326 しかしそれでも飲み会は楽しい
予想だにしなかった大人数での飲み会。
当初加藤たちが予定していた人数だけでも五人。
これくらいなら、仲間内の飲み会と言える。
その飲み会に誘われて俺たちのパーティーを加えると十一。
それくらいになればちょっとした宴会レベルだ。
しかし、そこに加えること俺の婚約者たちのスエラ、メモリア、ヒミク、エヴィアの四人に海堂の婚約者のアミリ、シィク、ミィクの三人。
この段階で十八人。
すでに普通の宴会と言える人数まで膨れ上がってしまった。
こうなってしまえば、多少増えても変わんないということで、榛名たち海外のテスターたちのパーティー。
ベニーにバート、朱亞に榛名とそれに加えてイシャンもいる。
それに加えてフシオ教官とキオ教官。
合わせて二十五人。
十分に大宴会と呼べるような人数が揃ってしまった。
そして、その大宴会に似合うような賑わい具合が。
「飲めや飲めや!! ほら!!」
「う、うっす!」
「お、おう」
『カカカカカ、そら遠慮せず飲むと言い』
「え、えっと恐縮です」
「いただきます」
「む? 二人ともグラスが空になっているな、何か飲むか?」
「は、はい!」
「ありがとうございます!」
「………? 忠告、私は成人しているので飲酒は問題ない」
「あ、はい!」
「大丈夫です!!」
起きず、変な方向で緊張感が漂っていた。
体格のいい後藤とバートに絡むキオ教官。
けれども絡まれた二人はビクビクとしている。
まぁ、気持ちはわかる。
俺は慣れて気にならないが、相手は鬼だ。
加えて二人以上にガタイのいいキオ教官は完全に体育会系のノリで次から次へと酒を注ぐので絡まれている二人からすればどう対処すればいいのかわからないのだろう。
しかし、これもこの会社の洗礼だ。
慣れてくれと、俺は酒を呷る。
フシオ教官はどういう理由かはわからないが、自らワインボトルを宙に浮かせ魔法を披露しながら榛名とイシャンに酌をする。
エヴィアはベニーと朱亞のグラスが空になったことに気づきメニュー表を取るが、いつも陽気なベニーと朱亞は背筋を伸ばし酒を注文する。
そして小さい容姿のアミリさんが黙々と果実酒を飲む姿を、飲んでいいのかと不安になりながらチビチビ飲んでいた佐藤と伊藤はその視線に気づいたアミリさんにびくりと反応する。
盛り上がろうにも盛り上がれない。
そんな雰囲気の宴会場。
いわゆる、距離感を測りかねているというやつだ。
「まぁ、普通に考えればこんな感じになるでござるよね」
「そうなんだ」
そして唯一教官たちに絡まれていない遠藤は、安全圏と言わんばかりにカクテルを飲む南の隣に陣取っている。
ゲームの話からして教官たち四人と相性が悪いのはわかっていた。
なのでその危機察知能力は誰よりも優れ、そうそうに南の隣をキープしていたわけだ。
「あなたって意外とちゃっかりしてるみたいね。でも、最初の一歩をためらうタイプね」
「そ、そうかな?」
「そうよ、距離感を測りかねているけどそれでも少しずつ距離感を測っている。同期たちが上司と仲良くなろうとしているのよ?」
そしてそんな遠藤の行動を北宮は、非難はしないが注意する。
それを聞いて遠藤は何とも言えないような表情をする。
言われなくてもわかっている。
だからこそ、言われたくないといった感じか。
「最初の一歩で出遅れると、それを挽回するのは意外と大変なの」
その表情を見て、北宮は特に何も言わず淡々と話を進める。
そしてコクリと南とは違うカクテルを飲み干し、そして流れるように次の酒を注文する。
彼女からすればもはやこの場の空気は慣れたもの。
新人のように特に緊張する理由はない。
「別にあなたがいいなら今のままでも私は良いと思うけどね。けど覚えておきなさい。あなたは幸運なほうよ。次郎さんがこの場にいるからここまでの顔ぶれがそろっているの」
だからこそ、この空気を壊さないように北宮は必要最低限のことしか遠藤に告げない。
何か言いよどむ遠藤と。
「珍しく、お節介を焼くでござるね」
「そうね、酔っているのかしら」
揶揄うように酒を呷る南。
その隣にいる勝は、いつものかと気にする様子もなく居酒屋の料理に舌鼓を打ちつつ。
「あ、これ作れそうだな」
その味を覚えるのであった。
「さてと、後輩に言っておいて私が動かないのもなんだし、失礼するわ。南、あんたも席でじっとしてないで少しは交流しなさいよ」
