149 積み重ねてきた努力、それが力となる。
宴という名の反省会は酒の効果や雰囲気の良さもあって夜遅くまで続いた。
元から泊まる予定であった未成年組は日付をまたぐ前に仮眠室で就寝。
スエラも妊婦ということでヒミクの付き添いのもと、早めに眠りについた。
残った面々も酒が入り、一人脱落し、二人脱落し最後に軽い後始末をする役割を押し付けられたのは。
「だいぶ成長したわね、それ」
「そうなのか? 形は変わったと思うがな」
「あなたより長く生きてきたけど、そこまで成長した鉱樹は見たことがないわね」
俺とケイリィさんという珍しい組み合わせだった。
皿をまとめテーブルを整理してスペースを確保し、眠気が来るまでやろうと思った作業をケイリィさんは覗き込むように観察する。
二人きりになれば多少異性というものを感じるものだが、俺は意図的に彼女は種族的に男女という感情をなくし、普通の同僚としての距離感を保っていた。
そんな二人きりの空間、そして夜なら吸血鬼のメモリアも残り三人での会話になりそうであったが、あいにくと彼女は酒に弱いので実は未成年組よりも先にダウンしてしまっていた。
そしてまだ語っていない残った面々といえば、海堂は自棄酒と無理やりテンションを上げ日本の酒と異世界の酒をちゃんぽんにしたせいでソファーでダウンし、南と北宮はなぜか二人でいつの間にか飲み比べを始め同時にダウン、そしていつもの仲の悪さが嘘のように寄り添って眠っている。
それで残ったのが、鬼に鍛え上げられた肝臓を持つ俺とほどほどのペース配分をしていたケイリィさんというわけであった。
この段階で俺は彼女を引き止めるようなことはせず、その場は解散と言った。
たとえ互いにその気がなくても、交際していない二人が深夜遅くまで一緒にいるのは俺はまずいと思ったからだ。
かと言って俺はすぐに眠りにつかなかった。
飲み足りないという感覚と少し目が冴えてしまったという理由で一人で晩酌をしようと、スエラに勧められてから俺も飲むようになったダークエルフの好むほんのり甘酸っぱい果実酒が入ったボトルを一本と、ヒミクと勝が作ってくれた宴会料理で残った物を摘みとしてテーブルに用意し、鉱樹の手入れでもしようかと思った。
そんな俺の行動に意外なことにケイリィさんもこれに付き合うことになった。
だからといって彼女も武器の手入れをするわけではなく、個人的な興味で俺の武器を見たいと言い、自分で使っていたグラス片手に俺が用意した酒と摘みをゆっくりと味わいながら俺の作業を眺める。
「最初は本当に雑に剣の形をしてるってだけの武器だったが、今じゃどう見ても刀の形をしているからな、鍛冶師泣かせの異名は伊達ではない」
懐かしく思うほど時間は経っていないが、それでも愛着を持てる程度の時間が経過した相棒の姿は使っていた俺が驚くほどに姿を変えている。
相棒を買った当初の面影は綺麗になくなり、俺の手元にあるのは立派な大太刀である。
最初は鈍く光っていただけの刀身も今では磨かれた鏡のような光沢を放ち、これがただの鉄板を剣状にしたような武器だったと言って信じる奴はどれくらいいるだろうかと思えるほど武器らしくなっている。
その表面を、指を切らないように注意しながら手入れ用の布で磨く。
成長する剣、いやこの形を見れば刀というのが正確か。
ゲームのような設定を持つ相棒である。
おまけにうまく育つかどうか長い年月をかけてみないとわからないと言われるほどの博打要素付き。
我ながらひねくれた武器を手に入れたと思うが、今ではこの武器を選んだことは間違いではないと断言できる。
そんな相棒の刀身を手入れ用具で丁寧に磨きながらケイリィさんと会話をする。
「それで? 何か俺に話でもあるんじゃないんですか?」
いや、会話というよりは伝達事項の確認と言ったほうが正確か。
何か言いたげな雰囲気を出すケイリィさんに顔を向けることなく、視線を鉱樹に向けたまま手入れの動きを止めることなく問いかけた俺の言葉は。
「なんのことかしら?」
最初はとぼけるようなケイリィさんの言葉に遮られる。
「わざわざ二人っきりになるように酒量を調整しといて白々しい。無いなら無いでいいんだが、ここで聞いとけって俺の勘が言うので、可能なら聞かせてほしいところだな」
だが、その言葉に反してケイリィさんの行動そのものが何かあると言っていた。
だからといって彼女のポーカーフェイスが下手というわけではない。
彼女は宴を楽しんでいないわけではない。
彼女は空気を読まず周囲から浮いていたわけではない。
ただ、教官たちに鍛え上げられた俺の勘が何か違和感を感じ取りそれを頭の片隅にとどめていたに過ぎない。
杞憂で済めばそれでいい。
取り越し苦労には慣れているのでその程度の労力なら惜しくない。
そしてその勘は今日も正常に機能していたらしい。
