101 時には打算も必要になる
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
魔王軍では殴り合う程度の喧嘩など日常茶飯事だ。
翌日に注意を受けることもなく、俺はスエラたちと別れたあとは部屋に戻りこうやって部屋でパソコンに向かっていた。
「ん~、どうするかねぇ」
だからと言って報告書を作っているわけでもない。
作っているのは企画書だ。
昨日の喧嘩は言わば一方的な八つ当たりであるが、それでも思うところがないわけではない。
あのまま行けばあいつらは辞めるかそれともまた問題を起こすかだろう。
辞めるならまだいいが、これが自棄になってダンジョン内での犯罪まがいの対人戦闘に発展したら少々面倒だ。
攻撃しても死なないという保証はこういう時に人間の判断基準を下げかねない。
ダンジョン内の敵にテスターが増えることになれば組織として、いやテスターという存在の存続が怪しまれる。
順調に行っている職業を失う前に動くべきだ。
そうなる前に監督官やスエラに相談すべきなのかもしれないが、何もせずにただ相談に行くのも何か違う気がする。
だから、まずはこうやって二、三解決策を自分で考えてからだ。
「問題点は見えてんだが……問題が初歩的すぎる」
他のテスターも抱えているだろう不満の元となる問題点は、おそらく大まかにはこの三点に絞られるだろう。
一つ目は苦労してダンジョンに挑んでも収入の割が合わない。
まぁそれでも歩合と月給を合わせれば普通のサラリーマンの三倍以上は稼げているはずなんだけどな。
それが普通になってしまったらもっと欲しくなるのが人間だ。
うまく稼げないとなればたとえ自分が悪くても不満は出てくる。
二つ目は想像しているよりも攻略がうまく進まないことによる挫折感。
攻略方法と強くなる方法を手探りで探っている現段階では余計な手間は絶対に出る。
それによる効率的な動きができない。
想像していたように仕事ができないということに対して割り切りができていないのだろうな。
そして三つ目、隣の芝は青いということか。
俺たちだけが評価されているということに対して嫉妬しているということだろう。
俺たちからすればまだまだであるが、周りよりはうまくいっているという自負はある。
それは確かに会社からの助力もあってのことだが自分たちで努力した結果だ。
たとえ問いただされても胸を張って言える。
昨日のやつの発言から考えると努力した部分には目がいっていないようだが。
「似たような経験はあるが……どうするかね」
前の会社にいた時は仕事のできる部署は尊敬よりも先に仕事をしていないんじゃないかと疑われていたからなぁ。
前の会社の話は根も葉もない噂で、事実は仕事のできる先輩がてきぱきと効率よくやっていたからあの部署は平穏だっただけのこと。
だが、その先輩が上司と喧嘩別れして辞めた途端修羅場になっていたがな。
それと今回のケースは似通っている。
違うのは俺が辞める理由がないという点だ。
さてほかにも細かい点を挙げればキリがないので省略するが、大まかなやつをこうやって挙げてみたが、俺が干渉できる範囲外のものばかり。
給料面は俺が金を与えるわけにもいかなく、自分で稼ぐほかない。
強くなるのくらいはアドバイスや訓練を手伝うことができるかもしれないが、素直に俺の話を聞くかどうかが問題になる。
嫉妬に至っては俺が関与したら余計に話が拗れそうだ。
これをぱっと解決できるような案が思い浮かべば気楽でいいのだが、企画の内容で俺の指は止まってしまっている。
口にくわえていたタバコを灰皿に押し付ければ、指が進まない間に吸殻で山ができている。
「レクリエーションって案は浮かんだんだが、問題はその中身だよなぁ」
やることは決まっているが、その内容が決まっていない。
行き詰まっていい考えが浮かばない。
こういう時は
「ダンジョンでも行くか」
運動するに限る。
気分転換で仕事に行くというのもおかしな話であるが、存分に力を振るえるというのは体験してみると思いのほかストレスの発散になる。
加えて金も稼げるとなれば一石二鳥だ。
そうと決まればタイトルしか書かれていない企画書の草案を仮保存し、パソコンの電源を落とし手早く身支度を済ませる。
