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328 のんびりと過ごすのも時には悪くない

 ちょっとしたきっかけで生まれた飲み会から幾日か。

 課長昇進の辞令はエヴィアの言う通りすぐに周知されることとなった。

 それと同時に新人たちや第一期生にも辞令が下る。

 ダンジョンテスター一課だけではなく、二課、三課と所属を告げられ、ゴールデンウィーク明けから本格始動ということになる。

 ともに研修を過ごした仲間ではあるが、ここから先は他部署に所属するライバル。

 思うことはあるだろうが要は新人研修を終え、疲れた体をゴールデンウィークで癒せってことだ。

 そして癒えた体で本格的に働けと言っているようなものだ。

 実際、その所属先の発表は少し影響を与えた。

 同じ部署に配属になった日本人の新人たちはこの休みを利用して旅行に行こうと言っているメンバーも少なくない。

 それに対して海外組は勝手の知らぬ土地でどうしようかと悩むことも多いのだろうが、そこはそれ福利厚生が異常と言っていいほど充実した設備を誇るわが社だ。

 海そのものの海岸レジャー設備に雪山の温泉街とスキーリゾートと遊ぶ場所には事欠かない。

 部署関係なく同じ国だということでさっそくそちらで遊ぶという話も聞く。

 その国々の気質というのは見た気がする。

 では、めでたく課長になった俺はと言えば何をやっていると言えば。


「ああ、休日に部屋でのんびりするなんて、なんて贅沢なんだ」

「主が言うと説得力があるな」

「そうだろ?」


 ゴールデンウィーク初日、金髪巨乳の美女堕天使に膝枕してもらって耳かきをしてもらっている。

 ダンジョン攻略だけではなく、色々と雑務をこなし、時折トラブルに巻き込まれている俺だ。

 たまにはこんな感じでのんびりしたい時もある。

 頬に感じる柔らかな太もものぬくもりに身を委ね、優しく差し込まれる耳かきの快感に体は脱力する。

 男が家でのんびりするとなれば、何かと言われることが多いと思う。

 個人的な意見になるが。

 女性に買い物に連れていけと言われたり掃除といった家事を手伝えと言われるような気がするのが俺の中での男の家庭での立ち位置だと思っていた。

 そのこと自体に否はない。

 俺は働いているが、スエラにメモリアにヒミク、そしてエヴィアも働いている。

 ならそこに不満を抱くのは違う気がする。

 なので家事の手伝いも率先してやるべきだと思っていた。

 そして、ゴールデンウィーク初日の今日は実際手伝おうとしたのだが。


「ふむ。なら、主よ。一つ掃除を手伝ってほしいのだが」

「おう」


 と五分ほど前にやったヒミクとのやり取り。

 準備があるとリビングで待つこと一分。

 そして戻ってきた彼女手にあるのは耳かき棒と濡れタオルにティッシュ。

 そして彼女は掃除に取り掛かるのではなくそのままソファーに座り膝を叩くではないか。


「さぁ、横になるのだ主!」


 そして同時に添えるのは太陽のような明るい笑みだ。

 加えて、抱き止めるように両手を前にだしいつでも来てくれと準備万端。

 彼女が何を指示しているかなんて明白。

 そしてその魅力的な提案を断れるような男もこの場にはおらず。

 不思議な力に身を引きずられあれよこれよとあっという間に彼女の膝に俺の頭は乗せられたのであった。


「なぁ、ヒミクさんや」

「なんだジィロ」


 手際よく始まった癒しの時間。


「掃除を手伝ってほしいと言わなかったかな?」

「ああ、ジィロの耳掃除を手伝ってほしいのだ。あなたがいなければこれはできないからな」


 そしてたまの休日、いつもしてもらっている仕事を手伝おうとしていた俺はニコニコと楽しそうに耳掃除するヒミクに問いかけるも彼女は最初からこれをやるつもりでいたらしい。


