97 やれるとき仕事は進めておくのが仕事を貯めないコツだ
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
ドゴンと鈍い音を響かせたあとに、続くように重いものが崩れ落ちるような音が部屋中に響く。
「十三分三十二秒か……上々だな」
「ぜぇぜぇ」
「はぁはぁ」
「……」
「魔力が足りない、頭がくらくらするわ」
「……ジロウさん、元気すぎだヨ」
『まぁ、彼だけ余裕なのはそれだけのステータスを持っているからだろうね』
完全にフロアボスが倒されたのを見届け、そっと腕時計のストップウォッチを止める。
腕時計を見てボスを倒した時間を確認すれば前の階層よりも早い時間で倒せたことが見て取れた。
「というか、あんたもう少し手伝いなさいよ。なに手を一本切り落としたら防御に回ってんのよ」
その仕草にイラっときたのか、北宮が恨みがましそうに俺の方を見てきた。
「仕方ないだろう、あのまま攻撃していたら即行で終わりそうだったんだから」
北宮の言い分はチームプレイとしては間違っていない。
だが、俺には俺の言い分がある。
さすがに通常戦闘でも海堂たちの余裕が少なくなってきて、この階層ボス戦は参戦しないといけないと思って援護から前衛に切り替えたが……
『あ』
ポツリと声をこぼし、やっちまったと理解した。
一太刀で分かってしまった。
このボスでも秒殺してしまうことを。
わずか一合の立会であったが、硬そうな複数の腕を持つ三面六臂の阿修羅のようなゴーレムを斬れるイメージが定着した瞬間にこの戦いの結果が見えてしまった。
幸い俺が切り落としたのは六本の腕のうちの一本、戦いは始まったばかり、ちょうどいい援護になったと思い再びサポートに回ったわけだ。
北宮や南たち後衛に当たる攻撃を防いだり、ハエたたきの要領で叩き落とされそうな海堂の前に出て防いだりと攻撃には参加しなかったがしっかりと戦闘には参加した。
おかげでここまでのダンジョン探索で色々と力加減ができるようになった。
「ムフッフフ。北宮はリーダーがサボってるとは思っていないでござるよ~ただ単に自分がまだまだ弱いってのを自覚して悔しいだけで、本当にツンデレさんでござるな~」
「誰がツンデレよ誰が!」
「き・た・み・やっと! まさる~北宮が怖いでござるよ~」
「避けるなぁ!!」
「回収作業の邪魔だ。抱きつくなら後にしろ」
「後ならいいっすか!? そこまで二人の仲は進んだっすか!?」
『フム、これが昼ドラで言う修羅場ってやつかな? 私の知識にある修羅場と比べてだいぶ穏やかだね』
「ハハハ、マイクとりあえず黙ろうカ」
そしてこのパーティーも大分場慣れしたな。
じゃれつくように無駄口は叩いているが、体はしっかりと行動を起こしている。
南と北宮は次に備えるようにしっかりと魔力を回復するために体内で練り込みをはじめ、海堂と勝は手早く回収作業を済ませている。
俺とアメリアは周囲の警戒だ。
ボス部屋だから倒せば安心ではない。
前に常識にとらわれてのんびりと休憩していたらボスが再び出現して連戦する羽目になった。
ここまで来ていれば失敗の一つや二つですまない経験はしている。
その度に改善して今の動きにつながっているのだ。
だが、見張りというのは得てして持て余す時間が多い。
周囲に気を配るもつい時計に目が行く。
「……区切りもいいな。今日はこれで上がるぞ」
朝から挑み、昼もダンジョン内で済ましている。
気づけばもういい時間帯になっている。
俺と海堂は寮に住んでいるから問題ないが他のメンバーについては夕食の兼ね合いもあるだろう。
そろそろ切り上げた方がよさそうだ。
今日の仕事は順調にいき階層攻略もできた、戦果としても上々だ。
「うおっしゃぁ!!」
「特売に間に合うかな」
「お~、今日のイベントに間に合いそうでござるな」
「アメリア、どうせならこのあと一緒にご飯食べない?」
「いいヨ! 私パスタが食べたいネ」
そして仕事が終わりだと聞けば元気になるのがこいつらだ。
仕事ははじめるまで時間がかかるが、不思議と片付けるときになると人間は早くなる。
「荷物まとめ終わったっす!」
「未回収品はないな?」
「確認しました」
