151 準備期間はあればあるほど現場にとっては助かる・・・・だが
テスター襲撃事件。
社内ではそう呼ばれ、一月前ほどに起きたこの事件。
それなりの時間が経ったにもかかわらず、度々話題として上がり耳に入る。
それもそのはず、この事件はまだ終わっていない。
最初の事件発生時は、調査段階で魔剣が使われているかもと、仮定の話で進んでいた。
だがその数日後に再び同じような事件が発生し、さらに喪失した魔剣だと断定できる目撃証言が出てきたため、魔王軍はこの事件を魔剣を使った犯行だと断定した。
ここでの辛い部分は、魔剣を使用していると断定はできても魔剣の影響で犯人の証拠が一切得られなかったことだろう。
そしてこの事件は俺たちテスターに少なからず影響を及ぼした。
当たり前か、襲われている当事者なのだから。
その中で一番目立ったのはダンジョンへ入ることを躊躇うテスターが少なくない数で現れたということだろうか。
ダンジョンとは危険な場所で、襲われることが前提の施設なのに何を今更という話であるが、テスターたちも決して怖気付いたのではなく少しでも安全を確保するために情報収集に乗り出し、その間だけダンジョンから距離を取ったと言ったほうが正確であった。
人の心理として、襲われるとわかっていて何も対策をしないという愚行を犯すのはよほどの酔狂でもない限り無いだろう。
ダンジョンに挑み始めてある程度の経験を積んだテスターたちは、襲われるという情報だけではめげることなく強い敵が出てきた程度の感覚で対策を取り始めている。
なんだかんだ言いつつ気づけばタフな精神を持ち合わせていたようだ。
当然俺も未知の敵に対して、いきなり襲われるのは個人的にもパーティー的にも不安が残るので可能な限り情報を集めた。
魔法使いのみで構成されたテスターたちの報告書を閲覧、事務的になるがほかのテスターに話を聞く、あるいはスエラを経由したりメモリアの伝手を使い魔王軍から魔剣の情報も集めた。
会社側、魔王軍側としても今回の不測の事態に対して全面的に協力する方針で対応にあたっている。
最初に魔剣被害を起こしたダンジョンである鬼王のダンジョンは即時に一斉点検が掛かり、二週間という過去にないほどの長期間閉鎖された。
このフットワークの軽さには驚いたが、その反面、期間中のキオ教官の機嫌は誰が見ても不機嫌だったのは言うまでもない。
自分の庭に変な存在がいると聞かされ更に二度も被害を出したというのなら、教官の顔に泥を塗りつけるような行為に等しい。
虚仮にされたとあってはあの大鬼が黙っているわけがない。
不届きものを断罪すべく大将自ら出向くため腰を素早くあげ、金棒に手を掛けるのは親しい間柄なら予想しなくてもわかる行動であった。
あとでフシオ教官から聞いた話だと、本当にキオ教官自ら陣頭指揮を取りローラー作戦でダンジョンの隅から隅まで捜索したらしい。
これでこの事件は終わりだと誰もが思った。
それだけの信頼と実績、そして実力を持っている大鬼なのだ。
実際、嫌な予感を感じつつも今回の事件はこれで解決するかと俺も思った。
だが今回は嫌な予感の方が正しかった。
大々的な捜索にもかかわらず結果は空振り。
事件を起こした魔剣使いは鬼の手からまんまと逃げ出したわけだ。
おかげで俺は教官の自棄酒に付き合う羽目になったのだが、二日酔いの代償を払った甲斐はあった。
おかげで教官から色々と現場での話を聞くことができた。
聞くところ教官の主戦力の精鋭も動かしたとのこと。
ねずみ一匹逃がさないつもりで、軍を動かしたらしい。
その話は一部であるが噂で流れ、あの大鬼に追われたのなら、犯人も逃げ出したのだろうという楽観的な見解も同時に広まったが、その一部の意見はあっさりと覆る。
必死の捜査をあざ笑うかのようくぐり抜けた魔剣使いは事件はまだ終わっていないと言わんばかりに、あっさりと行動を再開し別のダンジョンで同じ事件を引き起こした。
一人や二人のテスターに怪我を負わせただけでは件の魔剣使いは満足することはなかったのだろう。
まだまだ終わらないと言わんばかりに現れ、その度にダンジョンを閉鎖し捜索をするも、その動きをあざ笑うかのように霞のように消え去り、時、場所、さらには標的を変え魔剣使いは出現する。
