152 何があろうとスケジュールは進む
ダンジョンの全面閉鎖が行われて早二週間。
その間、主業務であるダンジョン探索を封じられたテスターたちができる仕事は限られてくる。
ステータスを上昇させる自主練か、アイディアを捻出し給料アップを狙う報告書の作成か、或いは自身の商売道具である武器の手入れといった内容におおよそ収束する。
例外的例を挙げるのなら、この空いた時間を利用して新スキルの獲得に乗り出したり、自力で武器を作ろうと考える輩もいなくはないが、新スキルなどそう簡単に取得できるはずもなく、武器作成も大体が初心者であるが故、学ぶために鍛冶師に弟子入りしようとするが、職人であるジャイアントたちに門前払いを食らう。
めげずに自力で挑戦しようと試みるも施設、道具、技術の三拍子を揃える段階で挫折している。
誰が何をする、何をなそうとしても、共通して皆暇を持て余している感がある。
もっとも、報告書などの仕事は置いておくとして、体を鍛えるだろう訓練をするだけで給料がもらえるという現状は、現代の日本社会においてなかなか破格な待遇である。
だが、会社側からすれば歓迎できる状況ではないのも事実。
だからといって、魔剣事件が解決していない状況で人手が足りていない現状でやれることは限られてくる。
その中で会社側が提示した苦肉の策と言えるのが臨時の合同訓練だ。
要は暇を持て余しているこの期間を利用して、参加できるテスターを一箇所に集め、テスター同士の交流による横のつながりの強化と魔王軍側が用意した実力者による指導によって、停滞気味のテスターの質の向上をさせようっていう腹積もりだ。
参加自体は強制ではないが、それでも余裕のあるテスターたちはこぞってこれに参加をした。
当然、大会を控えている俺も腕を磨くためにそこに参加したわけだが……
「なんで俺が、教師側なんだ?」
「すみません次郎さん。例の件のダンジョン内捜索のために人手が取られまして、思ったよりもこちらに回せる人員が少なかったので」
「俺に白羽の矢が立ったわけか?」
「ええ、あとエヴィア様から、遊ばせているヒミクさんに指示を出せるのは次郎さんだけだからと」
「そんなことだろうと思ったよ……監督官の本命はそっちか」
申し訳なさそうな、少しお腹が目立ち始めたスーツ姿のスエラに苦笑一つで納得することにした。
言ってはなんだが、テスターの中で一番前衛としてステータスが高いのは俺だ。
それに強制的な出来事ではあったが、ここに居る全員を一人でぶちのめしたこともある。
そんな俺が同列の環境で同じ訓練をして、俺のステータスに変化が出るわけがない。
良く言えば体をほぐすような訓練、悪く言えばぬるい訓練。
そんな環境で俺を遊ばせるくらいならば教師役で参加しろという監督官の意図が見えた。
ついでといえば。
「当然だが、ヒミクの方が人気だな」
「彼女は様々な距離で対応できますからね」
俺は現在、全く教師役として仕事をしていない。
ほかのテスターたちと俺の仲が微妙というのも最早慣れたものであり、こうなることは予想できた。
だがそれ以上に堕天使という珍しい種族に加えて、美人で割烹着という格好で少し天然な性格も相まって、男のテスターどころか女のテスターたちの心も掴んだヒミクは今や引っ張りだこの教師だ。
加えて、彼女は手加減こそ苦手とするも、近接、中距離、遠距離とそつなくこなすことができる。
なので、どの職業に対しても一定以上のアドバイスができる。
おそらくだがこの展開も監督官の予想の範疇に入るだろう。
まぁ、男どもは完全に下心丸出しで一回鉱樹で切り倒してやろうかと思ったがな。
「俺がいる意味は、ヒミクを繋ぎ止めるだけってか?」
「そうですね」
「いや、せめて否定してくれよ」
「仕方ありません。事実ですから」
ヒミクを取られたという子供っぽい僅かな嫉妬心がバレたのか、クスクスと笑いながらからかってくるスエラに勘弁してくれと言いながら、訓練の光景を眺めている。
ダンジョンの中での張り詰めたピリピリとした空気はなくとも、各人真面目に訓練に取り掛かっている。
職種別に分かれ、その職に合った教師に従って訓練しているものもいれば。
仲間内で相談し、他所のテスターの技を見て参考にしている輩もいる。
魔法が飛び交い効率や威力の向上に努め、空中に浮かぶ的めがけ弓矢を放ったりし命中率と速射性をあげたり、回復魔法の純度を上げるためにはどうすればいいのかと講義形式の場も見受けられる。
個人的な部分を挙げるのなら、女性テスターに人気のある火澄に嫉妬した海堂が、怪我からの復帰がてら前衛どうしという理由で決闘を申し込んだ。
魔法禁止の純粋な戦いで海堂と火澄が切り結んだり。
