150 燻るものはどこにでも存在する
ケイリィさんの忠告、いやあの場合は警告か。
魔剣の紛失の話を聞いてから俺の生活が一変したかと聞かれれば大して変わらないと言いたかったが、あいにくともう一つの話で生活環境を変えざるを得なかった。
その中の一つを紹介するのなら、真っ先に上がるのはこれだろう。
「はぁ!!」
気合一閃、鉱樹を横に振るい相手の胴を切り払う一撃。
「ふん!」
それを訓練相手であるヒミクは訓練用の槍で容易に防ぐ。
割烹着という作業しやすく作られている服装ではあるが、戦うには不向きであるはずの服装である。
そんな服装でも余裕で受け止められるのはまだ俺と彼女の実力に差があるということだ。
悔しいとは思うが、その嫉妬心は己の未熟だと言い聞かせ、気合への起爆剤として使用する。
「あああああああああああああああああああ!!!!」
猿叫とともに放ち、力を増幅された鉱樹はガキンと金属同士がぶつかり合い火花が散るも、有効打でないのは手応が伝わってきている自身がよく理解している。
大舞台で戦うことを聞いてから、こうやって仕事終わりにヒミクと手合わせするのが日課になって幾日か。
戦うたびに試行錯誤の繰り返しであるが、相手は経験も実力も上だ。
なかなか一勝を拾うことができない。
ダンジョン内では対モンスター戦がメインで、戦う経験こそ積めても人型と一対一の状況になることが少ない。
おかげで対人経験の少なさが目立つ始末だ。
一応教官たちや海堂たちパーティーメンバーそしてヒミクといった面々との対人訓練はしている。
それに加えて出張で数回ではあるが対人の実戦経験もしている。
だが、そのどれもが自分と同等あるいは格下ばかりであった。
たとえイスアルの出張の時に戦った騎士団長という格上であっても教官たちと戦う時のような絶望するという感覚を持つような相手ではなかった。
だが、今回の闘技大会はその絶望するような存在と同列の存在を決める戦いだ。
俺の知らない教官みたいな実力者が出てきてもおかしくはないだろう。
必要なのは格上相手でも善戦あるいは勝利できるような条件を作り出すこと。
そのためにはこの経験不足少しでも埋める必要がある。
なので普段の訓練量を増やしたわけなのだが。
「っ」
「はぁ!」
やはり一朝一夕に実力は上がらない。
いや、感覚的には少しずつ対応できるようになっているのは感じる。
自分ひとりの訓練ではここまでの速度では成長できないだろう。
そんな成長の手助けをしてくれ、手合わせをしてくれる相手がいるというのは正直助かっている。
それが実力者であるなら尚のことだ。
この業界で性別関係なく強い者は強いというのが常識。
今も鉱樹との接続がないとは言え、全力で振るった一撃をヒミクはあっさり受け流しカウンターで槍を振るってきた。
「はぁはぁ」
連戦に次ぐ連戦に体力は限界を超え、最小限の力で戦っていた俺は起死回生の動きを取ることは叶わず。
体勢を崩していた俺はそれを防げず、目前に刃を突きつけられる結果となった。
「はぁ、ここまでにするか。付き合ってくれて助かったヒミク」
「うむ、私も体を動かせて良かったぞ」
ダンジョンテストを終えてからの体を追い込むような戦いはやはり辛い部分もあるが、だからこそ得る部分がある。
爆発的に成長できないのなら、やはり一歩ずつ歩み努力を積み重ねることが重要になってくる。
疲労が蓄積しているからこそ、力加減が必要最低限になり無駄が少なくなり、疲れているからこそ集中力が散漫になりがちだがその環境で集中力を身につけられる訓練になる。
さらに体を追い込むことによって、ステータスの上がり幅も増えた。
息を整えるまで数秒、そんなことを考えながら次は別の訓練方法を組み込むかと考えつつ、ある程度落ち着いたのを見計らって立ち上がり鉱樹を背中の固定具に収める。
「主、タオルを」
「助かる」
そのタイミングを見計らってヒミクは準備していたタオルを差し出してくれた。
手渡されたタオルで、汗を拭き一息ついた頃じっとこちらを見るヒミクに気づく。
「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
「……主、最近の主は少々無理がすぎないか?」
