253 締めに行われるのは確認作業なことが多い
監督官とのデートの約束を取り付けてからは、悩むことが無くなったおかげで前よりも集中して研修に取り組むことができた。
問題の先送りと言われればそれまでだが、棚上げできたのならそれまで放置していいだろうと開き直ることはできる。
問題はその時の俺自身が解決するだろうと、今は目の前のことに備えるためにゆっくりと体をほぐす。
百八十度に開脚した脚に、昔とは比べ物にならないほど柔らかくなった体を左右に揺らしながら今までの研修の成果を思いだす。
自分がやったことは魔王軍の情勢と一般常識、貴族の知識といった知識分野から、武術を身に着け、魔法を覚えた。
日本で培った常識というものも、外国に行った程度ではあまり揺らがないと聞くが、こうも常識はずれな知識や体験ばかりしているとさすがに昔のままとはいかないな。
その新たな常識を馴染ませるのに一か月という時間がとても短く感じ、付け焼刃をしっかりとした刃にするには少し時間がかかるだろうと思う。
だが、まぁ付け焼刃でも刃だ。
切れ味には一定の評価を出せる。
「監督官も、最近じゃ受けるよりも躱す機会が増えたからなあぁ」
知識の使用は今後さび付かないように維持しないといけないが、いずれ使う時が来る。
今回は頭よりも先に体というわけだ。
ぐっと体を伸ばし、ほぐれてきたなと思いつつ最初と最近の監督官の戦闘スタイルを比べる。
最初は度々俺の攻撃を片手で受け、反対の剣で攻撃することがあった。
まぁ、だからと言って俺の攻撃が完全に監督官を捉えているわけではない。
そのやり取りもわざと受けているという感覚で、どちらかと言えば俺の指導のために受けていたと言えばいいのだろうか。
だが、あの日、彼女の魔剣を切り裂いたときから、わざと受けることをしなくなった。
すべてを見切り、ぎりぎりで回避する。
そういった機会が増えた。
逆に受けるときは必要最小限、それも真正面から受けず受け流すといった技が多かった。
受けに回るときは正真正銘俺が受けさせたときだけ。
それは俺の攻撃が危険だと判断したからだろう。
戦い方を相手によって変えるのは戦いでの常識か。
それについていくのがやっとだった俺は次は速さを追求すべきかと、監督官が俺の攻撃を受ける回数が減った事実に気づいたときに思った。
「ふふふふ!今日は先輩を驚かせることができると思うっすよ!!」
そんなことを思いながらストレッチをしていると、後ろから自慢げにわざとらしく笑いながら海堂が近寄ってきた。
「準備はいいのか?」
「もちろんっすよ!体もほぐれていつでもいけるっす!海堂忠絶好調っすよ!」
今日は研修の締めということで俺対残りのパーティーメンバーということらしい。
監督官とフシオ教官、そしてキオ教官が審判として入る模擬戦。
互いの成果がどうなったか、仲間内で確認するのが目的だ。
「そうでござるよ~、拙者も準備万端。ステータスも大幅向上!! 今回の研修で身に着けた新必殺技もあるでござるし? さすがのリーダーでも今回ばかりは負けを覚悟した方がいいでござるよ~」
よほど自信があるのか、今度は南も近づいてきてムフフフと怪しげな笑みを浮かべてきた。
キオ教官の訓練もよほど厳しかったのだろうか、俺に自慢できるだけの自信がついたとみるべきだろう。
普段もそれくらい気合を見せてほしいところだがな。
「そうか、ならこっちも手加減なしでぶつかった方がよさそうだな」
「「うっ、それは」」
「どっちなんだよ」
その自信も砂上の楼閣のように俺が全力宣言しただけで崩れ去ってしまった。
こっちとしては少しでも気合を入れてもらおうと、熱血風で対処したがあまりよくなかった様子で。
あっさりその自信はなくなってしまった。
「まったく、だから言ったのよ。次郎さんを言葉で怯ませるなんて無理だって」
「ん~、次郎さんも私たちと一緒で頑張ったもんネ。そうやって返されるのは当然カモ」
その様子を呆れたように北宮とアメリアが見に来て、残った勝と言えば。
「……」
少し遠くで南を引きずり説教している。
調子に乗るなとか、言っているのだろうなと思いつつ苦笑を一つ浮かべ、立ち上がる。
「さて、俺もどれだけ強くなったか確認したいところだ。全力で相手するが覚悟はいいか?」
「あら? 何も準備せず、私たちが戦いに挑むと思ってるの? 南たちじゃないけど、今回はそのセリフは私たちのよ?」
