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252 仕事の後の楽しみがあると、モチベーションが変わる。

「……デートだと?」

「はい」


 いま俺の心臓は、戦っているとき以上に鼓動を強くしているかもしれない。

 なにせ、準備も段取りもなく、思い付きで誘えるとは思いもしないような女性をデートに誘っているのだから。

 そんな、念入りに準備しないといけない女性である、監督官をデートに誘ってから、部屋の中の空気が少し変わったように思える。

 聞き返してくる監督官の顔は、疑惑。

 その一言に尽きる。

 なぜこのタイミングで俺がこんなことをしているのか真意を問うているようだった。


「あの二人にでもけしかけられたか?」

「いえ、自分の意思です」


 きっかけはフシオ教官の言葉だったかもしれないが、ここに立ってさっきの言葉を放ったのは俺の意思だ。

 俺の行動が不可解だった監督官は、教官二人が関わっているのだと思ったようだ。

 だが、俺の答えは否定だ。

 監督官はさらに納得できないと言わんばかりに、胸の下で腕を組み、もしやとつぶやく。


「この前話したことを気にしているのか」

「きっかけはそうですね」


 はきはきとまるで面接を受けているような空気で俺は受け応える。

 嘘偽りなく、相手が求めてくる内容をタイムラグ無しで答える。

 その迷いのない答えに監督官の眉間にしわが寄る。


「……」


 俺としては脈がないならくだらないの一言で切って捨てられるものだと思っていた。

 と言うよりは、十中八九そのパターンかと思っていた。

 そして、わずかに残る可能性の脈があるのならあるですぐに答えが返ってくるものだと思っていたが、意外なことに監督官が選んだ答えは沈黙。

 すなわち、俺の答えに悩んでいるということだ。

 それはある意味で珍しいと言える光景だ。

 ただ、良いか悪いかで言えば、良い傾向だと思う。

 悩んでいるということは、少なくとも可能性はゼロではないということだからだ。

 ただ、脈のあるなし関係なく俺としては最低でも一回はデートがしたいところ。


「はぁ」


 そんなことを考えながら立って監督官の回答を待つこと一分ほど、最初に出てきたのは監督官のため息だった。

 弱った姿を見せることを嫌う彼女。

 それほどの願いだったかと思っていると、呆れたように笑いながら監督官は口を開いた。


「願いがあると言うから、どんな願いかと思ったら私とデートしたいか。それも入れ知恵ではなく自分の意思でだ。ある意味では高望みではあるが、いったいいつ振りだろうな。男から逢引の誘いが来るのは」