「絶賛交流中だから拙者は問題ないでござるよ~まぁ、あとで教官のところくらいには顔出すでござる」
「そうしておきなさい」
説教臭くなって場の雰囲気を悪くするのもどうかと思うからだ。
それだけ言うと、彼女はグラスを持ち席を立つ。
「香恋さん、良ければこちらいかがですか?」
「ええ、お邪魔させてもらうわスエラさん」
「いえ、こんな状態ですから無暗に動くわけにもいかないので」
そして北宮は空いたスエラの席に座る。
メモリアとヒミクは教官たちが離れた時に空いた席に座っている。
「大きくなりましたね、お腹」
「ええ、もう間もなくです」
「ついに先輩もお父さんっすか、そこら辺の心境はどうっすか?」
「なんとも言えん、うれしいんだがどう喜べばいいかわからんってところだ」
身重ゆえに移動は避けるべきと座るスエラを気遣うように、膨らんだお腹を見る北宮。
そんなお腹に触れていいかと北宮は聞き、スエラは笑顔で頷き彼女は優しくそのお腹を触る。
「あ、動いた」
「ええ、最近は魔力とかにも反応してきたんですよ?」
「へぇ、男の子なんですか? 女の子ですか?」
「まだ調べていないんですよ。そろそろ調べてもいい頃合いなので、父に頼んで術師さんを探してもらっています」
緊張感が漂う宴会場でここだけのんびりとした空気が流れる。
海堂に親になる気持ちはどうかと聞かれ、なんとも言えないと答えたのは偏にこの幸せをどう噛みしめればいいかわからないからだろう。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
そんな平穏をかみしめていたタイミングで、宴会場に響き重なる雄叫び。
何事かと目を向けてみればバートと後藤がキオ教官に腕相撲を挑んでいるではないか。
「無謀な」
「本当っすね」
その光景を見て俺と海堂が真っ先に思いついたのが無謀という言葉。
教官は左右の手でそれぞれ右手で後藤、左手でバートと相手にしているもその表情は余裕綽々。
顔を真っ赤にして体重をかけて倒しにかかる後藤と頭に血管を浮き出させ歯が砕けるのではと思うくらい歯を食いしばるバート。
地球人というカテゴリーからしても肉体的に恵まれている彼らではあるが、相手が悪い。
「後何秒持つと思う?」
「十秒以下にビール一杯っす」
「なら五秒以下にビール一杯」
相手は海外でも有名な鬼だ。
たとえ鍛えられた人間であっても。
「ほらよっと!」
「「うお!?」」
赤子の手をひねるように倒される。
「四秒持ったほうだな」
「くぅ、あと二秒持ちこたえれば俺の勝ちだったっすよ!!」
「なら手本でも見せてこい、あいつらよりは持ちこたえられるだろう?」
「うおっしゃぁ!! 漢海堂、魅せてやるっすよ! とその前に、シィクちゃんミィクちゃん、強化魔法お願いするっす!」
「あら、勇者様のお願いですわ。ねぇミィク」
「ええ、シィク、これは気合を入れないといけませんわね」
そしてその後輩の敵を討とうと立ち上がる海堂であったが、その勇ましさに気づいた鬼が笑顔で手招きする姿を見て、即座に回れ右をして双子の天使に助けを求めた。
なんとも締まりのない流れだと苦笑しつつ、その結果を見届ける。
「教官らしい場の和ませ方だな」
「ええ、あの方はなんだかんだといって優しい部分もありますので」
鬼は酒の場を好む。
その理由として挙げられるのは単純に酒が好きだというのもあるだろうが、宴会特有の騒がしさが好きという話もある。
鬼同士の仲を深め、その種族を繁栄させるために酒を飲み交し、そして陽気に笑う。
シンプルイズベストといったところだが、存外馬鹿にできる話ではない。
その証拠に敵を討つと堂々と挑んだ海堂はきっかり二秒後藤たちよりも持ちこたえ、先輩としての威厳を保ちながら教官に敗北した。
ならばリベンジと後藤とバートが順次挑んでいく。
その様子を周囲の新人たちも見て笑う。
俺とスエラ、そしてメモリアとヒミクはそんな教官の行動に笑みをこぼす。
なんだかんだといい、教官二人もエヴィアもアミリさんも組織のトップに座る存在。
新人との距離の詰め方に心得はある。
『して、この浮遊魔法にも少し変わった使い方がある。物を浮かすそれは当然思いつく発想ではあるが、それだけかと言われればそうではない』
「といいますと?」
「物以外………もしかして魔法も浮かせられるんですか?」
『ほう、そこに気づくとはなかなか見どころのある』