確保していたお酒を一口飲み干したあとに彼女はニッコリと笑い告げてきた。
その笑いは整っているが、色合いで表すのなら白ではなく間違いなく黒だと断言できる。
「悪い話とちょっと悪い話、どっちから聞きたい?」
案の定俺の感覚は間違っておらず彼女の口から吐き出された言葉は決して良いものではなかった。
「なんだその理不尽な二択は、おまけに聞かないという選択肢もないと来た」
「え~、お姉さんは次郎君が聞きたいって言うから話すだけだよ?」
「そこでわざとらしい態度を見せるな、大抵の男ならそれで騙せてもその前を見ている俺に通用すると思うな。なんなら、ここで全力で逃げ出してもいいんだぞ?」
「安心して、全力で話を聞いてもらうから」
「実力行使する気が見えている時点で安心できる要素がないぞ」
全力で言葉で話し合いに持っていくのでなく、全力で物理的に話し合いに持っていくという雰囲気を彼女から感じ取った俺は素直に話を聞くことにする。
そして自分で振った話題であるが、返ってきた答えに良い話がないということに軽く絶望しつつ、もはや頭痛薬もいらないくらいになれた空気の流れを仕方ないと割り切り刀身を磨きながら無言で催促する。
「ごめんね、お姉さんも話をしないとエヴィア様から怒られるから」
「上役からの悪い話という段階で嫌な予感が嫌な警報に変わったぞ。なんだ? 俺がリストラ対象にでもなったか?」
「あはははは、君ほどの人材を手放すわけないじゃない」
「そう評価してくれるのは嬉しいが、このあとに悪い話が来るのが分かっていると素直に喜べないな」
現代社会にとって最悪の部類に入る解雇宣言がないとなるとほかに何があるか。
俺の経験の中でも簡単には想像できない。
「それでどっちの話から聞きたい?」
「じゃあ、悪い話で」
なら悪い話を先に聞いてちょっと悪い話をさっきよりはましかと思うことで精神的ダメージを軽減しようと思った俺は悪い話から聞くことにする。
「ちょっと厄介な仕事を受けてもらうことになるけどいい?」
「ちょっと厄介って、どれくらい厄介なんだ?」
「引かない?」
「引くほどなのか?」
「逃げない?」
「逃げたくなるほどなのか?」
「現実逃避しない?」
「……そこまでなのか?」
「うん、この話聞いたときには次郎くんのこと本当にかわいそうだと思ったよ」
ニコニコと笑っていたのは同情心を隠すためか、いざ本題を言おうとするタイミングで彼女の表情から笑顔が消える。
その表情は、感情を隠し仕事を遂行しようとする者がよく見せる顔、言わば私人としての自分を御しきれている奴がする顔であった。
「ほら、とある事件で蟲王様が亡くなられたじゃない?」
「ああ」
とある事件と濁されても、俺自身捕食されかけた事件だ。
当事者であった俺は当然記憶には消したくても消せないくらいに鮮明に覚えている。
むしろ食われかけたという記憶をあっさり忘れることができる奴がいるのなら会ってみたいものだ。
「それで七将軍の席が一席空いたわけで、これ幸いにと色々な貴族からその地位を埋めるための推薦状が殺到してるの。本当だったら突っぱねるところなんだけど、空いている席が問題で、魔王軍としても空席は好ましくないの」
「だろうな、主戦力が少ないですって言っているようなものだ」
「それで新たに将軍を決めようって話になったんだけど、魔王軍って実力主義じゃない? おまけに力が強いのはプライドが高い。そんな中から一人選ぶのなんて簡単に決められないのよ」
「確かにな」
将軍といえばこの魔王軍では最大戦力の一角。
彼らを出せばそれだけで戦況を左右できるほどの実力を持っており、ダンジョンの一つを任されるほどの存在だ。
おまけに莫大な権力も得ると来た。
そんな重要な存在の地位を欲しがる者は数多く、その中から簡単に決められないのはわかる。
「強ければいいってわけじゃないけど、強くないと将軍って地位に就けないわけじゃない?」
「ああ」
「それで誰もが黙り込んで認めるしかない一番強い存在を将軍にしようってことで、なら興行収入を得ようって財務部が騒いでね、企画部が頭をひねって闘技大会を開くって話になって、次郎君がエントリーされました」
「待て!いきなり話が飛んだぞ、なんでそうなった」
一応主任という地位をもらっているが、下から数えたほうが圧倒的に早いうえ、権力的には平社員とドングリの背比べができる地位である。
そんな俺が、何故上から数えたほうが圧倒的に早い地位である将軍を決める争いに参加せねばならん。
「鬼王様と不死王様の推薦が」
「わかった、なんとなく察した。ちなみに、それに参加する連中の実力ってどれくらいだ?」
あの二人がこんなお祭り騒ぎを見逃すはずがないと、ケイリィさんが教官たちの名前を出した段階で俺は察した。
「優勝候補って呼ばれている存在は鬼王様と戦えるってくらいかな?」
「俺に死ねと?」
