265 人の変化を見逃すな
「先輩先輩」
「なんだ? 海堂」
「南ちゃん、なんかあったんっすか? 北宮ちゃんと最近妙に仲いいっすけど」
「まぁ、いろいろあったんだよ」
「いや、いろいろってなんっすか? それなりの付き合いになるっすけど南ちゃんがファッション誌持っている光景なんて違和感しかないんっすけど……」
「小さい声で言ったことは褒めてやるが、あとでボコられても助けんからな」
俺たちの日常は一旦平穏を取り戻した。
勝の精神不安定はまだ注意が必要だが、多種多様の職種を体験することで自信が持てたようでとりあえず安定してきた。
それと一緒に南と北宮が何かと勝のことを気にかけるようになったことも大きいだろう。
ただまぁ。
「あ、南さん、これいいと思うヨ?」
「むぅ、確かにかわいいかもしれんでござるが一着の服に三万円でござるか……買えなくはないでござるが……今月はイベントが、けれども必要経費でござるか?」
「あんたもそれなりに稼いでいるでしょうが。けれどまぁ、それは高い方だけど、全部揃えたらそれくらいになるわよ?というかあんた今まで服とかどうしてたのよ?」
「安い奴のマネキン買いでござる。これで外れは絶対ないでござる」
「間違ってはいないけど女としてそれ、どうなのよ」
「私も、あまり服は買わないケド、それは、チョット」
代わりにファッション誌を読む南とファッションアドバイスをする北宮という新しい光景を最近よく見るようになった。
普段だったらもう少し北宮と南がぶつかり言い合いに発展するところなのだが、最近ではその光景もめっきり見なくなった。
南を中心にアメリアと北宮が挟み、ダンジョン談義という女性らしくない会話から一転、最近の流行を追うなんとも年ごろらしい会話だ。
北宮が持ち込んだだろうファッション誌を握り、ムムムと唸る南を呆れたように眺める北宮。
それを見つつ、かわいいと思った服があったのだろう。
アメリアが一つのページを指さし、再び唸る南。
その光景を台所から見守る勝。
落とすと宣言したあの日から南はとりあえず身だしなみを気にし始めたようだ。
体形は日ごろのダンジョンアタックで絞られているおかげで問題はないようだが、化粧や服装に関しては全く無頓着だったようだ。
過去に何度も言ったように南は素材はいいのだ。
着飾れば変わる。
それは前回の研修のダンスの練習の際に証明されている。
普段がずぼらすぎて最低限の身だしなみしか整えていなかったのだ。
それを今回変えようとしているようだ。
その成果は着実にでていて、前に北宮から南を連れ出して買い物に行った際にナンパされたと聞いた。
その背後でドヤ顔している南には触れず安否だけ確認したのは正解だっただろう。
勝は勝でその変化に反応しているが、その分北宮と南の接触が増えているようだからドギマギしている様子をたびたび目撃する。
「まぁ、大丈夫そうっすからいいっすけど……先輩は何やっているんっすか?」
「これか? 二期生のオリエンテーションの準備だよ。なんだかんだでやることが多くてなぁ」
その光景を見て、安心して見ていられるのはいいのだが、そればかり見ているわけにはいかない。
こちとら社会人、休みばかりではなくしっかりと仕事もある。
海堂は彼女たちの様子の変化を聞いた後に、俺がパソコンで作っている物に興味を持った。
そして海堂に伝えた二期生。
それは俺たちダンジョンテスターに新たな後輩ができるということだ。
時間というのは本当に流れるのが早い。
今火を灯した煙草の灰のようにあっという間に流れていってしまった。
もうすぐダンジョンテスターが始動して一年が経とうとしている。
思えば怒涛の日々であっという間に過ぎたといえなくはない。
最初にいた人数からだいぶ減り。
今いる面々は全員顔見知りという現状。
ダンジョン攻略の効率はかなり悪い。状況を打破すべく、テスターの二期生の入社が決定した。
話自体はだいぶ前から動いていたようだが、反乱や海外に進出していたこともあり予定がだいぶずれ込んでいる。
それでも、ようやくここまでたどり着けたということだ。
「へぇ、先輩がやるんっすか?」
「実体験している奴の話を聞けた方がいいだろうってな。お前にも出てもらうぞ」
今度は一期生みたいに急激な退職者をださないように、会社の力の入れようはすごい。