あいにくと今日は休日で俺以外のメンバーはいない。
パーティールームに行くなり携帯で連絡なりすれば誰かしら捕まるかもしれないが、わざわざ休日出勤してくれとは言えない。
鎧と鉱樹を装備し終えた俺は真っ直ぐにダンジョンの入口に向かう。
そうして気分転換なら挑んだことのないダンジョンに挑もうかと思い、俺は巨人王のダンジョンに挑んでみる。
「こりゃぁ、なかなか骨が折れそうだ」
そこは天然の要塞。
見上げるだけで天辺は見えない断崖絶壁に近い山肌を見た感想がそれだ。
標高の高い山岳地帯の地形をうまく使った、ダンジョンというには無理がありそうな要塞がそびえ立っていた。
洞窟や地下を使わないフィールドタイプのダンジョンとは聞いていたが、支城をいくつも兼ね備えた砦とは聞いていない。
崖はほぼ地面に垂直で、唯一の道であろう山道の先は支城に繋がるようにできている。
崖に挑めば最短で行けるが落下の危険性と途中モンスターに襲われた時の危険性がつきまとう。
かと言って足場が安心の山道を進み正面から挑めば砦からの弓矢で蜂の巣にされそうだ。
山岳と言う特性を活かし攻めるには難しく、守るのは簡単なダンジョンにさっきの企画書作りとは違った悩みが出てくるが。
「まずは挑んでみるか」
戦いに関しては前向きに開き直った俺はやってから悩もうとまずは一当てすべく、鉱樹の柄を握り地面を蹴ってショートカットすべく崖を駆け上がる。
山道はあからさまな罠を感じ取ったからその選択であったが。
「当たり前だが、こんな行動するやつにも対策済みか」
ゴロゴロと何か大きな音が聞こえたかと思うと上から岩が落ちてくる。
その先には一つ目の巨人が岩を落としてくる作業を続けていた。
このまま真正面に蹴り上がり続ければ岩との接触は避けられない。
「ま、岩くらいで止まりはしないかな」
これが鉄塊とかなら少し悩むが今更岩ごときで止まる俺ではない。
「そうなるよな」
先頭の岩を切り裂き僅かな滞空時間を利用してその岩を足場にしさらに跳び上がる。
そんな俺の姿を見たサイクロプスたちは次の手段でバリスタを取り出してこっちに矢を射かけてくる。
矢といっても巨人サイズ。
その一本一本が短槍と一緒だ。
重量と重力加速度そして射出速度を考えれば威力は察せる。
刺されば痛いでは済まない。
かと言って崖では逃げ場はない。
左右に避けようにも足場の制限があっては自由に動き回れない。
面倒だが、全てを切り開くほかない。
グッと柄に込める力を増やし、魔力も流す。
鉱樹の根は張らない。
あれはあれで魔力の消費が激しく、短時間ならまだしも長時間になれば厳しい。
ここで使うのは後のことを考えれば得策ではないからだ。
それでも十分なくらいの実力は身につけた。
キンキンと金属を弾く音の間に岩を切り裂く音を混ぜながら崖を登りきって、広場に出る。
「残り三体」
宙に浮いた俺はまずは魔力の刃である斬撃を飛ばし、次に最寄りのサイクロプスに斬りかかる。
それだけで二体のサイクロプスが崩れ落ちる。
反応する暇も与えず崖際にいたサイクロプスの首を切り落としながら着陸し、素早く周囲を見渡せば広場の向こうには柵が見え大体のこの場の用途を理解する。
ここは簡易的な拠点らしい。
そんな場所で山道側を警備していた残りのサイクロプスを発見し、目測距離およそ三十メートルの距離を迷わず駆け出す。
「二体、次」
三十メートルの距離は瞬く間にゼロになり、鈍足な巨人が大槍と巨盾をもってこちらに反応するよりも先に足首を切落し、姿勢が崩れ頭が目の前に降りてきたのをめがけて鉱樹を振るう。
指差し点検するように倒した敵が魔力へと変換される様を見送ることなく次の敵へと駆け抜ける。
「一体」
大槌を振るおうとしたサイクロプスを下から切り上げるように跳び左脇腹から右の肩口にめがけ鉱樹を振り抜く。
そして宙に浮いた場所で一回転し唐竹割りでその顔を縦に割る。
それで決着だ。
サイクロプス一個分隊を全滅させた。
「モンスターを相手にしているというより、軍隊を相手にしているような感じだな」
今まで戦っていた相手は良くも悪くも野性的だった。
それとは正反対で軍事的な動きが目に付く相手に勝手の違いを感じさせられる一戦であった。
