100 気苦労が多いなと言われることが多い気がする
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
ったく、この程度の眼光で退いてんじゃねえよ。
割って入ったはいいが、考えてみれば話を聞かない相手に対してどうすればいいかなんて、聞き流して相手が勝手に立ち去るという方法しか俺は知らない。
つい殴られたから睨み返したが、あっさり後ずさってしまい興ざめだ。
教官たちの威圧なんて俺の倍では済まない精神的威圧感と物理的重圧感を出す。
「はぁ」
「なんだよ!! なんなんだよお前は!!」
面倒だと感じ、ため息が条件反射で出てしまった。
傍から見れば勝手に出てきて勝手に失望したように見えてしまう。
冷静ではない相手にそれはまずい。
「それは止めろ」
手元に魔法を発動させようとした奴の目の前に踏み込みデコピンを放つ。
ブオンとデコピンで出せるような音ではない音を出し、相手のデコを弾いてやる。
「アガ!?」
「ここはダンジョンじゃねぇぞ。魔法を使うのは御法度だ」
「いや、縦に回転させるようなデコピンを受けてて聞こえているわけねぇっすよ先輩」
「あ?」
俺からしたら軽めにやったつもりであったが、どうやら手加減を間違えたらしい。
俺だったらそれくらい『殺すつもりか!?』ってツッコミながら起き上がるのだが……
「とりあえず一件落着でいいか、飲みなおそう」
「いやいやいやいや」
デコピン一発で事態は収まった。
俺の一撃がやばいと悟ったのか、蜘蛛の子を散らすように伸びた男を引きずって他のテスターたちも逃げ出していった。
仲間を見捨てない精神は大したものだ。
野次馬たちもなんだもう終わりかと物足りなさそうにしていたが順々に散っていく。
残ったのはもう一人の当事者である海堂と
「大丈夫ですか次郎さん」
「わざわざ殴られる必要もないでしょう」
殴られた箇所をおしぼりで冷やしてくれるスエラと他に怪我がないか体を触るメモリアだった。
「悪いな、心配かけて」
「まったくです」
「怪我はなさそうですが、なにかあれば迷わず医務室に行きましょうね」
「ああ」
しばらく羨ましいという海堂の視線にさらされながら彼女たちに身を任せて、何もないことに満足した二人が少し離れたタイミングで。
「店に戻るか」
「はい」
「そうしましょう」
「え?なんかないんすか? こう事情の確認とか、なんで絡まれたのかとか」
「「「?なんでだ(ですか? でしょう?)」」」
飲み直しを提案し、店に戻ろうとしたが、海堂が事の終わりにしてはあっさりしすぎていると俺たちを引き止めてきた。
「さっきの流れで理由を察せないわけがないだろう」
「いやそれでも薄情すぎないっすか!! 仲間が喧嘩に巻き込まれたんっすよ!!」
「悪いな海堂、今は勤務時間外なんでな」
「ちくしょう!! その言葉で納得してしまう自分が憎いっす!!」
だがそれも過去の経歴上、プライベートには厄介事を持ち込まない精神の俺と海堂の共通認識の前では無意味であった。
「仕事で話を聞いてやるから安心しろ」
「絶対っすよ!! 絶対聞くっすよ!! 振りじゃないっすからね!!」
「わかったわかった」
付け加えるように後で聞いてやると言えばその場はそれで終了だ。
海堂は念を押すように俺に言ってから、奥の施設群に消えていった。
「さて、悪かったな。俺らが原因のゴタゴタに巻き込んで」
「いえ、話を聞く限り私も無関係ではありませんので」
「この程度の喧嘩はジャイアントでしたら日常のようなものです。二人共気にするだけ無駄です」
「そうなのか? ならジャイアントに生まれなくてよかったよ」
「ええ、なにせあの程度の喧嘩など子供のじゃれあいのように見えてきますから」
「おお怖」
メモリアの冗談に乗っかかり、再び店の中に入る。
投げ込まれた男は既に運び出されたのか姿は見えず、ほかの客であった三人組の姿もない。
綺麗になった静かな店が俺たちを迎えてくれる。
静かに何にするかと聞いてくる店主に酒とおでんを注文し直し、元いた席に座りなおす。
「最近多いんですよ、テスターの中で差をつけすぎではないかって抗議してくる人たちが」
そこから始まる話は自然とさっきの話題になる。
スエラも若干酔っていて吐き出したいものがあるのだろうと思った俺はそうなのかと出された酒を一口飲み、話を促す。
「武器の値段が高い、敵が強すぎる。ステータスが上がらない。報告書にそういった内容は前から書かれていました」
「私の店でももっと高く買い取れないかって言ってくるお客さんがいますね。あとはポーションの値段を割引しろとも」
それは会社でよく聞く愚痴であろう。
上司がムカつく、同僚であいつは何もできない、営業先のやつはこちらの事情は何も考えないと前の会社では絶えることなく色々と聞いた話だ。
スエラもメモリアも慣れない世界で色々と頑張りそして溜め込んできたのだろう。
話を聞く限り、この会社に属する社員たちは比較的人間に友好的な態度をとれる人員を揃えたと聞いた。
そんな彼女たちもこうやってストレスを溜め込む。
だから俺ができることといえばこうやって
「ああ、頑張ったな」
俺の知らないところで気苦労をしている二人の頭を撫でて少しでも癒えてくれればいいと願うことだけだ。
「フフ」
「……」
体に重みを感じることができるのは幸せなのだろう。