ステータスの無駄使いとはこのことか、背負子に載せていた作業を一気に加速させ、多少乱雑ではあるが終わらせた海堂は敬礼の姿勢で俺に報告してきた。
こういう時こそ見落としがある可能性が高いので念のために勝にも確認を取るがそちらも問題ないようだ。
この階層まで来ると一個の戦利品の単価が万を超える品物がちらほらと出てくる。
ボスの戦利品となればこの階層で一番の価値を持つ場合が多い。
それを忘れるなんて一万円札を拾わず帰るというのと同義だ。
「なら、次の階で脱出するぞ」
「はいっす!」「はい」「はいでござる」「Yes!」「わかったわ」
そして確認に問題がないなら長居は時間の無駄だ。
それぞれの返事を聞き、サービス残業は人生の中で最大の損失だと自負する俺は即座にダンジョンを脱出するために先頭に立ち次の階層に進む。
石畳の階段をテクテクと歩き、出会った敵を全て切り捨てていく。
罠が発動しても罠ごと切り捨てる。
「掃除完了だ。南、ゲートの準備をしろ。海堂、勝、アメリア悪いが戦利品の回収を頼む」
「了解でござる。北宮、灯よろしく」
「自分でやりなさいよ! ったく」
「ういっす!! さぁさぁ、二人共載せるっすよ」
「はい」
「OK!」
大して強いと思わないゴーレムたちを倒し終え、ゲートを発見し南に操作させている間は警戒に当たる。
倒した敵からの戦利品はもちろん回収だ。
薄暗いダンジョンでゲート操作をするのは少しコツがいる。
エレベーターのようにボタン一つで開閉するわけではなく、手順がいる。
魔法使いがいるなら手元を照らしてもらったほうがやりやすい。
「これがこうなってっと……開くでござるよ~」
そしてダンジョンから脱出するときは他のテスターと重なる時がある。
その時は申請した順に処理されゲートは順番に開く。
夕飯時や昼飯時など人が集まりそうな時間帯によっては待たされることもあるが、今回はそんなこともなくすんなりとゲートは開く。
「う~ん、今日も働いてしまったでござる。なんでござろうこの敗北感」
「働くのが普通だ」
「俺としては南ちゃんの言い分もわかるっすよ」
「この前駅前で見つけた店なんだけど」
「あ、それわかるカモ。雑誌に載っていたネ」
順次脱出していき念のため俺が最後にゲートから出てきた。
無事に全員帰ってきたことにひとまず安心だ。
「お前ら自由すぎるだろうが……特に南、今週分の報告書まだ出てないぞ。明日締切だからな」
「うぐ」
既に帰る気満々なメンバーにため息を吐く。
やるべき仕事をやっているから深くは言わないが、言うべき人物にはしっかりと釘を刺しておく。
夏休みの宿題は月末にやるタイプの南は毎回報告書がギリギリになる。
こっちとしては一回目を通したいから早めに出してほしいのだが……
ほかのメンバーで一番報告書を書くのが早いのは北宮だ。
ちなみに意外かもしれないが、海堂は北宮の次だ。
前の会社で学んだのかあいつはあいつで仕事を溜めないように立ち回っている。
順番にすれば北宮、海堂、勝、アメリア、南の順になる。
「まぁ、遅れたら遅れたらでダンジョンに連れていかないで書かせるだけだ。当然その時の戦利品の分け前はないからお前の給料が現実的に減るのは覚悟しておけ」
「ノオォォォ!! 拙者の資金源が!? 今月課金でピンチなのに!?」
「はぁ」
「勝も大変ね」
「慣れました」
これで何回目のやりとりになるかはわからないが、なんだかんだでしっかりと南もやることはやるから心配はしていない。
提出してくる報告書も質は高い。
「さてと、俺は換金に行ってくるから今日はここで解散でいいぞ」
「いいんっすか先輩、結構量があるっすよ」
「なに、今日はあまり戦ってないからな。代わりと言ってはなんだが精算くらいはするさ」
「おおー、あざっす!!」
なので深く追及する必要はないので、その場で解散を告げる。
そうすれば周りは本格的に動き始める。
海堂はこのあとどうするか考え始め、勝は南を連れて特売に向かっていく。
本人は隠しているつもりなのだろうが、パーティーでは周知の事実で後輩ができたと嬉しがっていた北宮はアメリアと一緒に話していた店に向かうようだ。
俺は俺でさっさと仕事を終わらせたいので、大量の荷物を載せている背負子を担ぎメモリアの店に向かうとしよう。
