327 誰にも知られずに、密談するときは少し騒がしいくらいがいい
新人たちの歓迎会モドキの宴会は無事終わったと言える。
飲めや歌えの大騒ぎとまではいかなくても、最後のほうには緊張感は取り去られ、酒を片手に語り合う面々の顔が印象に残った宴会だった。
「それで、俺だけを残した訳はなんでしょうかね? 嫌な予感しかしないのですが」
そして宴の後の静けさというわけではないが、その後の空気というのは自然と静かに感じる。
結構遅くまで飲んでいたため、俺とアルコールを飲まないメンツ以外は出来上がっており、千鳥足で帰っていく様を見送り、キオ教官たちに鍛えられた肝臓をもつ俺はスエラとヒミク、メモリアを見送って二次会に流れた。
今度の店はさっきみたいな居酒屋ではなく、言ってはなんだが、エヴィアとフシオ教官は似合うがアミリさんとキオ教官には不釣り合いな静かなバーだった。
『ほう? して、その嫌な予感の根拠はあるかの?』
「幹部四人に連れられてってだけなら俺もここまで警戒はしませんが、店に入った途端にクローズに札が変われば何かあるって思いますよ教官」
『カカカカ、よく見ておるの』
「見てなかったら、って思うと自然とそこら辺の観察能力は鍛えられますよ。それはダンジョン以外も例外じゃないとどこかの誰かたちに教え込まれたもので」
「いい傾向じゃねぇか、なぁ機王」
「肯定、観察は重要」
俺を中心に右にエヴィアその右隣にアミリさん。
左にフシオ教官キオ教官と並び、それぞれ酒を飲む。
俺の手元にはさっきまで飲んでいたジョッキのビールではなくグラスに入った黒ビール。
それを軽く呷りこれから来るだろう内容に備える。
細かい泡に、よく冷やされた黒ビールは喉にすっと入っていき、喉に潤いを与える。
ほろ苦く、さっぱりとした口当たりが口の中から喉へと流し込まれて、さてこの四人の用事は何かと予想する。
そして色々と思い付きはしたが、その全部を放棄する。
何かあると言ってはみたが、実際はそこまで警戒していない。
強いて理由を述べるのなら、何か危険があるとすればこの四人なら連れてくるという手間など省き気づく暇もないだろうという理由が上がる。
酒を呷ったのも単純に喉が渇いただけ、言うなれば開き直っているとも取れる。
「ふむ、なら前置きはいらんか」
そしてそんな俺の態度ゆえか。
ゆっくりと赤ワインを飲んでいたエヴィアはカウンターにグラスを置き、話を切り出してきた。
「なに、悪い話ではないぞ?」
ついに来たかと、身構えてしまったのがわかったのか、エヴィアは少し笑いつつ俺に言う。
「いい話でもないですよねそれ、ただしとかそんな言葉がついてその後に繋がるパターンの話の流れですよ」
そして隠す気もなくいたずら心満載の笑みを向けてきたので、お約束として笑いながら返すとわかっているなとエヴィアは満足気に頷く。
「素直に喜べとは、面倒ごとを押し付ける身としては言えんからな。話が早いのは助かる」
「この包囲網で逃げられる自信がないだけですよ」
面倒と彼女は口にしたということは、何か裏があるということだ。
面倒ごとは極力避ける性格ではあるが。
話を聞かないという選択肢はこの店に入った段階でない。
ならばと、冗談を交えつつしっかりとエヴィアの話を聞く。
「貴様の昇進が正式に決まった。辞令も来週には出るだろう」
「素直に喜ぶにはもう少し話を聞きたいところですね。ちなみに所属は?」
そして面倒とエヴィアが説明する割には切り出し方はサラリーマンからすれば普通に良い話だ。
しかし、それは普通のサラリーマンの話。
この会社で昇進イコール喜べる話ではない。
なので素直に感じたことを伝え、その後に詳細を聞く。
「テスターから貴様を外すことはない。そのままダンジョンテスター課だ」
「となると、スエラの後釜といった感じですかね?」
その俺の態度を当然だという風にエヴィアは頷き詳細の説明を始める。
ワインの入ったグラスをカウンターに置き、彼女はこちらに体を向ける。
「そうなるなと、言いたいところだがここから少し違う」
もう間もなく出産を控えるスエラをいつまでもダンジョンテスター課の課長に据えておくのは色々と業務に差支えがでる。
なので新しい課長がその席に座るのはなにもおかしい話ではない。
誰かが代行で座るのかとも思ったが、俺が選ばれるとまでは思っていなかった。
しかし、エヴィアの含みのある言い方が気になる。
「貴様が就任するのはダンジョンテスター一課の課長だ」
「一課? というと二課とかもあるってことですか?」
そして告げられた部署に今までない言葉がついていたことが含みの部分だった。
「そうだ、新人が増えたことでテスターたちの所属を分割する」
「理由があるんですよね? 今まで自由にやっていたという部分を削るようなことですし」
「当然だ」
そして所属を分けるということは、課別でやり方が変わるということだ。
なにより、ダンジョンテスターはある意味ファンタジー小説で言う冒険者のような立ち位置で営業してきた。
そのくくりが変わるという可能性が出てきた。
営業とかで所属が違う場合、取り扱う品物とかのジャンル、海外向きか国内かで課を分けたりする。
もしかしたら攻略するダンジョンを分けて効率化を図るのか?