「そうか? 無理はしていないつもりだが……」
ヒミクが見ていたのは俺の顔に何かがついているのではなく、顔色の方を見ていたようだ。
俺自身疲労については気にしているつもりであったが、彼女からしたらまだまだ管理が甘く見えるらしい。
「この訓練もそうだが、結婚用の素材の調達、海堂たちパーティーメンバーの管理、ダンジョンダイブ、ほか書類仕事。抱え過ぎのような気がするぞ。それに主はこれ以外に何かを抱え込もうとしている。主が努力家なのはわかるが無理はするな。私だけではなくスエラやメモリアも心配している」
「……耳が痛いな」
どれもこれも身に覚えが有り、言われてみれば少々ハードワークになり始めている傾向がある。
「そう思うなら、少し反省してほしい。出会ってまだ間もないが、そんな私でも主は時々自覚して無理をする癖があるのが分かるぞ」
苦笑を見せる彼女の表情は仕方ないなと言っているようで、一緒に行動するようになってから何かと気にかけてもらっていることが感じ取れる。
そしてヒミクの言う癖というのはおそらく前の会社で身に付けた癖だろう。
体の許容量限界を見極め、その限界付近まで体の活動作業を詰め込む。
パンパンに膨らんだ風船といえばいいだろうか。
ある程度は衝撃に耐えるが、一定以上は耐えない。
そんな綱渡りをしていると彼女には見えたらしい。
幸い前と違って心配してもらえるという気配りを無下にしない程度には心の余裕があるので、ヒミクの言葉は素直に耳に入ってきた。
「無意識下で無理を通してたか……気を付けないとな」
「本当だぞ。主が倒れて看病することを嫌だとは言わないが、やはり倒れているあいだは心配だからな」
「気をつける」
「うむ! そうしてくれ!」
そして彼女の元気な性格に励まされている自分がいる。
次から次へと舞い込んでいくるイベントに、俺も少々焦りが入り始めたようだ。
うまく進まない、一つ一つ片付けていきたいが、遅々として進まない現状。
それに対して知らないうちに焦りを溜め込んでいたらしい。
急いては仕事を仕損じる。
ここいらで少し歩みを遅くしてもいいだろう。
「腹が減ったな、帰って夕飯の支度をするか」
「そうだな、なら少し食材を補給しよう」
「今日は何を作るつもりだ?」
「うむ、今日は肉じゃがに挑戦だ。一昨日マサルに味付けを教えてもらったからな!」
「そりゃ楽しみだな」
張っていた気を少し緩めヒミクを伴い帰路に就く。
仕事からプライベートの思考に切り替え、今日の夕飯の献立が気になり聞いてみれば女性に作ってほしい料理の代名詞が出てくる。
レシピは日本人である勝が教えたのだろうが、そこから異世界の出身である堕天使がつくる肉じゃがはどんな感じになるか楽しみにしつつ、訓練施設から廊下に出る。
「あ? なにか騒がしいな。何かあったか?」
「慌てているようだが」
廊下の突き当たりのダンジョン入口がある方向で距離はあるが、普通の声ではなく叫び声が聞こえてきた。
それ故その声は意外と明瞭に拾える。
『怪我人が通るぞ!! 道を空けろ!!』
『心肺、脈拍ともに低下中!』
『治癒士を集めろ!!』
耳に入ってくるだけでかなり物騒な言葉が飛び交っているのがわかる。
ストレッチャーに固定されているのが遠目では誰かまではわからない。
だが、人間であるのは間違いない。
それを見た瞬間、異常事態が起きていると理解した俺は瞬時に体が反応し。
「……っと、ヒミク?」
「主、また抱え込もうとしていたぞ。眉間に皺が寄っていた」
それを引き止める存在に即座に引き戻された。
騒ぎが起きただけでつい何が起きたのが現状を把握し、自分が動くべきかと悩んでいるタイミングで、すっと細い指が俺の眉間をつつく。
それだけで、すっと力んでいた体は自然体に戻る。
言われたそばから同じことを繰り返してしまった俺は苦笑を一つこぼしスマンと一言謝罪する。
確かに海堂たちがやられたわけではない。
そこまで神経質になる必要はなかった。
もしかしたらダンジョン内で身の丈に合わないモンスターと戦ったのかもしれない。
そうなれば俺が首を突っ込むのもお門違いのような気がする。
「気になるのか?」
「ああ、あそこまで重傷を負うのは初めて見るからな」