「ジィロはいつも戦ったり、書類を作ったりと大変だろ、休みの日くらいはゆっくりと休まなければな」

「いや、それはそうなんだが。それだとヒミクが休めないだろ?」


 しかし、それでは彼女の負担が増えてしまうのではないか?と思うものやさしく俺の頭を押さえるヒミクの腕は万人の手で押さえ込まれているようで振りほどけない。

 重くはない。

 むしろ優しく押さえられている。

 振りほどくのは容易いだろうが、彼女が楽しそうに耳掃除をする姿と厚意を無下にはできない。


「なに、家事も慣れればそう難しくはない。私はそれ以外の仕事がないからな。むしろもっとジィロの役に立ちたいくらいだ」


 彼女は二人きりの時は俺のことを名前で呼ぶ。

 夜の時もそうだが、こうやってふと二人きりになった時、彼女は俺のことを出会ったときの名で呼ぶ。

 まるで自分の口から出す俺の名前は自分だけのものだと言わんばかりにだ。

 他人には聞かせたくないという、彼女のちょっとした独占欲。

 そんな彼女の態度に対して俺ができることと言えば。


「そうか、何かあったら言えよ。本当なら俺が気づいてやんないといけないんだが、俺、そこらへん鈍いからさ」

「大丈夫だ。ジィロは私のことを見ていてくれるのはわかっている」


 そっとわずかに込めていた力を抜き、完全に彼女に身を委ねる。

 すっとほんの少しだが重くなった俺の体の重みがうれしいのだろうか、彼女の笑みが深くなる。

 そしてしばらくは無言の時間が続いた。

 俺は部屋が快適に過ごせるのは彼女のおかげだというのを十全に味わうことになる。

 清潔な部屋も、快適な気温も、そして癒してくれる彼女のぬくもりも。

 これ以上の贅沢な休日の使い方はないだろう。


「眠かったら、眠ってもいいのだぞ?」

「いや、眠ったらもったいないような気がしてさ、眠くならないんだ」


 そんな快適な空間が出来上がっているのに不思議と眠くはない。

 眼はさえていないが眠ろうという気が起きないのだ。

 ほんのりと温かい彼女の膝と、優しく添えられている彼女の手のひら。

 その二つを手放すという選択を俺はできなかった。


「そうか」

「ああ」


 ただ静かに過ごす彼女との時間が大事だと言わんばかりに彼女と時間を共有する。


「綺麗になったぞ、もう片方もだ」

「ああ」


 そして大事な時間というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものらしい。

 左耳の掃除は終わり、次は反対だと告げられ、俺は立ち上がりそのまま反対を向こうとしたのだが。


「そのままこちらを向けばいいだろ」

「そうか? 嫌じゃないか?」

「嫌なものか」


 そっと肩を彼女に押さえられ、そのまま顔は彼女のお腹のほうを向く。

 人によっては嫌がるかもしれないがヒミクはそんな素振りは見せず、そのまま反対側の耳掃除を始めた。

 この部屋には時計はデジタルの奴しかないから針の音は聞こえないが、もしアナログの時計があればその時計の針の音が響くだけの空間になっていたかもしれない。


「なぁ、ヒミク」

「なんだ、ジィロ」


 そんな静かな時間もいいが、俺はふと彼女と話したいと思い口を開く。


「今日の夕飯は、なにかな?」

「まだ昼食も前だというのに、もう夕食の話か?」

「いや、なんとなくな」


 ただ、何も話すことを考えていない俺はただ思ったことを口にしてしまった。

 おかしな男かと思われたかと思ったが、彼女は気にしたそぶりも見せず、さりとて手を止めることもなく、優しく語り掛けるように俺の質問に答えてくれた。


「いい魚が手に入ってな、今日はそれを焼いて、あとは味噌汁と煮物を作って」

「お、今日は和食か」

「ああ、ジィロの故郷の料理だ。今日はより気合を入れるぞ」

「楽しみにしてるよ」


 彼女と出会ってからどれくらい経っただろうか、少なくとも半年くらいは経っただろう。

 そんな彼女の料理の腕はこんな言葉が素直に出てくるほど上達している。

 そして、俺が楽しみだと言えば彼女は。


「うむ」


 そう、ひまわりのような鮮やかな笑顔で笑うのだ。


「そうだ、ジィロ。話は変わるのだが」

「なんだ?」


 そして、彼女は今まであったことを語り始めてくれた。

 料理のこと、買い物に行った際に最近では警戒されなくなったこと。

 店員と顔見知りになったり、メモリアの店に弁当を届けに行ったこと。

 妹の双子と一緒に裁縫を学んだり、エヴィアとチェスをし負けたので今は勉強中だということ。

 気づけばこの会社に馴染んでいる彼女がいた。


「ああ、そうだジィロ」

「なんだ?」


 色々な話を聞かせてくれる彼女の声を聞き、居心地の良さを感じていると彼女はふと思い出したかのように話を変えた。


「スエラの子供は男の子だと思うか? 女の子だと思うか?」

「さぁ、わからん。スエラの話ではもうすぐ検査するみたいなことを言っていたが」