その隣のエリアでは、ダンジョン内で使うべき魔法の模索をしていた北宮と南がいる。
最初は互いに意見を出し合い順調に滑り出したかのように見えたが、ふとしたきっかけで意見が割れ、睨み合ったと思ったら実戦形式の検証となり、今ではドンパチやっている。
火力自体は北宮が上だが、意外性の塊である南に苦戦している様子だ。
それを見てなにをやっているのだと勝とアメリアが顔を見合わせ苦笑しあいほのぼのとしている。
「スエラ、この中で欠席しているテスターっているのか?」
「……用事などで来られないというテスターは何人かいます」
そんな光景を見て、俺もじっくりと訓練に身を置きたいところだが。
全力で戦える相手がこの場にいないこととこの訓練の別の意図が気になるという理由が重なり、いまいち身が入らない。
「それを含めてテスターの存在は全員確認が取れたのか?」
「はい、全員いるはずです。念のため書類の方でも確認しました。ただ」
「魔剣の影響がどこまで出ているかだよな……正直に言えばここに居る全員の顔を覚えているわけでもないしな」
「そうですね」
この訓練の裏でダンジョン内と社内で魔剣の捜索は続いている。
件の顔のわからない魔剣使い。
手がかりは魔剣の効果と形状だけという、何も手がかりのない状況で物的証拠を探すというかなり無茶な捜索だ。
それに加えて今回の合同訓練も魔剣事件の一番疑わしい容疑者であるテスターたちを一箇所に集めた雰囲気がある。
さっきからチラチラとテスターたち以外の視線を感じる。
やっていないという自覚があるからだろうか、必要以上にその視線にうんざりしながら俺の訓練はどうするかと考えていると。
「あ、気づかれちゃったかな?」
ふわりと妙に柔らかい気配を感じる。
突如感じた気配に対して、スエラを庇うように感じた気配の方に振り向いてみれば、ニッコリと優しげな笑みを浮かべる優男がそこに立っていた。
一見普通の男に見える。
魔王軍というのは種族の特徴がかなり出やすい。
鬼なら角、アンデッドなら骨の姿といった雰囲気、ダークエルフなら尖った耳や肌の色、竜に関する種族なら鱗といった感じだ。
だが、パッと見て目の前の男にはそれがない。
となると。
「吸血鬼か?」
「せいかい~、よくわかったね。牙は見せなかったし僕の肌って白いけど結構人に近い色合いだと思うんだけどな」
「目に魔力が集まりすぎだ。魔眼が隠しきれてないぞ」
「あちゃぁ、そっちか。君結構鋭いって言われない? これでもだいぶ魔力を減らしているんだけど」
「これくらいできないと訓練で死んじまうからな、お前以上に魔力を隠して魔法を撃ってくるからなあの教官は」
「……へぇ、さすがあの鬼王と不死王の秘蔵っ子ってところか。とっさの動きもなかなか……うん、これくらいはできて当たり前か。これは僕の見積が甘かったと言わざるを得ないよ」
用件も告げず、名前も告げず。
目の前の優男はうんうんと勝手に納得して話を進める。
俺のことを知っているようだが、何者だ?
見た目だけで言えば欧州系、イタリア系と言い換えればいいだろうか?
ハニーブラウンのウェーブがかかった髪を揺らしながら俺の声で気づいた女性テスターたちをその笑顔で魅了していく。
ところどころ仕草に軽薄さが目立つ。
いかにも女ウケのいい立ち居振る舞いだろうが、そのくせ瞳の奥には何を考えているかわからない薄気味悪さを灯している。
警戒が取れない怪しい男。
それが、この僅かなやりとりのあいだに俺が出した目の前の男の印象だ。
そんな男に対しての黄色い声が背中から聞こえ始めたことにため息を吐きたくなるのを我慢しながら、そっと背後を見る。
「知り合いか?」
「いえ、おそらくメモリアの知り合いでもないかと」
「ああ、グレイさんたちとも顔立ちが似ていない。親族ではないと思うが」
俺の中で吸血鬼と言えばメモリアだが、その親族かとも思ったが雰囲気も顔立ちも全く似ていない。
なので確認の意味合いを持ってしてスエラに話題を振ったが、彼女も知らないと言う。
となると、有名でない吸血鬼で、なおかつ会社に来る予定のリストに入っていないことになるが……
「おっと、自己紹介がまだだったね」
「してくれるのか?」
「当たり前さ! と言いたいところだけど、うん。確かに君の疑念のとおり、ここで素直に自己紹介するのは面白くないね」
「いや、しろよ。自己紹介におもしろさを求めるな」
追加でわかった快楽主義者という情報のおかげでますます目の前の優男が怪しくなってきた。
疑念は警戒に変わり、そっとスエラを背後に逃がすように押し一瞬抵抗したようだが、お腹の子もあってか気をつけてと一言残し下がるのを確認し、こっちに飛んできそうなヒミクを視線で制しそこでテスターたちの守護に充てる。