「いや? 今まで口酸っぱく言ってきたからな。そこら辺は心配してねぇよ。事前準備は怠るなって、言ってきた当人として確認したまでだ。その成果がどれだけのものになってるか見ものだな」
「それは私たちの台詞だヨ! 練習の成果、見せてあげるネ!!」
そして北宮は北宮で自信がついたのか南とは違う挑発的な笑みで俺を見ている。
その隣のアメリアは努力の成果見せますとその細腕のせいであまり膨らまない力こぶを見せ気合を見せている。
「そうか、なら楽しみにさせてもらおうか」
こっちもこっちでいろいろと見せたいものはある。
なら、全力で相手するまでのことだ。
「そろそろ時間だ。準備をしろ」
「「「「「「はい!」」」」」」
そして、戦う場所の準備をしていた監督官に声を掛けられ、俺たちは用意された結界の中に入る。
「へ~、なかなかすごいでござるな」
「そうね、これは単純にはいかなさそうね」
「アメリアちゃんならどうするっすか?」
「立体的に動けそうだから、動き回ろうかナ? 結構面白そうに動けそうネ」
「視界が悪いから、回復のタイミングが難しそうだな」
その先に現れた光景に海堂たちは各々感想を述べる。
「これはまた、戦いづらそうな空間を」
その隣にいる俺の感想も海堂たちと一緒につぶやく。
監督官にフシオ教官にキオ教官。
あの面々が用意する場所だから普通の場所ではないとは踏んでいたが、まさかここまでとは。
一見、闘技場に見えそうな間取りだが、どちらかと言えばダンジョンに近い。
外周を覆う観客席らしきものは、段差を用意した壁だ。
ところどころ身を隠せそうな岩があり、上から見下ろすのはよさそうだがその分目立ちそうになる。
隠れるところは限られているがうまく立ち回れば遠距離から攻撃できる狙撃手段を持っている奴にとっては良い場所だろう。
それに覆われている中央の広場には障害物になりそうな石柱が無数に設置され、その太さからとても頑丈そうに見える。
配置も高低差もまちまちで、簡単に視界を確保させないようにしているようだ。
おまけにトンネル状になっている個所も見える。
高台に陣取ったからと言って即座に見つけられるというわけではなさそうだ。
複雑ではない簡易的な迷路。
それが俺の総評。
ダンジョン内での接敵を想定した作りに俺は海堂たちがどう動くか少し楽しみになった。
偵察要員のアメリアがいて索敵ができる南が相手にいる段階で俺が不利なのは確かだが、逆にこっちはパーティーを気にしない機動戦ができる。
「なかなかだろう?」
「ええ、存分にやらせてもらいます」
そしてメリットとして、広範囲魔法がおいそれと使えない部分もまたいい。
数的に不利な俺は、前衛を相手している間に避けられない魔法を放たれるのがある意味きつい。
盾となる障害物が多いことに越したことはない。
この光景を見せられて俺は存分に戦わせてもらうと言うと、監督官は嬉しそうに口元が緩んだ。
何度も模擬戦で海堂たちと戦ったが、ここまで本格的な戦いは初めてだ。
その貴重な経験を無駄にはできない。
「なら、楽しんでこい。総員準備に入れ! 私たちも配置につく!」
パチンと指を鳴らし、俺の隣と海堂たちの側にそれぞれ転移陣が用意される。
それで最初のスタート位置に向かうのだろう。
「先に行くぞ」
「先輩先輩!! 負けた方が、研修の打ち上げの勘定持ちっすからね!!」
「俺が負けたら五人分かよ」
「そんなわけないじゃないっすか」
「そうか」
「教官たちも入れて八人分っすよ!!」
「よし分かった、全力でぶっ倒して、スエラたち呼んでお前らに奢らせてやる」
そんなやり取りを終え、なに勝手なことを言っていると北宮に怒られる海堂を脇目に俺はゲートに潜り込む。
出た先は少々薄暗い場所だ。
「差し詰め入場口と言ったところか」
周囲を壁に囲まれ、一か所だけ出口がある。
あの光の向こうが間違いなく、闘技場に繋がっているだろう。
『カカカカ、そんなもんじゃな』
そんな空間に突如として声がコダマする。
「教官、薄気味悪いからそんなホラー映画みたいな出方しないでくださいよ」
『なんじゃ、その割には驚いてくれないのかのう。つまらん』
「あなたのダンジョンで鍛えられましたので」
『そうか、それなら仕方ないの』
うす暗い闇から青い炎が浮き出て、その影が形どり出てくるフシオ教官。