「いや、そうではなく。私はジィロの予想を聞きたいんだ」

「俺の?」

「ああ」


 話題に上がったのは出産も近い、俺とスエラの子供だ。

 なぜ、気になるのかと瞳だけをヒミクに向ければ、彼女は先ほどと変わらず、優しい笑みを添えて俺の耳掃除をしたままだった。

 ただの世間話なのだろうかとそのまま思いつつ。


「予想、というよりは願望になってしまうだろうな」

「願望か、どんな願いだ?」

「正直、性別はどちらでもいいかな、跡取りとかそういうのを気にしたら男の子が良いんだろうけど。う~ん」


 彼女の質問を真剣に考える。

 一姫二太郎とはよく聞く言葉だが、いざ実際に子供が生まれてくるとしたら男の子と女の子どっちがいいかと思うと正直悩む。

 ヒミクに言った言葉の通り、俺の家が由緒正しい家なのなら男児が好ましいのだろう。

 たしかに、親戚は何やらすごい家なのだが、うちはそこらへんの事情は雑だ。

 そして正直、性別がどっちかなど出産経験を積むこともない男である俺には予想もつかない。

 なのでシンプルに俺の好みの問題になってくる。


「女の子なら、スエラやメモリア、そしてヒミクやエヴィアに似た女の子になりそうでかわいいだろうなぁ」


 男親というのは女の子の子供を猫かわいがるという話をよく聞く。

 そしてそのかわいがった反動で反抗期にとてつもないショックを受けるとも聞く。

 ただ、そこまでがセットだとしても女の子がいいとも聞く。


「男の子なら、そうだな。うちは女所帯だから一緒に男同士で遊べたりして良いかもしれないな」


 父と息子という関係の理想は年の離れた友人というのが俺の考えだ。

 親子であると同時に友人。

 親であることで子を育てる義務を負うが、それと同時に子供と一緒に何かがしたいという友人特有の感覚を共有するのは非常に魅力的ともいえる。

 そんな女の子でも男の子でもどちらでもいいと思えるのが子供だ。

 ただ、まだ育児を経験したことのない男の話なのできっと苦労も多いだろう。

 良いところしかまだ理解していなくて、悪い側面にも出会うだろう。

 それも込みで言うのなら。


「どっちにしても健康に生まれてきてくれるのが一番だよな」


 母子ともに無事であってほしいというのが俺の中での正直な意見だ。


「そうか、そうだな」


 そんな俺の意見をヒミクは頷き、同意してくれた。


「ちなみにヒミクはどっちがいいんだ?」

「私か? そうだな。私はジィロのような男の子がいいな」

「ほう、男の子か。生まれてきたら一緒にキャッチボールがしたいな」


 そして逆に問いかければ彼女は少し悩んだのちに男の子が良いと言う。

 それを聞き、彼女の面影を残す金髪の男の子を思い浮かべ、そんな子供とやってみたいことですぐに思いついたことをそのまま言えば。


「なら、その夢をかなえるためには今晩は頑張ってもらわないといけないな」

「なんだかんだ言って、先にへばるのはヒミクたちなんだがな」

「そ、それは、その、ジィロが激しすぎるのがいけないんだ」


 彼女から夜のお誘いが入る。

 そして今日はヒミクと二人きりの日なので、俺から断ることはまずない。

 なので頑張れと応援する彼女に頑張っていいのかと聞くために普段の夜の生活を伝えてみれば、彼女は顔を真っ赤にして耳掃除の手を止めてしまった。


「そうか、なら今日は優しくいくか?」


 そんな彼女の顔が可愛くて、つい揶揄ってしまう。


「いや、その」


 そして予想通り、こういったことに慣れていない彼女はどう返答するか迷い、言いよどんでしまう。

 顔を真っ赤にしている様子から、自分のしてほしいことを言うか言わないか悩んでいるのが手に取るようにわかった。


「あ!そろそろ昼食の準備をせねばな!」


 そして旗色が悪いと感じ取った彼女はあからさまに時計を見て、普段よりも少し早い昼食の準備のために、俺の肩を軽くけれど少し早めの感覚で叩く。

 そんな彼女の顔を眺めながら贅沢な時間は終わりかと、名残惜しくも俺は起き上がり。


「なら、今夜にでも教えてくれ」

「う、うむ」


 耳まで真っ赤にした彼女の後姿はとても魅力的に見え、トテトテとかわいらしい足音で駆けてキッチンに行くのを見送るのであった。



 今日の一言

 優しくか? 激しくか? もちろん、両方です。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 先日コミックを買いました。 スエラさんの寝起き姿、とても色っぽくて素晴らしい!
[一言] 女の子は猫かわいがりで反抗期でショックを味わう、男の子とは年の離れた友人、なんだか考えさせられるセリフですね。
[気になる点] 328話 耳まで真っ赤にした彼女の後姿はキッチンに行くのを見送るのであった。                    ↓ 耳まで真っ赤にしてキッチンに向かう彼女の後姿を見送るのであった…
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