一対一の状況を作られた感は否めないが、現状これがベストだろう。
「そうかな? 生きていくうえで楽しむというのは欠かせない要素だと僕は思うね。それに君も随分乗り気のようだし、ここは一つどうだい? 剣で互いを紹介するってのは」
「とんだバトルジャンキーがいたもんだ。そんな自己紹介聞いたこともないし、あいにくと事勿れ主義の日本人でな。そういった面倒な話はお断りだ」
「つれないなぁ、本当にあの鬼王たちの秘蔵っ子なのかい? こんなに僕が誘っているのに闘気の一つも見せてくれない」
すっと目の前の優男は何気ない仕草で鞘から剣を抜き放った。
普段目にする剣と違った細身の刀身、レイピアと呼ばれる刺突をメインにする武器だ。
それをゆらゆらと揺らしながら段々と闘気を醸し出す男はどんな手を使ってでも戦おうとする意思を俺にぶつけてきた。
「変な言い方をするな、誤解されるだろう」
目の前の優男の剣に段々と魔力が乗り移ってきた。
もはや言っても引かないだろうとわかっている。
「誤解しないでほしいな」
ゆっくりと、まるで女性を口説き掛かるような優しい声音で語りかける優男は。
「僕は」
悠然と立つ姿、自然と抜けている力、闘う意志が無いように見せている仕草。
「本気だよ!」
その全てが既に万全の戦闘態勢を整えているのだと俺に伝えてきた。
「っち!」
「あは! 抜いてくれたね!!」
「抜かせたの間違いだろうが!!」
ギリギリだった。
踏み込みの入りが自然すぎて一瞬反応が遅れた。
もう数瞬反応が遅れていたら俺の喉に風穴が空いていただろう。
明らかに直撃コース。
手加減など微塵も感じられない一撃だった。
それをそらすために背中から鉱樹を俺のできる最速で抜刀した。
頭で考えるよりも脊髄で反応し、重量を載せるために直上からの振り下ろしにもかかわらず、できたのは相手の刃を脇にそらしつばぜり合いに持ち込むことまでだった。
反応が遅れて万全の一撃ではなかったにしろ、重量差や一撃の威力の差はあるはずなのに、吹き飛ばすことができずその場に停滞した。
ぶつかった瞬間に分かった。
攻撃の勢いを完全に殺されたと。
「それにしてもすごい一撃だったね。もう少しタイミングがずれてたら僕の剣が折れていたよ」
「よく言う、俺の攻撃を完全に殺しておいて」
「それができないといけない環境だったからね!」
「どんな環境だよ!!」
力はこちらが上、技量はおそらく向こうが上。
その技量の差も致命的ではないだろうが、この時点で全力を出さないといけないと判断している俺の思考に待ったをかけ、とりあえずこの間合いはマズいと距離を取る。
相手に踏み込まれるのはマズいと思い、一瞬力を抜きこっちに寄せてから一気に力を込め振り払う。
「おっととと、すごい力だね。僕の体じゃそんな力を出せないよ」
「白々しい、そうやって俺を油断させるつもりか? さっきのももう少し勢いが弱かったら俺の首を切り裂くつもりだっただろう」
「それがわかるのかい?」
「のうのうと殺気をピンポイントで送り込んでおいてよく言う」
「さすがにわざとらしすぎたかな?」
予想よりも軽く押せたことに警戒したのが功をなした。
寒気が出そうな殺気が首元を襲い
とっさの判断で魔力を回したおかげで俺の首はつながっている。
「……」
強い。
いや、教官たちのような圧倒的な強さではないが、それでも素直に強いと思える。
互いに全力ではないにしても相手が強いというのだけはわかる。
じっと、無駄口を減らし観察するように優男を見れば、男は男で楽しそうに笑みを深めるだけだ。
その仕草が今度はそっちから攻めてこいと誘っているようであった。
癪だが、このまま様子見しても埒があかない。
鉱樹を肩に担ぎ、足幅と重心の位置を整える。
そう構えただけにも関わらず、正面で何かがぶつかり合っているような感覚がある。
いや、事実あるだろう。
俺の魔力と、目の前の優男の魔力が小競り合いを引き起こし、陣取り合戦のように押したり引いたりを繰り返している。
一筋縄ではいかないのはこの攻防だけでよくわかる。
そうして俺は、ゆっくりと重心を前に傾け
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
猿叫とともに暴風と化し、目の前の優男にめがけ鉱樹を振るうのであった。
今日の一言
予想外があろうとなかろうと、スケジュールは進み。予定はこなさなければならない。
今回は以上となります。
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これからも本作をどうかよろしお願いします。




