
ある意味ではいつものやり取りだと思いつつ、一応釘は刺しておく。
「拙者も今日は帰るでござるよ~」
そしてシュパッと小刻みのいい音を響かせるように、キレのいい挙手をした南もすでに帰り支度を済ませている。
「珍しいな、いつもならもう少し残ってるだろ」
仕事の後の一服、火を点けず咥えた状態で、煙草を揺らしながら意外なものを見たと目を見開く。
知床南という女性は、迅速に動くという行動を意味がなければやらない女性だ。
戦闘中など緊張感があるときは、彼女の動きは機敏となるが、帰宅の時とかになればその動きは格段に下がると言ってもいい。
グダグダのんびりと、それが彼女の行動スタイルだ。
それが、どうだ。
手早く着替えは終わり、荷物もまとめ終わり、すでに帰る準備は万端。
ピースサインで許可待ちまでと来てる。
「ふふふふ!今日は待ちに待った新作ゲームの発売日でござる! 今日は徹夜確定!」
「その付き添いです」
それに遅れる形で私服となった勝も現れ、南に付き合うことを示してくる。
「なるほどな」
迅速な行動には理由がある。
その理由が、南らしいと思いつつ、今日は特に急ぎの仕事はないので帰宅の許可を出す。
「ほどほどにしとけよ」
「それは、今回発売のゲームのクオリティに言ってほしいでござる。神作なら、拙者のいちにちは四十八時間になるでござる」
「そうならないように、勝、いざとなったら鎮圧してくれ」
「わかりました」
いかに魔紋によって強化された体と言え、社外に出れば、鍛えている女性程度のスペックに落ち込む。
徹夜はできるだろうが、仕事に支障が出なければいいなと思いつつ、俺は残った仕事に精を出す。
「アメリアはどうする? 報告書作っていくか、それとも帰るか」
「あ! 私も今日は帰るヨ! マミーも今日は早いって言ってたから、どこかご飯食べに行こうって」
「そうか、楽しんでこいよ」
「Yes!」
残ったアメリアはどうするかと聞けば、今日は親子で外食のようだ。
それも、良いなと思いつつ着替えに行った彼女を見送り。
「お~い、北宮、時間はいいのか?」
「あ! いけない。それじゃ次郎さんお先に失礼します!」
「おう、楽しんでこいよ」
絶妙な力加減で魔法を斉射していた北宮に声をかければ、スマホを見て時間的に出かけないとまずいと気づいたのか、慌てて出ていった。
「それで、お前は無事か?」
「な、なんとか。鍛えてなかったら、まずかったっす」
ズタボロと言うほどケガもしてなければ衣服に損傷もない。
それもそうだ。
なにせ、撃ち出した氷の礫を北宮は何かに当たる前に、魔素へと気化させていたのだ。
極小の魔力運用で威力はお察し。
数は多いが、当たっても鳩の豆鉄砲にも劣る。
ニヘラと笑う海堂も、それがわかっていたのか、疲れている理由の大半は大げさに躱している動作による疲れ。
「そうか、それで、お前はどうする? 俺はもう少し、書類かたづけてから帰るが。お前は特にないんだろ?」
「ないっすけど、帰っていいんすか? 南ちゃんたちはわかるっすけど、俺、正社員っすよ?」
「残業なんて、しないほうがいいんだよ。帰れる時には帰っておけ」
終業時間まではまだわずかに時間があるが、うちの会社に定時というものはほぼほぼ存在しない。
自由な時間にダンジョンに挑み、自由に帰ってくる。
しっかりと、規定時間の仕事さえこなせればかなり自由度がある。
仕事が残っているのなら、仕事をやれと言うが、ないのなら上司を残して帰ること自体問題はない。
少なくともうちの課では。
上司が仕事をしているのに、帰るのは中々勇気がいる行為ではあるが、海堂は少し考えた後に。
「うっす、それじゃ、先輩先に上がらせてもらいます」
「おう、また明日」
素直に帰宅準備に取り掛かった。
帰れるというのならと迅速に行動を始めた海堂を見送り、俺は一人残って業務に勤しむ。
各班から上がってきた報告書のチェック。
ダンジョンの攻略スケジュールの作成。
今後のステータス向上訓練及び、魔法等の技術取得の訓練の打ち合わせ。
やればやるほど、仕事が出てくる。
流石にある程度の目安を決めてからやらないと終わりがない。
ちらりと時計を見れば定時を少し過ぎている。
区切りもいいし、そろそろ帰るかと席を立つ。
「くぅ~、今日もよく働いたな」
段々と日が伸び、窓の外を見ても夕方にすらなっていない。
そんな窓の外の東京の光景を見下ろしつつ、俺も手早く後片付けをする。
窓に背を向けた際にこんな明るいにもかかわらず、一筋の流れ星が山の向こうへと消えていくのに気づかず。
「あ、次郎君ももう上がり?」
「ええ、区切りもいいので」
事務方のメンバーの中でも最後まで残っていたケイリィさんと共にオフィスを後にし、最後に誰もいないことを確認してからそっと、電気を消す。
慣れ始めた日常、その足元でなにが起きているか気づかずにまた明日が来ることを信じて疑わずに。
今日の一言
変わらない日常など存在しない。今日と明日はきっと違うのだから。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