その都度テスターの被害が増える。
姿が見えない切り裂き魔的犯行を続けることから、有名な未解決事件で名が挙がる切り裂き魔、ジャックザリッパーと呼ぶテスターも中にはいた。
この一ヶ月間でそんな呼び名がつくほどの被害が出たということだ。
魔王軍に所属する半数以上のテスターが被害に遭い、この惨状に上層部の腰も上がり始めた。
すべてのダンジョンの一時閉鎖も視野に入る段階で、それは起こった。
「はははは、面目ないっす」
「いや、お前は善戦した。被害を最小限に抑えただけお前は前衛としての役割を果たした。そこは誇れ」
「了解っす!」
身内に被害が出た。
ベッドに寝転び、顔に包帯を巻き、右手と左足は骨折しているためギプスで固められ身動きが取れない。
加えて病院着の下も包帯が巻かれていることからして決して軽傷とは言えない。
見るからにして重傷。
幸い魔法と薬で安静にしていれば一週間ほどで傷跡も残らず快復し、現場に復帰できるとリザードマンの医者が太鼓判を押してくれた。
襲われたと聞いた時は焦ったが、命には関わらないと聞いて心底安心した。
だが、精神的にも被害は出ていた。
「あ~南ちゃんたちまだ気にしているっすか?」
「気にしているといえば気にしているだろうな。当人たちは認めたがらないだろうが」
当人も既に目覚め重傷な割に元気でこのままいけば復帰は早まるだろうなと思わせるくらい快活に会話をしてくる。
そんな海堂が気にかけているのが、襲われた当時一緒にダンジョンアタックしていたメンバーだった。
俺が闘技大会に向けて準備をするために抜けていた時のタイミングでの襲撃。
初撃の奇襲を受けた海堂は怪我を負ったまま戦闘に突入した。
後衛である南たちを庇いながらの戦闘、相手の姿は見えずこっちの攻撃は当たらない。
そんな窮地でも海堂は仲間を見捨てず、ズタボロになりながらも戦ったと、ござる口調が抜けた南から聞いた。
苦しげな態度を見せず、攻撃は届かなくても声は届くと判断し挑発を繰り返した結果が後衛の被害を最小限に減らし、ダメージを自分に集中させパーティーの安全を確保した海堂の功績だろう。
「俺が勝手にかばっただけっすからねぇ。先輩がいない間俺が唯一の前衛っすから」
「樹王のダンジョンに出現したと聞いて、他のダンジョンなら大丈夫だろうとタカをくくった俺の判断ミスだ」
「仕方ないっすよ! 最近人間を辞めてきた先輩でも未来予知はないっすから!」
海堂が崩れ落ちる直前に南と北宮が機転を利かせて、全体魔法を展開し勝とアメリアが海堂を抱え即時撤退。
その際に追撃を受けて出口間際で海堂は変な攻撃を受けたと言う。
それはテスターたちが傷を負ったままでダンジョンから放り出される理由。
「だがお前の話が本当なら、ヘタをすれば命に関わる。魔力体から生身へ強制的に戻す何か。このダンジョンテスターの仕事を根本的に揺るがすものだ」
俺たちダンジョンテスターがダンジョンに入る際に必ず装備するアイテム、魂魄石。
生身を魔力体に変換し、ダンジョン内での死亡事故、怪我等を生身に戻った時には元通りにしてくれるというダンジョン攻略には必須のアイテム。
その効果を無効化する攻撃。
テスターたちには致命的だと言っていい攻撃。
すなわち魔剣使いは、魔剣以外に何かを持っているということだ。
それも俺たちテスターにとっては最悪と言っていい部類の代物を。
「心配しすぎっすよ! 話を聞けば、監督官が全面的にダンジョンを閉鎖して社内とダンジョン内を一斉捜索するそうじゃないっすか! それで今回の事件は終わりっすよ」
「そうだといいがな」
そんな不安を後輩に悟られ励まされるようではまだまだだなと苦笑しつつ、これ以上心配かけぬように表情を取り繕う。
内心の、さんざん教官たちの目を欺いてきた魔剣使いがあっさりと終わるとは思えないという不安をこれ以上悟られないように。
「それに今回の事件のおかげで先輩も闘技大会に集中できるじゃないっすか」
「皮肉なもんだがな」
海堂の報告を聞いた監督官は苦渋の決断といっていいダンジョンの一時閉鎖と、軍の導入を決意。
その決断に対応が遅いと口にするテスターもいたが、俺から見ればよく決断できたといえる。
ダンジョンの閉鎖、それすなわち会社の産業の全停止を意味する。