「文句は鬼王様たちに言ってね。お姉さんメッセンジャーだから」
あの二人の行動は絶対面白半分でやっているのがわかる。
だが、その面白さとは悪ふざけでやっているのではなく、きっちりと可能性を含めた面白さだ。
戦って勝てない結果がわかっている試合を見る趣味を教官たちは持っていない。
おそらくだが、今の実力ならどんなに少なくともかろうじて現実的な数値で勝算はあるのだろう。
死に物狂いで戦えと言い訓練を施した研修時代の教官たちの行いを見る限り、この考えはあながち外れているとは思えない。
武闘大会という聞くからに物騒な催し。
群雄割拠の猛者が集まる催しに気づけば参加させられている現実に泣きたくなってきた。
確かにケイリィさんの言うとおり俺にとって悪い話だ。
教官の推薦状という赤紙のおかげで拒否権はほぼないと言っていい。
現代社会における俺も一度振るった伝家の宝刀ボイコットもこの場合は使えないだろう。
「はぁ、せいぜい怪我をしない程度に頑張るか」
「お姉さんから言えるのはこの一言だけよ。スエラを未亡人にしないでね」
「俺も生まれてくる子供の顔を見ないで死ぬのはごめんだ」
やるなら優勝と宣言できれば一番なのだが、そんな甘い想定ができるはずがない。
未知の敵、それこそモンスターとは違った知性を持った存在との戦い。
それに対して気負うことがなければいいなと不安に思いつつ、今考えても仕方ないと割り切り、ため息も飲み込んでもう一つの話を聞くことにする。
「それで? ちょっと悪い話っていうのはなんだ? 俺より先にケイリィさんが式を挙げるって言うならいい話だと、おっと」
「殴るわよ」
「殴ってから言うな、さっきの話を持ってきたことに対しての皮肉だ。冗談だと流してくれ」
「受け止めておいて何を言うのよ全く、冗談にしては笑えなかったわよ」
俺も少しブラックジョークが入りすぎたと思いつつ、素直に殴られていれば奥歯の一本は折れていたのではと思う威力のストレートを防いだ右手を下ろす。
「まったく、お姉さんをからかうんじゃありません」
「悪かったって、それで話を戻すがちょっと悪い話ってなんだよ」
「地下施設で何店舗か武器屋があるのは知ってるわよね?」
「ああ」
「当然、魔剣を扱ってるのも知ってるわよね?」
「あのトチ狂った性能の武器な」
効果は魔剣と名を売っているだけなかなかのモノを持つ。
だが、代償がでかい。
剣の達人になる代わりに発狂するという剣を見せてもらったことがある。
一般的な感性があるのなら代償を聞いただけで使う気が失せる代物だ。
あれを作ったという存在もそうだが、仮に使う奴がいるのなら使う人間の気もしれない。
「そう、その魔剣よ。どうやらその魔剣のうち一本が行方不明らしいのよ」
「行方不明?」
「ええ、棚卸してた時に武器屋の店主が魔剣を紛失してたことを隠していたのがわかったのよ。物が物だから公にはしてないけど、結構みんなシビアにそれを捜索してるの。見かけたら触れないでこっちに連絡して」
確かにちょっと悪い話だ。
いや、悪い話というよりは警告に近い。
「その魔剣ヤバイのか?」
「そうね、かなりヤバいわ」
危ないものが出回っていると聞き、それがどんなものか気になるのは一般的だと思う。
どんな魔剣かケイリィさんに聞くと。
「存在感が極端に薄くなって、暗殺し放題な魔剣かな?」
「おい、なんだそのお手軽暗殺入門用な魔剣は? ここ、一応ダンジョン攻略を目標にしているんだよな?」
「私に言わないでよ。ジャイアントたちが中には安全にダンジョンを攻略したいって言う人がいるかもしれないって言って作った代物なんだから。まぁ、欠点として、使い手の記憶情報も希薄にしちゃうから周りから認識されなくなっちゃって存在を忘れられちゃうからねぇ。おかげで私たちも誰が盗んだかわからないのよ」
「それ、どうやって発覚したんだ?存在が希薄になるなら魔剣がなくなったこともわからないだろ?」
「ああ、そこは大丈夫、魔剣の情報はしっかりと残るのよ。希薄になるのは使い手だけ」
「なんてアンバランスな魔剣だ」
その魔剣を使っている現場を見たら魔剣だけが宙を浮いているように見えるのか?
使い方によっては大惨事になりかねない代物が行方不明なのは不安に感じるが、今この場で彼女にどうこう言っても仕方なない。
「ちなみに、なんで真っ先に俺に言ったんだ?」
「あなたが騒ぎに愛されてそうだからよ」
そんな話を振られた理由を聞いてみて返ってきたのは、最近心当たりが多すぎる俺のトラブル体質だからという否定しづらい理由だったことに対して俺は苦笑を返すしかなかった。
今日の一言
実力を認められることは基本いいことだが……仕事も増える場合がある。
今回はこれで以上となります。
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