「大まかな理由として挙げるのは二つだ。一つ、組織を分けることにより意図的に区別意識をつけることだ」
「区別意識ですか?」
『然様、生き物とは不思議なものでの。区別することによって様々な感情が生まれる』
「他者と違うその意識だけで行動理由に幅ができる。思想、発想、根拠、あるいは疑問といった感情」
「面白ぇのはここからだ。そこから生まれるのは何かって話だが、たいていの場合競争意識に火がつく」
エヴィアの語った理由にフシオ教官、アミリさん、そしてキオ教官が連なるように説明する。
「競合社会を作り出すということですか? ですが、それは今までも一緒なのでは? ダンジョンテスターはある意味で競い合ってきましたから」
「次郎の言う意味だけじゃ意味がないということだ。対抗意識という側面は確かにあったが、そこまでの話だ。根本的な解決にならん。少人数同士での対抗意識など何も生み出さん」
会社として競わせる場を整えるという意味合いでの分課。
それ自体は納得できるものがあるが、このタイミングでする理由とまでいくと納得できない。
『その部分が我らが見誤った点よ。ワシらの世界なら放っておいても積極的に競い合い他者を蹴落とす。しかし、この国の思想を甘く見ていた。平和主義、聞こえはいいが競わせるには些か不向きよの』
そしてここで出てきたのが文化での常識の違いであった。
「肯定、我らは長年戦を続けてきたが、この国では長らく戦を行なっていない。根本的に暴力的な闘争を悪とし、前提条件として平和的という言葉がつく。それが足枷」
「それ自体悪いとは言わねぇが、この仕事では邪魔なものなんだよ。だから与えるんだよ。大義名分ってやつをよ」
段々と見えてきた教官たちの考え。
今までの一年、俺たちダンジョンテスターは各自のペースでダンジョンの攻略を目指していた。
言ってみれば他者は二の次、明確に競う相手というほどの認識はなかった。
確かに一時、先を行かれ悔しさをばねに励んだこともあったが、それ以外はあまり意識しなかった。
「仕事だからという大義名分ですか」
仕事で他の課に負けるなと言われればどうなるか。
大なり小なりやる気は起きるだろう。
なにせ他者に勝つのが仕事となったのだから、他者に勝つことによって評価に差が出る。
そして、味方となる人員がパーティー以外に増えたとなれば行動範囲も広くなる。
「そういうことだ。もちろん、直接的間接的問わず、妨害行為は厳しく罰するつもりではある。足を引っ張り合い泥沼になるのはこちらとしては避けたいところだからな」
「あくまで競い合わせるということですね。なるほど、気になるのは釣る餌ですが、何を用意するつもりで? なにも無しじゃ今までと変わりませんよ」
方針は理解した。
しかし、ここで疑問が芽生える。
競い合わせたいのなら、その競わせる理由を与えなければならない。
例えは悪いが、戦争なら豊かな土地が欲しいからと一国を様々な国が狙うように、俺たちテスターがこれがあるから仕事をやるんだと思わせる餌が必要だ。
本来であれば給料がそれにあたる。
しかし、言ってはなんだがそれだけでは弱い気がする。
地位や名誉は人によっては不要と感じる。
かと言ってファンタジーのありきたりの宝や姫を与えられても困るモノもいるだろう。
その疑問にエヴィアたちはニヤリと笑った。
「ダンジョンだ」
「え?」
そして、俺はあり得ないものを聞いた気がする。
「勘違いや聞き間違いではない。優秀な課にはダンジョンの経営権利を与えると魔王様は言った」
「はぁ!?」
ガタンと俺は勢いよく立ってしまった。
ある意味では上げ連ねた報酬よりも困るものであったが、よくよく考えればとんでもないものを渡されるということだ。