それだけ俺を頼ってくれる。
男の本懐というやつだ。
「テスターが全員次郎さんみたいだったらよかったのに」
「いいですね、それでしたらお店の方ももっと手伝ってもらえたでしょうね」
「勘弁してくれ、そうしたら俺はお前たちと付き合えたかどうかわからん」
冗談を挟み、のんびりとした時間が過ぎる。
「そうですね、でしたら、この苦労もあなたと出会うための試練だと考えれば悪いものではないですね」
「……そうですね。スエラの言うとおりです」
「ああ、そう思ってくれ」
なんとかしないといけない。
このままではテスターと会社で溝が深まってしまう。
そうなれば仕事にも支障が出てしまう。
解決するべきなのはテスター側の不満なのだが……それを全部解決するようなこと。
そうやって彼女たちの苦労を少しでも和らげたいと思うのだが、主任という役職持ちの俺でもやれることとやれないことを比べると前者が少なく後者が多くなってしまう。
こうやって寄り添うだけではなく、もっと何かができないだろうか。
「次郎さん、手が止まってます」
「こちらもです」
「すまんすまん」
じっくりと考えそうになって彼女たちの頭の上にある手が止まってしまったようだ。
「何を考えていたのですか?」
「いや何も」
「嘘です、次郎さんあなたの嘘は分かりやすいです」
「……なに、お前たちのために俺がなにかできないかって考えて、できることのほうが少ないって思っただけだよ」
俺はそんなに顔に出やすいかと思ったが、思えば二人共俺より年上だ。
経験の差で見抜かれたのかもしれない。
スエラとメモリアはそっとかけてくる体重を重くしてくる。
まるで私はこれくらいあなたに頼っていると示すかのように。
「あなたは頑張ってくれていますよ。私たちにとっては十分すぎるほど」
「そうですね。私に至ってはたまに血をくれるじゃないですか」
「そんなことまでしているんですか?」
「吸血鬼の特権です」
たまに酒を挟みながら雑談しつつ、時計の針は一刻また一刻と時間を刻む。
「だったら私は今度両親に次郎さんを紹介するんです!」
「なんですかそれ」
ただ、一瞬で空気が凍ってしまうが。
そんな話は聞いていないと酔いを一瞬で覚ましたメモリアはじろりと自慢げに笑うスエラを見たあと俺を見上げる。
「本当ですか?」
「あ、ああ。今度精霊契約をする時に、な?」
そういえばメモリアには言っていなかったな。
それがこんな形で暴露されると思っていなかった俺は次に何を言われるかと少し体に力が入る。
メモリアがギュッと腕を抱いたときは一瞬冷や汗が流れたが
「ずるいです、でしたらそのあとでいいので私の両親とも会ってください」
「あ、ああ。わかった」
思ったよりも台風はあっさりと過ぎ去っていった。
人生で一番緊張する場が二回用意されてしまったが、それは問題は俺の覚悟だけ。
やるしかないだろう。
「なんでしたらこちらに呼びましょうか?」
「しっかり行くから、勘弁してくれ」
「はい、待ってます」
ならいいですと満足したメモリアは猫のようにスリスリと俺の腕に頬ずりをする。
何度か酒を一緒に飲んでいるから分かるが、これはそろそろメモリアの限界のサインだ。
吸血鬼ではあるが彼女はあまり酒には強くない。
普段はクールであるが酒の量が一定ラインを越えると急にボディタッチが増えて大胆になってくる。
そして対するスエラと言えば
「拗ねるな」
「拗ねてません」
酒の量が増えると少し精神年齢が幼くなる。
片方の腕を封鎖されてメモリアの方を構っていたせいで、少しご機嫌斜めだ。
「でしたら」
「ああ」
メモリアを撫でていた右手を左側にいるスエラの方に戻し再び頭を撫でればこちらはこちらで普段の仕事のできる女という雰囲気はどこへやら。
少女のような笑顔を見せてくれる。
さて、ここまで来るとさすがにこれ以上彼女たちに酒を勧めるわけにはいかない。
俺は教官たちと飲み比べをしているせいか、少し飲み足りない気がするがそういうわけにもいかないだろう。
店主に視線で会計を伝えれば伝票がスっと魔法で運ばれてくる。
値段は結構飲み食いした割には安く、また来ようと思わせる。
財布から諭吉を二人出して、返ってくる樋口さん一人と野口さん二人を受け取りポンポンと二人の肩を叩き、席を立つ。
「ごちそうさま」
「またのご来店を」
店主に見送られて店を出ても十二月の冬の寒さに晒されないのは地下施設の恩恵だろう。
社員が仕事を終えて飲みに来ている喧騒の中に二人を連れて歩き出す。
行き先はメモリアの店だ。
あそこは居住スペースも兼ねているから何かと都合がいい。
装備も置いてあるから回収することも考えるとより都合も良くなる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
「ええ」
足取りはしっかりしている二人を気遣いながらゆっくりと歩く。
トラブルはとりあえず明日に繰越し、今はこの時間に身を委ねよう。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
事はもう少しシンプルに考えたほうがいいかもな。
今回はこれで以上となります。
コンビニのおでんって急に食べたくなりませんか?
そんな衝動を味わって書いたお話でした。
これからも本作をよろしくお願いします。