支援体制の見直しもしているようだ。
スエラに概要だけ聞いたが、地下施設の武具店に関して何かてこ入れをするらしい。
ただ、支援のやりすぎはダンジョンテストの精度を下げるのではという意見もあってか、匙加減が手探り状態になっているとスエラに聞いた。
加えて、俺たちダンジョンテスターの生き残りの経験談を加えて俺たち一期生みたいに想像と現実のギャップを埋めようと画策しているとのこと。
こちらとしても、夢見がちな輩が減る分には文句はないのでこの書類作成や当日の講師の役割に対して文句はない。
「うっす!まぁ、他のパーティーも人員補給を待ち遠しくしているみたいっすよねぇ」
幸い人手は確保できる。
海堂自身も乗り気なようでこちらとしては大助かりだ。
「前衛無しのパーティーはだいぶダンジョン攻略で足止めをくらっているようだからな。前衛の火澄でも最近じゃ手詰まりの状況だ。ここいらでしっかり戦力を確保したいところだろうよ」
そして、この二期生の話は社内でかなり話題になっている。
噂ではかなり高い魔力適性を持ったテスターの確保に成功したという話も聞いている。
噂の領域を出ていないが、スエラも否定しないかなり信憑性の高い話だ。
「魔力適性十の人が来るって噂もあるくらいっすからねぇ。先輩の記録も破られるかもっすね」
「そう簡単に負けるつもりはねぇが、まぁ、そこまでの人材連れてこられたら素直に努力するだけさ。ただまぁ、気合は入れておいた方がいいだろうな。後から来た奴に負けていたら立つ瀬がない」
お袋という実例がある段階で海堂の噂話を笑い飛ばすことはできない。
僅かでも可能性があり、それを探しているのなら見つかるかもしれないのだ。
ここいらで初心に帰って気合を入れなおすのもいいだろう。
仕事の負担が減るのはいいが、こっちにも短い期間ではあるが築き上げたプライドがある。
情けない姿は見せられない。
「入社する人のデータとかないんっすか? ほら、俺たちと同僚になるじゃないっすか」
「まだ確定しているわけじゃないからな。さすがにプライバシーの関係でそこら辺は重要書類になって俺たちには回ってこない。研修に入れば多少は情報を開示されるだろうが、詳細情報は正式に入社してからだろうな」
「っすよねぇ」
「珍しいな」
「何がっすか?」
海堂から振られた二期生の情報は他のテスターたちが喉から手が出るほど欲しい情報だ。
なにせ、最近スランプ気味なのかコンビで活動している火澄や女性だけでパーティーを組んでいる神崎からも唯一の役職持ちということで聞かれた。
解答は海堂と同じだが、俺からすればあっさりと納得する海堂の様子が珍しかった。
「いや、いつもならかわいい子がいればいい程度の言葉が出てくるかと思ったが……」
前の会社でもそうだが、海堂は入社してくる子が女性だと知るとかわいいかどうかで話がよく盛り上がった。
当時の俺は仕事に忙殺されすぎて、仕事ができるかどうかで判断していて海堂の話は半分聞き流していたが、入社してくる女性の噂話で一喜一憂していたのは覚えている。
「先輩」
「なんだ?」
「俺、思ったんすよ」
「だから何がだよ」
「いい子なら、別にいいじゃないかって」
「なにがあったんだよお前に」
そんな、海堂が気にせずむしろ悟りを開いたかのように優しい顔つきで俺に語り掛ける。
「最近、アミリちゃんもそうっすけど、シィクちゃんやミィクちゃんが笑顔でお帰りって言ってくれることがうれしく思ってきたんすよ。まだ、答えは見つかってないんすけど、俺、あの子たちとの間に決着つくまで女性関係は綺麗なままでいようって」
どうやらアミリさんやヒミクの妹たちと一緒にいることが多くなって海堂にも心境の変化が起きたようだ。
言っている内容が割と危ないが、俺も人のこと言えないから頑張れと一言いいこの話は終わらせた。
「それに」
「?」
「こんな安心してバレンタインデーを迎えられる年が来るとは思ってなかったっすよ!」
「……そのリアクション見てほっとしているよ俺は」
海堂も色々と考えているんだなと感心しているのにもかかわらず、すぐに一転して元の海堂に戻ったことに俺は苦笑を漏らし煙草を口にくわえる。