度肝を抜かれるとはこのことか。
「それは、つまり」
「すぐに将軍位を与えるということではないが、将来的にはそういうことになるだろうな」
「は、はは、マジか」
地位も名誉も財産もときたか。
立身出世の戦国時代かといいたくなるような報酬だよ。
ただの貴族位ではなく、明確な世界として確立するダンジョンを与えるということは、ある意味で魔王軍の中で一番の報酬なのではとすら思った。
エヴィアたちが嘘を言っているように見えない。
すなわちそれが現実。
へたっと力が抜けて椅子に座る。
「よく、周囲を納得させましたね」
「納得させた貴様が言うか」
「え?」
「魔王様に傷を与えた貴様が言うかと言ったのだ。魔王軍の中でもあの方に傷をつけられる存在など数える程度しかない。その事実の重みは貴様が考えるよりも重要だと思っていたほうがいいぞ次郎」
そしてその権利を周囲に納得させたのが俺だというのだから笑えてくる。
「認められたからと言って油断はするな、満場一致というわけではない。残りの二課と三課は我々魔王軍から選出された将来的に将軍になり得る可能性のある存在たちが添えられる」
しかし、そこで笑わせてくれないのがエヴィアだ。
しっかりと釘を刺すのを忘れない。
だがしかし、俺はついつい笑ってしまう。
たった一年でここまで人は進めるのだなと、過去の俺に見せつけたい気持ちであふれてしまった。
その溢れた感情は笑みとなりついこう言ってしまった。
「つまりこの場は、昇進祝い兼下手なことするなと釘を刺すための激励会ってことでいいですかね?」
ニヤリと教官譲りの戦いを楽しむ時の笑みを俺は自然と浮かべていたと思う。
『ふむ、そういうことになるかの?』
「否定はしない、事実この場にはその意味合いがある」
「推薦人は俺らだからな、顔に泥塗るんじゃねぇぞ?」
「そういうことだ、精々励め」
「それはそれは、背負い甲斐のあるプレッシャーですね」
その好戦的な笑みに返ってくるのは、やはり好戦的な笑みだった。
疑問符になっているがそれでも明確に肯定するフシオ教官の笑み。
無感情無機質に見えて、口元がわずかに笑い挑発的な視線が酒に行かず俺を見るアミリさん。
獰猛、もはやその言葉しかないと言わんばかりに大きな笑みを浮かべるキオ教官。
そして刃物のように鋭くされどここまで上がってこいと励ますように上位者の笑みを浮かべるエヴィア。
四者四様の笑みに励まされた俺は、素直に頑張ると言えず、少々ひねくれた言い回しになってしまった。
しかし、彼女たちはそれで満足したようにそれでいいと頷いた。
「納得も理解もしました。なら今日は遠慮なく飲ませてもらいますけど」
「けど、なんだ?」
「もう一つの大まかな理由っていうのはなんですか?」
「ああ、それか。なに、とある二人が、おもしろいことを考えていると聞いてな、その手助けだ」
「二人? 誰ですか?」
「知床南、川崎翠、知っているだろ? クラン計画だったか? 存分にその計画を活かせ」
そして、こんな場所で酒を飲むことになった原因の一つに俺は苦笑を浮かべるしかない。
何やっているんだというわけにもいかず、されど違う方向を見る二人がまさか同じことを成し遂げることになるとは思わず。
今夜の酒は旨くなるか苦くなるかわからないと思いつつ。
とりあえず今は。
「そうさせてもらいますよ」
目の前にあった黒ビールを一気に呷るとしよう。
この興奮を冷まさないため。
今日の一言
何がきっかけになるかはわからないな。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