これは先に進めば進むほど手こずりそうだな。
一息つこうとポケットからタバコを取り出そうとするが
「ん?」
何かが駆け抜けてくる音が聞こえる。
あと、何かを追いかけるような重低音もついでに聞こえる。
「追加か?」
一服は後回しにし、手早くポケットにタバコを戻し音の元へ顔を向ける。
発生源は登り山道の方だ。
サイクロプスのような三メートルを超えるような巨体が動き回る道だから幅は十分だが、縦横無尽に動くなら広場の方がいいと思いここで待ち受ける。
「もう! マイクが変なこと言うカラ! 見つかったヨ!」
『ん? 僕は別に間違ったことを言ったつもりはないよ? ただ、サイクロプスの後頭部が気になるなぁって言ったらアミーが笑い出しただけじゃないか』
曲がり角を全力で走りながらこっちに向かってくるのは見覚えのあるコントをする少女アメリアだった。
あいつは確か今日は休みだったはずだ。
その後ろからドタドタとサイクロプスの軍勢が追いかけてくる。
数はざっと数えて十五くらいか。
魔力適性は俺達の中では俺に次いで高いアメリアだが、アルバイトを始めてまだ日が浅い。
あの軍勢を相手取るのが難しいと判断して逃げてきたのだろう。
とりあえずは助ける。
「誰かいるヨって次郎さん!」
「おうお疲れ、とりあえずアメリアそのまま走り抜けろ」
ヨッとコンビニに行ったら偶然出会ったような感覚で手を挙げて挨拶し、そのノリで後ろを親指で指す。
あとはアメリアが通る道の前に陣取ってダラリと持っていた鉱樹を中段に構えこっちに気づいたアメリアに指示を出す。
それに従ってアメリアは俺の脇を通り過ぎる
「すぅ、キエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
久しぶりに猿叫を使う。
「ナニ!? 敵襲!?」
『うん今さら敵襲もないから違うよアミー、この魔力は次郎君が何かやったようだね。しかし声だけでこれか、魔力も十分に乗っていてなかなかの迫力だね。それよりいいのかい? 次郎君は攻撃に移ったようだけど』
「今引き返してるヨ!!」
だが、強化してから猿叫を使っていないのが悪かった。
俺的には敵の注意を引き付けるつもりでいつも通り猿叫を放ったのだが、俺の声は物理的な威力を持ってしまっていた。
魔力の音波となった俺の猿叫は勢いよく走っていたサイクロプスたちを弾き飛ばしてしまった。
ダメージ自体は少ないが牽制用の攻撃なら上等な部類に入るのではないだろうか?
予想外の戦果で驚きを心の片隅で抱いているが、相手が決定的な隙を晒したのも事実だ。
背後でアメリアたちが騒がしいが体は素直に反応し全力でサイクロプスに襲いかかっていた。
尻餅をついていたサイクロプスに鉱樹の刃が走る。
手応えは軽く、けれどしっかりとした切った感触が手に伝わる。
返す刃と足運びを連動させ斬撃を放ち二体まとめて切り、相手が起き上がる間に三体仕留める。
そして
「はぁ!!」
起き上がってからも反応を許さず、相手の体を飛び石のように足場にして流れるように首を飛ばす。
そしてアメリアが戻ってくる頃には
「終わった終わった」
「オウ、マイク。あっという間だったネ」
『うん、そしてアミーは間に合わなかったね』
サイクロプスの軍勢は地に伏した。
魔力の粒子が幻想的に立ち上る中で俺はさっき吸えなかったタバコに火を点ける。
「アメリア、怪我はないな?」
「うん、大丈夫だヨ」
一応動く個体がないか周囲を警戒しながらゆっくりと振り返ると、アメリアは大振りのナイフを鞘に収めながらこっちに小走りで近寄ってくる。
見た限りでは怪我はないようだ。
「それで? 一人でダンジョンアタックした言い訳を聞こうか?」
「え、ええと」
安全を確保し怪我らしい怪我もない。
なら俺は気にせず危ない真似をしたアメリアを遠慮なく説教できるわけだな。
教官直伝の笑顔はこういう時に役に立つ。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
これはこれ、それはそれだ。
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いします。