「ん?」
皆が皆その場を離れようとした時にちょうどタイミングよくゲートが開く。
「他のパーティーか」
ゲートが開くのを感じ取った北宮が姿を隠すように位置取りを変えたのを脇目に中から出てくるパーティーを見る。
出てきたのは五人組の男所帯で火澄たちではなかった。
「ボロボロだな」
「あれが普通らしいっすけどね。階が進むにつれて敵も強くなってうまく進めないみたいっす。むしろこうやって大怪我らしい怪我をしないで順調に行っているうちの方が珍しいっす」
「そういうものかね」
俺も俺で人一倍ボロボロになっているが、ああやって悲壮な感じはしない。
皆が皆、疲れきり次のダンジョンアタックに活路を見いだせていないその瞳を見て、ああならないようにと思いつつ視線を切る。
下手に絡まれてもいいことはない。
「行くぞ、残業はしないほうが得だ」
「うっす」
「……」
海堂たちを促しその場を離れるが、しっかりと背後からの視線を感じる。
そこから感じる感情はイイものではない。
それを海堂たちも感じ取っているのかさっきよりも静かにその場を離れていく。
「一悶着あるかね」
そうなる前に手を打つべきかと思うが、今はまだ様子見でいいと判断し、視線には気づいていないように装いつつメモリアの店に向かった。
「最近は質がいいようですね」
「ステータスも上がって階層攻略も順調だからな」
「無茶をした甲斐があったということでしょうね」
淡々と戦利品を査定し伝票に記載していくメモリアの表情はいつもどおり起伏に乏しい。
慣れれば結構わかりやすくなり可愛いと思える部分も増える。
だが、感情表現がわかりやすくなるということはイコール怒らせると怖いというのも理解するということで、先日の無茶はしっかりとスエラから伝えられこっちでも説教を受けている。
心配をかけた身としては反論のしようがないので、粛々とメモリアの心配し悲しそうな表情と向き合った記憶は新しい。
「今回はこの金額ですね。確認ができましたらサインを」
「おう」
いつも通りざっと買取査定を見て問題はないのを確認しサラサラとサインしていく。
そして現金を受け取り、ここでようやく俺の今日の仕事は終わる。
メモリアにとっては仕事中かもしれないが、読書ができるほど閑古鳥が鳴いている現状だ。
少しくらい雑談に付き合ってもらおう。
「なぁメモリア」
「なんでしょう?」
「運のステータスってどうやったら上がるんだ?」
スエラから言われた社内での情報収集。
どうもテスターは漫画や小説、ゲームやアニメとこっちの世界のファンタジー知識を基準にして情報を構築する傾向がある。
俺もそういった面があって黙々と鍛錬をし戦い続ければ強くなるとつい先日まで思っていた。
それ自体は間違ってはいなかったが、強くなる方法は一つではない。
スエラから精霊契約を持ちかけられたのがいい例だろう。
魔王軍の社員と仲良くなることで色々と情報が得られる、個人の知識に囚われていては出ない発想だ。
意図的にその情報を社員側から漏らさないようにしているのはなんらかの意図を感じさせるが、それが会社の方針であるなら従うしかない。
今はその方針にとやかく言うより、知ったからには反省すべきと考え改善していったほうが健全だろう。
流石にあれだけ上がったステータスの中で唯一下がったステータスは気がかりだ。
改善できるのなら改善したい。
いろいろと試してきたが一向にわからない運の上げ方。
今まで聞く機会がなかったが、いい機会だ。
「運ですか……」
「ああ」
メモリアはパタンと本を閉じ俺の方を見る。
どんな答えが帰ってくるか楽しみになりながら、少し不安にもなる。
もしかして上がらないと断じられるかもしれないからだ。
「運を上げるには信仰が必要です」
そして聞いた言葉は確かに俺とは無縁な行動であった。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性九(準魔王級)
役職 戦士
今日の一言
そういえば俺って無宗教だったな……
今回は以上となります。
これからも本作をどうかよろしくお願いします。
次回は運のステータスについて少し広げたいと思っています。