車の工場で例えれば欠陥が見つかったのでそれに関わる工場ラインを全て止めるという話と一緒だ。
ラインを止めているあいだの期間でどれくらいの被害が出てくるか、少なくとも個人収入では考えられない額が動くのは間違いない。
ダンジョン自体には生産性はなくとも将来性はある。
その完成が遅れれば、その分だけダンジョンを支える別業務に負担がかかる。
加えて、軍を動かすとなると費用はさらにかさむ。
それに比べたら微々たるものだが、ダンジョン閉鎖中でも俺たちの給料は払わないといけないから人件費もかかる。
監督官だけでなく、魔王軍からしても決して歓迎できない決断だろうと思う。
そしてそんな行動で助かっている自分がいるのはなんとも言い難い皮肉だろう。
ダンジョン攻略業務が一時的とは言えなくなったおかげで、闘技大会に集中できるようになった。
決して喜べない話ではある。
「俺としては、大会で優勝して先輩が偉くなって俺の給料を上げてくれるって信じているっすよ?」
「そうなったら、こき使ってやるから今はしっかり養生しろ」
「おっと、ヤブヘビだったっす」
元気そうに見えても海堂は怪我人、そろそろお暇するかとしっかり休めと言いつつ背中から給料は欲しいっすけど残業はいらないっすよ、と海堂なりの激励に対して軽く手を上げることで応え医務室から立ち去る。
「……厄介だな」
誰も見ていない。
それだけで、さっきまで押し殺していた感情が漏れてくる。
ギリっと口元を引き結び。
口では厄介とこぼしつつも、魔剣使いへの対応策が縦横無尽に頭の中を駆け巡る。
脇に抱えていた資料を取り出し、歩きながら目を通す。
人にぶつかる心配はない。
気配を感じれば避ければいいと、わずかに視界を確保しつつ読みながら歩く。
それは海堂の話を基に作った資料だ。
そのまとめた内容を改めて確認するだけでその厄介さは理解できる。
魔剣使いの存在はその魔剣の能力故発見するのが難しく、また使い手の情報を希薄にするために資料から探し当てるのも困難。
言わばその魔剣を使用すれば、姿が物理的に見えず、他人の記憶、書類的記録からも抹消される。
使い続ければその影響は担い手を侵食し、最終的には世界から存在が抹消されるという時限的消滅を持つ危険な魔剣だ。
魔剣の中でも珍しい性能を持ち、能力自体は強力だが能力自体がデメリットという魔剣。
そんな普通なら使おうとも思わない魔剣ではある。
だが実際使われてみるとその厄介さは体感できるほど実感できる。
魔剣の担い手は言わば透明人間状態というわけだ。
どこの誰かわからない見えない存在に現在なっている。
おかげで魔王軍やテスター含めてそんな存在を血眼になって探し回って捕まえないといけないわけだ。
そして厄介ごとは重なる。
魔剣というのは一見デメリットばかり目立つようなピーキーな性能を持つ代物ではあるが、特定の条件下、魔剣の力を制御できればそのデメリットを最小限に抑えることができる。
単純に言えば、魔剣を使うための必要ステータスを満たせば、魔剣の能力を十全に使いつつデメリットを最小限にできる。
すなわち、もし仮に今回の魔剣の担い手がかなりの実力者であるのなら、自然消滅の可能性がほぼないということである。
おまけに、魔剣の存在が記憶あるいは認識されないというデメリットを隠れ蓑に認識されるから犯人ではないというアリバイも作ることができる。
そして自滅という可能性が消えたのなら、時間が解決してくれる可能性が消えるということ。
ヘタをすればこれからも被害が増えるかもしれない。
そんな魔剣使いである犯人はなぜ、テスターを狙う?
そんなことを誰もが考える疑問。
その答えの推測が、資料の末端に記載されていた。
「本当に、厄介だな」
これが真実なら勘弁してほしい。
そんな気持ちを抱えつつ資料を頭に叩き込む。
動機、行動心理、行動原理。
心理学から、過去の犯行からくる物理的根拠。
多方面からくる考えを持つ資料作成者は末尾に軽く添えるようにこう記載した。
『魔剣使いはテスターの可能性が有る』
今日の一言
時間は作れるが、つくり方を誤るな。
今回は以上となります。
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これからも本作をよろしくお願いします。