だが、それでもあの重傷を負ったテスターのことが頭から離れない。
本来であればダンジョン内で魔力体になっているテスターがあそこまで生身に影響が出るはずがない。
そんな重傷を負うのなら強制離脱で真っ先に医務室送りになるはずだ。
なのに彼らはダンジョンの外まで傷を残した。
いったい何が……
「……すまん、ここで考えても仕方ないな。夕飯の買い物に行こう」
「そうか、主」
「なんだ?」
「何かあれば相談に乗るからな」
「ああ、その時は頼む」
深く考えこもうとしていた思考を引きずり上げる。
現状では異常だと頭でわかっていても警戒することしかできない。
それなら今は情報が入ってくるのを待ったほうがいい。
そう思い、とりあえず落ち着くために軽く深呼吸をする。
そんな俺に抱え込む必要はないからなと後ろにそっと寄り添ってくれるヒミクに感謝し。
何かが起き始めていると理屈ではなく直感がそうささやいている。俺はその場から立ち去り、その日は頭の片隅にもやがかかったような違和感も覚えつつ買い物を済ませ、いつも通り四人で食事を済ませ就寝した。
そうして、そんな嫌な予感に反して心の中でまた日常が戻ってくると信じていた。
だが、次の日の早朝。
俺の願いに反して俺の嫌な予感を肯定するかのように送られてきた社内緊急メール。
それを見て俺の願いは神には通じていなかったことを理解した。
「魔剣所持者、ダンジョン内に侵入、そして狙いはテスターか」
件名でケイリィさんが言っていた内容と情報が一致する。
それだけで、メールの中身が良い内容ではないのを教えてくれる。
ヒミクが朝食の準備をしている間、出勤する前の時間帯。
俺はタブレットでまるで新聞の一面記事を見ているような感覚でメールを読む。
PK。
メールの内容を見て俺の頭にその単語がよぎる。
プレイヤーキル。
そのそれぞれの単語の頭文字を取ったオンラインゲームでよく見かける言葉だ。
メールの中身をじっくりと読み進めるうちにあふれるように出てきた言葉だったが、このメールが推測している人物像はまさしくそれだと言える。
襲われたのは魔法使いのみのテスターパーティーだ。
彼らは治療後すぐに目覚めたらしく、ダンジョンであった出来事を事細かく報告してきたらしい。
曰く、いきなり襲われた。
曰く、敵はいなかったと。
要点を押さえればやつらはこれを伝えたかったらしい。
これだけ聞けば、不注意で奇襲を受けて重傷を負ったとも取れる。
その場合は自己責任の一言で済まされるのが定説であるが、今の場合ニュアンスが変わってくる。
現在行方不明になっている魔剣、その効果がこの犯行のやり方と一致する。
その条件が加わるだけで、着眼点というのは変わってくる。
事実、メールの方も最後の締めで魔剣を使った犯行の線で調査に乗り出すようだ。
何はともあれ、ダンジョン内に不純物が入り込んだのは紛れもない事実。
何が目的で何が動機なのか。
職場にこれ以上危険が入り込むのは嫌だと思う俺はその情報を求めた。
詳細がわからない存在、それが身近にいるというのは恐ろしいと素直に思える。
これが前のエヴォルイーターの時と同じ魔王の政策に反抗する組織の差金か、あるいは別の意図で動くだれかの仕業か。
見当がつかない。
「……」
深く考えてもわからないのは理解できる。
だが、理性では理解していても感情で納得できない。
真に怖い敵というのは姿が見えない存在だと、なにかの話で聞いたことがある。
正しく今の敵がそうだといえる。
メールの内容はテスターを標的にしたと書かれているが、果たしてこの話も当たっているかわからない。
テスター狙いだという推測も、襲われたのはテスターだけでダンジョン内のモンスターが襲われていないという情報からの仮説。
砂上の楼閣の上に建てられた話であるので信憑性は低いと言っていい。
見えない敵の限定的な情報と憶測が飛び交う情報。
雲行きが怪しい。
そう思われる波が来ていると、直感的に思った。
今日の一言
火のないところには煙は立たない。
今回は以上となります。
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これからも本作をどうかよろしくお願いします。