榛名とイシャンに魔法の講義を施し、ちょっとした豆知識をもってして関心を引き気づけば彼らの緊張感はほぐれ、そしてその経験を得ている。
『然様、浮遊魔法はあくまで浮かせる魔法、本質は浮かせるという概念を万象に影響させるという代物、固定観念を持ってはいかんぞ? ありとあらゆる魔法には意味がある。イシャンといったか、貴様はもう少し頭を柔らかくしたほうが良いぞ?』
そして酒の席だからこそ、こうやって気軽に教えることもできる。
なるほどとうなずく榛名とイシャン。
そしてその隣では。
「なるほど、才能はないがその道に進みたい、か」
「やはり無理、ですか?」
「………」
「いや、無理とは言わん。困難であり時間がかかるとは言うがな。何せ私もその手の輩だった。だが、そんな私でもこの地位に納まっている」
ベニーが前衛として才能がないことをエヴィアに打ち明け、素直に後衛にクラスチェンジすべきかと相談し、朱亜が不安そうにエヴィアを見るも、彼女は否定せず可能性はあると告げる。
「だが、それはあくまで私が長命だからできたと言える言葉だ。道半ばで倒れるかどうかは貴様の努力と才能次第だ」
「それって、できないって言っているようなものじゃない!」
「シュア、落ち着いて。監督官の言葉は間違っていないんだから」
しかし彼女は甘い夢だけを見せない。
できるできないは別として困難であることの事実は変わらない。
それを遠回しに告げる彼女の言葉に酒の勢いもあってか朱亜がエヴィアに食って掛かるもエヴィアは気にしたそぶりも見せず、むしろ相談をしていたベニーのほうが不安に駆られている。
「朱亞といったか」
「ええ、そうよ」
「貴様の言うことも間違いではないが、一つ才能がないと言われた私からアドバイスだ」
「何よ、アドバイスって」
「無理だと言われたから、諦めるなどそもそも大した願いではない。そして、成功する奴は無理だと言われても突き進んだ奴だ」
そんな二人を青いと思いつつも彼女は、馬鹿にはせず言葉で背中を押す。
「精々あがけ、そうすれば求めるものに存外手が届くかもしれんぞ?」
その言葉は馬鹿にするでもなくただ、彼女が進んできた道からくる経験談。
無理だと言われ続けて、今の境地にたどり着いた彼女の言葉であり。
「今は酒の席だ。諦めなど飲み干して腹の中で消しておけ」
彼女なりの激励だった。
そしてその対面の席で黙々と果実酒を呷っていた機王ことアミリ・マザクラフトは。
「無理」
「そこをどうにか!!」
「炎侍さん、ここはあれです空中縦回転土下座です!」
「いや! そこはトリプルアクセル土下座よ!」
「あえてここはスライディング土下座で!!」
「酔った勢いとはいえ、リーダーを土下座させるパーティーを拙者は初めて見たでござる」
「僕もだ」
加藤の熱烈な土下座を受けていた。
海堂のスーツを造った当人として最初は戦隊モノ好きとして話していたようだが、徐々に酒が進むにつれ欲求が勝ってしまったようだ。
本来であればそんな行為は場をしらけさせるようなものなのだが、あれよこれよと大道芸のように多種多様な土下座を披露する加藤に佐藤、伊藤、遠藤が悪乗りしアミリさんもそれにのっかかった。
本来であれば誠意を見せるための土下座であるも、次々に披露させられるそれはアクロバティックすぎてついつい見てしまう。
「なにとぞ!」
「無理」
「そいや! なにとぞ!」
「無理」
「もう一回なにとぞ!!」
「無理!」
最早無理といえば、次の土下座が披露されるような芸か何かと思っているのでは?
と思うくらいに加藤は飛び跳ねそして土下座に収まる。
「はぁはぁは、なにとぞ!」
そして天井ギリギリまで跳躍し縦三回転土下座を披露し、酒も回り体力的にも限界が近づく加藤にめがけてアミリさんは、
「………条件付きで承諾」
ついに根負けした。
「本当ですか!!」
「肯定、しかし条件を達成しなければやらない」
加藤は整えた髪を乱し、そして額に汗を流しながらも条件という名の勝利を収めた。
「騒がしいのはいつものことか」
「そうですね」
「たまにはこのような日もいいですね」
「うむ! 楽しいことは良いことだ!!」
そんな宴会の場を俺たちはのんびりと眺めながら比較的に静かな宴会を楽しむのであった。
今日の一言
やってみれば、意外と楽しいのが宴会だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