「クリスマスでも正月でもない。ブラック企業の社畜たちからすればただの平日でしかないバレンタインデーっすよ!! それを今年は勝ち組として過ごせるんすよ!!」
大勝利と舞い上がる海堂は本当にうれしそうに踊り。
そのリアクションに何事かと女性陣が海堂を見るも、すぐにいつも通りかと思いファッション誌の話に戻る。
近くのカレンダーに目を向ければもうすぐバレンタインデーだというのがわかる。
「あの子たちがバレンタインデーを知っていればの話だがな」
一応ないと思うが、念のため海堂に釘をさす意味でも言ってみたら、ピシりと固まってしまった。
「……お前」
「だ、大丈夫っすよ!! きっと、知っているはずっす! 最近よくテレビを見るっすし!」
こういった話は男の方からできないから、教えることはできないだろう。
だから、大丈夫だと言っているがそれは自分を安心させるかのように言っている。
「まぁ、最低限としてうちのパーティーの女性陣からはもらえるだろう」
「そうっすよね!!」
「……忘れられなければな」
「先輩、なんか言ったっすか?」
「いや、なんでもねぇよ。そう言えば海堂、お前、前あげた報告書の訂正どうした?」
「あ」
「浮かれるのもいいが、しっかり仕事しとけよ」
「う、うっす」
そんな平穏を喜び、堪能している最中であるがこの平穏も一時的なのだろう。
昨日夕食時にスエラから聞いたことを思い出す。
「平和で生きたいんだがね」
内乱から回復してきているが、昨年と違い盤石とは言い難い現状。
そして盤石だと思っていた中で引き起こされた事件の数々。
スエラもエヴィアさんも万全を期そうとしていたが、すべてのトラブルを予測することはできない。
七将軍も一角が欠け、昨年とはまた違う状況からのスタートになってしまっている。
そんな状況での第二期生の加入、絶対に波乱の一つや二つは起きるだろう。
「いや、そもそも俺にとっては父親になるって一大イベントがあったんだな」
「ん?なんか言ったっすか先輩?」
「今年も大変そうだなって、言ったんだよ」
「そうっすね!」
一瞬ぽかんとした表情の海堂は、そのあと不安を吹き飛ばしてくれるようにニカッと笑い同意してくれる。
今年も慌ただしいことが始まりそうだと思ったが、まぁ、何とかなるだろう。
Another side
砂嵐。
それが僕の幼少から見続けた光景だ。
日差しが強く、一つの水源を大切に使い。
日々の飢えと戦う。
僕は小さい弟や妹を少しでもお腹いっぱいにしてあげるために一生懸命駆けた。
小さい頃は道行く人にお金をくださいと言い。
成長したら頑張って仕事を探して、少ない賃金で弟たちの面倒を見ようとした。
だけど、現実は残酷で厳しい。
僕が稼いだだけのお金では、弟たちの面倒を見ることはできない。
このままではいつか弟たちがと不安に思いながらも、何もできない僕はただひたすら我武者羅にわずかなお金に縋るしかない。
だけど、ついに恐れていた日が来た。
弟の一人が熱を出した。
それもとても悪い病気だとわかるくらいに高い熱を。
病院なんていけない。
できることはしっかりと水分を取らせ、ほんの少しでもご飯を食べさせてやることくらいだ。
日に日に弱っていく弟に僕ができることなんてそれくらいしかなかった。
ああ、神様どうか僕の弟を助けて。
僕はどうなってもいい。
だから、僕の弟を助けて。
ただ祈るしかない。
祈ることしかできない。
仕事の時と弟を看病しているとき以外は僕はずっと祈った。
神様、どうか助けてください。
祈り続けた。
『よかろう、その願い。聞き届けた』
その声は幻聴か、はたまた僕の頭がおかしくなったのか。
ただしっかりと頭に響いた声はすっと耳に残り、そして弟は光に包まれ数秒で光が治まるとそこには穏やかな寝息に変わった弟の姿があった。
助かったと思った瞬間、奇跡だと知った瞬間。
僕は再び神に感謝をささげた。
『太陽に愛されし子よ。汝は祝福された』
これが、僕と神様の出会いだった。
Another side End
今日の一言
人の入れ替わるときは注意しないとな。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載されました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。