 そして、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。

 そして、何も言わず俺の顔を見る。

 身長としてあまり差はないが、若干監督官の方が低い。

 結果、見上げられるようなどこかのラブドラマのワンシーンのような立ち位置になってしまった。


「無粋だが、質問させてもらおう。なぜ、誘った」


 そのシーンにふさわしいかのように、監督官の声色も普段よりもだいぶ柔らかかった。


「考えた結果としか」

「ほう、どう考えたのだ?」


 俺が監督官をデートに誘った理由など、考えに行き詰ったから行動したに過ぎない。

 理由など単純明快だ。

 俺は、俺自身が彼女を好きになれるかどうか知りたかったのだ。

 今の俺に監督官に対する好意はある。

 だが、その感情は前までは一上司として好ましいと思っていたが、最近の監督官の姿を見て女性として見る機会が増えた。

 異性としてかあるいは職場の上司としてか、おかげで俺の中にあるその感覚があいまいになっているためそれを見極める為こんな願いを口にした。

 何も知らず、ただ漠然と状況には流されたくない。

 政略結婚という仕事の関係だけで結婚など俺にはできない。

 そんな部分部分でしっかりと自分の考えるべきポイントがわかっていた。

 ならどうすればいいかと考えた結果が、監督官とデートをして、自分の感情をしっかりと把握しようと言うことだ。

 初心に帰るというのとは些か違うかもしれないが、見つめなおすと言う意味では的を射ていると思う。

 そして、その見つめなおすためには普通の会話だけでは足りないと踏んだ。

 だからこそこうやって気合を入れてデートに誘ったわけだ。

 政略結婚でもいいが、その後にきちんと互いに好きになれるかどうか確認したかった。

 好きになれるのなら問題ない。

 俺は彼女と向き合える。

 だが、それができないのなら、きっと俺はたとえこの魔王軍で出世しても後悔する。

 そんな行動をとりたくなかったのだ。

 簡潔に言えば、好きになれるのなら結婚、無理なら断る。

 選択によっては出世から遠のくかもしれないが、それはそれで仕方ないと割り切っての行動だ。

 複雑に考えず、俺はこの二択に身を任せることにした。

 言い訳のように聞こえるかもしれないが、デートに誘った理由なんてそんなものだ。


「すまんな」


 そんなことをすべて洗いざらい吐き出した俺に、監督官は謝罪した。

 バカかと切り捨てられてもおかしくない言葉を、監督官は真剣に受け止めてくれた。


「貴様は巻き込まれただけだと言うのにな、本来であれば、貴様はもっとゆっくりと成長してもよかったはずだ」


 なんとも弱弱しい。

 それが演技かどうか定かではないが、なんとなくその言葉は彼女の本心だと根拠なく俺はそう思った。


「地位はあるが、こんな女との結婚など考えず、スエラたちとゆっくり業務をこなしていた方が良かっただろう」


 監督官の言う言葉は確かに俺の一つの未来であったかもしれない。

 もし、俺以外に前衛がいれば。

 もし、俺の教官が今の二人でなかったら。

 もし、今の俺よりも活躍するやつがいれば。

 イフの話などいくらでもいえる。

 だが、それはあくまで過程の話、過ぎた話だ。


「案外、そんな生活を送っていて、今の俺の話を聞く機会があったらそっちの方が良かったって言うかもしれませんね」


 監督官の言葉に魅力がないと言えばうそになる。

 騒動なく、普通に仕事をこなし、スエラと一緒に夕飯を取ったり、メモリアと出かけたり、ヒミクと遊んだり。

 それはきっと幸せな生活なのだろうが、俺はこの会社に入ってから今まで歩んできた経験に対してきつかったとは言うかもしれないが、後悔はしていない。

 イフはイフ、現実は現実。


「だから、監督官とこんな関係になったのも存外悪いものではないのかもしれませんね」


 その行動の結果が、監督官との政略結婚になるのなら、悪く言えば自己責任。

 良く言えば。


「だって、ほら。なんだかんだで、努力した末に美人と付き合えるんですし? 男としては役得だと世間では言われますよ俺」


 努力の成果だと言える。

 認められた結果だと言うのなら、それはそれで悪い気はしない。

 そしてその成果の対価が、監督官という美女なら男冥利に尽きるだろう。

 これが知らない令嬢とかの話であったのならそもそも悩まず教官たちに土下座なり、スエラたちに相談してどうやって波風立たず断れるか考えていただろう。

 監督官いや、エヴィアさんだからこそ、こうやって悩んだのだ。

 それを伝えるためにすこしふざけて言ってみれば監督官は、少し目を丸くし、そのあとはいつもの嗜虐的な笑みを浮かべていた。


「なるほど、どうやら私は貴様のことを見誤っていたようだ」

「評価下がりました?」

「さてな、おいそれと他人の査定内容を伝えられないのが私の立場でな。その評価は教えられない」

「ずるいですね」

「そうさ、私はずるい女さ」


 するりと距離を取り背中を向ける監督官は顔だけ振り向き、クスクスと笑う。

 その姿は俺から見れば非常に魅力的に見えて、わずかであるがデートの必要はないかもしれないと内心で思ってしまった。


「そんな女をデートに誘う男は久しくいなかったな」

「もったいないですねぇ、こんなに美人ですのに、周りの男たちは何してたんですか?」

「さてな、記憶にある限りこうやって堂々と口説いてきたのは貴様が初めてだとだけ、私の周りにいた男どもの名誉のために答えておこう。しかし、真正面から褒められるのは存外悪くはないな。お世辞ではないならなおさらだ」