どこのホラー映画だよと内心突っ込みつつ、なんとなくこうなるのではと展開に苦笑しつつ、あいにくとその程度の演出じゃびくともしない精神力は備わっていると口にすれば詰まらなさそうな声色で反応してきた。
「それで、何か用ですか? 事前説明は受けていたと思うんですけど」
本来なら審判であるフシオ教官はステージのどこかで俺たちを監視しているはず。
それなのにもかかわらず、わざわざ俺の前に出てきたということは何か用があるはず。
その用事もなんとなく察しはつくが……
『なに、緊張しているかと思っての?』
「本音は?」
『エヴィアとどこまでいったか気になっての』
俺が今更緊張するようなやわな鍛えられ方をされていないのを目の前の御仁は知っているだろうに。
わざとらしいと溜息を吐いてから、本題を聞いてみれば案の定監督官との仲の進展具合を聞かれた。
「デバガメじゃないですか。そういうのは、結果が出てからやってくださいよ全く」
『いくつになってもこの手の話は楽しくてのう。しかしその反応、なんじゃ、何もないのか?』
「わかってて聞いてません?」
『カカカカカ、最近ではエヴィアの奴も手ごわくてこの手の情報が入ってこん。奴に男が寄ってこないというのもあるがの、それで。どうなのじゃ?』
髑髏が目を輝かすというのも表現的にどうだろうと思うが、野次馬根性を出している教官相手になにもないと言っても信じないだろう。
「……ありますけど、言わないだけですよ」
対処としては黙秘という形を取るのが無難。
当然、そのまま引き下がるような教官ではないので。
『ほう、ワシ相手に沈黙を選ぶか、どれ、試合前に一つ汗を流してみないかの?』
すぐに強硬手段に出てこようとする。
「勘弁願いますよ。あいつらとは万全な状態で戦いたいので」
そして案の定その通りになったが、そのやる気を別の方向に使って欲しかったと溜息を我慢しやんわりと断る。
どこまでこの人たちは監督官のことを気にかけているのか、なんとなくだが、どうも教官たちは監督官のことになると親戚のお節介なおじさんといった感じになる傾向が強い。
その行動力に少々過保護なのではと思い始める。
白い骨の手のひらに青い炎が灯されて、一戦やるかという誘いを笑顔で断り、なら話せという教官の脅しには。
「では、こうしましょう。なにかが終わった後に教官秘蔵の酒を開けてくれるのならその何かを口を滑らせましょうか」
『ホホホ、貴様も図太くなったの。ワシと交渉するか』
遅滞戦術で対応するとしよう。
監督官とデートをする際に一番厄介なのはその現場にこの教官たちが出没すること。
社外に出るからあり得ないだろうが、裏道の中でもさらに裏道を使ってきて出くわすようなことをする存在だ。
しかし、隠すのではなく後で話すと言えばある程度理解は示してくれる。
「お気に召しません?」
『否、ワシ好みではあるの。よかろう、なら後日席を設けようではないか。その時には洗いざらい吐いてもらうとするかの』
「では、滑りやすくなるようなうまい酒を楽しみにしてますよ」
『カカカカ、よかろう。では、そろそろエヴィアの奴が気づくだろうからなワシは行く。無様な姿は見せるではないぞ』
「了解です」
ちょっとした冗談で対応する。
監督官とデートすると聞けばフシオ教官はどんなリアクションになるか気になるところだが、下手すればデート現場に野次馬してきそうな気がしてお茶を濁してしまった。
だからこそ、せめて事後報告という形で場を閉じさせてもらった。
楽しみだと顎の骨を鳴らしながら立ち去る後姿を見送り早まったかなと若干後悔しながら、鉱樹を手に取る。
始まりのブザーまでまだ少しだけ時間がある。
「さてと、あいつらがどれだけ成長したか確認するかね」
なので仕事前の一服として一本取り出す。それはこの研修に持ち込んだ最後の一本。
それを味わうようにゆっくりと吸い。
空に鳴り響く大鐘楼の音。
それは戦いの合図。
「さて、いつも通り、安全思考で行くとしますか」
火をつけたばかりの煙草を捨てるのはもったいなく、仕方ないのでそれを咥えたまま、俺は戦場に躍り出るのであった。
今日の一言
確認作業って重要だよなぁ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載することが決定いたしました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