「監督官相手に嘘言って、ご機嫌損ねる方が怖いので」

「そこは、少し言葉を濁した方がいいぞ?」

「精進します」


 呆れたように言葉には気をつけろと言う監督官に向けて、こちらも少し笑いながら肩を揺らす。

 最初の緊張はどこへやら。

 最近の俺達の普段の会話のようなやり取りが繰り広げられていた。


「さて、次郎。デートだったな」

「はい、デートです」


 そして話は最初に戻る。

 元々、監督官をデートに誘うためにこの場所に来たのだ。

 話をうやむやにしてしまわれるよりも、こうやって答えを貰えた方が助かる。


「構わんぞ」


 そして今度はあっさりと監督官は了承の言葉を俺に告げた。


「貴様がデートで求めているのは好悪の感情の相互理解だ。私としても今後のためその機会はあった方がいいと思っている」

「事実ですけど、色気もへったくれもない言い方ですね」

「なんだ? 色気があった方がいいか?」

「可能でしたら」

「そうだな……」


 段々と監督官のペースに持っていかれたような気がしなくもないが、こっちの目的は達せられそうな気がするのでこのままいく。

 色気があった方がいいと言う俺の言葉に数秒監督官は考えたと思うと、するりと先ほど離した距離をあっと言う間もなく詰め、俺の腕を抱きしめ。


「お前が考えているよりも、私は楽しみだぞ?」


 普段見せない少し赤くなった表情と柔らかな言葉。

 そして、右腕に感じる柔らかな女性の感触と、仄かに香る甘い彼女の匂い。

 普段の凛とし冷たさを感じさせる彼女とは正反対のアクション。

 そんなギャップを狙った、物理と精神による二重攻撃に、俺の顔は一気に赤くなっただろう。


「クククク、この辺も鍛えておかねばならないか。貴族ならこの程度のやり取りは日常茶飯事だ。初心なのは好感が持てるが、その表情は身内だけにしておくのだな。私と結婚した後でハニートラップに引っかかられてはたまらん」


 場合によっては話しただけで妊娠したと言われるぞと、注意を受けるが俺はドギマギしていてはいと返事するしかなかった。

 要望通り色気を添えてくれた監督官であったが、いささか刺激が強かった。

 ちくしょうと内心で嘆きながら、顔を逸らし、うれしがる自分をごまかすように返事をするしかなかった自分にもう少しどうにかせねばと決心させる。

 そんな俺の反応を楽しんでいた監督官は満足したのかそっと俺の腕を離し、俺の前に立つ。


「さて、貴様の要望通り、デートはするがあいにくと私は忙しい。休暇を取るのにも時間がかかる。悪いが、休日は貴様が合わせてもらうことになるぞ」

「その辺は問題ありませんよ」

「そうか、ならいい」


 顔を押さえ、少しでも赤面した顔を隠そうとするが、その行為も嬉しそうに見る監督官は楽しそうに今後の予定を伝えてきた。


「ああ、監督官」

「なんだ、さっきみたいに名前で呼んでくれないのか?」

「……エヴィアさん」

「なに赤くなっている。一度呼んだだろう?」


 この悪魔はからかわないと気が済まないのか……いや、悪魔だからからかうのか。


「貴様の反応が可愛くてな、許せ。それでなんだ? デート以外にもなにかあるのか?」


 そのことに対して重ねての願いになるが、もう一つ伝えようとするもいつもの呼び方ではなく名前で呼べと言われ、ついさっきのやり取りを思い出し再び赤面してしまったことをからかわれる。

 だが、ここで止まっても仕方ない。


「いえ、デートと関係しているんですが、最初のデート、自分にプランを立てさせてくれないかと」

「ほう、それは貴様が私をエスコートすると言うことか?」

「そんな格式ばったものではないですけどね。監督、いや、エヴィアさんが良ければ日本の庶民のデートを堪能していただければと」

「ふむ」


 どうせならデートで俺のことを知ってもらいたい。

 なら、下手に格式ばったファンタジー風のデートよりも、日本風のデートの方がいいと思ったのだ。

 問題なのは、監督官が社外に出れるかという話だ。

 監督官は俺たちと違って立場がある。

 この話自体、少し無理があるのは承知している。

 普通なら無理だと思うが、監督官ならと俺は思ってしまう。


「いいだろう」


 そして、半分願望の入った予想は受け入れられた。


「少し、準備はいるだろうができないことはないだろう。私も、外の世界には興味がある」


 いや、少しだけ訂正しよう。

 監督官は思いのほか乗り気のようだ。

 興味があると言うだけあって、監督官の雰囲気は楽しそうだった。

 そんな姿を見て、俺はふと思い出す。

 前にケーキを差し入れした時、店の名前を知っていた。

 そして最近、ケーキを買ってくるようにと頼まれたことがあった。

 ひょっとしてと、思うがそのことは口にしない。


「次郎」

「はい」

「楽しみにしているぞ」

「ええ、俺もです」


 ただわかるのは、今回の行動は思ったよりもいい結果が出たということだろう。



 今日の一言

 楽しみというのは他人が決めるのではなく、自分で作るものだ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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